その者、かつての導かれし者の一人   作:アリ

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Level10〜何も無い一日〜

 

 

 神官長のお使いで街の道具屋へ包帯を取りに行った帰り道、神殿の少女は思いもよらない人を見つけた。

 その人は街の冒険者なのだから、珍しい事では無いのだが、自分が神殿から出る機会がそう多くないから、ただ街で会うというのが新鮮だった。

 よく神殿に足を運んで寄付をしてくれる、礼拝堂で二回お祈りをする、自分よりも幾分か年上の立派だけどどこか変わった雰囲気の、旅人と呼ばれる青年(お兄さん)

 

「こんにちは。あの、どうされたんですか?」

 

 包帯の入った籠を抱えるように持ったまま横から声をかけると、少しだけ驚いた顔をして彼は少女の方へと顔を向けた。

 

「やあ君か、こんにちは。

少し気になることがあってね……そうだ!君、今腹は減っているかい?」

 

 彼の質問に対して、少女は昼に食事をしてから大分時間が経っていた事を思い出して少し、と答える。

 

「それは良かった!」

 

 そう言って彼は笑いかけると、少女の手を引いて先ほど向いていた方へと歩き出した。

 急な行動に少女は抱えていた籠を落としそうになるが、上手く体重を移動して持ち直して彼の後を追わされる。

 少しだけ歩いて彼は足を止めた。

 そこは通りに建てられた一つの露店だった。

 見たところ、焼き菓子を扱っているのだろうが客は誰一人おらず、店主は眠そうな顔で座っている。

 しかし、店から漂う甘い良い香りが少女にとっては何よりも印象深かった。

 

「店主さん、彼女に菓子を一つ頼む」

 

「へっへい!少々お待ちくだせぇ!」

 

 彼が取り出した銀貨を目をこすりながら店主は受け取ると、意識が変わったのか慣れた良い手つきで調理を始める。

 

「あのー?」

 

 すっかり置いてけぼりの少女は彼に抗議の意味を込めて細い声を出した。

 

「ああ、急にすまない。

日頃世話になってるギルドの職員に差し入れでもと思ってね。どうせなら美味い物の方が良いだろう?

用事の最中に申し訳ないが味見で少しだけ、時間を俺にくれないか?」

 

 苦笑を浮かべながら彼は言う。

 度々神殿を訪れる彼は会う度、気さくに自分に話しかけてくれて冒険の事を話してくれる。

 加えて初めて会った時に高価そうな宝石を譲られ、神殿に多額の寄付をしている。

 良くしてくれる彼の頼みと言って良いのか分からないが、それを無下にする事は彼女には出来なかった。

 

「いえ、大丈夫ですよ。ありがとうございます。

急ぎでは無くて良いと神官長様も仰っていましたので。

でもどうして貴方の物を頼まないんですか?

そもそも、自分で確かめてみたら良かったのでは?」

 

「あー……色々あってね。生まれつきって訳じゃないが俺は舌が馬鹿でさ、殆どの場合、味がよく分からないんだ」

 

 はじめに少し言い淀んではいたものの、彼は何事も無かったかのように平然と言ってのける。

 人の五感の一つ、味覚。何かを食べた時に味を覚える大事な感覚。美味な物を食べた時のそれは生きている上での苦痛や辛酸を和らげる事の出来る手段の一つだと、少女は考えている。

 それがもし無かったとしたら。そう思うと、自分はなんと軽はずみな事を言ってしまったのかと、彼が店の焼き菓子を買わなかったのに事情がある事を察せなかったのかと、自己嫌悪に陥り自分の至らなさに口惜しく思う。

 

「俺が悪い事をした気分になるからそんな顔をしないでくれよ。それに、これでも体は大分マシにはなったんだ。

旅を始めた頃はもっと酷かった……だから、気にしないでくれ」

 

 彼は静かに笑って穏やかな顔のまま、諭すように語る。

 そんな彼に対して少女は言葉を紡ぐことが出来ずにしばらく間が空くと、機会を見計らったかのようなところで店主がこちらへと顔を向ける。

 

「へい!お待ちどう様です!」

 

「おっと、これはどうも」

 

 彼は代金を支払って焼き菓子を受け取り、そのまま少女を近くの長椅子へと座るように促した。

 

「食い物が不味くなりそうな話は止めよう。さあどうぞ」

 

 受け取ったそれは包み紙越しでもとても熱を持ち、そしてとてもふわふわとしていて柔らかい物だった。

 少女はしばらくそれを見つめて何かを考えていると、彼は怪訝な顔で訪ねた。

 

「食べないのか?それとも嫌いな物だったかい?」

 

「いえそんな……あの!殆どの場合って言ってましたが、どんな時なら食べ物の味が分かるんですか!?」

 

「……二月程前、ある一党と依頼の先で縁ができてね、その時に飯と酒を奢られたんだが、その時は美味いと思ったよ。

たぶん気心の知れた相手、とまでは言わないけど、知り合いと何かを食べれば分かるんだと思う」

 

 どこか自信のなさそうに推測を語る彼の言葉を聞いた少女は、そうですかと呟く。

 そして手に持っていた包み紙から顔を出している焼き菓子をもう片方の手で持って半分に千切り、包み紙に収まっている方を差し出した。

 自らの手が焼き立ての菓子の熱で火傷を負うことも厭わずに。

 

「っ……私じゃダメだと思いますが……一緒に食べましょう!」

 

 少女は手の痛みに少しだけ顔を歪めるも、心配はさせまいと健気に彼へと笑顔を返す。

 彼女からの厚意を受けた彼はとても穏やかな顔になりまた笑顔を彼女に返し、彼女が差し出した方ではなくて剥き出しの焼き菓子を取り、少女の隣に座った。

 彼は熱さに耐性があるのか、手に取ったそれで顔を歪める事はない。

 

「ありがとう。君は本当に優しいんだな。

だけど、俺なんかのために痛い思いはしないでくれ。

『ホイミ』」

 

 彼の手が緑色の光を放ち少女が同じ光を身に纏うと、火傷独特の手の痛みが徐々に薄れて赤みは無くなり、元々の白い華奢な手に戻っていた。

 

「えっ、あっ、奇跡まで……本当にすみ」

 

 少女が言い終える前に、彼は人差し指を立てて彼女の眼前に持っていく。

 

「このままだと、お互いに謝罪のし合いと礼の言い合いになりそうだ。

俺は君に感謝しているし、ありがたい事に君も俺にしてくれているんだろう?

それならここでお休み、冷める前に菓子を食おう」

 

 少女は下げられた指先を目で追った後、有無を言わさないと言わんばかりの彼の目を見てコクリと頷く。

 自分の視線に気がついた彼が笑顔を向けた後、半分に割った菓子を口に放るのを見て、自分も手に持った菓子を口へと運んだ。

 口に入れた瞬間、温かさのある甘味が口の中を駆け回って思わず顔が緩んでしまう。

 神殿での生活故に甘い物を食べたのなんて久方ぶりだから仕方のない事だと自分に言い聞かせて、ふと彼の方に目を向ける。

 

「甘い……な。そして、美味い」

 

 そう零した彼の顔は、まるで安堵したかのように綻んでいた。

 そして残りの菓子を口へと放り込んで穏やかな表情で味わっていた。

 

「はい、とても美味しいですね」

 

 彼の微力になれた事に少女は少し嬉しくなる。

 二人は少女が菓子を食べ終わるまで談笑して、彼が今度神殿に土産として持っていく事を約束して別れる。

 一人歩く彼の手には袋には手土産用の紙に包まれた焼き菓子が持たれていた。

 今は昼下がり、日が沈むにはまだまだ時間がある。

 

 

 

 

 

 少女と別れた旅人は、暫く街の散策をして気が付いたら、自身の拠点でもあるギルドの方へと足を運んでいた。

 高い金属同士がぶつかり合う音が耳に入ったので何気なしに裏手の広場の方へと行ってみると、何時ぞや洞窟で共闘した一党の面々がそこにいた。

 斥候の少年が息も絶え絶えといった様子で広場の端に座り込み、傍には安堵した様子の巫術師の少女がいた。

 今は銀等級の重戦士と女騎士の二人が互いの得物を打ち合い鍛錬をしている様だった。

 重戦士が大剣を振り下ろすと、女騎士は両手剣で受け、踊る様に大剣を滑らせて刃を自身から逸らすと身を翻して剣を振るう。

 それを重戦士は手甲で受け止めると先程よりも速度はやや落ちるものの、相当な重量があるであろう大剣を片手で振り上げる。

 その大剣の勢いは風を巻き上げ竜巻でも起こすかのように思える剛の剣。

 それをよくも軽々と躱し、時には受け止めるのだから女騎士も銀等級に恥じぬ凄腕の能力を持つ。

 訓練の範囲とはいえ、中々に鋭い剣戟に旅人はついつい目を奪われていた。

 

「見事なものだ」

 

「当然でしょう。うちの頭目とその相方なんですから」

 

 ふと零した言葉に返す者がいた事に旅人は驚き、声が聞こえた背後の方へ体を向ける。

 

「どうもこんにちは、久方ぶりですね。ご健康なようで何よりです」

 

 器用に五つの杯を両手に持った半森人の軽戦士が旅人に笑顔を向けて立っていた。

 

「そっちも息災のようでなによりだ。今日は冒険は休みのようだが精が出るな」

 

「ええ。先程までは私も共に訓練していたのですが、彼がついに疲労で動けなくなってしまいまして。休憩に飲み物でもと思いましてね」

 

「……鍛える事は大切さ。

……肝心な時に何も出来なければ、只々……自分の無力を呪う事しか出来なくなる」

 

 彼等の鍛錬の様子を見ると、脳裏にかつて師と剣を打ち合った記憶が思い出される。

 同時に故郷が滅ぼされた日、自分は匿われるだけで何も出来ず、全てを失った事も。

 

「そうですね……貴方は今日はどうしたんですか?

昇級審査が有るわけでもないのに、この時間に会えるなんて随分珍しい事じゃないですか」

 

 険しい表情にでもなっていたのか、軽戦士は察してくれたようで話題を変える。

 旅人は気を使わせてしまった事に申し訳なく思うが、今はそんな厚意に甘える事にした。

 

「魔物退治に行こうとしたんだが、受付さんにいい加減に休めと怒られしまってな。

遠方へは今度足を運ぼうと決めていたから、今日はアテもなく街を歩き回ってきたところさ」

 

「いい加減にって、どれ程続けて依頼を受けていたんです?」

 

「この街に来た、次の日から毎日」

 

 思い返す必要も無く、旅人は即答する。

 最初の昇級審査で受付嬢に咎められてから、受ける依頼は一日に多くても五件としていたのだが、流石に二月程毎日魔物退治に赴いていたら自分を労れとお叱りを受けた所在である。

 呆れ半分といった様子の視線を軽戦士が向けていたので旅人は続けた。

 

「俺は生まれつき傷の治りが人一倍早くてな。傷も最低限の処置をして眠れば治る。もちろん体力も全て回復する。

さて、そろそろ彼等が君を待ち望んでいる頃じゃないのか?

早く行ってあげると良い」

 

「ええ、そうします。

面白い冗談も聞けた事ですし失礼します。また今度、一緒に飲みましょう」

 

 そう言って軽戦士はお辞儀をすると仲間の元へと駆けて行く。

 冗談では無いのだがな、と一人ごちると手に持ったままの焼き菓子の存在を思い出す。

 どうせ今自分が食べても味など分からないのだからくれてやれば良かったと思うが後の祭りだ。

 暫く呆けていて、視線を手に持っていた焼き菓子から彼等の方へ移すと、皆が杯を手に取り談笑をしていた。

 時に笑い、時に叱責し、そして重戦士は少年斥候の頭を乱暴に撫で回す。

 重戦士の腕を手で掴んで抵抗してはいるものの、彼は満更でも無い様子の笑みが溢れている。

 女騎士は堂々たる態度で軽戦士と少女巫術師に語りかけ、彼等はやれやれと言ったように苦笑を浮かべていた。

 彼等のそんなやり取りを見ていた旅人は、仲間という存在が随分と縁遠いものになってしまったと少し心が締め付けられる。

 だが、この世界に来た事こそ予想外だったが旅に出たのは自分の意思だ。

 たとえ会えずとも、かつての仲間達が元気でいてくれれば、それでいい。

 

「今頃、なにしてるのか」

 

「誰の事をいってるの?」

 

 いつの間にか、今度は監督官が隣に立っていて興味津々といった様子で旅人の顔を伺っている。

 二人も接近を許すとは、周囲を警戒していなければ自分もこんなもんかと、自嘲気味に旅人は笑う。

 

「いたのか。呆けていて気がつかなかったよ」

 

「私もこっそり近付いたからね!

それで、誰の事を考えてたのかな?」

 

「……以前共に旅をした仲間の事をね、病や怪我無く元気にしているのかなってさ」

 

 

「へぇ、ちょっと恋しくなっちゃったんだ。

いろんな怪物をバッサバッサと薙ぎ倒す旅人くんがねぇ」

 

 中々可愛げのある所もあるものだと、監督官は悪戯っぽく笑う。

 そんな含みのある笑顔に対して旅人は特に気にする事も無く答えた。

 

「ああ、みんな良い奴だからな。

それに、その時の仲間がいなければ、今俺は五体満足でこの場に立ってはいないだろうさ」

 

「へぇ、旅人くんがそこまで言う人達か……うん、興味出てきた!

良ければ話聞いてみたいな。お茶でも出すからどう?」

 

「今は仕事中じゃないのか?」

 

「この時間帯は冒険者さんも少ないから手が空いてるんだよ」

 

 そんな彼女の言葉に対して、手に持った焼き菓子の存在を思い出した旅人は丁度いいと、静かな笑いを浮かべる。

 

「せっかくだからお呼ばれしようか。茶菓子もある事だしな」

 

 そうこなくちゃと返す監督官は浮足だって先を歩き、旅人はその後を続いてギルドの中へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽は落ちて空に星々とまだ見慣れない二つの月が空に浮かんでいる頃、ギルドの酒場とは違う辺境の街にある、もっと小汚く荒くれ者の多く集う酒場にいる。

 喧騒の渦の中、着いた卓の上には一本の酒瓶と干し肉の乗った皿が置かれているのみだ。

 

「……今日は良い日だったよな」

 

 そう零して旅人は酒瓶を掴んで中身の酒を煽る。

 曰く中身は酒だと言われて出されたが旅人にとっては水とさほど変わらない。違いは色がついてがいる事と僅かに独特な匂いがする事くらいだ。

 それでも周りが酔いによって気分が高揚し、騒いでいる事と自信が感じる匂いからこれは酒で間違いないのだろう。

 次いで干し肉を口に放り噛み締めるが、塩漬けされているはずのそれは噛めども噛めども味は無く、ただ歯応えのあるだけの物であった。

 ほんの僅か、自身の身体の異常が治っていた事を期待したがやはり変わらず、一人で何を飲み食いしても味は分からない。

 

「……当然の事か」

 

 あの時自分だけが生き延びた。自分のせいで魔物の襲撃が起きたにも関わらず。

 そんな己が唯のうのうと生きていて良いはずはない。寧ろ、この程度の身体の異常ならば少なすぎる。

 自分が常に幸せの中にいる事はあってはならない。

 他に自身の身体に異常が起きたのならそれを受け入れるつもりだ。

 だが簡単に命を捨てる事も、ただ自死する事も、心を壊して虚空を見つめて無意味に生きる事も許されない。

 故郷のみんなのおかげで長らえている命、鍛えられた能力、それは誰かのために使わなければいけない。

 それが、旅人の考えだ。

 

「……要求されたら喜んで差し出すよ。

でも、許されるのなら、偶に感じるこの平穏と幸せは享受させてほしい」

 

 昼間の事を思い出す。

 神殿の少女に会い、菓子を分け与えられてその味を感じれた事。

 重戦士の一党の訓練を見て少し懐かしい気分に浸れた事。

 監督官に誘われて紅茶を飲みながら、その時手の空いていた受付嬢もくわえ、致し方なく嘘を交つつ自身の過去を話したこと。

 その時に頂いた紅茶の味もまた美味かったと、味のしない酒と肉を口にしながら浸る。

 

「……あの子は気を使ってくれたが、味を感じない事は何も悪い事ばかりじゃない」

 

 味覚がないおかげで食の関心が薄くなった。つまるところ、身体に害がなければ腹に貯まればなんでも良い。

 ギルドの女給には悪いが、食費を抑えられる。

 他にも、元の世界から持ってきた食べる事に非常に抵抗があった、酷い味のする種やきのみを苦なく食べられる。

 あとはこれまた味の酷い、飲む人間が限られると言われている安酒で手軽に酩酊出来る事だ。

 他にも何か無いかと頭を回すが、どうにも回転が鈍い。酔いが回ってきたのだろう。

 

「本当に酒だったか……今の俺を見て、みんなはなんて言うだろうか」

 

 特に酒が大好きだった踊り子の彼女が言う事が気になる。

 尤も、自分は彼女と違って好んで飲んでいるのではなく、縋っているのに過ぎないが。

 さて、酔いが回り過ぎて帰れなくなる前にと、旅人は料金を卓に置いて席を立ち帰路に着く。

 質の悪い酒の副作用による頭痛と倦怠感は明日の自分に任せて、今日はとても良い日だったと何度も思いながら歩を進める。

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