その者、かつての導かれし者の一人   作:アリ

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序章〜新たなる旅路〜

 一つ、不恰好に建てられた小屋と何十という十字杭の墓を除いて目を引くものが無い拓けた土地に一人の緑色の髪をした男が佇んでいる。

 小屋を背にしばらくあたりを見回してやや小高い場所へと足を進めて座り込んだ。

 

「あれからもう一年か……」

 

 誰に聞こえる訳でも無く呟くと男はその場に寝転んで天を仰ぐ。

 

「はねぼうし」

 

 男がポツリと呟くと、腰に着けた巾着袋から発生した光が手の上に集まり、一つの形が形成される。そして光が収まると手には二本の羽が装飾された帽子が現れた。年季が入っているように見えるが良く手入れのされているような印象を受ける帽子を男は自分の胸の内に乗せた。

 男の言う一年前、この拓けた場所に小屋は無く、地は荒れ果て、焼かれた家の残骸が幾つも存在し、各所に毒で満たされた沼地が存在する滅びた村の跡地、それこそがこの場所である。

 一年の時をかけて男がほぼ一人で廃墟を片付け、毒の沼を土で埋めてやっと滅びた村から何も無い土地へと姿を変えたところだ。

 

「全部終わったあの日、世界は平和になった。魔物は出ないし国同士の争いも無さそうだよ。

……あの日、俺は確かに君とまた会えたはずだった。でも次に目を覚ましたら君も駆けつけてくれた仲間もいなかった。夢を見ていたんだって言われるけど、俺は確かに君に会ったんだ。

また会いたいよ、君にも、父さん母さん、先生、村のみんなに……」

 

 虚空に向かい言葉を投げかけるも、当然返る言葉は存在しない。

 男は流れる雲を見つめて、心地よい風に当たっていたが体を起こして顔を数回横に振った。そして手にしていた帽子は男が念じると再び光となって巾着袋の中へと消え行った。

 今の自分が過去に戻れたら現在は変わるのだろうか。そんな意味の無い自問自答をしながら墓の前まで移動して膝を折る。

 

「また、旅をしようと思う。

ここの片付けをしながら時々あいつらの所に行って稽古つけて貰ったりもして、素養があったおかげか魔法は全て使えるようになったし、色んな剣技も拳法も協力して編み出して身に付けた。

毒の沼地が消えたら行こうって決めてたんだ、今度みんなに会えた時に話す事を増やすためにもさ。

仲間には偶にここに来て墓の手入れをしてくれると助かるって頼んであるからここがまた無くなる事はないと思う。

だから、俺は行くよ」

 

 墓前に語り終えると男は膝を伸ばしてこの場所を去ろうとする。すると背後で何やら音が聞こえた。

 不思議に思いそちらの方を向くと、そちらには、かつて襲撃された際に自分だけが生き延びらせた地下室へと降りる階段がある。

 なんとなく、最後にそこも見ておこうと思った男は階段を降りる。

 埃とジメジメしたカビの匂いに本来なら不快感を覚えるのだが、男の心中は唯々、悲しみで満ちている。

 この地下室だけがかつての自分の故郷の面影を残す場所だからだ。

 男は思い出す。師に剣の手解きを受けた時のことを。

 男は思い出す。幼馴染のエルフの少女とかくれんぼをした時のことを。

 男は思い出す。村で収穫した作物をこの場所に仕舞う手伝いをした事を。

 男は思い出す。村が襲撃された日に自分だけが地下室に匿われて生き延びた事を。

 

「……なにか、動物でもいたのか?

メラ!」

 

 人差し指を立てて男が呪文を唱えると、指先に小さな火の玉が現れて地下室を照らす。

 以前は倉庫兼修行場となっていた今自分がいるスペースにはなにも見当たらない。凹凸のある荒れた床に足を取られないように気を付けて奥へと進む。

 

「……」

 

 行き着いた先は何も無い壁。しかし男が壁を調べて煉瓦の一つに手を当てて押し込むと、地響きを立てながら壁の一部が扉のように開いた。

 奥にある隠し部屋、その空間こそが男が滅びゆく村で生を拾った場所。そして、最愛だった人と今生の別れをした場所。

 

「なぜコイツがここにある……?」

 

 男は指先の火の玉を消す。暗闇を照らすという意味ではもう必要が無くなったからだ。

 中心に存在する渦のような何かが放つ青白い光によって部屋の中が照らされている。

 本来この場所には無いはずのこの存在を男は知っている。

 それは旅の扉と呼ばれ、その渦に飛び込めばその者を遥か遠くの地へと誘う謎の光の渦。

 

「丁度いい、この旅の扉の先に行くとしよう。

それじゃあみんな、行ってきます。またな」

 

 振り返り、階段の方に向けてそっと言うと男は光の渦の中へと身を投げ入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ……何処だここは……旅の扉も消えているし……とりあえず……メラ」

 

 男が転移した先は闇の中だった。

 旅の扉を利用した副作用で頭と腹の中をグルグルと掻き回されたような感覚に酷い不快感を覚えるが、すぐさま先程のように指先に火の玉を出現させる。

 周囲を見回すと、上も下も横も土や岩で固められていてここが洞窟や洞穴のような構造物の中だと思われる事が分かる。それも然程広くはない、少し長い物を振り回したら引っ掛けてしまいそうな程の狭さである。

 

「とりあえず外に出るか。ひのきのぼう」

 

 腰の巾着袋から光が飛び出して、男の手には握る部分に布の巻かれた檜の棒が握られていた。

 布の方を上にして棒を持ち直すと、指先の火の玉を布に当てて松明の代わりとする。男の魔力も無限では無いので、出口までの長さの分からない洞窟で魔力を消費し続けるわけには行かなかった。

 燃える棒を見つめて煙の向きで風の流れる方向を探り、風の吹いてくる方向、出口であろう方に向けて歩を進めた。

 

「中に灯りの松明が無いって事はこの洞窟は自然に出来たものか……周りの気配や変な足跡もあるから、人間じゃない動物か身を潜めている魔物の寝ぐらってところか」

 

 足元を見て独り言を呟きながら暫し歩くと、前方に自身の持つ松明の炎と同じ色の光が見える。

 男はおそらく自分と同じように松明を持った人が動いているのではないかと思い警戒をしつつそのまま歩き続ける。一歩一歩近くに連れてやがてその灯りの持ち主の輪郭が浮かんでくる。

 その人影は頭を全て覆う兜と鎧に身を包んで松明を持つ反対の手には小さめの円盾を装備しているようだ。そして腰には長くも短くもない、中途半端な長さの剣を携えていた。

 その人影が近づいてくるのと同時に、ここに来てから感じていた気配がざわつき始め、敵意が自分に向いているのを肌で感じ取る。

 

「止まれ!」

 

 男はその人影に見覚えがあった。魔物がいた頃、幾度となく戦った事がある、さまようよろいと名の付いた魔物と同じである。

 しかし、さまようよろいは暗闇でも目が通るので松明など持つ必要が無い。だが、先にいる存在がそうではないとは言い切れないため、男は言葉が通じるのであれば魔物ではない、或いはとりあえず害は少ないものと考えて声を出したのである。

 そして、言葉が届いたのかその人影はピタリと足を止めた。

 

「ドラゴンキラー」

 

 言葉は通じたが敵にならない保証は無い。事実、男は鎧から発している敵意が自分の方向に向いているように感じた。

 そう考えて男は巾着袋から竜の頭の意匠が施された手甲に刃の着いた武器を出現させて腕に装備する。

 

「そこをどけ」

 

 それとほぼ同時、鎧は言葉を発して男の方へと向けて駆け出して腰の中途半端な長さの獲物を抜いた。

 

「ふん……断る!」

 

 男は装備した刃を強く握る。

 そして後ろに踏み込み振り向き様に刃を下から上へと振るう。

 確かな手ごたえ。醜悪な面で子供程の背丈の緑色の魔物が縦に裂かれて体が二つ地面に崩れ落ちた。

 

「何だこの魔物……初めて見るな!?」

 

 天に向けた刃を振り下ろすと、付着していた血が良い音を立てて地面に飛び散った。

 

「ゴブリンだ。気付いていたのか?」

 

 いつしか近付いていた鎧が男に話しかけた。

 

「ゴブリン……その名も初めて聞く。

気付いてはいたさ、気配と俺に向く殺気で敵の有無と数くらいは分かる。

それで、お前はさまようよろいか?それとも人間か?」

 

 自分には向いていた敵意が消えて害は無い事を知った男は鎧への警戒を解いた。

 

「さまようよろいとやらが何かは知らん。俺は小鬼を殺す者(ゴブリンスレイヤー)だ」

 

「ゴブリン……スレイヤー?」

 

 男が鎧に受けた第一印象は、妙な奴であった。

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