その者、かつての導かれし者の一人   作:アリ

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Level9〜お節介としたい事〜

 

「はぁ……本当にツイてないなぁ」

 

 日が傾きかけた頃合いの街道にて、目に毒な豊満な胸を持つ赤毛の娘が岩に腰をかけ、四輪の内片側の前後輪が破損した荷車を見ながらボヤくように呟いた。

 なんて事のないありふれた一日、同居人の幼馴染の彼が冒険から帰るのを待ちつつ、叔父の営む牧場の手伝いで街のギルドへの配達の帰りの事だった。

 大きな石などをを轢いた訳ではなく経年劣化によるもので、叔父がそろそろ荷車を点検しないとと呟いていた事を思い出す。

 普段と違い無理をして荷車を曳いてきたせいか、手にはマメが膨れ上がり皮も剥けている。

 ヒリヒリと痛む手を合わせて痛みに堪えて下を向く。

 帰ってからもやる事はあるので、いつまでも休んではいられない。そんな事を考えて俯いていると娘の耳に足音が聞こえてきた。

 

「何か、困り事かい?」

 

 顔を上げると、長い緑色の髪に王冠のような変わった髪飾りを被り、簡素な平服を着た体格の良い男が興味を示すように立っていた。

 首元には紅玉の認識票をかけているのだが、娘に見覚えは無い。だがその認識票によって冒険者である事が伺える。

 目つきこそやや鋭いが穏やかな表情をしていたのでそこまで気にならず、中々の美丈夫である印象を娘は覚えた。

 

「えっと、荷車の車輪が壊れちゃって……何とか曳いて来たんだけど疲れちゃって」

 

 男はなるほどと呟くと、顎に指を当てて馬車と娘を見比べ、状況を把握したのか数回頷いて頭を掻いた。

 

「見たところ、車輪の予備はなさそうだね。家に替えがあるのならいっそ外してしまったらどうだい?

このままでは曳き辛いだろう?」

 

「牧場まで行けば有るけど、外すにしても人手が……」

 

「つまり、外しても問題はないんだね?」

 

 そう言って男は荷台の縁を掴むと、驚く事に片手で荷車を持ち上げてしまった。

 そしてそのまま空いた手で前輪を外すと、続けて後輪も外して荷車を下ろした。

 本来、木や石を車体の下に置いてこの作業を行うのだが、取り替えまで行うとしても二人掛かりで結構な時間を要する。

 それを取り外しだけとは言えあっという間にこの男は済ませてしまった。そもそも一人で簡単に荷車を持ち上げて傾けた腕力に娘は大変驚いた。

 

「すごい、冒険者さんってみんなこんなに力持ちなんですか……?」

 

「どうだろう、他の人は分からないけど、俺は幾らか腕力には自信があるから。

あとそれから……『ベホイミ』」

 

 男は娘へ向けて手を翳し、娘が聞きなれない言葉を口から発する。

 すると男の掌は淡い緑色に光を纏い、そしてその光は娘へと伝播し、娘の両手を覆った。

 娘はとっさに身構えだが光を受けたその瞬間、柔らかな温もりを感じて手がむず痒いような感覚を覚えると光は消える。

 

「自分の手を見てみなよ」

 

 そう言って男は両の手を娘へと向けた。

 恐る恐る娘は自分の手を目の前に持っていくと、掌のマメも皮が剥けた後も元から存在しなかったかのように消えていた。

 体を重くしていた肉体の疲労すらも。

 

「えっどうして……?」

 

「なんとか荷車を曳いてたって言っていたからね。手を痛めていたんじゃないかと思ってさ。

疲れたとも言っていたから体力も回復しただろ?

俺は聖職者じゃないけど、回復の魔法が使えるから」

 

 困惑する娘を尻目に、そう言いながら男は外した車輪を叩いて付着していた土を落として荷台に乗せ、そのまま曳き木の内側へと入り力を込めて傾いていた車体を水平にした。

 

「荷車は俺が家まで運ぼう。君も荷台に乗ってくれ」

 

「ええっ!悪いですよ!

それに……どうして私にそんなに良くしてくれるんです?」

 

「別に君に良くしてるつもりはない、困った時はお互い様だよ。車輪を取ってしまったのも俺だからね。

それに君じゃなくてもこんな道の真ん中で塞ぎ込んでいる人を見かけたら誰でも声をかけるさ。

まあ、若い娘さんが見知らぬ男に親切にされたら疑うのも無理はないか、悪い人間なんて腐る程いるからね。

でも、悪い事をするつもりなんて無い、と言うか必ずバレるし、ギルドには怖ーいお姉さんがいるからやれと言われても絶対にゴメンだね」

 

 戯けたように言いのける男を見て娘は思わず笑ってしまった。

 彼の言う通り、人を疑う事は大切だろう。

 しかし娘は直感する。目の男は信用しても大丈夫だろう。根拠はないが、少なくとも自分には無害どころか安心感すら感じられる。

 

「ふふっ、ありがとうございます。でも、自分で歩きます。なんだか、私が売られちゃうみたいですし」

 

「そうかい、では、行こうか。

ああ、見たところ歳も近そうだ、俺みたいな一介の冒険者には敬語はいらないよ」

 

「ありがとう、えっと……なんて呼べばいいのかな?」

 

「うーん、『魔物使い』とさえ呼ばなければ名前でもなんでもいいさ。

でも……個人的に気に入ってるのは『旅人』、かな」

 

「じゃあ、よろしくお願いします。旅人さん」

 

 男は穏やかな笑みを浮かべると荷車を曳き、娘はコクリと頷いて隣を歩く。

 道中、他愛も無い毒にも薬にもならない無味無臭な会話を繰り返す。それも当然の事だろう、お互い先ほど会ったばかりで共通の話題などあるはずもない、ただ無言の気まずい雰囲気を作らないためのものだが、旅人と名乗った青年はそれを十分に楽しみ、娘も声をかけてくれた彼は良い人なんだと改めて実感した。

 娘は涼しい顔で荷車を曳き続ける旅人を見てとても体力があるのだと驚く。

 伯父の厚意で同じ牧場に下宿している銀等級の冒険者の幼馴染と比べても。

 そんな事を考え、談笑しながら暫し歩いて目的地の牧場までたどり着いた。

 すると、放牧している牛を牧舎へと誘導しているの口ひげを蓄えた中年男性、牧場の主であり娘の伯父の姿を見かけた彼女は手を振って声をかける。

 

「伯父さん、遅くなってごめんなさい。荷車が壊れちゃって遅くなっちゃった」

 

 帰ってきた姪と、隣で荷車を曳く見覚えの無い男に気付いた牧場主は怪訝な表情を浮かべると、牛の誘導を中断して二人の元へと近づいて来る。

 

「ああ、お帰り。大変だったようだが無事で何よりだ。

……それで君はなんだね?」

 

 チラリと旅人の首元の認識票を見て叔父は訪ねる。

 

「ちょっと伯父さん!

この人、私が困ってたら助けてくれたんだよ」

 

 叔父の旅人に対する冷たい態度を娘は諌めるが、見ず知らずの人間を、それも無頼漢に毛が生えた存在である冒険者を疑う事は決して間違った事では無い。

 善人面で人に近付き、無理矢理手を貸してきたと思えば難癖をつけて報酬をせびり取る。

 叔父は長い人生の中でそんな人間の話を幾つも聞き実際に見てきた。そしてそれは冒険者の割合が高かったのだ。

 そして、姪の事をいい子に育ってくれたと大切に思っていて、そういった輩が近寄ると思っただけで耐えられないのだろう。

 

「道すがら、お節介を焼いただけですよ。ただの気まぐれです。

さて荷車の車輪ですが、俺が外してしまったので予備の取り付けまでさせて貰いたいのですが?」

 

 牧場主の冷たい視線なぞどこ吹く風と言わんばかりに、笑みを浮かべたまま平然と旅人は答える。

 その態度も気に入らなかったのか、牧場主は微かな苛立ちを覚えた。

 

「……なにが目的だ。君がそこまでする義理はないだろう?」

 

「伯父さん!」

 

「黙っていなさい!」

 

 姪に強い口調で言ってしまった事を気に病みつつもこの子は良い子過ぎる、誰かに騙されてからでは遅いと考えて険しい顔で牧場主は旅人を見据えた。

 

「……なにがあっても強く、正しく生きろ。

父の遺言(教え)を心掛けて生きているだけですよ。

困っている人を助けるのに理由が必要ですか?

……俺が気に入らないのであれば、半端なままで申し訳ないですが、これで失礼させていただきます」

 

 旅人は笑みを崩す事なく、涼しい顔でそう答えると、引き木の中から出て踵を返して来た道を引き返す。

 旅人の口から出た言葉に、牧場主と娘はどこか彼が物悲しさを含んでいたように感じた。

 どうやら本当に悪気なんてものは無いのであろう。旅人の目と態度からはそう思わせるものが醸し出されていた。

 牧場主は、これも実は作られた仮面で、悪事を働く気があったのなら大した役者だと内心思うが、そうではないのだろうと理解している。

 それでも一度悪態に近いものをついてしまったので、振り上げた手を下ろす場所を探す。

 

「……待ちたまえ。

すまなかったな、君がここまで荷車を曳いて来たのは事実だ、礼はしよう」

 

 牧場主の言葉を聞いて、旅人は足を止めて振り向いた。

 だが、その表情は眉を顰めて複雑そうな困り顔を浮かべていた。

 

「あー、お礼なんて結構、先ほども言った通り、俺がしたいから手伝っただけなんですから」

 

 旅人の顔に浮かぶのは笑みというよりも苦笑に変わっていた。

 無益な行いをやるとは、彼はどうやらただのお人好し、悪く言えば馬鹿がつくほどのそれなのだと、牧場主は少し失礼だと考えながらそう思う。

 

「労働には対価があるものだろう。

それは牧場を営む私達も、君達冒険者も変わりはないはずだ。

……礼を渡す事で貸し借りが無くなるからこちらとしても寝心地がいい。

大した礼は出来ないが、多少の財貨かミルクやチーズといった物なら渡す事は出来る」

 

 牧場主の言葉に旅人は納得はした様子だが、未だに眉を顰めたまま困り顔で苦笑いを浮かべて頰を指で掻いていた。

 

「あっ、あの!」

 

 気まずい雰囲気の中、娘は口を開いた。

 思わぬ所から声が上がったので牧場主も、旅人も思わず目を丸くして彼女を注視する。

 

「物を貰うのが腑に落ちないならさ、ウチでご飯一緒にどう?

私が腕によりをかけて作るから!」

 

 そう言って娘は右手に拳を作って上へと挙げた。

 その様子を見て旅人の困り顔も少しはマシなものになり、静かに微笑んだ。

 

「それは大変魅力的で最高の報酬だね。だけど……」

 

 旅人は牧場主の方を見やり、その先の言葉は言うまでもない。

 あとは牧場主の判断だけだった。

 娘も何かを期待するように叔父の方をジッと見ている。

 

「君がそれで良いならな、この子の作る料理は美味い。楽しみにするといい。

そのかわり、荷車の車輪を取り付けてもらおうか」

 

 彼としても、良い落とし所が見つかったと娘の提案を受け入れた。

 たしかに見ず知らずの男を家に上げるのは抵抗がある。それでも、可愛い姪っ子が言った事を無碍にするなどと言う事はあるはずがなかった。

 

「ありがとうございます。

それじゃあ、早速荷車を直させてもらいます」

 

 そう言って、旅人は再び荷車の引き木に手をかけて娘の案内の元、予備品の眠る小屋の方に向かって行った。

 

 

 

 車輪を外す事に時間がかからなかったのだから、取り付ける事にも時間がかからない事は当然だろう。

 それでも、かつての旅で馬車の点検をしていた時の事を思い出し、どこか懐かし味を感じて顔を綻ばせた旅人にとって作業は少し楽しかった。

 そして旅人は一息つくと、小屋を出て外にある大きな石に腰をかけた。

 そのまま大きく余ってしまった時間潰すために夕陽を只々眺めていた。

 牧場主には作業を終えたら家に入ると良いと言われたが、自身を快く思っていない彼に不快感を与えるくらいなら外で待っていようと決めたのだ。

 幾分時が流れたのかはわからない。ただ、穏やかに流れる時間を旅人は心地よく感じていた。

 

「……穏やかな景色だな。世界中に魔物が闊歩しているとは思えないくらいに」

 

 今この瞬間、自分の見ている平和な景色は元の世界と変わらないのだとそう実感したその時、夕陽を背に一つの人影が目に入り、それは少しづつ大きくなりこちらへと近づいて来ているではないか。

 夕陽を手で隠して目を細めてその存在を確かめると、見てくれは元の世界でもこの世界でも見覚えのあるものだった。

 まだ暑さの残る夕暮れ時なのに、鎧と頭が覆われる兜まで身に付けた者、それは元の世界で見た魔物とは違う、初めてこの世界に来てあった人間だ。

 思わず含み笑いを浮かべて旅人は鎧に向かって手を挙げた。

 

「やあ、久しぶりだねゴブリンスレイヤー。その格好、暑くないのか?」

 

「いや、だがいつ不意打ちを喰らうか分からん」

 

 それもそうか、と返して旅人は立ち上がり大きく背筋を伸ばす。確かに、自分も以前の旅では常に防具の類を身に付けていた事を思い出して、改めてゴブリンスレイヤーの用心深さに感心する。

 

「なぜここにいる?」

 

 顔も隠れていて感情の読みにくい声でゴブリンスレイヤーは旅人に問う。

 

「ここの娘さんが曳いていた荷車にトラブルが起きたみたいでな。

偶然そこを通りかかって手を貸しただけだ。礼に食事をご馳走してくれるそうだ。

しかし、君の家だとは知らなかったよ」

 

「いや、俺の家ではない。下宿しているだけだ」

 

「……そうか。冒険の帰りか?」

 

「ああ、これからまた」

 

 そこでゴブリンスレイヤーは言葉を止めた。

 旅人は、彼が見ているのであろう方角、つまり自身の背後へと顔を向けると牧場の娘が小走りでこちらへと来ていた。

 

「おかえり」

 

「ああ、ただいま」

 

 旅人の目から見て、娘の顔は会ってから一番の穏やかで喜びの含まれた優しい顔をしていた。

余程、彼の帰りを待ちわびていたのだろうという事が見て取れる。

 また、ゴブリンスレイヤーの声も幾らか和らいでいた様に感じ取れ、お互いがお互いの事を大切に思っているのだろうと、何となくだが察した。

 それは実に良い事だ。

 ただいまとおかえり。

 有り触れたそれは旅人にとっては途轍もなく尊く、そして自分には縁が薄い言葉なのだと身に染みる。

 そんな二人を見て、決して妬み嫉みの感情は持っていない。ただ、少し、羨ましいとは思った。

 

「えっと、そろそろ出来るから呼びに来たんだけど、君も食べるよね!?」

 

 嬉々として娘はゴブリンスレイヤーに尋ねるが、彼は首を横に振った。

 

「いや、ゴブリン退治に行く。今から出れば明日の夕方には着く」

 

 そっか、と娘は理解はしているが納得はしていない様子で言葉を零す。その表情は先程と打って変わって悲しみが浮かんでいる。

 ゴブリンスレイヤーの方はどう思っているのかは分からない。おそらくだが、申し訳ないとでも思っているのだろうか。

 そんな二人のやりとりを見ていて、少し心が痛んで居た堪れなくなった旅人は、老婆心が働いたのかどこからともなく地図を取り出して広げた。

 

「それはどの辺の事だ。もしかしたら、力になれるかもしれないよ?」

 

 彼は地図のある地点を指差すと、その場所を見て旅人はニヤリと笑った。

 

「なるほど、すぐ近くの村からの依頼みたいだな。

その村までなら、俺の魔法ですぐに行くことが出来るな」

 

 そこは偶然にも先のマンティコアの住み着いた廃墟からそう離れていない場所で、旅人は件の村に立ち寄った事がある。

 

「……転移の術が使えるのか?」

 

「いいや違う。だが、時間をかけずにこの村までなら飛んで行く事ができる。

つまり君が食事をして少し体を休める時間も確保できて、本来君が移動するよりもずっと早く目的地に到着できる。

明日の夕方ではなく早朝にな。ゴブリンの巣を潰すならそのどちらかの時間なんだろう?」

 

 そして旅人は一度手を叩くと、論より証拠だとゴブリンスレイヤーの肩に手を置いて何やら呪文を唱えた。

 すると次の瞬間、娘は自分の目を疑った。

 二人の姿が一瞬で消えてしまったからだ。

 いや、正確には宙に浮いてそのまま高く空へ飛んで行き、消えた様に見えたのだ。

 そして呆けている間に、再び二人は少々離れた場所に空から戻ってきた。着地するときは舞い落ちる木の葉の様にゆっくりと地に下りていた事が印象深かった。

 娘は開いた口が塞がらないと言った様子で唖然としていた。

 

「どうだ、悪い話じゃないだろう。無論、ゴブリン退治にも手を貸そう」

 

「術はあと何回使える?」

 

「向かう時の分を引いても十数回は使えるから安心してもらって大丈夫だ」

 

「……俺も食事をする」

 

 少し間を空けて彼はそう言った。

 その言葉で娘は正気に戻ったのかみるみる内に表情は明るくなり、良い返事を彼に返していた。

 

「なにからなにまでホントにありがと。あと……お仕事の時、彼の事よろしくお願いします!」

 

「ああ、任せてくれよ。

だけど気にしなくていい。ただのお節介なんだからさ」

 

 そう返した旅人は、先を歩く二人に続いて家の方へと歩を進める。

 お節介焼き、人の為になる事をするのが、正しい生き方なのだと、誰も教えてくれないが旅人はそう思っているのだ。

 

 

 

 

 

 

 遠くの山から太陽が顔を出し、多くの生きとし生ける者が目を覚まして活動を始めようとするそんな時間に、ある洞窟からゴブリンスレイヤーと旅人は帰還した。

 小鬼の返り血によって血塗れ様相のゴブリンスレイヤーに対して、旅人には血など一滴も着いていないのが対照的だが、自身が痛痒を受けずに返り血を浴びたのならば、それはまた勲章となる。

 

「3匹か、まだここに棲みつき始めたばかりで、犠牲者も居なくて良かったな。被害も少しの作物だけのようだしな」

 

「数が増えると厄介だ。その前に潰すに越した事はない」

 

「その通り、魔物に遭遇する数は少ないに限る。

しかし、ゴブリン……他者を虐げ奪う事で生きるとは……度し難い生き物だな。

しかも楽しんでいるように見えるから、尚更虫唾が走る」

 

 心底嫌悪するかのような苦い表情を浮かべながら、生い茂る草を分けながら旅人は歩を進める。

 それに並んで同じように歩くゴブリンスレイヤーは口を開いた。

 

「奴らは自分がされた事を決して忘れない。

生き延びて知恵を付けたゴブリンはそれを人間相手にしているつもりなのだろう」

 

 返答があるとは思っても見なかったのか、旅人は目を丸くするも、そのまま歩き続ける。

 ゴブリンスレイヤーも共に歩き、そして言葉を紡ぎ続ける。

 

「ある日突然、自分の住処が怪物に襲われたと考えてみろ」

 

 思わず足を止め、旅人はゴブリンスレイヤーの方へと向き直る。

 胸の内が、いや、全身が焼かれるような感覚を覚えるがゴブリンスレイヤーはそのまま続けた。

 

「奴らは我が物顔でのし歩き、友達や家族を殺し、略奪して回る」

 

 平静を保て、例えばの話だ。

 偶然、自分も似たような目にあっただけのたとえ話だ。

 旅人の耳に彼の言葉は確かに入ってきたし理解も出来る。

 だが、同じくらい、胸中がまるで蜘蛛の巣から逃れたい一心で身体を攀じる虫の如く強く跳ね回る。

 

「他にも自分の姉が襲われて嬲り者にされ、玩具にされ、殺されたとする。連中はゲタゲタと笑い、好き放題して家族の死体を放り捨てたとする。

その光景を初めから終わりまで隠れて息を殺して見ていたとする……許せるわけがない」

 

 その後も彼の動きの見えない口は止まらない。

 自ら武器を取り、身体を鍛え、策を練り、報復のためにそれを何度も何度も繰り返す。

 失敗と成功を繰り返し、次はもっと上手くやる事を続けて行くうちに楽しくなる。そして強くなる。

 身に覚えの有り過ぎるに旅人は息をするのも忘れて聞き入っていた。

 

「連中はそうやって増長していく。

事の始まりなんてそんな物だ。つまり、俺は奴らにとってのゴブリンだ。

……どうした?」

 

 彼が自分を案じた言葉で旅人は漸く我に帰る。

 途中までは、自分によく似た境遇のありふれたゴブリンの話かとも思った。だが、最後の言葉で旅人は彼の身に起きた事を悟る。

 旅人は無残に焼き尽くされたような感覚に胸を痛めながら、いつしかカラカラに乾いていた口の中を剥がすように開く。

 

「……なんでもないさ……似たような、経験をしただけだ」

 

「……ゴブリンか?」

 

「いいや、ゴブリンじゃない……それと俺は……それを聞いていた」

 

「そうか」

 

 ゴブリンスレイヤーの返事を境に会話は途絶えた。

 旅人はギルドで彼に対する悪印象の噂をよく耳にしていた。

 銀等級らしくない汚らしい冒険者、雑魚狩り専門で成り上がった男、不気味な偏屈者、小鬼を嬉々として解体する異常者等々、様々な悪評をこれでもかと聞いた事を思い出す。

 実際に旅人自身も、初対面では妙なやつといった印象を持ったが、さまようよろいではないと分かればそう悪いやつでは無いと思っていた。

 

 軽々しくそんな渾名を付けるのは、あんな目にあっていないからだ。

 偏屈者、異常者、それなら自分の大切なものを奪った者を手放しで許せるのか。

 肉体か精神を壊さずに生きていられるのか。

 彼は異常なんかじゃない。寧ろ、自分の強い意志で振り上げた剣を憎い仇に何度も下ろしている。

 それを、如何な理由があれど、やめてしまった自分の方が、よっぽどの異常者だ。

 

「……牧場の彼女、幼馴染と聞いたけど……同じ目に?」

 

「いや、その日は牧場に居た」

 

「そうか」

 

 明るい笑顔を浮かべていた彼女もまた、故郷を失っていた。

 その場に居なくとも、彼女も故郷を失っていたんだ。

 自分が負った傷、ゴブリンスレイヤーが負った傷とも違った傷を彼女も負っているんだろう。

 それがよくある事と言われているのに、旅人は自身の過去と重ねて激しく憤る。

 だが、彼に一つの言葉もかけることは出来ない。

 自分が他者から受けた言葉は殆どが自分に響くことなく、却って傷を抉る事の方が多かったから。

 旅人は大きく息を吸い込んで心中の憤りを飲み込んで抑えると、ゴブリンスレイヤーの肩を掴む。鎧に付着したゴブリンの体液や血で手が汚れる事も厭わずに。

 

「……ゴブリン退治に一日の長がある君に烏滸がましい事かもしれないが、もし、この先、ゴブリン退治で君の手でどうにもならない時は、声をかけてくれ、手を貸そう」

 

 同情でも慰めでも無い。

 ただ、旅人は思いついてしまったのだ。

 彼が死んだ時、牧場の彼女はどうなってしまうのか。

 また逆の事が起きた時、彼はどうなってしまうのか。

 せめて、自分がこの地にいる間は、同じ故郷を失った同士の二人だけは健在でいてほしい。

 一人ぼっちにはならないでほしい。

 一人では殆ど何も出来ない自分に出来る事は、手伝う事しか出来ないのだから。

 

「ああ」

 

 素っ気なくそう返したゴブリンスレイヤーは再び足を進める。

 飛ぶ事を頼まないあたり、気を使ってくれているのだろう。

 おそらく、自分はひどい顔をしていたはずだ。

 意外と、周りを見ているのだなと、頭に上った血を冷ましながら旅人は前へと踏み出す。

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