その者、かつての導かれし者の一人   作:アリ

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Level12〜強敵を討て〜

 

「さて、術師らしい事もしておくか。

『ピオリム』『スクルト』」

 

 旅人が腕を横に薙ぐと、一行の体がまず緑色、次いで薄紅色の順で発光する。

 それぞれが体に走る活力に違和感を覚えるも、旅人は敵の方を見たままそれを制する。

 

「全員の動く速さと守備力を向上させた!

時間経過で効果は切れるからあまり過信するな。

その時か傷を負った時は大声を出せ!俺が再度強化と治癒を請け負う!」

 

 旅人は端的に説明をすると、そのまま駆け出し、一瞬のうちに首無し騎士の懐に入り込み剣を振り上げる。

 しかし、敵も中々の手練れのようで、その疾き一撃を盾で受け止めると、今度は首無し馬が旅人を大地事踏み潰さんと蹄を振り下ろす。

 大きな地鳴りを起こしたそれは、只々血を踏めしめたのみで、軽々と旅人はそれを躱し大きく距離を取る。

 

「首無し騎士相手に一撃離脱たぁやりやがるな。

……俺もやるかぁ!」

 

 戦斧を手に斧戦士は骸骨の群れへと駆け出すが、まるで装備の重量と体重が半分になり、更に背中に羽根でも生えたかのように身体が軽く感じた。

 されど大きな違和感は無く、動きに異常も出ない事を確認しながら腕に防具がわりに巻いていた鎖を少しだけ解いた。

 急な接近に対応が遅れる骸骨供を尻目に、群れの中へと飛び込んだ斧戦士はその場で大きく両手で持つ得物を横に振るい、骸骨を端から折り砕く。

 腕力までは上がらないかと斧戦士が思案すると、骸骨の一体が粗悪な剣を彼へと振り下ろす。

 

「おい!」

 

「なんて事ねぇよっ!!」

 

 青年戦士の声と同時に、問題はないと斧戦士が返す。

 戦斧を片手に持ち替えて、振るった勢いのまま身体を回転し、そのまま解いておいた腕の鎖の端を鞭の様に背後の骸骨の腕と顔に叩きつける。

 哀れ不意打ちを狙った骸骨の一撃は虚しくも届く事なく、骨は地に崩れ去る。

 

「ほうっ、やるじゃないかっ!!」

 

 首無し騎士と首無し馬による人馬一体の連撃に対して上手く身を翻し、時には盾で受け流しながら旅人は感嘆の声を上げた。

 

「どっかの、お節介野郎のっ、お陰でなぁっ!!」

 

 力強い戦斧による一撃と牽制程度ではあるが骸骨相手には充分効果的な鎖の一撃を巧みに行いながら斧戦士は旅人に返す。

 残り十数と骸骨の数を減らしたところで斧戦士も大きく距離を取り一度体勢を立て直す。

 

「ちっ……全部アイツの手の平の上ってのは気に入らねぇ……指揮も術も呆れるほど有効な事もなぁ!!」

 

 含んだ笑みを浮かべてポツリと悪態を零す斧戦士は再び骸骨へと向かって駆け出し、自慢の剛腕で得物を振い、三体の骸骨を砕く。

 そして先程と同じように、後方に回り込んでいた骸骨に向かって鎖を放つが、相手は姿勢を低くして空を切ってしまう。

 

「しまっ……!」

 

 無防備な状態から骸骨の剣が振り下ろされようとしたその時、強烈な熱線がその身を飲み込み骨は灰と化した。

 斧戦士は自身の間近を強烈な熱線が過ぎ去った事に背筋を凍らせつつ、それを放った青年戦士の方に視線を向ける。

 

「後ろは任せろ!お前は前の骸骨を倒せ!」

 

 青年戦士はこちらからの攻撃は結界を通り抜けると確かな確信を持って破邪の剣の熱線を放つ。

 聖壁とは違うと旅人は言っていたが、彼は白い光の術を結界の内から放っていた、即ち内からの攻撃は通過するという同じ性質を持つのだろうと思っていたが的中のようだ。

 まだこの魔剣を使うのは2回目なのに思った箇所へ熱線を上手く飛ばせたのは少々予想外であったが。

 

「フン!俺に当てたら承知しねえぞ!」

 

 鼻を鳴らし、悪態を崩さずに再度骸の群れへと駆ける。

 そして、次々と骸骨を砕きながら前へと進み、敵に背後を取られた時は振り向かず視界の端で骨が消炭となるのを捉えていた。

 二人の方を見て、心配は無いなと感じた旅人は改めて首無し騎士と対峙する。

 

「さて、どう出る似非しにがみきぞく。

尤も、先に手を出した時点でもうお前に逃げの選択肢は消失したがな。

力でも数でも劣り、残る手立てはいかがな程か」

 

 顔の無い相手が聞こえているのかは分からないが、旅人は芝居掛かった口調で首無し騎士を挑発する。

 その態度に憤りを覚えたのか、それともなす術なしと判断したのか、首無し騎士の一手は初めと同じ、首無しの巨馬の馬力と自身の豪槍の相乗攻撃の突進である。

 

「そう来るだろうな!」

 

 旅人は鼻で笑いながらそう吐き捨てると自らも迎え撃つ形で駆け出す。

 旅人自身の何倍もの体躯を持つ馬と騎士、それに比例して装備の大きさも段違いだ。

 真っ向から迎え撃つなど、10人が見たら10人は無謀や愚行だと言うだろう。

 そして、間も無く漆黒の世界に重い金属の轟音が響き渡る。

 

「中々やるじゃないか」

 

 硬く閉ざされた城門すらも容易く破壊するであろう、首無し騎士の一撃は旅人の盾によって正面から受け止められた。

 旅人にダメージはほぼ無し、目立つ点があるとすれば土煙を上げて大地に二本の線を引いた足元くらいだろう。

 首無し騎士は確かに強い、出目が良かったのかは分からないが、衝突した旅人が僅かに後方に退げられる程度には。

 

「……だが、全く足りんさ」

 

 だがどう高く見積もっても、かつての世界で戦った、目覚めたばかりの地獄の帝王や魔族の王は疎か、その側近の魔物達にすら及ばず、野外やダンジョンで出くわす魔物と大差が無い。

 地獄の帝王の巨大な剣は目の前の敵よりもずっとずっと大きく速かった。

 異形となった体を何度も進化させた魔族の王の腕の力は目の前の敵よりももっともっと強かった。

 油断や慢心は無い、多くの戦闘の経験が目の前の敵を倒す事に問題は無いという答えが導き出されたに過ぎない。

 そして旅人は、距離を置こうとする首無し騎士達を逃がす事なく追随し、手にしていた剣を振り上げて首無し馬ごと首無し騎士を両断した。

 

「元は人間だったのか、それとも最初からそうだったのか、俺には知る由もない。

……次はそんなのになるんじゃねえぞ」

 

 誰に聞こえる訳でもない言葉を風に乗せて、旅人は首無し騎士へと手を翳し、先程骸骨の群れの半数を消した光(ニフラム)を放つ。

 戦いの跡を残し、温かな光に飲まれて首無し騎士と首無し馬は光の彼方へと消え去った。

 

「そっちも終わったみたいだな!」

 

 背後から言葉が聞こえると、青年戦士が手を挙げているかと思えば、離れた場所で斧戦士は得物を杖代わりにして肩で息をしていた。

 どうやらお互いに片がついたようだと、旅人は彼らの元へと向かおうとしたその時、何やら乾いた這い擦るような音が下から聞こえる。

 

「何か分からないが、気を抜くな!一度結界の中に戻るぞ!」

 

 旅人が大声で呼びかけ、それぞれが緩みかけていた気を再度引き締める。

 結界の外に出ていた旅人と斧戦士が戻り合流したところで、先程の不快な音の正体が発覚する。

 

「ゼェ……ゼェ……おいおい……今度ぁなんだってんだ!」

 

 肩で息をしながら斧戦士が吠えるように言う。

 一行が目を向ける先、結界からやや離れた場所に斧戦士が砕いた骸骨の破片が集合し、黒い霧に包まれる。

 やがて霧は大きな形を形成して消え、そこには一個の巨大な骸骨が出来上がっていた。

 

 

「キングスライムみたいな奴らだな」

 

「ゼェ……ゼェ……粘菌(スライム)がどうしたって!?」

 

「そんな事言ってる場合じゃないだろ、ありゃ飢者髑髏(ジャイアントスケルトン)だ!

で、どうするんだ?結界の中でやり過ごすのか?」

 

 どこか暢気な反応な旅人と斧戦士に注意をする青年戦士。

 だが彼自身、戦いの緊張の中で旅人が次はどんな手を打つのだろうと少々心が躍る。

 また、結界の中で経緯を見守っていた商人も彼と同じ気持ちではあった。

 

「いや、マズイな」

 

 だが、当の旅人から帰ってきたのは苦言であった。

 

「ふぅ……あれだけデカイと流石に破られんのか?」

 

 息を整えた斧戦士は手で額の汗を拭いながら旅人に問う。

 そんな彼の言葉に対して旅人は首を横に振る。

 

「多分だが、アレに結界を破る力はないだろう。

単体での強さならさっきの首無しのほうが上だろうな。

だが、アイツには高さがある」

 

「それの一体何がマズいのですかな?」

 

 愛馬と馬車の準備を終えた商人が険しい顔の旅人に聞く。

 自分がこんな顔をしていては依頼人が不安になると、旅人は眉間に寄せていた皺を解くように顔の力を緩める。

 

「以前試したんだが、俺の結界はある程度の範囲を球を半分に割ったの形に張られてるんだ。そして悪い事に……結界が遮るは魔物のみだ」

 

 そう言って旅人は人差し指を立てる。

 一同がその方向に目を向けると、先には星空を覆う岩の天井、自身らが野営地に選んだ大岩。

 

「いっ、岩が落ちてくるのなら、早く逃げた方が良いのではないですかな!?」

 

 商人が提案すると同時に、巨大な骸骨はゆっくりとだが、大きな音を立てて歩を進める。

 その音に商人は体を震わせるが、安堵させるように青年戦士は口を開く。

 

「落ち着いてくれよ、商人さん。

逃げが最善の手ならコイツはもう行動を始めてるだろうさ」

 

「余裕な態度が気に入らねぇけどなぁ。

それで、どうすんだ?」

 

 商人よりもほんの少しだけ付き合いが長いだけだが、青年戦士と斧戦士に焦燥感と呼べるものは殆ど無い。

 ほんの少しの付き合いでもこの旅人の様子なら大丈夫だと、一種の信頼をしていた。

 

「策って程でもないさ、シンプルに行くぞ。

俺がかけた術の効果は残っているな?アレは跳力も上がるからな。

助走をつけて盾の上に飛び乗ってもらい俺が押し上げ、そして君達のどちらかが奴の頭上から全身全霊を込めた強烈な一撃を与えて倒す。

残った一人は空中の攻撃手の援護だ」

 

 アレだけデカイと倒したら気が晴れるな、含むように笑いながら言ってのける旅人に対して、二人の冒険者は今度は呆れることは無く笑みを浮かべる。

 じっくりと迫り来る巨大な脅威を前にしても三人の冒険者に恐れは無い。

 

「フン、美味えとこは俺がいただくとするかぁ。

ヘタなところに打ち上げんじゃねぇぞ」

 

 斧戦士は鼻で笑うと、先ほどまで武器として使っていた鎖を腕に巻きつけて肩慣らしにと獲物を手に取り数回振るう。

 

「たくっ、そんな言い方じゃ借りた手段とはいえ遠距離で攻撃できる俺がまた援護に回るしかないじゃないかよ。

まあ、援護と商人殿の警護は任せときな!」

 

 破邪の剣を手にした青年戦士はそう返すと、商人に向け、自分が貴方を守るという意思を込めて頷いた。

 三人の会話が途切れたところで、何度目かわからない地鳴りが起こる。

 気がつけば巨大な骸骨はもう近くへとやってきていた。

 誰かが声を発する訳でもなく、互いに顔を見合わせてその表情から笑みを消す。

 互いに顔を見合わせて頷くと、まずは旅人が動いた。

 巨大骸骨のやや手前まで移動すると、左腕に装備した盾を上に構えて片膝を地に着け、斧戦士への合図として2回ほど盾を手で鳴らす。

 

「っしゃあ!行くぞぉ!」

 

 気合を入れた声を漏らした斧戦士は武器を片手に旅人の元へと助走をつけて思い切り盾の上へと飛び乗り、旅人ごと踏み潰すかの如く強く踏みつける。

 

「……『バイキルト』っ!」

 

 盾に衝撃を受けて、彼が上へと跳ぶ瞬間にタイミングを合わせて旅人は立ち上がるを加えて盾を大きく押し上げて斧戦士ごと空へと飛ばす。

 斧戦士の体は瞬く間に巨大骸骨の頭部の上まで打ち上げられる。

 空中でなんとか姿勢を正して斧を大きく頭上に構えるが、巨大骸骨もただ聳え立つだけではない。

 上昇を終えた斧戦士を羽虫を落とすが如く、不気味な音を立てながら巨大な腕を振り上げる。

 予想はしていたが、いざ自分に脅威か降りかかるとなると斧戦士も背筋が凍り付き、冷や汗が頬を伝う。

 そして想像するは地面に叩きつけられる自分の姿だ。

 

「そのまま行けえぇっっ!」

 

 青年戦士の咆哮と共に、巨大骸骨の振り上げた腕は破邪の剣から発せられた熱線によって肩口から焼き切られて無惨にも大地に引き寄せられる。

 先に脳裏をよぎった斧戦士が迎撃される未来が訪れる事は無い。

 準備は全て整った。あとは自分が目の前のデカブツを叩き壊すだけだと、斧戦士は得物を握る両手に力を込めて振り下ろした。

 斧戦士が雄叫びを上げながら繰り出す会心の一撃は、巨大骸骨を頭から砕く、砕く、砕く。

 枯れ木を枝打ちするかの如く、微かな抵抗を感じはするが問題にはならない。だが、その微かな抵抗が斧戦士が地へと落下する速度を少しずつ落としていた。

 そして、瞬く間に巨大骸骨が中心から二つに分かれると同時に、それを行った男は斧を地面に叩きつけてから片膝を着き、長く感じた空中の活動を終えた。

 

「ふぅーっ……ふぅーっ……!!」

 

 自分が飢者髑髏にトドメを刺した。

 腕っ節に自信はあったが鋼鉄等級からなかなか上がれなかった自分が今までで一番の大物を仕留めたのだ。

 興奮が冷めず、敵を屠った腕と高所から着地した足がやけに痺れているのが分かる。

 少しの間呆けていると、依頼主の商人と青年戦士が何やら叫んでいた事に気がつく。

 逃げろ、上だ。

 すでに抜け切ってしまったが残った力で顔を上げると、頭上には迫り来る骨の雨が空を覆っていた。

 ああ、こういった油断と最後の詰めの甘さが自分の至らない昇級出来ない理由かと、やけに時間の流れが遅く感じる中で斧戦士は回顧する。

 一つ、二つと自身の周りに骨が落ちたところで、生き延びれたら次に活かそうと目を閉じると同時に体が先ほどの様に宙にいる心地に陥る。

 

「全力の攻撃、お見事だ」

 

 離れた場所で大きな音がしたと思えば少しの間隔を空けて耳に入るのはどこか気に入らないと思い続けていた男の声だった。

 気が付けば斧戦士は旅人に抱えられていつの間にか崩れ落ちさる巨大骸骨の下から遠く離れた位置にいた。

 

「悪い、俺にかかっていたピオリムの効力が切れて重ね掛けをしていたら君を連れ帰るのがギリギリになってな」

 

 言い終えると同時に旅人は斧戦士を地に下ろす。

 思えば、何時ぞやこの男は鎧を着込んだ銅等級の男を片手で持ち上げていたのだ。そう考えると、自分を連れて戻って来る事などわけはなかったのだと斧戦士はどこか冷めたような笑みを浮かべた。

 

「へっ、なんだよ、お前一人で全部終わらせられたんじゃねえのか?」

 

「そうかもしれない。

だが俺と彼と君が全力を出せた結果、依頼主の商人殿にも俺たちの誰にも被害は無い。

俺が一人でやったらこの最善の結果にはならなかっただろうさ」

 

 そう言って腰を下ろしている斧戦士に向けて旅人は手を差し出した。

 

「フン……何かも思い通りかよ。っとに気に入らねえな!!」

 

「そうなったのは君達の力が高いからだ」

 

 旅人は握り返された手を掴んで斧戦士を引き上げる。

 そして彼の肩を叩いて称えると、二人は胸を撫で下ろしている青年戦士と興奮冷めやらないといった様子の商人の元へと歩を進める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい!ここだ!」

 

 只人、獣人、圃人、あるいはその半分の特徴を持つ多くの人で賑わう酒場で一つの声が立ち入った旅人を呼び込んだ。

 座して待ちながら手を挙げている青年戦士と斧戦士の元へと向かい、頭を一度下げてから椅子へと座った。

 

「悪い、待たせてしまった。だが、先にやっていてくれと言ったと思ったが」

 

「馬鹿野郎、一時の一党とはいっても頭目抜きでおっ始められるわけねぇだろうが」

 

 呆れた様にやや不機嫌な態度で斧戦士は旅人に返すと、そのまま近くを通り過ぎた圃人の女給にエールを三つと料理の類いを幾つも頼んだ。

 

「頭目……俺がか?」

 

「他に誰がいるんだよ。元はお前の依頼だし指揮もお前が取ってただろ。

それにそこまで時間はかからないと踏んで俺が待ってるように提案したんだが、些か今日は遅かったな?」

 

「ああ、この街の一番でかい神殿に行ってみたら中が思ったよりも広くて奥まで行き過ぎてしまってな。急いで戻ろうとはしたんだがその先で出会った人と少し話してたら予想より遅くなった。本当に悪かったと思ってる」

 

「気にすんじゃねぇよ。早く帰って来ると見誤ったコイツの落ち度にしといてやるからよ。

んな奥まで行ったなら、剣の乙女にでも会ったのか?」

 

 斧戦士は再度頭を下げる旅人に対して鼻で笑って軽口を返す。

 旅人はバツが悪そうひ苦笑を浮かべると、彼が言った剣の乙女とやらを頭の中で思い浮かべる。

 その異名の剣という部分に何処となく闘争な面を感じた旅人の想像の結果は、かつての旅の仲間の武闘派な王女が扱えもしない剣を両手に持って笑顔で魔物の群を片端から屠るという物騒なものであった。

 我ながら貧困な上に短絡で思慮の浅い考えだと内心で自嘲しつつ、自分が会った人は目を帯で覆っていた丁寧な言葉遣いのお淑やか印象の持つ薄着を身に纏った美女だったので別人だと結論付ける。

 

「いや、そんな人はいなかった」

 

「そりゃそうだろうよ。剣の乙女なんて大層な人にそう安易と会える訳ないわな。

おっ、来た来た。さっ始めようぜ?」

 

 数々の料理が卓の上に並べられ、全員にジョッキが渡ったところで、青年戦士はそれぞれに乾杯を促した。

 

「それじゃ、無事に依頼を終えた事に」

 

「大物を仕留めた事に」

 

「オレ達やあの商人さんの今後の繁栄に」

 

 乾杯。

 そう声とジョッキを、合わせて冒険者達は一斉に酒を煽る。

 喉を鳴らして疲れた身体に流し込まれたそれはまさに命の水のようであった。

 

「……美味いな」

 

 孤独を感じている時、一切の味を感じることの無い旅人はあまりの酒の美味さに思わず呟いた。

 一人の時にどんなに高価な物や粗悪な安い物を口に入れても何も変わらずに味を感じずにいる旅人がだ。

 少なくとも、今回旅を共にして魔物を協力して倒したこの二人には幾分心が開けたのだろうか。

 

「お前、味覚あったんだな」

 

 少し驚いた顔をする青年戦士にそっと静かに笑って返事をすると、三人は昨日からの冒険の話と目の前の料理の数々を肴に次から次へと酒を煽り続ける。

 首無し騎士や巨大骸骨といった大物を仕留めた事、その後商人は興奮して夜は眠れなかった事、そのお陰で旅人が術を掛ける相手が馬だけでなく眠い目で手綱を握る商人も増えた事、夜が明けてから水の街までの道中で青年戦士が人一倍気を張っていたが特に何も起きなかった事、そして商人は別れ際にまたこの面子に依頼をしたいが緊急の一党であったので約束は出来ないと言ったらえらく落ち込み愛馬に慰められていた事、あの商人は近い将来成功を納めそうだと旅人は踏んだ事など、次から次へと言葉は紡がれた。

 長い時間三人の男達は話を続けつつ料理と酒に舌鼓を打ち、時には吟遊詩人の詩にも耳を傾けていた。

 だが話の肴は尽きずとも料理の方はそうはいかない。

 やがて終わりが見えた頃に旅人は付き合ってもらったお礼にと自費でこの酒場で一番高い、鉱人が只人の口に合うことを突き詰めたという名酒を振る舞う事にして品を待っているところで、ようやく会話の流れが途絶えた。

 

「おい……すまなかったなぁ……昨日は結局言えずじまいだったからよ」

 

 機を見計ったかの様に斧戦士は旅人の目を見て口を開いた。

 旅人は何のことかと聞き返そうとした時、斧戦士は続けて口を開く。

 

「間を空けずに次々昇級していくお前を見てお礼ぁ心の底から妬んで憎みもした。

なんでお前みたいなキザったい野郎が昇級して、俺ぁずっと鋼鉄のままなんだってな。

その結果があの絡み方だ。

最初は痛めつけようとしただけだったが、終いには本気で殺そうと斧を振ったさ」

 

 結局一発も喰らわせられなかったがと軽口を挟むが悲痛な表情を浮かべたまま語り続ける斧戦士に、酒が入っている筈の旅人も青年戦士も茶化す事は無く真摯に耳を向ける。

 酒に酔うと言い難い事でも容易く出るものだ。

 

「だがよ、あん時お前に歯が立たなかった事、昨日からの依頼をこなして納得したんだ。

今の俺なんかじゃ腕も心もコイツには敵わない。お前はなるべくしてなったんだとな。

本当にすまなかった」

 

 三人の間に沈黙が流れ、やや間を置いてから件の名酒と三つの杯が卓に置かれた。

 周りは他の客の声で騒がしい筈なのに、置かれた杯と酒瓶の音がやけに透明に聞こえる。

 旅人が無言で杯をそれぞれの前に置いてから一息ついて口を開いた。

 

「昨日行った事だが、あの時暴れようとしていた俺を止めてくれた君達に感謝している。

だから、気に病むのはここまでにしてくれないか」

 

 水に流そうと旅人のする提案にそれでも斧戦士の顔は曇ったままだ。

 

「言い難い事なら言わなくてもいいが、塞ぎ込んで溜めてるくらいなら全部吐き出しちまえよ」

 

 青年戦士が軽く斧戦士の肩を叩くと、荷が少し下りたのかポツリポツリと口を開いた。

 

「……手前の不甲斐なさがやけに身に染みてな」

 

 そこから斧戦士は語り続けた。

 自分は功を焦り過ぎていたのだと。

 斧戦士は故郷ではそれなりに裕福な農民の次男坊であった。

 よく出来た兄と弟が、いて自分は落ちこぼれであったが、それでも弟は自分を慕っていたという。

 だが、斧戦士が親と勘当同然の喧嘩別れをして家を飛び出し冒険者になって二月程が経った頃、弟は流行り病で死んだらしい。

 その事を知ったのは弟が死んでから兄から送られてきた手紙でだ。

 とても慕ってくれていたのに、死に目に会えず、病で苦しんでいる時側に居てやる事すら出来なかった。

 

「俺ぁ何もしてやれなかった……だからせめて、あの世でアイツが誇れるような冒険者になりかったが鋼鉄止まりだ。

情け無ぇ話だ。イラつくのはお前に当たって良い理由にもなってねぇしよ」

 

 時々、言葉を詰まらせながら斧戦士は言い終え、手で顔を押さえて天を仰いだ。

 酒の勢いに任せて自分の心の中の口が開いたようだ。

 

「……俺も、家に場所が無くて冒険者になったクチさ。

まあ殆ど連絡取っていないが家族は健在だ。

俺は家の方に心残りは無い。

大変な時もあるけどなんとか毎日を過ごしてて悪くはないと思う」

 

 斧戦士の苦虫を噛み潰したような悲痛な様子に感化されたのか、続いて青年戦士が口を開いた。

 最初に結成した一党は壊滅してしまったとの事だ。

 ある冒険で巨大な魔物と遭遇し、幸にも彼と僧侶は無事だったが、戦士は片腕を喰われてしまい、斥候はその身を喰われてしまった。

 

「その後……その怪物を倒すために徒党が組まれて俺も参加した。

俺が倒したわけじゃないが、怪物は死んだ。

少しは踏ん切りつけられたと思うが……今でも思い出すよ」

 

 自分の未練を今度は言葉を振るわせながら青年戦士が語る。

 だが、本人が言った通り、幾分心の整理はついているから斧戦士程は表情は暗く無いが、彼の口振りと震える手から心の傷は浅く無い事が伺える。

 彼らの辛い思いに共感したのか、自身のそれも吐き出したくなったのか、只々酔った勢いでクチが緩んだのかは分からない。

 旅人も口を開いたという事が一つの事実だ。

 

「俺は……多くの人に命を救ってもらって今日まで生きてきた。

……とても、良くして貰ったのに、俺は何も返せなかった。仇は取ろうとしたんだが結局上手くいかなくてな……今すぐにでも八つ裂きにしてやりたい存在が三つ程、今も生きているのに、俺は何も出来ないでいる」

 

 静かに、天を仰いで旅人はそう語った。

 悲壮と憤怒の感情が胸中に満つるも、それらが漏れ出ない様にそっと蓋をするために息を一つ吐いて押し殺す。

 

「……とんでもなく強いお前でもそいつらは倒せないのか?」

 

 今にも暗い地の底へと沈むように塞ぎ込みそうな旅人を気遣ってか、青年戦士は声をかけつつ、酒瓶の蓋を開けると各人の前に置かれた杯へと中身を注いだ。

 

「……ここに来る以前に旅をした仲間達がいるんだが。俺は彼等にはこの先の人生、幸福がある事を願っている。

先に言った三つの内、二つは殺せば少なからず世の中に影響が出ると思う……その結果、彼等の暮らしが脅かされるのはゴメンだからな」

 

「……残る一つはどうなんだ?」

 

 少し落ち着いた様子で今度は斧戦士が旅人へと問う。

 

「……多分だが、俺の大切な人達はそれを望んでいないだろうな」

 

 旅人はそう言って目の前の杯を手にして上に掲げて言葉を続ける。

 

「まあせめて、今回の依頼の達成も含めて、俺達の成した事が向こうにも知られていて、今もなんとか元気でやっているという便りになればいいな」

 

 旅人は掲げた杯を彼等の前へと差し出し、また二人も杯を前に出して合わせると、その思い思いを酒で胸の中へと流し込んだ。

 過去にどんなに辛い事があってとしても、先に大きな困難が待ち構えていたとしても、今を生きている限りは這ってでも前に進まなければならない。

 それが、彼等にできる精一杯なのだから。

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