ぎぶみー・ゆあ・りんぐ   作:しゃち

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全日本AR-15布教協会から来ました。


二話

「君、誓約システムの実験を頼まれたんだって?悪いことは言わない、今すぐ断った方がいい」

 

そう語る先輩指揮官の光彩に、最早光はない。

 

 

 

 

クルーガーとの密会から三日目の朝。つまりM4への暴露を昨日の出来事する日の、時刻は午前九時だ。冷え込む基地へ刺すように注がれる日光を全身で浴びるヒト型達は、それぞれのToDoに気が休まらない。

他人事のように語る指揮官も、その実義務の管理下にある。勤め。それはもう慣れたからいい。目下の懸念は二種類の光源に照らされ腹立たしいまでに輝きを放つ、このシルバーリングだ。

誓約。それは指揮官と戦術人形の絆を深め、一段上の力を授けてくれる……らしい。

伝聞調なのはこのシステムがまだ実験段階という事実からしている。確かに指輪の魔法に魅入られた人形達が例外なく好戦績を残しているとは指揮官も耳にしているが、果たしてそれは本当にリングの加護なのか。単なるメンタルの思い込みでは、と彼は訝しむ。

外付けリングがシステム・リミッターを解除するとは考えづらい。ならばやはり彼女達の精神とも呼べる器官に錯覚を起こさせるのが主作用と考えられる。

つまり指揮官は、実質的な婚姻関係になってでも使う必要があるのか、制度そのものに懐疑的なのだ。単なるネックレスとかアクセサリーリングなら話はまた変わってくるが。

 

「指揮官、いらっしゃいますか?」

 

途方にくれる彼の耳朶を声が打つ。ドア越しでもくぐもらない、美しく力強い女の声。その主がAR-15だというのは疑いようもない。

 

「どうした?今日は待機のはずだが」

 

「いえ……先日のお礼をと。作戦報告書、ありがとうございました。頂戴した分はしっかり働いてお返ししたいと思います」

 

めっちゃ律儀でええ子やん……。

いい加減自分の涙腺の緩さを実感するアラサーの瞳に、妙にそわそわしたAR-15の姿が映った。もしかしてもっと欲しいのか、欲張りさんめと茶化そうとした男は、その数刻後に面食らうことになる。

 

「あ、あの!その、えっと……」

 

言い澱み方がM4によく似ていた。

 

「よろしければ少し、ほんの少しだけお話しませんか?コミュニケーションを積み重ねておいた方が戦場での意思伝達や連携に好影響が出ますから……」

 

なるほど、至極合理的な意見だ。

戦術人形は与えられた命令を完璧にこなす兵士。だが命令誤認が生じない保証など誰もしてくれない。人間だろうと人形だろうと、結局意思を持つのなら相互理解を図って損はないのだ。

戦闘技術の研鑽にのみ腐心するのではなく、今自分に求められるものを正確に把握し、得ようとするAR-15の姿勢は一個の指揮官としても、一人の人間としても非常に好ましく思える。

こういう時贔屓したくなるのが人間の単純さの表れだろう。桃色の彼女に着席を促すと同時、棚の奥から秘蔵のコーヒー豆を取り出した彼は、自らを紛うことなく生の人間だと笑った。

 

「それは?」

 

「へへっ、今となってはレアなモノホンのコーヒー豆だ。たーんと味わえよ?」

 

「そんな貴重なものを私に……!?感激です!」

 

そんな些事で感激しててこの娘の将来は大丈夫なのだろうか。お父さん心配になりますよ。

コーヒーマシンがけたたましく唸り声を上げる。友人からの頂き物だが、彼曰く、以前どこかでやった密輸取締任務で手に入れたものらしい。軍人がちゃっかりくすねていいのかと甚だ疑問に思うが、時勢に鑑みれば仕方がないのかもしれない。

 

「どうぞ。ああ、ペルシカ殿が飲むダークリキッドよりの一億倍は飲めるものだから安心してくれ」

 

「ありがとうございます。……ええ、アレは正直お断りです」

 

そう言ってAR-15はカップの縁に口をつけた。味を讃える小さな呟きが聞こえたのは、言うまでもない。

 

「さて、定番の質問で申し訳ないが。最近の調子はどうだ?」

 

「はい。トラブルはありません。部隊の人形達とも互いに手を取り合い、時に研鑽し合う健全な関係を構築できていると自負しています。ちょっとクセモノ揃いですけどね」

 

「違いない」

 

返答した彼の脳裏には、一人ずつ順番にそのクセモノの顔が過っていた。諸悪の根源スコーピオン、言い回しが怪しいPPK、露出狂疑惑のC96、IWS2000andKar98k(天然コンビ)に酒飲み、わんこ、WA2000(ツンデレ)カルカノM91/38(ペテン師)Vector(ニヒリスト)……エトセトラ。逆によくもここまで問題児が揃ったと感心すら覚える。

せめてもと差し出した菓子には、その気苦労に対する労いの意が込められている。

 

 

「そういえば指揮官。戦術人形用の新装備が支給されたと耳にしましたが、本当なのですか?」

 

 

(ふ、触れてきた……!?)

 

 

(人形から人形装備の話題への自然なシフト……!この機は逃さない!)

 

 

相槌を打ち微笑む指揮官の内心も、続く言葉を慎重に探るAR-15の胸中は穏やかではない。そもそもが、昨日M4から伝えられた「結婚指輪型の人形用装備」の真偽を定かにするために、わざわざ訓練を早上がりして主人のもとを訪れたのだ。

仮にその噂が真実だとすれば、それは紛うことなくデリケートな話題だ。食いつき方一つを間違えただけで指揮官に奇異の視線を注がれかねない。

 

「M4が教えてくれたんです。あの子、ああ見えて新しいもの好きなところがありますから、きっと話したかったのでしょうね」

 

すかさずM4の名前を出し、あくまでAR-15は生真面目な性格故に親友を介して伝わった噂を確認しにきた、そういう体を装う。AR-15自身が強い興味を示していることだけは、悟られてはならない。

 

(ええいやはり面倒を呼び込んでくれる指輪だ!どうする、誤魔化すか?どのように?)

 

対する指揮官には、指輪の存在を開示したくない都合があった。真面目で上昇志向が強いAR-15のことだ、欲しがる確信がある。先刻の通りこれが単なるアクセサリーなら是非是非と託すところだが、プラチナ製で形状もそれっぽい物体を戦術人形に渡す気まずさが彼にはある。

 

「…….300BLK弾のことか?ことだな。そうだそうだちょうどよかった君に──」

 

「『指輪』だと、伺っておりますが」

 

すかさずの追撃が指揮官を襲う。冷徹なる狩人の眼、短いやり取りの中に溶かした情報群が突きつけた言葉の下地となる。

 

「あ、ああそっちか!悪い悪い、勘違いをしていたよ。誓約システムというらしい。俺も詳しくは聞かされていないが、まあ暗示の類だろうな。効果も保証されてるわけじゃない、実験段階もいいところの装備だよ」

 

(──なるほど、上手く捌きましたね。『詳細を知らない』という盾を構えつつ、さりげなく私見を事実のように述べてくる。設定上私は指輪の本当の効力を知らない。何故なら指輪だけを見たM4から聞かされた、それだけだから。

ですが指揮官、私は知っています。その指輪をつけた人形の戦績が向上したデータを。なにより指輪を左手の薬指に嵌める行為が意味するものを……!

どの派閥よりも疾く指揮官から指輪を授かることが私達M16姉妹には求められる。姉妹の中で誰がもらおうと恨みっこなし、とにかく指揮官を私達の間へ引きずりこむ必要がある!今この瞬間はまさに私が指輪をもらいつつそれを成す絶好のチャンスッ!逃がさない!)

 

「暗示……ですか。なるほど、運用に少々危険性を伴いそうですね。となると誰に任せるか、慎重に選択しなければならないと考えます。暗示に振り回されない成熟したメンタルを持つ人形となると……ふふっ、問題児だらけの貴方の部隊では限られてしまいますね」

 

あくまで強く要求するのではなく、徐々に選択肢を狭めて最終的に自分に至るよう誘導する。それがAR-15の演算装置が導き出した最適な手法だった。

 

(こいつ……ッ!俺の発言を更に利用して斬り込んで来やがった!クソッ、今だけは君達の真面目さをわずかばかりだが恨む!)

 

帰結から話せば、彼女はここまで最適解を選択し続けていた。

指揮官はまだ、AR-15がその内に秘める淡い感情に勘づいていない。これまで幾度となく触れた実直さと、「結婚願望はなくもないけど指輪渡すのって結婚申し込むみたいで恥ずかしいし第一相棒兼娘みたいな奴らに渡すのってなんか抵抗がある」という憫然たる機微のために煙に巻き、虚実織り交ぜ語るばかりなのである。

だが手詰まりに歩を進ませつつあるのも事実だった。AR-15の理屈は非常に理解できる。確かに暗示をかけるユニットなら実験台の選択肢は限定される。先述の問題児を全員除外するとすれば、残るのはたったの数体だ。

かつ、二人だけの空間にて遠巻きに自分に任せるような口ぶりで語る。人間心理の脆弱性を突いた巧みな戦術だと舌を巻かざるを得ない。最早指揮官には大人気ない理由を振りかざし断固として拒否するか、AR-15に託すか、実質的には二者択一なのだ。

(かと言って拒否するのはわざわざ立候補してくれたAR-15の気概を無下にするようで少々申し訳ない。しかし渡すのも……うーん……)

 

(まだ決定打が欠けるか……。いっそこの気持ちを素直に……い、いやそれはまだダメよAR-15!恥ずかしいし変な人形って思われたらどうするの!

ここはそう、そうよ。ゆっくりと答えが私になるように絞り込むべきよ)

 

「データ取りならある程度自由に動ける人形の方が都合が──」

 

 

言い終えようとしたその瞬間だった。執務室に巨石が、目を向けられないほど眩い無邪気さを伴って投じられる。

 

「あーっ!噂の指輪みーっけ!」

 

「えっ」

 

「SOPII!?」

 

「いただきーッ!」

 

それは受難の幕開け、なのかもしれない。

 




実は元々一人称でやってた話を急遽三人称に変更したという裏話。

次回、ヤツが来る。

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