その者、かつての導かれし者の一人   作:アリ

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Level4〜共闘〜

 

 

「……逃げられると思うか?」

 

「無理だろうな。ココは奴の本拠地(テリトリー)だ、それにああいった奴からは大抵逃げられない」

 

 青年戦士の案に旅人は苦言を呈す。

 旅人は拠点を構える敵からは逃げられない事を経験で知っている。敵の本陣奥深くまで侵入し、逃亡が難しい事は自明の理である。

 

「それに見ろ、もう腕がくっつきそうだ」

 

 青年戦士が妖術師の方に目を向けると、地に落ちた腕を拾い上げて傷口同士を当てていた。

 切断面は体を覆うものよりも濃い黒い靄で覆われる。

 数秒の間をおいて靄が晴れると妖術師の腕は確かに何事も無かったかのように元どおりになっており、押さえていた腕を離しても落ちないのだから完全に回復している事が伺える。

 

「ぐぬぬ……許さんぞ人間共ォ!!

魔神将の魔道書たる我の食事を邪魔した挙句、腕を落とすなド……この屈辱、貴様等の命程度では償いきれんワァァ!!」

 

 怨嗟にまみれた言葉と同時に妖術師を覆う靄が火山の噴火の様に大きく吹き出し、業火の様に揺らめいた。

 

「おいおいヤベェぞ!アイツの言葉が本当なら魔神将の側近なんて俺達に……!?」

 

 青年戦士は言葉を発するのを思わず止める。

 強大な相手を前にしても臆する事なく旅人が目を見開いて妖術師を睨みつけているからだ。

 

「……食事、だと?」

 

「ヌゥ……我は先の大戦で大きく力を削がれたからナ、貴様等人間共(家畜)から生気を奪う事で取り戻したておったと言うのに……貴様等ごときが邪魔をしおっテ!!」

 

「……それで、ゴブリン退治に来た冒険者は捕らえて、全員殺し終えたから村から娘を拐わせたのか?」

 

「兵としては役に立たん小鬼共だガ、我の食事を取って来させるにはまずまずダ。女の生気は美味く力となル。だが、勘違いをするナ、我は命を奪い尽くしはしなイ。

搾りカスの抜け殻は小鬼にくれてやル。どうなろうと知った事では無いガ、家畜の悲鳴を聴くのは我には最高に愉悦であったワ」

 

 そう言って、妖術師はその時を思い出したかの様に不気味に口角を釣り上げる。

 奴の戯言を聴き、歪に笑う様を見て、旅人の中で何かが切れる音が聞こえた。

 世の中は弱肉強食、旅人もそれは痛いほど分かっている。故にピンキリだがある程度の力がある冒険者がその末に命を落とす事は悲しく思うし、祈らぬ者に対して憤りこそ持つが摂理だと理解している。

 だが、ただ平和に暮らしている村人達は違う。戦う術など持ってはおらず、ただ運が悪かったという理由で身を危険に晒され、剰え無抵抗のまま純潔を散らされて死に至る事には理解も納得もできるはずが無い。

 

「『はじゃのつるぎ』

それを貸す、友から譲り受けた物だから絶対に無くすな。強い心を持って掲げるか振れば熱線が出る。背後からゴブリンが出たら迎撃してくれ。

その娘は頼んだぞ」

 

 旅人はふくろから一振りの長剣を手にする。

 柄や鍔などに十字架の意匠が施され、中でも特異なのはその刀身も先の方で十字架の様に横に広がりまた細くなるという物であった。

 旅人は変わった形の剣を青年戦士に投げると、剣は足元に突き刺さる。

 同じ形の剣を青年戦士はつい昨日、目にしていた。工房に炎の魔法が込められた、血肉を浴びても刃こぼれのしない魔剣が仕入れられたと聞き見に行ったからだ。

 かつて駆け出しだった頃の自分が求めた魔剣(武器)が今目の前にある。

 緊張と興奮で震える手で青年戦士は剣を掴んだ。

 

「……借りていいんだな、任された!

……お前こそ、自信たっぷりだがあの妖術師を倒せるんだろうな?」

 

 地面から剣を引き抜いた青年戦士は軽く振り、手に持った長さと重さを確認しながら旅人に問う。

 そして感覚で分かる、この剣を持ってすれば妖術師は無理でもゴブリンなら物の数では無い事が。

 魔剣、そして白磁から大きく力が逸脱した旅人、この二つの戦力ならばこの状況が好転すると踏んだ青年戦士に最早撤退の文字は無かった。

 

「無論だ、俺の後ろに攻撃すら通させない。ただ、後方からの奇襲だけが心配だ。

彼女が死んだら俺達の負けだ!!」

 

 旅人は新たに鎧を纏う事無く、それどころか装備していた腕輪も外してしまった。そして剣と盾を構えて妖術師と相対する。

 それに対して妖術師は片腕を天に掲げた。

 

「貴様等ごときが作戦を立てても無駄ダ!

何故我が貴様等が話す事を許していたと思ウ?

貴様等が死ぬ運命に変わりはないからダ!!

我が全盛の7割程度の力しか無くとモ、貴様等を屠るには十分過ぎるほどダァァ!

カリブンクルス(火 石)……クレスタント(成 長)……』」

 

 妖術師が呪文を詠唱すると、掌に小さな火の玉が浮かび上がる。

 そして詠唱を続けると小さな火の玉は膨れ上がり巨大な火球となる。更には身体に纏う黒い靄が伝播し、まるで黒い太陽がこの部屋に現れたのではないかと錯覚させる。

 業火から放たれる熱風に部屋の温度も急上昇する。とてもではないが長時間は耐えられないだろう。

 

「GOORROOBBB!!」

 

 同時に部屋の入り口にゴブリンが5匹、田舎者が1匹唸る様な声を上げて押し寄せてくる。

 旅人は一瞬だけ背後に目をやり状況を把握する。

 妖術師の火球が発する熱風に晒されているが、村の娘の胸が上下していて生きている事は確認出来る。

 青年戦士はゴブリン達に向かって構えるが、背中に感じる熱が気になるのかチラチラとコチラを見ていた。

 そして熱風も気にせず果敢に部屋に入ってこようとするゴブリン。病的なまでに自分本位で忠誠心など皆無な生物である小鬼が火傷を恐れずに向かってくるという事はあり得ないだろう、おそらく目の前の妖術師が何か仕組んでいると旅人は判断する。

 

「背中は預けた!君がゴブリンを通さない限り奴の攻撃もまた俺を通る事は無いと知れ!!」

 

 旅人のその言葉で青年戦士は覚悟を決めてゴブリンに向けて破邪の剣を振るうと、一筋の熱線が放たれて過半数のゴブリンを消し炭に変えた。

 数刻前にお互い会ったばかり、本来ならばそんな相手の、ましてや自分よりも等級が低い男の言葉なんて決して信用出来るはずは無い。

 それでも、何故だか分からないが背後の男ならこの局面も覆せる。その為には自分もやらなければいけないのだ。そう思わせる不思議な力が旅人からは感じられた。

 残る数匹のゴブリンと田舎者に向かってさらに青年戦士は剣を振った。

 

「戯言の続きはあの世で語レ!!『ヤクタ(投射)!』」

 

 妖術師が掲げていた手を旅人に向けて振り下ろすと、ゆっくりと巨大な火球が旅人に向けて飛ぶ。

 

「『マホステ』!」

 

 それに対して旅人は呪文を唱えると同時に火球に向かって走り出し、その姿は豪炎に飲み込まれてしまった。

 

「グハハハ!!口ほどにも無いナ!纏めて消え去……ヌゥッ!?」

 

 妖術師は違和感を覚えた。火球に勢いをつけて押し出そうとするが自分の意に反して動く事が無かった。

 それどころか全てを焼き尽くす様に思えた豪炎は徐々に小さくなり、中には一つの紫色の影が浮かび上がる。

 

「それはこちらの台詞だ!」

 

 炎の真ん中に立つ紫色の霧を身に纏った旅人が剣を真横に振り抜くと、火球は見る影もなく消え去り、部屋の焼き尽くさんばかりの熱気すらも同時に消失した。まるで旅人の纏う紫色の霧に吸い込まれるかの様に。

 

「バッ……バカなっ!我の火球(ファイアボール)を消し去っただと!?

おのれ!『サジタ()……ケルタ(必中)……ラディウス(射出)……』」

 

 妖術師は次の術の呪文を詠唱すると、右腕に黒い靄が多く集まり魔力と黒い靄が凝縮された漆黒の闇と化す。

 見下していた人間相手に自身の術が効かなかった事に動揺こそしたものの、硬直はせずに即座に次の行動に移るあたり妖術師も多くの経験を積んだ猛者だという事が伺える。

 

「『力矢(マジックミサイル)』!』

 

 妖術師の闇が腕を離れるて宙に浮かぶ、すると次の瞬間にも闇は幾重にも別れて旅人へと飛ぶ。大きさこそ先ほどの火球に比べればとても小さく、人間の頭一つ程度のものだが、数多の闇が雨の様に躱す隙間など無い密度で旅人へと襲いかかった。

 当然それを避ける事は出来ず闇は一つとして逸れる事なく旅人へと向かう。

 今度こそ勝った。

 そう思った妖術師であったが、渾身の魔力を込めた術の対象は消えるどころかゆっくりとこちらへと歩みを進める。

 またもや火球と同じ様に闇は紫色の霧に阻まれ、旅人に傷一つつけることも叶わない。

 

「ヌゥ貴様は後回しだ!『サジタ……ケルタ……』」

 

 妖術師が詠唱を始めたその瞬間、旅人は一気に駆け出して妖術師に剣を振るう。

 それに対して今度は切られてなるものかと、妖術師は詠唱を防いで掌から魔力の刃を出現させ旅人の剣を受け止める。

 

「おのれ小癪ナ!」

 

「やるな、だがお前の相手をするとアイツと約束したからなっと!」

 

 迫合いとなっていたところを旅人が上手く切り返して剣を振り上げると、妖術師の腕が肩口から切り裂かれて地に落ちる。

 耳をつんざく妖術師の叫び声を気にも止めずに旅人は流れるような動きで盾で顔面を殴りつけて追撃を行う。

 妖術師の身体が宙を舞い、音を立てて地面に叩きつけれられるが、大きく息を荒げて傷口を抑えてぎこちなく身体を起こして立ち上がる。

 更には荒ぶる様に揺らめいていた黒い靄はまだ全身を覆ってこそいるが、勢いは燃え尽きる前の薪の火の如く弱いものになっていた。

 

「見たところ、その黒いヤツはお前の魔力を強め、防御力……いや、回避率を向上させるものみたいだな。

今のも、最初のも、身体を真っ二つにしてやるつもりだったが剣筋を逸らされた。

だが、もう見切った。あと一太刀でお前は死ぬ」

 

 旅人が言い終えると同時に、田舎者の雄叫びが響き渡る。おそらく小鬼は全部倒したのだろうと、振り返る事なく旅人は理解した。

 

「人間ごときが……おのれ……我こそはーー……!」

 

 何かを言い終える前に、旅人は剣を真横に振り抜いていた。

 そして、やや間を空けてゴトッと音を立てて物言わぬ妖術師の頭が地面に落ち、体と共に灰となって消え去った。

 体のあった場所には灰に塗れた大きな宝箱が一つ置かれていたが、旅人の興味はそれよりも背後の娘の安否と青年戦士と田舎者だ。

 振り返ると同時、青年戦士が田舎者を切りつけて熱線を浴びせる。そのまま大きな断末魔を挙げて田舎者の骸は倒れ伏し、絶命した。

 決着はついた。

 二人の冒険者に傷は無く、救出の対象だった村の娘も生存。巣穴の小鬼と田舎者、果てには致命的な失敗(ファンブル)で遭遇した妖術師も討伐した。

 既に死んだ冒険者もいたようだが、現状出来る最善の結果だったと言えよう。

 旅人は装備をしまいながらそんな事を考えていると、肩で息をする青年戦士は破邪の剣を地面に突き刺して杖の代わりにしてゆっくりと腰を下ろす。

 

「やったな!」

 

 二人の視線が合うと、青年戦士は満足げに顔を緩ませて親指を立てて旅人に向ける。

 旅人は静かに笑い、同じように親指を青年戦士に向けて返し、賞賛と労いの言葉代わりとした。

 

 

 

 

 

 

 辺境の町の入り口に二人の男、一人は特に変わりはない余力を大きく残している様子の旅人。もう一人は大きな布袋を背負ったひどく疲れた様子で覚束ない足取りの青年戦士だった。

 青年戦士の持つ袋の中身は妖術師の宝箱の中身であった大量の金貨の半分が詰められていた。

 もう半分は旅人のふくろの中に納められている。

 

「……なんか、疲れた」

 

 旅人は昨日町に着いた時もこんな時間だったなと考えていると、不意に青年戦士が口を開いた。

 

「そうか?村からここまでルーラで来れたから俺は楽だと思うが……まあ、多くのゴブリンを相手してもらってたからな。助かったよ」

 

「そこじゃない。お前がいろいろと規格外な事に驚く事に疲れたって言ってるんだ……お前本当に白磁の魔法戦士か?本当は王都の高名な賢者か何かじゃないか?

転移に長距離の高速飛翔なんてどこで覚えたんだよ。しかも遺跡からそう遠くない村までなんて無駄遣いまでしてさ。

それが使い手がいないくらい希少な事くらい俺でも知ってるぞ」

 

 興味本位で半ば呆れるように青年戦士は言ったが、気がついたら旅人の足は止まり、物憂げなどこか暗い面持ちで立ち尽くしていた。

 旅人は、自分の知る文字が有り言葉が通じる人間がいる事で、自分がこの世界では異端である事を無意識に失念していた。

 この世界ではダンジョンから離脱する呪文(リレミト)町や村へ高速で空を飛んで移動する呪文(ルーラ)は非常に珍しいらしい。

 

「……まあ、俺も恩恵に預かって思ってたよりもずっと早く帰って来れたから特に追求はしないし周りにも言わないつもりだ、魔剣の事も含めて。

お前のお陰で予想外の大稼ぎをさせてもらったしな!

でも、いいのか?妖術師を倒したのもお前だし、俺が一人でゴブリンの相手を出来たのも魔剣を貸してくれたからなのに、宝は折半だなんてよ」

 

 旅人のどのように上手い言い訳をしようか真剣に考えていた様子を深刻な事情があると勘違いしたのか、青年戦士は別段気にしない素振りをして持っていた麻袋を手で軽く叩いた。

 

「……すまないな、この後酒場で話せることは話すよ。

報酬に関しては当然の事だと思うけどな、君ならあの剣を上手く使える、それだけの力と判断力を持ってると思って貸したまでだ。

それに、俺が妖術師と対峙出来たのは後顧の憂いが完全に絶たれていたからだ」

 

 報酬の山分けは最初に決めた事だと続けると、旅人は腕組みをして静かに笑った。

 

「だが、賢者だなんて全くの見当違いだな。俺がそんな畏まった頭の固いお偉さんに見えるのか?

だとしたら、判断力を買って剣を貸した事は俺の間違いだったか?」

 

 そう言って旅人はギルドとは別方向へ向けて歩き出す。

 

「おい、どこに行くんだよ?」

 

「ちょっと野暮用でな。先に報告を済ませて飲っていてくれ」

 

 手をヒラヒラと振って青年戦士を背に旅人は歩き出す。

 この辺境の街を歩いていると嫌でも目に入る大きな建物。その前に辿り着いた旅人はポツリと口を開いた。

 

「俺がいた世界よりも立派な教会……いや、神殿だったか。まぁ、神を信仰してるってところは同じか。なんだか似てる様にも思えるしな」

 

 こちらの世界ではどうかは知らないが、元の世界では教会は昼夜問わずに開いていたし、まだ夕暮れ時だから大丈夫だろうと扉を開けて旅人は中に入る。

 中は静かなもので一人も見当たらない。

 勝手に礼拝堂を見つけるために見て回っても良いが、この世界の常識がそれを許さなかった場合の事を考えて旅人は考え込む。

 すると、視界の端で黄色いなにかが動いているのに気がつく。視線を向けると、一人の少女が屈んで懸命に拭き掃除をしていた。

 

「もし、少し時間を頂けないか?」

 

「ひゃい!?」

 

 とても集中していたのか、少女は驚きながら勢いよく立ち上がる。間の抜けた返事をした事に顔を赤らめながら旅人の方へと向かい直る。

 少女は可憐だが、体は随分と華奢で上背も旅人に比べたら随分と低い。しかし、年齢はそれほど大きくは変わらなそうだった。

 

「あの、どんなご用件でしょうか?」

 

「忙しいところに申し訳ない。おいのりをしたいんだが、初めて来たもので場所が分からなくてね。

案内、してもらえないかな?」

 

「それでしたら。こちらへどうぞ」

 

 少女は穏やかな笑みを浮かべて体を反転させると、長い金髪を鮮やかに揺らして先導する。

 

「助かるよ」

 

「いえ、お気になさらないでください。

……あの、冒険者の方ですか?」

 

「ああ、まだ駆け出しだけれどね。

今日が初めての仕事だった。

冒険自体は以前からしていてね、その時から無事に帰ってこれたら教会や神殿に来るようにしているんだ」

 

「素晴らしい習慣だと思います。

私も、来年で成人になるので冒険者になろうと思っています。

着きました、こちらが礼拝堂です。」

 

 入り口からそこまで遠くなかったのか、大きな立派な祭壇と女神の様な像を構えて、多くの長椅子が用意されている部屋へと着いていた。

 

「ありがとう、助かったよ。祭壇の前で祈らせて貰っても大丈夫かい?」

 

 少女のはい、という言葉を聞いて旅人は祭壇の前で片膝をついて目を閉じて手を合わせる。

 しばしの間祈りを捧げ目を開けると、傍にまだ少女がいる事に気がついた。

 何があったのかと聞きたそうな顔をしていたので、旅人は立ち上がり口を開いた。

 

「旅先で、おそらく先に出立した冒険者の認識票を見つけてね。亡骸と敵の言葉からそこで死んだんだろう。

俺に何ができるわけでもないが、せめて祈ってやれば足しにはなるだろうと思ってさ」

 

「……未熟な身ですが私にも祈らせてください」

 

 そう言って少女は両膝をついて手を組み、祈りの言葉を紡ぐ。

 その真摯な姿に儚さと美しさを覚えつつ、旅人はその様子に思わず見惚れていた。

 そっと、少女は手を解いて祈りを終えたのだと旅人は悟った。

 

「……あの世で喜んでるだろうな。しがない駆け出し冒険者じゃない、本物の聖職者の祈りを送って貰えたんだからさ」

 

「そっそんな事、わっ私はまだまだ未熟者です!」

 

「いや、俺だったら嬉しいと思ってね。悪いけど、もう少しこの場所を借りるよ」

 

 旅人はそう言って祭壇から離れて隅の方で片膝をついて手を合わせる。

 少女はその様子を怪訝な表情で眺めていると、今度は先ほどに比べてすぐに立ち上がり自身の方へと戻ってきた。

 

「あの、どうして移動してからお祈りをしたんですか?」

 

「ああ、今のは報告だからかな」

 

「報告、ですか?」

 

「あー……怒らないで聞いてほしいんだけど、俺は神を信仰してるわけじゃない。いるとは思っているけどね。

今祈らせて貰ったのは、神殿や教会は(こう言った場所)あの世に近い気がするからなんだ。

それで節目節目で報告をしてる。今日も無事に過ごせたと、俺の大切な、俺のせいで死んだ人達にね」

 

 旅人の少し悲しそうな表情と重い言葉に、何があったのかは分からない、それでも凄惨な事を体験したのだろうと悟って少女は思わず口を手で押さえてしまった。

 そして口から手を離して恐る恐る旅人に問う。

 

「あの、その、もう……大丈夫なんですか?」

 

「気を遣わせてしまったみたいだね。

色々とあってさ、大丈夫……ではないかもしれない。でも、だからこそ俺は全力で生き抜かなければいけない……死んであの世で殴られながら罵声を浴びせられるまでね……それで、許されたら生きてる間に起きた事を話す。

おっと、すまない、急に変な事を聞かされて困ったろう。今聞いた事忘れてくれ」

 

 思い出したかの様に明るい笑顔を作って旅人は少女に頭を下げる。

 その時、少女は旅人の背後から暖かい、穏やかな気配を感じた。憎しみや恨み等は皆無の多くの暖かい気配を。

 

「……そんな事ないです。貴方の事を恨んでなんかいませんよ。

きっと、みなさん安らかに眠っています」

 

 思った事を少女はそのまま口から零した。

 まるで自身の信仰する地母神の加護の様な暖かく優しい思いを感じた少女は確かにそう確信した。

 

「……なんだって?」

 

 とても優しい気持ちに包まれていた少女に、旅人の無機質な言葉が冷たい風の様に吹き荒れた気がした。

 確かに少女には確信があった。

 しかしそれは彼女自身にしか分からないものだ。

 目の前の男(旅人)からすれば何があったのかも知らない相手に、軽はずみな事を言われて怒らないはずがないと少女は気付き、肩を震わせた。

 

「その……ごめんなさ」

 

「フッ、ありがとう」

 

 旅人からの思いもよらない言葉に少女はへ、と間の抜けた声を出してしまう。

 

「気休めでもなんでも、俺の為に言ってくれたんだろう?

人から、それも聖女からみんなが安らかに眠ってるなんて言われて悪い気分はないさ。

君は、優しい人なんだね」

 

 そう言って、震える少女の緊張を解すように旅人は彼女の頭を撫でる。

 さてと、と一声出して旅人はふくろから金で装飾のされた赤いルビーを取り出して少女の手に握らせる。

 

「仕事中に時間を取らせて悪かったね。これをお礼に差し上げよう。冒険者になるなら微力ながら力になる。

『まもりのルビー』と言って、守備力が上がるお守りさ。もし、君の宗教の戒律とかに引っかかるなら売って路銀にでもすれば良い」

 

「そっ、そんな!こんな高価な物を頂けません!」

 

「気にしないで、俺からの詫びと礼なんだからさ。それから、コレを寄付するから神殿のお偉いさんに渡しておいてくれ」

 

 またも旅人はどこからともなく大きな布袋を取り出す。

 大きさにして先程青年戦士が担いでいたものの半分ほどの物だ。

 

「えっ、あの、ちょっと!」

 

「それじゃ、頼んだよ!」

 

 矢継ぎ早に取り出された物に困惑する少女を見計らって旅人はルビーをしっかりと握らせて渡すと、踵を返して足早に外へと向かう。

 背後で慌てふためく少女を尻目に旅人は神殿を後にした。

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