その者、かつての導かれし者の一人 作:アリ
「おめでとうございます。
これを以て今から貴方は銀等級の冒険者です」
まるで貴族の正装を思わせるギルド職員の制服を着こなした、立派な口髭を蓄えた初老の男性はそう言ってテーブルを挟んで相対している旅人へと手を差し出す。
その男、この辺境の街のギルドの長である彼の掌には銀の認識表が乗せられているが、旅人はそれを受け取ろうとはしなかった。
「本当に良いのですか。
紅玉への昇級の面談あたりから何度も言っていますが俺は魔物を殺す事、即ち何かに傷をつける事くらいしか出来ない男です。
……人を殺した事もある。果たしてそんな男にその等級は相応しいですか?」
思えば旅人がこの地に来てから早くも五ヶ月程度の時間が流れ、来る日も来る日も自分の居た地には生息していなかった魔物を討伐し続けて来たものだ。
剣の師匠から授かった二つ形見の片割れであるモンスター図鑑も不思議な事にどんどんページが加えられていっていた。
それは間違いなく勲章であるのだが、屠った魔物が数多くいる一方で、攫われた者や先に向かった冒険者が既に骸と化していて助けられ無かった事も幾度かあった。
その事から結局自分は魔物を殺すしか脳がないと思ってしまっていた。
「ふむ、貴方の言い分だけを取ると確かに問題はあるのかと考えさせられるかもしれませんな。
それでは、貴方自身が無抵抗の無辜の人間を嬉々として殺害に至った経験がお有りですか?」
「……自覚をしている限りではない」
そう返答する旅人に対して、支部長は監督官の方へと目配せをすると、至高神のシンボルである剣と天秤を合わせた形の十字架を握る彼女は頷いて嘘はついていないと答える。
「我々も貴方の過去や依頼の外の時間を詮索つもりはありませんがお察しするに、人質等を救出に向かうも残念ながらすでに事切れていたのを気に病んでいらっしゃると言ったところでしょうか」
旅人よりも長く生き、種族を問わずに多くの祈りし者を見てきた事はあるのか、支部長の予想は的を得ている。
強いて言えば旅人がまだ弱かった時、故郷の者達が総出で彼を守った事が大きな枷となっているのだが、そこまで察するのは無理な話だろう。
「……昇級させて頂けるのなら俺としてもやぶさかではないです。
なにせ、せっかく認識表も作られているのなら勿体ない。
ただ、俺が相応しくない行動を取ったらすぐに取り上げてください。
何せ在野で最上位の資格だ。これを受け取ったらもう、知らなかったでは済まされない立場なのでしょうから。
その……俺は一度騒ぎも起こして貴方達の顔に泥を塗っていますから」
「私はその場にはいませんでしたが、あの一件はこちらとしても形上処分を行わなければいけません。
ですから貴方もあちらも一段階の降格処分をさせていただきました。
それでも貴方はすぐに元の階級に昇級し、早くも在野で最高の位にまで上り詰めたのが事実です。
その日が来ない事を願いますが、貴方は余程の事がない限り同じ過ちをしないでしょう。
それに、そうはならないというのが私達の判断です」
そう言われて一つ息を吐くと、支部長の掌の上の銀の認識表を手に取る。
すると握手を求められたので旅人はその手を握り返して応えると、面談が終わった事を確認すると立ち上がる。
「態々この機会と時間を設けて頂きありがとうございました。
しかし、この場に貴方と彼女だけと言うのは些か不用心では?」
「銅から銀に昇級される方だ、人格面に問題はないでしょう。
こちらとしては殆ど昇級して頂くつもりで足を運んで頂いてます。
なにより、今日はその銀等級になられる方を止められる同じ等級の方が不在ですのでどの道我々だけで面談を行うしかありません」
「それでも、やはり護衛を兼ねて誰かを呼ぶべきです。
例えば実は俺が殺されていて偽物に成り代わられ、貴方達を逆恨みした者がこの場に来られる可能性も幾らかは有るはずです」
「短期間に幾多の怪物を容易く屠った貴方がそうなるとは思えませんが、お心遣い感謝します。
肝に銘じておきましょう」
支部長は言葉には出しているが、どこ吹く風と言わんばかりに余裕を持って答える様は、その時は容易く見破れるという自信の表れなのだろうか。
「さて、この後予定もあるので失礼させていただきます。
重ね重ねありがとうございました」
そう言って踵を返す旅人に監督官は声をかける。
「依頼を受けに行くの?」
「いいや、少し遅くなったけど天灯の作り方を教わる約束をしててさ。
3日後にお祭りがあるんだろう?せっかくだから楽しんでみようと思ってね。
今日は依頼は受けないよ」
「そうなんだ、お疲れ様」
そう言って手をヒラヒラと振る監督官に手を挙げて応えると旅人は部屋から出て行った。
「さて、君もご苦労だったな」
「いえ、支部長こそお疲れ様でした。
それにしても旅人……じゃなかった、彼、まさか半年経たないくらいで銀等級にまでなるなんて……本人も言ってましたけど、一度降格されたのに良く都の方が納得しましたね」
普段の愛称で呼ぼうとしたところを支部長の前なので、遅いものの取り繕いながら監督官は支部長へと疑問を投げかける。
「それを補って余る彼の功績を無視は出来んのだろう。
魔神将の側近を名乗る妖術師から始まり、巨人や首無し騎士といった一党総出でかかるような怪物を殆ど一人で倒してしまうんだ。
下手に昇級を渋って不満を募らせて暴れ回られて手が付けられなくなるよりは、早いうちに昇級させてしまったほうが好都合だと判断したんだろう。
尤も、依頼主からの評判が良い彼がそんな事をするとは思えんがね」
そう返されて思わず顔が綻ぶ監督官を他所に支部長は立ち上がって手を一つ叩いた。
「さて、面談も終わった事だが、もう昼時だ。
君は休憩に入ると良い、私は少し仕事に手をつけることにしよう」
銀等級の昇格という比較的珍しい面談も終わり、ギルドの職員二人は普段通りの行動へと戻る事となった。
ギルドの裏手の広場に生えた木の下、背中を預けて座る斧戦士は退屈そうに欠伸をすると、今にも眠りそうな瞼に涙が滲む。
座り込んでいる彼の傍らには広げられた風呂敷が一つ、その上には多数の竹ひごと、色のついた紙と油紙。
「すまないな、待たせた」
「全くだ……って言いてぇところだが昇級審査なら仕方ねぇやな。
つっても時間が然程ある訳でもねぇからさっさとやるぞ」
「おいおい、結果は聞いてくれないのか?」
「フン、嫌味にしか聞こえねぇなぁ。
お前が落ちるならこの辺境に銀等級は存在しねぇだろうよ」
そう言って斧戦士は座ったまま上体を起こすと竹ひごを一本手に取り折り曲げると、次の一本を手に取り、それを繰り返しては編み込んでいく。
種族単位で工作を得意とする鉱人のそれには及ばないものの、無骨な大きな手を器用に用いているではないか。
そうこうしているうちに一つの籠が編み上がり、旅人は思わず感嘆の声を漏らした。
「随分と器用だな、こっちの道で食っていけるんじゃないか?」
「バカたれが、こんなもんが出来て職人になれたら苦労しねぇよ。
それに、
鼻で笑いながら斧戦士は籠の内部に油紙を固定させると続けて手早く紙を貼った傘を作り上げる。
口では悪態を吐くもののどこかこそばゆい感覚を覚えたのか、やや上機嫌であることが伺える。
そして、傘を籠に被せて完成させたそれを旅人の方へと放る。
「コレで完成だ、作ったそれを見ながらやってみろ」
そう言って斧戦士は竹ひごを旅人へと手渡した。
旅人はそれを受け取るも眉を顰めて、確かこうやっていたかと思いながら竹ひごを編み込もうとするが、どうもうまくいかずに困った様子で頭の後ろを指で掻いた。
その様子をカラカラと笑いながら見ていた斧戦士はそろそろ助け船を出してやろうと切り出した。
「なんだなんだぁ、戦場で鬼のように強ぇお前も細かい作業は苦手かよ。
もう一回やってやるからよく見とけ」
傍に置かれていた竹ひごを手に取ると、今度はゆっくりと、手順を口にこそ出さないが丁寧に教えて見せるように籠を編み上げる。
コレならばと、旅人は見よう見まねで四苦八苦しながらも竹ひごを編み込んでいく。
無駄に力が入ったぎこちない手つきがまた可笑しかったのか、斧戦士が思わず含んだ笑いを浮かべる。
途中、収穫祭の謂れを解説するも旅人の耳にはおそらく半分程度しか入らないのであろう。
しかし集中していれどとその無駄な力を入れている様を笑うと、突如天罰と言わんばかりに彼の後頭部に衝撃が走る。
何かと思えば胡座をかいて座る斧戦士の後ろには、怒り心頭と言った様子の肉付きは良いが圃人と見間違えそうな程小柄な只人の祈祷師風の厚手の法衣を身につけた小麦色の肌をした若い女が拳を握りしめて仁王立ちしているではないか。
「おいコラ!
午後には出発するって言ってたくせにこんなところで道草食ってアタイを待たせるとはどういう了見だぁ!!」
「つっ……この……やかましい!
少し遅れるっつっただろうがぁ!
大体ただ暇こいてるだけじゃねぇって見て分かれ!」
斧戦士は痛む頭を押さえながら女の方へ向き直り反論をする。
たが、女祈祷師はそれがどうしたと言わんばかりに自身の後方に置いてある旅の荷物を指差した。
「ならせめて事前に準備くらいはしておけってんだ!
偉っそうに、午後に出られるように備品を買い足してくれ、なんて何様のつもりなのさ!」
二人の言い争いに旅人は思わず竹ひごを編む手を止めて今にも殴り合いを始めそうな二人の間に割って立つ。
「あー、2人共落ち着け、というか、すまない!
察するに出立が慌ただしくなってしまったみたいだが、原因は俺のようだな。
昼前に用があったのに天灯作りの指南を頼むべきじゃ無かった。すまなかった」
旅人は双方に向けて何度も頭を下げながら謝罪の言葉を繋ぐ。
少し慌て気味のその様が可笑しく思えたのか、いがみ合っていた2人は互いの顔を見合わせると毒気が抜かれたのか苦笑する。
「ふーん……しゃあない、アンタに免じてコイツを許してやる事にするよ。
そういやぁ見た事はあっても、面と向かって話した記憶は無いからたぶんはじめましてかねぇ、噂の旅人さん」
片目を閉じて目配せを旅人に向けると女祈祷師はふふんとその肉付きの良い胸を張る。
結局殴られ損かとボヤく斧戦士を睨みつける様を横目に、彼等のそのやりとりと仲の良さに思わず旅人も笑みが溢れる。
「こちらこそよろしく。
しかし本当にすまないな、出立前の大事な時間なのに無理を言って頼み事をしてしまって」
「んあ、アンタだったらいーのいーの!
ずーっと鋼鉄等級だったこのバカがやっとこアタイと同じ翠玉等級まで上がって来れたのもアンタのおかげなんだからさ。
好きに使ってくれて構わないよ」
「ダァーっ!五月蝿ぇ五月蝿ぇ!
お前、もう作れんだろ?どうしても無理だったら帰って来てからまた手ぇ貸してやらぁ!
おら、サッサと行くぞ!収穫祭までに帰って来れねえだろうが!」
どいつもこいつも、そう零すと照れ隠しのつもりなのだろうか悪態を付きながら二人に背を向けて斧戦士はそそくさと歩いて行ってしまった。
女祈祷師は旅人に目配せをして別れを告げると先行く斧戦士の元へと小走りで駆けて行き、追いつくと跳ねて自身と大きな差のある彼の後頭部へと平手を見舞う。
彼等一向は騒がしく口論をしながら歩を進める。斧戦士が何度手を上げられても反撃しないのは男女の違いを弁えてるのか、それともお互いの距離感が程よい均衡で保たれているのか。
そんな二人を少しだけ羨望の目で見ながら旅人は再び天灯作り勤しんだ。
何度も失敗を繰り返し、気が付けばいつの間にか日は傾き手元が見えなくなりようやく不恰好ながら一つの天灯が出来上がる。
自分の不器用具合にほとほと嫌気がさしつつも苦笑を浮かべて旅人は宿へと帰る事にした。
「あと3日か……」
旅人自身、生まれてこの方祭りというものに行ったことが無かった。そのため幾分か自身の心が浮かれているのが分かる。
曰く、この静かな辺境の街が都のような賑わいを見せるとの話だ。
そのうち都の方へと足を伸ばしてみようかなどと考えていると、そういえばかつて共に旅をした姫とその従者二人は自分と出会う前に砂漠で行われているバザーなるお祭りに訪れた事を話してくれた事を思い出す。
自分がその地に初めて行った時には何も無かったが、今ではかつての仲間の一人が人を集め続けて立派な街になってはいるが、各地の宿屋でそれに協力し勧誘に勤んだこともあった。
そうこうしているうちに宿の自室へとたどり着いた旅人はお手製の不恰好な天灯をテーブルの上に起くと、自身はベッドに身体を預けて来たる祭を楽しみに夢の中へと落ちていった。