【完結】強キャラ東雲さん   作:佐遊樹

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50.トーナメント二回戦(後編)

 アリーナは熱狂と同時、この上ない困惑に包まれていた。

 

「ぐっ……!」

 

 シャルロット・デュノア──中近距離に重きを置く、万能型とは言わずとも手広い範囲を自分のフィールドとして立ち回れる名手。

 彼女は拡張領域(バススロット)に格納した銃火器を自在に切り替え、有利な距離で有利な戦況を作り出すことで代表候補生の中でも屈指の戦闘力を誇っていた。

 巧緻極まりない高速切替(ラピッド・スイッチ)が成立させるその超絶技巧は、『砂漠の逃げ水(ミラージュ・デ・デザート)』と名高い。

 事実会場にひしめくスカウトマンたちも、ラウラ・ボーデヴィッヒではなく彼女こそが戦況を操る支配者だと確信していた。

 

 しかし。

 

「箒、16番!」

「シュバー、だな!」

 

 一夏のかけ声と同時、二人が同時に動く。

 ラウラが発動しようとしたAICが空振り、入れ替わりに一夏が彼女のワイヤーブレードを断ち切った。

 全体を見据え、最悪の場合はラウラごと砲撃してでも戦況をリセットしようとしていたシャルロットに対し、箒が展開装甲のシールドに隠れながら突っ込んでくる。

 舌打ちとともに高速切替発動──呼び出したブレードで切り結ぶ。

 剣戟を続行しながら一気に場所を移そうとするも、箒は至近距離でシャルロットの攻撃全てを叩き落とし、その場から動こうとしない。

 

()()だ! 僕がどうにかしようとした瞬間! ラウラがワイヤーブレードで薙ぎ払おうとした瞬間! ()()()()()()()()()()()()()()()()()! いや──多分、一夏が読み切って、箒を動かしてるッ!)

 

 戦況の中心。

 間違いなく、今この瞬間全員の目を奪っているのは、展開装甲を自在に行使して反攻の起こりを潰して回っている箒だった。

 一夏はどちらかといえば、箒が相手取っていない方の敵をその場に縛り付ける役割をこなしている。

 

「シャルロット、一度二対一で──」

「よそ見すんなよ、もう弁当作ってやらねえぞ?」

 

 両手のプラズマ手刀で白い刀身を受け止めながら、ラウラがそう発したと同時。

 一夏は剣を逆手に持ち替えると、()()()()()()()()()()()

 膂力だけでなく腰の駆動も載せた、ゼロ距離で放たれる爆発的な威力。

 ブレード発振器が嫌な音を立て、次の刹那には、両腕ごとラウラが叩き斬られていた。

 

(まずい──!)

 

 相方のエネルギーが目に見えて減るのを確認して、シャルロットの思考が回転する。

 

「このッ──ラウラごめん、いったん退く!」

「ぐ……分かったッ!」

 

 四機による乱戦。ペアの戦闘の余波、流れ弾がダメージに直結しているほどの、超至近距離。

 これでは連携もへったくれもない。シャルロットの明晰な頭脳は仕切り直しを選択する。

 バックブーストをかけつつ、装備をマシンガンからショットガンに変更。弾幕を張り、眼前の箒から距離を取る。

 

「逃がすものか!」

(食いついた──!)

 

 箒は真っ直ぐ、展開装甲のシールドで強引に弾幕を突き破って追随してきた。

 一夏とラウラ、箒とシャルロット。引き剥がせれば、この悪い流れを断てる。最悪の場合は各個撃破でも良い。むしろそちらの方が確実だ。

 

 シャルロットは、そう信じていた。

 

「箒! 9番行けるか!」

「む──ドカンだな!」

 

 ()()()()()()()()()()()

 箒が全身の展開装甲を花開かせる。思わずギョッとした。明らかな砲撃待機音が聞こえる。冗談じゃない、自分相手に何故全方位攻撃を──

 

「オラァァッ!」

「ぐ──!?」

 

 ──自分だけではない。一夏が馬力に任せて、鍔迫り合いの格好のまま、ラウラを無理矢理押し込んでいる!

 焼き直しのように。

 シャルロットが取り直した間合いが再びゼロになる。

 

「ドカンと、いけぇぇっ!」

 

 完璧なタイミングで、椿が咲き乱れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──つまるところ、()()()()()()()()()()

 

 東雲の言葉を聞きながら、セシリアは戦況をじっと見つめていた。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。これ、誰がどう見ても乱戦じゃない!」

「……タッグマッチにおいて、前衛と後衛のコンビネーションができなくなってるんだよ……令、これが乱戦じゃない、っていうのは、どういうこと……?」

 

 疑問を消化しきれず、鈴と簪が声を上げる。

 黙っていた楯無も同様の様子、しきりに首を傾げていた。

 

「……何がどうなってるのか、ほんとわっかんないわね……ここまでぐちゃぐちゃの状態だと、全員一気にエネルギーが削れてもおかしくない……でも、シャルロットちゃんたちばっかり削れてる……結果だけ見れば、これ、()()()()()()()()()()ってことよね?」

「当方もそう予測する。そして──恐らくこの戦術は、箒ちゃんの存在が大きい」

 

 一夏は篠ノ之流剣術を知っていた。

 東雲は篠ノ之流剣術を行使され、観察し、そして今理解した。

 

 ──()の剣に宿る根本術理は二つ。

 

『けして受けることなく剣戟を流し、また己が身に密着して放つ必殺の閃き』

『相手より早く抜き放ち、その一太刀をもって必殺とする最速の瞬き』

 

 織斑千冬は後者を学び、鍛え、そして極点に至った。

 だが眼前の光景は、箒が行使している篠ノ之流は前者である。

 

「斬撃とは、根源を問うていけば、()()()()に過ぎない。それを如何に当てるか、如何に振るうかこそが剣術だが……箒ちゃんの場合は、その一本の線を如何にいなすか、如何に振るわせるかを重視しているのだろうな」

 

 それは徹底された受けの剣術。

 異質極まりない絶技。

 真剣での斬り合いとは本来、()()()()()()()()()()()()()()()()()。そこに集約される。

 何故なら──斬られたらおしまいだからだ。

 

「本来は斬られる前に斬らねばならない。しかし斬られないまま、戦闘を継続できるとしたら? そのための術理を編み出し、身体に浸透させ、完璧に行使できるとしたら?」

「それは、まさか──」

 

 故に。

 

「篠ノ之箒は──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ」

『……ッ!?』

 

 通常、ISバトルでの集団戦ならば、前衛と後衛を置く。セシリアと鈴のペアは役割を明瞭に分担し、シャルロットとラウラもその役割をスイッチしつつ分担する。教科書通りの、スタンダードでありながらも絶対のルール。

 

 だが全員が近接戦闘にもつれ込んだ場合、()()()()()()()()

 そこにあるのは乱闘にも等しい、めまぐるしい刃の応酬。

 まさに現在、目の前で行われている代物──

 

「……! これはまさか、そんな……!? ()()()()()()()()()()! 一夏さんが前衛で箒さんが後衛なのですか!? ()()()()()()()!?」

 

 ──ではない。

 

「肯定する」

「は、ハァッ……!? あり得ない、でしょ。あの距離なのよ!? 全員ブレード使って切り結んでるのよ!? 役割分担も何もないはずよ!」

「否定する。箒ちゃんは自分の倒すべき相手を、防御メインに完封。派手に戦っているから、一見すると分かりにくいが──おりむーも相手にダメージを積み重ね続けている。そして隙を見て、箒ちゃんの火力で押し切っているな」

 

 説明を聞いてから、改めて戦況を注視する。

 四つの鋼鉄の鎧が空中を自在に疾駆し、火花を散らしている。

 箒は今、ラウラ相手に至近距離から刃を振るっていた。ワイヤーブレードは一切を叩き落としつつ、超振動ナイフの閃きを受け流す。

 一方でシャルロットはラウラの援護に行きたいが、シールドを粉砕され、一夏相手に何度か『雪片弐型』の直撃をもらっていた。

 

『箒ィッ! 五番だ!』

『ガッキーン! だろう!?』

 

 ここに来てシャルロットが鬼札を切った。

 半壊したシールドを振りかざす。内蔵される炸薬式パイルバンカーがうなりを上げる。

 だが──その場で一夏はムーンサルトのように急浮上+急後退のマニューバ。入れ替わりに、展開装甲を四重に重ねたシールドをかざした箒が飛び込んだ。

 

『しまッ──』

『もらったァッ!』

 

 射出された鉄杭が、展開装甲のシールドを突き破り、しかし三つ目を貫通したところで止まる。

 その時にはもう、至近距離で箒の全身が花開いていた。

 刃を模した攻性エネルギーが解き放たれ、『ラファール・リヴァイヴ・デュアルカスタム』の全身に突き刺さる。残存エネルギーががくんと減った。

 

「う、そでしょ……本気でやってんの、あいつら……」

「……ッ」

 

 鈴は愕然とし、セシリアは言葉を失っていた。

 

 ──IS同士の戦闘において、瞬きすればゼロ距離になるような至近距離。

 ──後ろを気にする余裕などないインファイト。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 東雲の問いの答えが、この試合だ。

 つまるところ、彼が箒をペア相手として歓迎した理由はそこに集約される。

 

 ──近接戦闘に持ち込みながらも、乱戦にはしない。させない。

 超至近距離で交錯しつつも戦況を支配するという、デタラメ極まりない戦闘理論!

 

「だけど! だけど、ほとんど机上の空論よ! それをなんでこうも綺麗に……ッ!?」

 

 楯無の疑念は、まっとうなものだ。

 そう、理論としては理解できる。だかそれを実行できるかとなれば、本来は否のはずだ。

 

「……理論を、感覚的に行使してるんだ……」

「……え?」

 

 回答は、隣の妹から出た。

 

「ラグが、ないから……本当はコンピュータの演算とかを使って、未来予測しなきゃ、成立しない……でも一夏は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……!」

「──そん、なの」

 

 言葉を失い、楯無はただ口を開けたまま呆けてしまった。

 確かに一夏は鬼剣という戦闘理論(ツルギ)を保持している。戦闘の趨勢や自分以外も織り込む、即応戦術だ。

 しかし、これは。

 

「進化しているのだ。不思議なことではない。当方も日々強くなっているように──おりむーの鬼剣もまた、より鋭く磨かれている」

 

 言葉は単純だった。

 単純だったからこそ、一同はその重さに、閉口するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(いやー愛弟子が頑張ってて当方も鼻が高いよ!)

 

 最近は比較的真面目に師匠をしている東雲は、ちゃんと後方師匠面をする資格があった。

 

 

(当方も負けてらんないな……なんとかこう、イイ感じに篠ノ之流を取り入れて……えーと動かず受け流し……うーん……できた! 『魔剣・(あらた)』完成! どっかで試し切りできないかなー)

 

 

 え?

 

 

 ………………え?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(──ッ、そろそろ本気でどうにかしないとまずい……!)

 

 ラファールのエネルギーが四割を切った。

 それを確認して、シャルロットは舌打ちしそうになった。

 眼前の箒から、逃げられない。打ち崩そうとすれば守りに徹される。退こうとすれば一夏の指示の下に行動の起こりを潰される。

 

(……このままだと、詰んでる。これ、詰んでる……!)

 

 だからどうにかしなければならない。

 

「ああもう! ラウラ!」

「何だ!」

聖魔剣(ビトレイヤー)だ!」

 

 一夏と切り結んでいたラウラは、それを聞いて不敵に笑った。既に眼帯は外されている。

 

「分かった、一気に行くぞ!」

 

 ラウラの魔剣による行動制限と、シャルロットの聖剣による高火力の組み合わせ。

 並のIS乗りにとっては悪夢でしかない。

 

「──聖剣、解放ッ!」

 

 シャルロットがブレードを呼び出し、その刀身をエネルギーブレード発振器に転じさせる。デュアルコアによるエネルギー転換が莫大な熱量を叩き出す。それでいて、粒子には意思による干渉が可能だ。

 恐らくエクスカリバー事件の際、BT兵器に触れたのを機体が反映させたのだとシャルロットは推測している。

 剣として固定化させるのではなく、絶えず放出し続ける光の柱。範囲と威力を両立させる、彼女にのみ許された、聖剣!

 

「さあ──魔剣の錆となるがいい!」

 

 ラウラが一夏と箒をまとめて、広範囲にAICの網をかける。

 AICとは特殊なエネルギー波だ。そのレンジに制限はない。デメリットはラウラの集中力次第で出力の振れ幅が大きくなることだが。

 彼女はあえてナイフを構え、停止結界が破られるのを前提に行動を組み上げた。

 特殊兵装は切れるカードの一枚に過ぎない。あらゆる手を用いて、極限まで相手の選択肢を削り取るからこその、魔剣!

 

『勝負をかけてきましたわね……!』

『って、AIC破ってもラウラに叩き戻されるわよこんなのッ!? ()()()()()()()()()()()()()()!』

 

 会場がどよめいた。

 一瞬だった。

 ものの一瞬で、戦況が逆転した。

 聖剣が眩く光り、ワイヤーブレードとAICが交錯して魔剣領域を構築する。

 絶対に組み合わせてはならない、矛盾を体現するかのような絶技。

 しかし。

 

(──待ってたぜェッ、この瞬間(とき)を!)

 

 一人だけ──この状況を待ち望んでいた男がいた。

 

「7番ンンッ!」

「ガシャっと、だな!」

 

 停止結界に、一夏と箒は飲み込まれていた。

 ()()()()()()。超高速戦闘がぶつりと途切れ、二人して凍結させられた。

 ──そこに陥穽がある。

 

「『再誕の疾き光よ、(エクスカリバー)──」

 

 相手が止まった。高速で切り結んでいた相手が、不可視の鎖に縛られた。

 人間は相手が動けば反射で動いてしまう。それと同様。

 相手が動かなくなった途端、ほんの数瞬だけ止まってしまう。

 めまぐるしい乱戦が中断された。シャルロットは確実に当てるためにも足を止め、聖剣を振りかざし。

 

 

 ──そこで、箒の背部展開装甲が刹那の内に展開した()()と目があった。

 

 

「ぇ────」

 

 温存していた切り札。単なる砲撃形態ではなく、より高火力に、遠距離砲撃にも適した、長大な砲身!

 停止結界は敵対者の動作を制限できる。

 しかし、武装の展開は阻止できない。一夏は対ラウラに向けて、AICの抜け穴をいくつか見抜いていた。

 

「──『穿干(うがち)』ッ!」

 

 箒の叫びと同時、聖剣よりも早く、二門のブラスターカノンがエネルギー音を響かせた。

 甲高い銃声から刹那もおかず、巨大な光の剣を振り上げるシャルロットに着弾。

 

「シャルロット──!」

 

 エネルギーがゼロになるブザー音。

 動揺にAICが緩む。

 

「さあ、二対一ならAICなんて怖かねえなあ!」

 

 停止結界を引き裂き、一夏が猛然と加速した。

 歯を食いしばりながら、ラウラはナイフでその斬撃を受け止める。

 事実だ。高度に連携の取れたペアを一人で相手取るとなれば、AICでは足りない。片方を止めても、もう片方を止められない──

 

 

 

 ビーッ。

 

 

 

「え?」

「え?」

 

 一夏とラウラは、同時にぽかんと口を開けた。

 確かにブザーが聞こえた。二度目だ。そう、エネルギー残量がゼロになった音。

 二人は鍔迫り合いの形で拮抗している。つまりまだ残量ゼロじゃない。

 

「…………」

 

 眼前に敵がいるというのに、一夏は恐る恐る背後に振り向いた。

 そこでは──『紅椿』が膝を突き、沈黙している。

 乗り手である箒は沈痛な表情だった。

 

「……ほうき?」

「……すまない、さっきの砲撃……その……気合いを入れすぎて……」

「ばーーーーーーーーーっかじゃねえのッ!?」

 

 なんかペア相手が自滅していた。

 

「嘘だろここから二対一で確実に仕留められると思ってたんだけど!? あれ!? 俺AIC相手にタイマンするの!?」

「すまない、本当にすまない……本当に申し訳ない(神映画)」

「ちゃんと謝ってるのかそれはァッ!?」

 

 慌ててエネルギー残量を確認。一夏はまだ七割近く残している。ラウラは三割を切っていた。

 なるほど──フルパワーの『白式』なら、十五秒あれば削りきれる。

 十五秒あれば、の話だが。

 

「──思わぬ形だが、()()()()()()一対一は初めてだな」

「ああ。俺としては望んでなかったんだけどなぁ……!」

 

 超振動ナイフと『雪片弐型』が火花を散らす。

 互いのペアが脱落した状態。タッグマッチの本領を離れて、ここは決戦場と化した。

 

「お前に私のこれがどこまで通用するか──確かめさせてもらうぞ!」

 

 機体の出力に任せて押し込もうとする一夏を、ラウラはその卓越した空間把握能力で、予兆の段階から察知していた。

 結果──爆発的に加速しようとした刹那を見切り、一転して両腕を脱力。

 満身の力で振るわれた『雪片弐型』をあっさりといなされ、彼は前方へと投げ出される。

 距離が、空いた。

 

(──ッ、や、べっ)

「魔剣、再発動……ッ!」

 

 不可視の停止結界が辺りに張り巡らされる。

 直接一夏を止めには行かない。高速機動中の一夏相手では、拘束が甘ければ強引に突破される可能性がある。

 ならば──魔剣の領域を構築し、詰め将棋のように確実に追い詰める方が確実だ。

 

(……! 最悪! ラウラ相手だと魔剣抜かれる前に決めるのが最適解だった……!)

 

 ワイヤーブレードが進行方向を制限し、目に見えないものの、恐らく空いた空間には停止結界が張り巡らされている。

 機体を普段通りに制動しようとして、慌ててパターンを再構築。普段通りに動けば、一瞬で絡め取られてしまうだろう。AICは視認できない。東雲のように卓越した感覚で看破することが出来れば良かったのだが──それはどだい無理な話だ。

 一夏は、とにかく動きを最小限にすることしかできなかった。

 

(考えろ。考えろ……! 思考を止めた瞬間に殺される! とにかく耐えて、どこかで突破するしかない!)

 

 一夏が動けなくなったのを確認してから、ラウラはナイフ片手に突撃してきた。

 斬撃と斬撃がぶつかり合い、互いを弾く。一夏にとっては地雷原の上でのタップダンス。ラウラにとって、蜘蛛の巣に引っかかった獲物を追い詰める作業。

 

(右へ誘導しようとしてる、なら右にAICが──違う! 俺が考えるべきポイントはそこじゃない! ()()()()()()()()()()()()()!? あの時、我が師は──)

 

 

 

 ──守らなかった。

 

 

 

 途端、だった。

 視界が開けるような衝撃があった。

 意識が一気にクリアになった。雑念が全部すっぽりと抜け落ちて、身体の動き一つ一つを、より高次元で自覚できた。

 

(動けない、わけじゃない。だって切り結べている。俺とラウラの間にAICはない。魔剣は、相手の動きを制限してナイフでハメ殺す戦闘理論。恐らく最終的な帰結としてこそ、ダイレクトに相手を停止させてトドメを放つ)

 

 あの時。

 東雲とラウラの決闘の時。

 自分は何と言った?

 

『座標で止めさせない。先手を取って対象指定で止めさせて、そこから本命を打ち込む。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そうだ。そしてそれは、今も変わらない。

 成長を実感している。伸びしろも自覚している。だけどそれはまだ、この場における劇的な変化をもたらさない。

 だからあの時の発想と同じ方法が、一夏にとっての限界。

 問題は、それをできるかどうか。

 

「────ッ!」

 

 ラウラの猛攻を捌きつつ、停止結界に触れないよう必死に動きを制御する。

 まだだ。まだ動いてはいけない。

 詰め将棋は途中だ。ラウラは近接攻撃で一夏を直接仕留めるワケではない。何度か間にフェイズが入る。

 そのうちの一つが──AICによる直接捕縛。

 

(……ぐ、う……ッ!)

 

 会場の誰もが息を呑む、至近距離での攻防。

 次々と振るわれるナイフを叩き落とし続け、間に合わない場合は腕で防ぎ、リーチの差に耐え続ける。斬り返しは間に合わない。得物の長さが違いすぎる。

 とにかく耐える。耐えて、耐えて、耐えながらも一手先を読み続ける。

 戦況に即時反映するのではない。自分の読み通りに()()が進んでいるのかの確認。じわじわとエネルギー残量が削られていき、観客たちも色めき立つ。

 まだだ。まだ動くな。勝負の分水嶺はここじゃない。

 

「守ってばかりでは、勝てんぞ……!」

「嫌と言うほど知ってるさ……!」

 

 プレッシャーと、比例するように増す攻撃相手に、呻くような声しか上げられない。

 自分の身体が押し込まれていることは自覚している。恐らく設置したAICに近づいているのだろう。

 至近距離で金色の瞳が煌めいている。こちらの奥底まで見透かすような視線。ラウラが正面からナイフを振るう。やや剣線が傾いでいる。

 つまり、今までよりも、()()()()()

 

(──今だ!)

 

 瞬間の交錯。一夏は先ほどのゼロ距離斬撃を応用させ、刃と刃がぶつかるその瞬間を狙い澄まし、インパクトを跳ね上げた。

 想定外の威力にラウラがよろめき、身体が後ろへと押し込まれる。必然二人の距離は開く。

 

(……ッ! 瞬時にパワーを増大させるテクニック! やはり見事と言わざるを得ないな、織斑一夏ッ! しかし、まだだ! まだ魔剣から逃れられたわけではないぞ!)

 

 その程度で魔剣領域は揺るがない。抜け出すには、正面のラウラを突破するしかないのだ。

 そう、正面突破しかできない。

 故に。

 

 

()()()()……ッ!」

 

 

 真正面から一夏が突撃してくるのは、最低の悪手だった。

 

『な────!?』

 

 ラウラだけではない。観客たちもまた、驚愕一色に染め上げられた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だから誰もが知っている。ラウラの魔剣は、『正面が空いているから正面に突撃しました』程度の理屈で突破できる代物ではないのだ。

 むしろそれは敵対者を待ち構える罠。

 周囲の拘束にしびれを切らした相手が突撃してくれば、迷うことなくラウラは全てのAICを解除して、接近してきた相手を直接静止させる。

 だから一夏のそれは、特攻に近い突撃だった。

 彼が振りかざしているのは、右の剣と左の拳。

 

(──二択を迫ったつもりか、しかし!)

 

 ラウラは迷わなかった。

 だってそれは、尊敬する師の刃だ。

 他の何よりも鋭い刃であり、敵対するならば最も警戒しなければならない武器だ。

 

「無駄だ! この『シュヴァルツェア・レーゲン』の停止結界の前ではな!」

 

 まず剣を止める。それから身体全部を止める──と、考えた刹那。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

(──ッ!?)

 

 本来これは、宇宙での行動を想定したマルチフォーム・スーツだ。

 ハイパーセンサーによる超望遠と、目を焼かれないよう星の光をカットする機能がついている。

 だから至近距離で音響閃光弾(フラッシュバン)を炸裂させられたところで、IS乗りに痛手など何もない。失明の可能性はゼロだ。

 

 それでも、意識は数瞬止まる。

 まったくの不意打ちで両眼に強力な光を照射されて、たじろがない人間はいない。

 常人を遙かに上回る感度に調整された義眼持ちならば、なおさらだ。

 

 だから──『雪片弐型』の刀身で反射した日光を受けて、ラウラにコンマ数秒の隙が生まれた。

 

(──こ、いつッ!? 斬撃の前動作に、照り返しによる牽制を織り込んできたッ!?)

(AIC対策は一秒稼げるなら大金星、だけど一秒未満でも値千金だ! 小技を使わない選択肢はねえッ!)

 

 距離が詰まる。もう目と鼻の先。既に刃は加速している。

 

(──!)

 

 襲いかかる純白の剣に、瞬時に回復したラウラの視線が吸い寄せられる。

 振りかざされる凶器を一切無視して、相手を直接拘束すれば、ラウラの勝利だ。

 しかし。

 度重なる攻勢を捌き続け、ここに来て聖魔剣すら攻略され、挙げ句の果てには懐へ潜り込まれている。

 

(……ッ! この状態では、本体を止めても拘束が緩む可能性がある……! 選ぶなら、まずは──武器を止めるしかない!)

 

 超高速で回転するラウラの思考は、そう結論づけた。

 瞬時に照準を絞り、刹那に意識を圧縮する。

 起動、AIC──座標ではなく『雪片弐型』そのものを対象に、空間にエネルギー波がぶつけられ、あらゆる慣性をゼロにする特殊結界を構築。

 停止結界に、あらゆるものを断ち切る刃が触れて。

 

 ギシリ、と。

 真白の刀が、止まった。

 

(獲った────!)

 

 次の刹那にはもう、一夏の身体全体を止められる。それでゲームエンドだ。

 勝利を確信して、男の貌を見る。

 そこでラウラは見た。

 

 

「──信じてたぜ、お前なら間に合うって……!」

 

 

 勝利を確信した、男の貌を見た。

 ぇ、と間抜けな声をこぼす暇もなく。

 

 

 停止させた最大の脅威──()()()()()()()()()()()()()

 

 

 剣を止められた。

 しかし動けずとも量子化はできる。

 格納と展開は一瞬の間に、ほぼ同時に行われた。

 左の拳──いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そこに、『雪片弐型』が顕現する。

 

「そん、な──」

「言ってなかったな、お前は五手で詰む……!」

 

 転送された『雪片弐型』を握り、左腕が振るわれる。

 結界の再構築は間に合わない。

 白一色の斬撃が、ラウラを真正面から切り裂いた。

 続けざまの連撃は意識の集中を許さず、火花による視覚妨害、破砕音による聴覚妨害も組み込んでいた。

 エネルギーのカウントが、減っていく。

 敗北のゼロへと、真っ直ぐ突き進んでいく。

 

 ラウラはやっと理解した。

 両者同時に得た勝利の予感──しかしあの時。

 自分が感じた手応えは、一夏の計算の上で成立していたのだと。

 

(これ、が)

 

 相手の心理を読み解き。

 不意の事態すらも即座に反映させ。

 あらかじめ構築していたパターンを活かして自分の敗北の可能性を潰していく。

 

(これが──織斑一夏の、鬼剣!)

 

 最後に一夏は大上段に振りかぶって、両眼から焔を噴き上がらせて叫んだ。

 

 

「『鬼剣:痛哭慨世(つうこくがいせい)』──魔剣、破れたりだッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っしゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!」

 

 モニターに織斑・篠ノ之ペアの勝利が表示されると同時。

 一組生徒がワッと立ち上がり、しかし一般白ギャル生徒のほとんど音響兵器に近い雄叫びを受けて両耳を塞ぎ苦悶の表情を浮かべた。

 うるせえ!

 

「……はー、マジかー。ねえセシリアどうするのよこれ。プランA~G、全滅じゃない?」

「……仕方ありません。新パターンを構築するしかないですわ」

 

 次のカードは決定した。

 席に座り気楽な表情で会話している、セシリアと鈴──タッグマッチトーナメントの頂点に手をかけたのは、彼女たちを含む四名。

 

 そう。

 事前の評価値における、最下位と準最下位!

 

大番狂わせ(ジャイアント・キリング)そのものね……」

 

 楯無の声にはすがすがしさすらあった。

 後輩たちが、力強く成長している。その流れには妹もいて、前へと進んでいる。

 生徒会長としても姉としても、それが何より嬉しかった。

 

「……あ」

 

 その時、不意に簪が声を上げた。

 何事かと彼女の視線をたどっていけば、エネルギーを失ったラウラ(なんか頬が紅い)を片腕で抱きかかえた姿勢の一夏が──セシリアは顔面蒼白で隣の鈴を見た。鈴の瞳からは光が抜け落ちていた。セシリアは見なかったことにした──こちらを見ている。

 

 太陽を背に、彼は観客席に拳を突きつけた。

 意趣返しだ──セシリアはいいからラウラをお姫様抱っこするのはやめろと叫びたかった。よく見ると地面にISスーツ姿で佇む箒とシャルロットも、世界の終わりみたいな表情で彼を見上げていた。簪がムッとした表情で『誰にでもああいうコトするんだ……』と呟くのを聞いて、楯無はあの男はやっぱり殺そうと思った。

 

『招待状は受け取ったぜ。俺も大分ダンスが上手くなったんだ……楽しみにしててくれ』

 

 告げて彼は、拳をさらにギチギチと握り込んだ。

 気炎が立ち上り、それは天を衝かんとしていて。

 

 

 至近距離で横顔を眺めてぽーっとしてるラウラに、鈴が衝撃砲の照準を絞り出したのを見て、セシリアは死に物狂いで止める羽目になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あっ今当方のこと指さしてた! キャー! 当方の彼氏(予定)カッコイー! 『観客席―!』とか叫ばれたらどうしよう! 『♡装填♡してーーーー!!!』でいいかな!? クソ、今の内に法被とか団扇を用意するべきか……!)

 

 だからお前は黙ってろ!

 

 

 

 

 

 








結論から言うと今回一夏がやったAIC対策はほとんど小手先なので
二度目は通用しません

ガチバトルで文字数5000オーバーしないわけがないので懲りました
決勝戦はもうちょっとなんとかします…


次回
51.トーナメント決勝戦(前編)

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