その者、かつての導かれし者の一人 作:アリ
「お前も冒険者か?」
鎧の男、ゴブリンスレイヤーは問いかける。
ゴブリンスレイヤーを凝視してようやく人間である事を信じた男は、少し考え込む。
復讐から始まったあの旅路は冒険であったのか否か。
恐らく、こんな疑問をかつての仲間の前で口に出していたのなら、お転婆王女が「私達は色んなところに行ってきた。たしかに始まりは明るいものではなかったかもしれないけれど、楽しい事もあったでしょ?」などと言ってきそうだ。
後ろ向きに考えるのは自分の悪い癖だと自嘲して男は首を縦に振る。
「気がついたらココにいて一応、今も旅の途中だ。そう言った意味では俺は冒険者だろう」
男の回答にゴブリンスレイヤーは首を傾げる。推測ではあるが、鎧の中では怪訝な表情を浮かべているのであろう。
「見たことない顔だが、駆け出しか?等級は?」
「等級……なんだそれ?冒険をするのに証が必要なのか?」
ゴブリンスレイヤーは胸元に下げている銀で作られた
「コレをギルドで貰ってないのか?受付に無くすなと言われて必ず手に入るものだ」
慣れない単語に男は自分がいた場所とは遠く離れた場所に来てしまったのだと理解した。
男は自分が持っていた世界地図にも記されていない地があると噂に聞いた事があったが旅の扉を通った事でその地へと来てしまったのだと推測する。事実、決して通ったからと言って消えるはずのない旅の扉も消えてしまったため、何か勝手が違うとは思っていた事も相成ってその推測を進める手助けとなった。
「どうやらとても遠くに来たみたいだな。
悪い、多分俺はあんたが言うところの冒険者って奴じゃないみたいだ。
色々あって、ここに辿り着いたってところだ。今自分がいる場所も分かってない」
「そうか、ここはゴブリンの巣だ。向こうへと真っ直ぐに進めば外へと出られる」
そう言ってゴブリンスレイヤーは自分の来た方角を指差した。
「ゴブリン、俺がさっき叩き斬った奴のことだよな?手ごたえは全く無かったけど悪い魔物なのか?」
「良い魔物が存在するのかは知らんが、良いゴブリンは存在しない。少なくとも良いゴブリンは人前に出てこないゴブリンだけだ」
ゴブリンスレイヤーは淡々と語るとそのまま指を向けた反対、洞窟の奥の方へと歩き始める。
男はそれに続く形で歩き出して口を開く。
「それで、あんたはそのゴブリンを退治するためにココに来たって事か。
なら丁度良い、俺がゴブリンを殺すのを手伝ってやる。その代わり退治が終わったらあんたは俺を街か城まで案内する。どうだ?」
「……さっきの身のこなしを見る限り動けるようだな。他に何ができる?」
「そうだな……道具を出す、剣術、体術、俺が知る限りの魔法を色々使える。あの程度の魔物なら何十と来ても遅れを取る気はしないな」
腰に着けた袋を叩きながら男は自信を持って答える。
「奴らを甘く見るな、ゴブリンは最弱の生き物で馬鹿だが間抜けじゃない。子供程度の知恵と力しか持っていないが、それが武器を持ちこちらを襲って来る。頭に斧を振り下ろされてみろ、腹部を剣で刺されてみろ。それだけで致命傷となり人は死ぬ。
先程その武器を出した要領で防具を出せるなら身を固めておけ」
男は先程斬り伏せたゴブリンを一瞥すると、確かに手には小振りの剣が握られていた。
「それもそうだな。敵に出くわした時に一番怖いのは、そいつの強さじゃなくて自分の慢心だものな。
防具は……そうだな……こいつにしよう。やいばのよろい」
腰の巾着袋から現れた光が男を覆い、やがて肩や膝、胸部に鋭い刃の着いたそれすらも武器であるかのような鎧となり身に纏われた。
「アイツら、そんなに強くないんだろ?この鎧ならたぶん襲いかかって来て勝手に死んでいくだろう。警戒されて近付かれなくなっても遠距離の攻撃手段はあるから心配しないでくれ」
ゴブリンスレイヤーはそうか、と言うと足元に転がるゴブリンの死体の切断面にどこからか取り出した布を当てて血を染み込ませる。
男が何をしているのかを問うとゴブリンスレイヤーは淡々と答える。
「奴らは匂いに敏感だ。特に女の小水や鎧の金臭さにな、臭いを消す必要がある。コレをお前の鎧に塗る」
彼はやや威圧的にゴブリンの体液を吸った布を男に近づけるが、臭いという言葉に男は一つ閃いた。
「ちょっと待った。それなら臭いで誘き出して一網打尽にすれば良いんじゃないか?」
「却下だ。奴らは暗闇でも目が効く。お前の鎧の臭いで位置がバレて奇襲をされると厄介だ」
そのまま布を男の鎧に着けようとした所で男はゴブリンスレイヤーの手を掴んで止める。
「ならば違う臭いでこちらに誘うのはどうだろう。においぶくろ」
男は腰の巾着袋からこれまた巾着袋を取り出す。取り出された巾着袋の口のは紐で縛られたままで中身は確認出来ない。
「これはにおいぶくろって言って中に魔物が好む臭いを放つ粉が入っている。紐を解くか袋を破けば中の粉が噴出されて辺りに臭いが立ち込めるんだ。洞窟の先に松明と一緒に投げて俺が魔法で穴を空け、ここでゴブリン共を迎え撃つ。
俺が魔法を使えば遠距離から攻撃する術もあるし試してみる価値はあるんじゃないか?」
男の言葉でゴブリンスレイヤーは手を止めて考える。暫しの間パキパキと松明の燃える音が辺りに響いて二人に沈黙が続いた。やがてゴブリンスレイヤーは手を下ろして布を地面に捨てる。
「良いだろう。術の届く距離と回数は?」
「距離と回数?おかしな事を聞く奴だな。
中級までの攻撃呪文なら距離は調節できるようになった。そうだな、下級呪文なら最長100mは行けるだろう。
回数は使うものによって変わるが、下級のメラやギラなら軽く50回以上は撃てると思うが?」
「めら?ぎら?聞かない術の名だ。随分と回数が多いが威力はあるのか?」
男はかつての旅で数え切れないほど多くの魔物と闘いを繰り広げた。幾度も斬りつけ、斬りつけられ、防ぎ、防がれ。やがてその経験は一度剣を合わせれば相手の力量を測れる程のものにまでなっていた。
先程、ゴブリンを斬り伏せた感覚とかつての経験を照らし合わせて男は一つの答えを出す。
「ゴブリンが全てあの程度の強さなら、直撃すれば一撃で殺せるな」
ゴブリンスレイヤーは松明を一本取り出して火がついていた松明から火を移して元々持っていた方を洞窟の先へと投げ込む。続いて男が松明よりもやや手前に落ちるようににおいぶくろを投げ込んだ。
「最後に作戦の確認だ。破いたにおいぶくろの効果がしっかりと発揮されるのであればゴブリンはこちらに来る。やって来たゴブリンに俺は魔法で、あんたは短剣を投げて攻撃する」
「構わん。それでも撃ち漏らした物はお前が対処する。大丈夫か?ゴブリンの持つ刃は雑だが猛毒が塗られている」
「大丈夫だ。毒なんざ何回も食らってるし解毒の呪文も覚えてきた。
そして、もしもにおいぶくろの効果が無かった時はあんたの案で俺の鎧をゴブリンの血で汚してから先へ進む。こんなところか、じゃあ行くぞ、バギ」
男が前方へと手を翳し、呪文を唱える。
すると、真空の刃が幾重にも重なった小さな竜巻が発生してにおいぶくろを引き裂き、中の粉を巻き上げて辺りに不思議な臭いが立ち込める。
風によって松明の炎は大きく巻き上げられたが消える事は無く、竜巻は風の流れを作り粉と臭いを洞窟の奥まで運んだ。
ゴブリンスレイヤーの持っている松明の火を消して2人は息を潜めて暫く待つ。
「ーーB!GROOB!!」
宝でも見つけたかのような五月蝿く耳に障る下卑た歓喜の声が洞窟の奥から響き渡る。
どうやら男の策はピタリとハマったようだ。
不快な鳴き声が近づくにつれて、男は手を翳し、ゴブリンスレイヤーは短刀を手に掛ける。
松明の揺らめく炎が照らす影が形を変えて性悪な小鬼の形を映し出し、やがてその姿が露わになる。小さく醜い小鬼がノコノコと五匹やって来た。
「来たか、じゃあ作戦通りに行くぞ。『ギラ』!」
男の手から帯状の超高温の熱線が放出される。
断末魔を上げる間もなく小鬼を纏めて三匹消炭に変えて残りの二匹もそれぞれ腕と脚が焼け爛れる。
すかさずそこにゴブリンスレイヤーが短刀を投擲して小鬼の喉元に命中させて絶命させ、あっさりと小鬼の群れは全滅した。
しかし続け様に今度は倍以上の数の小鬼の群れが現れる。
「おおっ、また随分な御一行が来たな。今度は魔法の範囲を広げる、同じ作戦で行くぞ!」
男はゴブリンに向かって再び手を翳す。
「こんなところでイオなんか使えないからコイツを試すか『ヒャダイン』!」
男の掌から今度は極低温の冷気が発せられる。やがて冷気は空気中の水分を固めて無数の氷柱となってゴブリンに襲いかかる。
鎧や兜といった防具の類を身に付けていないゴブリンはなす術もなく氷柱に身体や頭を貫かれて絶命した。
「器用なものだな。炎に氷の奇跡か」
「魔法の素養が俺にあったらしい。まあ、修行もしたけどな」
ゴブリンスレイヤーはそうか、とだけ言うとゴブリンが手にしていた落ちている剣を手に取り、持ち主の脳天に突き刺す。そして次には落ちている手斧を持ってまた別のゴブリンの脳天に叩き込む。
男が呆気に取られているうちに手際良くゴブリンスレイヤーは目の前の、絶命していたであろう全てのゴブリンの頭か心臓を潰して回った。
「随分徹底的だな」
「ゴブリンは生きていれば死んだふりをして奇襲をかける。それで命を落とす冒険者が何人もいる。
生き延びて渡りになられても面倒だ、ゴブリンは確実に殺して置かなければいけない。尤もコイツらは全員死んでいたがな。
巣の規模からして、おそらくこれで普通のゴブリンは全部だろう。トーテムも無かった、あとはおそらくボスの
「ほぶ?なんだそれは?」
「先祖返りで体が大きくなったゴブリンだ。通常のゴブリンとは比べ物にならない程の膂力を持っている」
「最弱の生物だけど強い個体か……キングスライムみたいなものか」
男はどこか間違った自己解釈を終えると、ゴブリンスレイヤーと共に洞窟の奥へと歩を進める。
暫し進んだ所、開けた場所で大きな何かの影が蠢いているのが目に入る。
「おい、アレはなんだ……」
やがて松明の火に照らされてそれが露わになる。
よく見ると動く存在は二つあった。
一つは彼の予想通りに、先ほどの小鬼が何倍にも大きくなった身体を持つゴブリン。恐らく、新米の冒険者が相対したら高確率で死ぬ事になるのだろう。
「GGOOORROBB!!」
そしてもう一つ、それを見て男の胸中に黒い渦が巻き上がる。
巨躯のゴブリンが手に持つ鎖、その先には首輪。しかし繋がれているのは犬や獣ではない。
一糸纏わず素肌を晒した目も虚空を見つめ、意識が混濁しているであろう女性。それも身体中、それこそ顔まで痣や腫れだらけで、至る所に白い汚れた液が付着していて頭からは血を流した跡も見える。もはや、彼女には人としての最低限の尊厳すら存在していなかった。
「あれが田舎者だ。人質のつもりなのだろう。武器を捨てろだとか、見逃せだとでも喚いているのか」
ゴブリンスレイヤーは淡々と語る。何度もこの光景は見てきたと言わんばかりに彼は冷静だった。
「……アレで最後なんだろ、殺してくる。ほしふる腕輪」
男の巾着袋から緑色の宝玉が4つ装飾された腕輪が出現し、装着された。
男はゆらり、ゆらりと上体を動かす。
何度かその動作を繰り返すと、瞬く間にその姿が消える。
否、男は田舎者の元に一瞬で移動していた。そして、鎖を握る田舎者の手を手甲の剣で切り落とし、鋭利な装飾の鎧の棘を目に突き刺していた。
男は流れるような無駄の無い動きで体を翻し、そのまま続けて田舎者の首を落とす。異形の化け物は断末魔を上げることすら、いや、自分が死んでいると気付くこと無く絶命した。
「終わったぞ、おっといけない!」
無理矢理立たされていた女性がバランスを崩して倒れ込み岩肌へと頭を打ちそうになる。
男を包む鎧が煙のように霧散し、腰の巾着袋の中へと吸い込まれると同時に、自分の体を女性と岩肌の間に滑り込ませて緩衝材として彼女を支えた。
「何をした?」
ゴブリンスレイヤーは二人に近づいて雑嚢から薄手の外套を取り出すと女の体に纏わせる。
「簡単な事だ、俺が出せる全力のスピードのさらに倍で走ってデカブツの所へ行って首を落とした。目を潰したのは俺の憂さ晴らしだ。
……ひどい、な『ベホマ』」
男が呪文を唱えると右手が緑色の光を放つ。そしてその手を女性に翳すと、体が光に包まれて全身の傷が塞がった。しかし、傷は癒えても意識は失ったままのようだ。
「孕み袋にされたようだな」
ゴブリンスレイヤーは周囲を見回すと、役目は終わったとばかりに地上の方を指差し、出口の方へと歩みを進める。
「孕み袋?」
男は女性を背負うと、聞き慣れない不快な言葉を口にして彼の後を追いかける。
出口までの道中、男はゴブリンスレイヤーからゴブリンの生態について聞かされた。
ゴブリンは雄しか存在せずに他種族の女に種付けをして数を増やす事。
ゴブリンは子供以外の何かを生み出す事は無く、食料から武器、子供を作るための女に至るまで他者から奪う事で生きている事。
やがて徒党を組んだ最弱と呼ばれる生物であるはずのゴブリンが知恵をつけて集団で村や町を襲い人々の生活、命を平気で奪う事。
そして、それがこの世界ではよくある事。
なのだという事。
「どうした?」
気が付いたら男は足を止めていた。
放心していたようだがゴブリンスレイヤーに声をかけられるまで気がつかなかった。
「いや、なんでもない」
男は一つ嘘をついた。なんでもなくない。
村が襲われ穏やかな生活が崩れ去る。
無意識のうちにあの時の自分の記憶が呼び起こされていた。
やがて、二人は洞窟の出口までたどり着いた。
闇に目が慣れていたせいか、辛いことを思い出したせいか、外の光に男は少し痛みを感じた。