その者、かつての導かれし者の一人 作:アリ
洞窟から出て男はようやく日が高々と上がっていた事を知る。
二人はゴブリンに囚われていた女性を近くの村に送り届けた。
彼女は意識を取り戻しはしたが、目は虚で焦点が定まらずに視線は宙を彷徨っていた。
兄弟なのか夫なのか知る由もないが、彼女を受け取った男性は目に涙を浮かべてお礼を述べていた。
村を後にすると、ゴブリンスレイヤーは今度はお前との約束を果たす。と言って彼が拠点としている町の方へと歩を進める。なかなか距離があるとの話だが夕暮れ時には着くそうだ。
「なあ、彼女はどうなると思う?」
田舎者に連れられて来た彼女を見た時から男はずっと気にかかっていた。肉体的には傷は完治させたが心は大きく摩耗し、心が壊れかかっていたように見える。
「知らん。だが、ゴブリンに弄ばれた女の行く末は大体が寺院に入るか故郷に引きこもる。ごく稀に元の生活に戻れる者がいる程度だ」
「そうか……」
ポツリと呟き、男の表情は暗くなる。
ならば結局自分は何もできなかったわけだと、男は心の中で自嘲する。 人の命を助けることは誰にでも出来る。だが、心は救えないのだから自分は故郷を襲われた時から何も変わらずに無力なのだと。
その後、男は自分は遠く離れた地から来たと偽りこの世界の事をゴブリンスレイヤーに聞いた。彼自身この世の事に疎い事が多いのか知らんと断ぜられる事も多かったが気がつけば日は傾き、ゴブリンスレイヤーの言う街の前までやって来ていた。
「俺はギルドに報告に行く。お前が冒険者になるつもりならついて来ればいい」
特に行く場所も金も無いため、男はゴブリンスレイヤーについて行く事にする。
元の世界であれば魔物を殺して解体すれば仲間の商人が店に売りつけて旅の資金を得ていたが、この世界では冒険者になれば魔物や山賊の討伐、遺跡の調査などの依頼を達成すれば報酬として金が貰える。
戦う事しか出来ない自分が日銭を稼ぐにはちょうどいいと思い、男は冒険者になるつもりだった。
街の門の中に入り、すぐ近くにある大きな建物。ここが国が運営する冒険者ギルドの支部らしい。
建物の中に入れば、半分は元の世界にもある宿屋と酒場が一体になった施設、もう半分はカウンターとその奥に見える本棚や書類からどこか城の政務室を思わせる施設だった。
夕暮れ時という事もあり中は酒に酔い頬を紅潮させた冒険者達の喧騒で賑わっていた。
道中でゴブリンスレイヤーから聞いた通り、この世界には人間以外の種族が普通にいるようだ。
ともあれ此処は人間、只人と言ったかが治めている国らしく数は多くないがざっと建物の中を見た限りでも小柄の体に屈強な肉体を持つ鉱人、獣の耳や手といった体の一部が特徴的な獣人、そして。
「……っ」
視線の先で談笑する身長差の大きい二人の女性。
片方は鉱人と同程度の身長だが、華奢な体をしている。しかし、顔立ちは幼さがあるわけではなく、自身よりも少し年齢は上に見える。
もう片方は長身に美しい線の細身の身体を持つ大変美形だ。まるで絵画から出てきたのではないかと錯覚する程の。
そして長身の女性には最も特徴的な部分がある。
尖った耳。
小さい方が圃人、大きい方が森人というそうだ。
尤も、森人ならよく知っている。そしてその特長的な形の耳を見ると、男は否が応でも思い出してしまう。
もう、二度と会えない自分の為に命を散らした愛しい森人の少女の事。
同時に思い出す。義理ではあったが自分では本当の親だと思っている両親。剣技を教えてくれた師匠。魔法を教えてくれた老子。故郷の村の人々。自分を庇って、皆死んだ。
滅んだ故郷の事、かの日の人や家や村の植物が炎で焼けた臭い、死臭、毒の臭いまでもが今目の前で再現されているかの如く情景が目に思い浮かぶ。
「どうした、森人が珍しいか?」
ゴブリンスレイヤーに声をかけられて漸く正気に戻る。目の前にあった滅びた故郷は消えて冒険者で賑わう酒場戻ってきた。
「いや、久しく見ていなくて、懐かしくなっただけだ」
そうか、とだけ言いゴブリンスレイヤーはカウンターの方へと歩いて行くので男はそれについて行く。
「あっゴブリンスレイヤーさん。おかえりなさい!
あの、そちらの方は?」
薄い金色の髪を一つに纏めて編み込んだ女性がカウンターを挟んで労いの言葉をかける。身に付けているシャツと青い服、黒いロングスカートは隣にいる者も同じ服を着用している事からこのギルドで働く者の制服である事が伺える。
女性は男を怪訝な表情で見ていると、ゴブリンスレイヤーはそれを気に止める事なく口を開く。
「報告だ、ゴブリンがいた。入り口に二匹、少し進んだ所に三匹、そしてコイツが巣の中にいた」
「ええっ!ゴブリンの巣にですか!?
どうしてそんな所に……あの、見たところ怪我は無さそうですが大丈夫なんですか?」
驚愕の表情を浮かべて女性は男の事を恐る恐る気にかける。
それに対して、男は穏やかな笑みを浮かべて彼女に答える。
「お気遣いありがとう。ご覧の通り、傷一つ無く体力も有り余っています」
そう答えて男はギルドまで来た経緯を簡潔に説明した。
「離れた場所を繋ぐ扉ですか……転移の術の類でしょうか?
それで、冒険者希望ですね……ええと、すいません少し遅くなってしまうのですがゴブリンスレイヤーさんの報告を聞いてからでもお時間は大丈夫でしょうか?」
「はいはーい!冒険者の登録ならこっちで受け付けるよー!」
その困り顔を見て女性と同じ服を着た長い茶髪の女性が読んでいた本を閉じて手を挙げた。
なにやら片方が頭を下げたり、片方は手を振ったりと合図をし合っているのを尻目に、男は先程まで相手をしてくれた女性に頭を下げると、隣の方へと移動した。
「冒険者になりたいんだよね。文字は書ける?書けるならこの冒険記録用紙に記入して、分からなければ教えるから」
金髪の女性と違い砕けた口調の茶髪の彼女に渡された紙に目を通す。幸か不幸か、男の元の世界と同じ文字だったが、意味はよく分からない物がいくつかあった。
「なあ、この体力点や技術点というのはなんだ?
それに呪文は種類を書けばいいのか?」
「むう、ちょっとなんで向こうは敬語で私はタメ口なの?」
「彼女が先に敬語で話してきたからな。俺は基本的に相手がどう話してきたかと何をされたかで話し方を決めるようにしている」
男は視線を紙から茶髪の女性の目へと移して答える。
茶髪の女性はハイハイ、と言うと用紙カウンターに置いて説明をする。
四苦八苦しながらも用紙の記入を終えて女性に渡すが、内容を見て鼻で笑われる。
「はははっ、あのねぇ。
「デタラメ?言われた通りに書いたさ、聞いた体力点だのは言われた事を参考にして、技能は特に無いし、金も持ってないのは事実だ」
「その辺はどうでもいいの!戦士のくせして呪文をたくさん使えるのが本当だとしても回数をサバ読まないでって言ってるのよ!」
女性はそう言って用紙を男に突きつけて呪文の欄を指差す。
そこには多くの呪文、回数は最も強力なもので20回程度と書かれていた。
「いや、それが事実なんだが……かと言って証明するにも時間かかるしな」
男が頭をひねって考え込んでいると、見兼ねたようにため息をついて女性は首から下げた鎖で繋いである天秤のような装飾の十字架に手で触れる。
「ハイハイ、それじゃあ一応聞いてあげるけど、ここに書かれているのは本当なんだね?」
「ああ、万全の状態ならギガデインだろうとベホマズンだろうと20回は使えるはずだ」
「はぁっ?」
信じられない、と言った声を漏らして彼女は驚愕の表情を浮かべて口を手で押さえる。
どうしました。と、ゴブリンスレイヤーの報告を受けていた金髪の女性がこちらの方を気にかける。どうやら報告の方は終わったらしい。
気がつけばゴブリンスレイヤーの姿も無かった。
「コレ、ちょっと見てもらえる。ちなみに嘘はついてないみたい」
「ええっと……コレはっ!?でも貴方がそう言うなら本当なんでしょう……」
「そうなるかなぁ、ギルド長には後で報告してみるよ。
ああごめんごめん、やっぱり俄かには信じられなくてさ。私も長いこと受付の仕事してるけど術を生業としている職業の人でも10回以上使える人なんて見たことなかったからさ」
そう言って茶髪の女性は白磁の小さな板に紙に書かれたものと同じ内容を記入する。
少々時間を待つと終わったようで紐のついた白磁の板を男に差し出す。
「はい、コレが君の認識票だよ。なにかあった時に身元を照合する物になるから失くさないでね」
男は認識票を受け取ると自身の目の前まで持って行き品定めをするかのように見る。
「ゴブリンスレイヤーの物とは素材が違うみたいだな。階級みたいなもので差があるのか?」
「そうだよ!
等級が全部で十段階あって、君のは白磁で一番下で第十位の等級。
ちなみに白磁から上に順に黒曜、鋼鉄、青玉、翠玉、紅玉、銅、銀、金、白金ってなってる。
だけど、白金は史上で数人しかいない伝説みたいなもので次の金等級も国の有事の際にお呼びがかかる冒険者なんだ。だから実質在野の最上位は銀等級だね」
「へぇ、と言うとアイツは第三位の冒険者だったのか。成る程どうりで……いや、世話になった、今後もよろしくお願いしたい」
「頑張ってね、君の活躍祈ってるよ!」
「あっ、ちょっと待ってください」
男は認識票をポケットにしまい込み、礼を言ってギルドを後にしようとしたが今度は金髪の女性に呼び止められる。
「呼び止めてしまってすいません。ゴブリンスレイヤーさんから報告は受けたのですが貴方にも確認を取りたくて、お時間よろしいでしょうか?」
特に予定も無い男は快く引き受けるが、彼女の丁寧な対応で思った程時間はかからなかった。しかし、質問に対して帳簿に記録する量の方が多いのだが、流れるように会話をしながら記帳する様に彼女の手際の良さが見て取れる。
「彼の言った通りです。報告に誤りはなさそうですね」
「ありがとうございました。私も貴方の今後のご活躍をお祈りします。
……ところで、ゴブリンスレイヤーさんになにか思うところでもありましたか?」
女性に言われて、男は先程ポツリとどうりでと零した事を思い出した。
「いや、身のこなしはそこまで眼を見張る事はなかったけど、短剣の投擲技術は素晴らしいものがありましたからね。それに最弱の生物に対しても非常に詳しく油断のカケラもない。
見てくれこそ汚れているかもしれないが動きを阻害しないでゴブリンの攻撃を防げる最小限の防具に狭い洞窟で振るに適した少し短い剣。
そして何より」
「何より?」
「ゴブリンの知識の無い俺の作戦を飲んでくれましたからね。その際にキチンと状況を把握した上で元の彼の作戦よりも有効だと判断してくれたみたいですし。
弱者相手への油断もなく、その場に適した装備、そして臨機応変な判断力と自分の考えが最も優れているとは限らないと驕らない考え方と度量があって彼は最上位の等級にいるのだと、納得してたんです。
……なんて、駆け出しの身分の俺がなにを言ってるんだって怒られますか。いや、失礼しました」
男はかつて多くの人と出会い別れた死と隣り合わせの旅をした経験から相手の事をよく見てしまう癖と見極める眼がありゴブリンスレイヤーをそのように評価したが、今の自分はレベル1の下っ端なのだと思い出して出すぎた事を言ったと自嘲した。
しかし、女性の方は驚いた様子で目を丸くして口を手で押さえていた。
男が何かあったかと尋ねると、女性は間の抜けた顔を晒していた事を恥じて顔を赤めた。
「いっいえ!あの人ををそんなに評価する人を始めて見ましたので!
……実際、貴方が言った様にゴブリンスレイヤーさんあの見た目とゴブリン退治しかしないから色んな人に下に見られてしまうんですよ。それこそ新人の冒険者さんにまで。
まあ、あの人はその辺は気にしていないみたいなんですが……」
「うん?なぜ下に見る事があるんです?
最弱の生き物でも、それは戦う術のない人からしてみたら、それこそ数が多いから脅威じゃないのですか?」
「正確には数が多く攻めてきた時だけちょっとした脅威扱いされるんです。
一匹の被害は作物や家畜が盗まれてしまう程度ですので」
「それでも、被害は出ている。それに、退治しても退治してもいなくならないからゴブリン退治の依頼が出続けて彼がそれを請け負っている。誰かがやらなきゃいけない事をしている人間を称賛こそされど蔑むのは間違いかと。村や町の入り口の見張り番や城の門番が蔑まれないのと同じように。
……それに一つの村が壊滅する程の危険性のある生物を軽視するのはやはりおかしい」
男がそう零した言葉を聞いて、女性は穏やかな笑みを浮かべる。
「貴方も、あの人みたいにどこか変わっていますね。大体の人はゴブリンを脅威だなんて思いませんのに。
それこそ、冒険者の皆さんは一回か二回ゴブリン退治をしたらあまり見向きもしなくなります。
でも、私個人としては貴方の考え方素晴らしいと思いますよ」
その言葉と彼女笑顔を見て、心に温もりを感じた男は口角を上げて返す。
「さて、俺はそろそろ失礼します。宿も探さないとですから」
「ああ、それでしたらこのギルドの二階は宿泊施設にもなっているんです。お部屋の空きも有りますが、利用されますか?」
思わぬ僥倖、しかし男には一つ問題があった。
「是非お願いします……と言いたいところですが無一文でして。
アテが無いわけではないんですが、先に道具屋か武器屋で持ち物を売れば宿泊費くらいにはなると思うので」
「それでしたら、ご安心ください。装備品を取り扱っている工房がギルドに併設してあるのでそちらに行かれてみてはどうですか?」
良い事は重なるのか、渡りに船で男は女性に工房の場所を教えてもらう。
しかし、女性は不思議そうな表情で男に尋ねる。
「あの、失礼ですが荷物はどうしているんです?まさか外に?」
その問いに男は再び口角を上げる。
そして頭の中で『せいすい』と念じると腰の巾着袋から光が出て男の手の上で小瓶の形を生成する。小瓶の中には液体が入っていて男はその瓶をカウンターの上に置いた。
金髪の女性は唖然として小瓶と男を交互に見比べる。
「スッゴイ!今のどうやったの!?」
茶髪の女性もそれを見ていたようで興味津々で男に聞いてきた。
「この袋には色々な物が99個まで入るんだ。これはせいすい。体に振りかけると一定時間弱い魔物に遭遇しなくなるシロモノ。
せっかくだからこれはプレゼントに置いていきましょう。ありがとうございました」
唖然としたままの金髪の女性と物珍しそうに小瓶を手にとって見る茶髪の女性に礼を言うと男は工房へと向かった。
その先の工房で余っているので売ろうと思って出した『破邪の剣』という、魔法の素養がない者でも何度も超高温の熱線を放つ事が出来る刃こぼれもしない剣でまた一騒動起きるのだが、そんな事は男には知る由もなかった。