その者、かつての導かれし者の一人   作:アリ

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Level5〜堅苦しいのは……〜

 

 冒険者になり妖術師を討伐してから、片手の指を折り切る程度の日数が経過したある日の昼前、辺境の街から少し離れた川のほとりで旅人は一人、上半身は何も身につけずに焚き火をしていた。

 火の近くには幾らか湿っている旅人の服が木の枝に引っ掛けて乾かすように立てかけられている。

 

「……地下のネズミ退治、どうしても服と体に臭いが付いてしまうみたいだな。

とはいえ、水浴びをして服を脱いだままは寒いな。『ぬののふく』」

 

 ふくろからいつも着ている普段着を取り出してそれを着ながら一人でぼやく。

 今日は何やら昼過ぎから監督官にギルドに来いと言われている。

 そのため昼までは暇だと朝にはゴブリン退治に精を出し、ルーラですぐに戻って来たらまだまだ時間が余っているではないかと、白磁の冒険者に推奨される下水道のネズミ退治に行った次第だ。

 本来白磁の冒険者であれば丸一日潜ってやっと規定の数のネズミを倒せるものだ。しかし旅人はすぐにその数の倍のネズミを骸に変え、ついでに群れで現れた巨大な虫も呪文で焼き払い、これまたあっさりと一仕事終えた。

 だが、そのネズミ退治が良くなかった。外に出て自身に下水道の悪臭が染み付いてしまっていたのだ。

 

「人と会うってのにあの臭いはダメだよな……まぁ、時間には間に合いそうだから良いけどさ」

 

 一つくしゃみをして少し肌寒さを感じつつ、旅人は服を炙って湿り気を取り続ける。

 暫くの間続けて服が乾いた事を確認して袋にしまうと、旅人は焚き火を消して街へと向かう。

 ギルドへと向かう途中、旅人は街の喧騒に耳を傾ける。

 活気溢れる店主の呼び込みや、夫人の井戸端会議、追いかけっこをする子供達に荷車を引く女性。今すれ違った装備を固めた一党はこれから冒険か、それとも帰るところか。

 自分の世界と比べて魔物が出るあたり今は本当に平和とは言えないのかもしれない。それでもこんな穏やかな日常が有ることは素晴らしい等と考えていると、早くもギルドの前に着いてしまった。

 

「あっ、おかえり旅人くん。

もしかして、意気揚々と出てったけど時間が間に合わなくて帰ってきたのかな?」

 

 扉を開けると、下水道に潜る前に対応してくれた監督官が旅人を迎える。

 あまりに早いお帰りに監督官はどこか悪戯っぽい笑みを浮かべてはいるが、旅人は一笑に伏した。

 

「ネズミなんて物の数じゃないさ。ホラ、依頼完了の署名もらってきてる」

 

 下水道のネズミ退治は基本的に街ないし国からの依頼である。

 どうやって仕事を終えたかを判断するかは、死体から耳を落として証拠とする。そして、それを下水道の入り口からほどほど離れた場所にいる国の役人に渡して確認の署名をもらって依頼完了とする。

 また、仕事を終えるまでの速さと、多くのネズミの耳のせいで役人は旅人を恐怖と嫌悪感の混じった白い目で見ていたが、当の本人は知る由もなかった。

 

「むぅ、そっか!お疲れ様!」

 

 自分の予想が外れたからか、監督官は一瞬不満げな顔をして唇を尖らせるも、すぐ様笑顔に戻り署名を受け取ると報酬の金貨一枚を旅人に渡す。

 

 

「あの臭いの代償が金貨一枚か」

 

「文句言わない。一番危険が少ないお仕事なんだから仕方ないでしょ?

それに、旅人くんなら一日中潜る必要ないんだからまだマシでしょ」

 

 確かに、元の世界最弱の生物(普通のスライム)を倒したところで得られる物は少ない。そう思えば妥当だなどと考えながら旅人は金貨を指で弾き上げて掴み取る。

 その後、彼女も今は手が空いていて暇なのか暫し談笑をしていると、話の節目で急に手を叩いて立ち上がった。

 

「さて、そろそろ準備もできたろうから二階に行こうか」

 

「ん?それはまたどうして?」

 

「あれ、言わなかったっけ?

これから君には面談を受けてもらうの、何か心当たりはない?」

 

 普段の明るい物言いのなりを潜めて監督官は真剣な表情で旅人に問う。

 その言葉に旅人は心当たりはないとハッキリは言えない。過ごしてきた世界の違いから知らず知らずのうちに何かをやらかした可能性が否定できないからだ。

 

「……多分ないと思いたい」

 

「ふーん……まあ、行こっか。最悪、この街ではもう冒険者出来ないかもしれないね」

 

 言い淀む旅人を訝しみ、冷たい視線を向けて監督官は先行して二階へ上がりある部屋の前で旅人を待たせて先に中へ入って行った。

 一人になり、旅人は先程突きつけられた言葉に動揺する。

 蓄えこそあるから飢える事は無いだろうが、まだ数日しか過ごしていないこの街を気に入ってはいたのだ。この街を拠点に各地へ行ってみようと思っていた矢先にあんな事を言われて大きく落ち込む。

 深刻さは違うが、かつての旅で女王の治める国で濡れ衣を着せられ仲間が一人囚われた事を思い返す。

 

「どうぞ、お入りください」

 

 受付嬢の声が扉の向こうから聞こえて旅人は正気に戻り、扉を開いて中へと入る。

 正面には国の政務官が使うような机に受付嬢が座り、旅人から見て右には監督官が椅子に座っている。

 また、受付嬢の左には旅人にとって面識はないがギルドで見かけた事のある一組の男女が座っていた。

 一人は見るも立派な槍を片手に携え、青い鎧に身を包み、長い後ろ髪を一本にまとめた美丈夫な男。

 筋骨隆々とは言えないが、無駄な筋肉をつけずに引き締まっている身体と旅人を睨みつけて値踏みをするような鋭い視線から強者の気がひしひしと感じ取れる。

 もう一人は魔術に長けた者が着るローブを扇情的に崩して身につけて黒い三角帽子を被る魔女。すれ違う男が十人いれば八人は振り返るような素晴らしい肉体と顔を持つ美女だ。

 こちらは男とは対照的に柔和な笑みを浮かべて旅人の様子を見ている。

 

「どうぞ、お掛けになってください」

 

 部屋に入るなりいつまでも立っている旅人を怪訝に思った受付嬢は着席を促す。

 盗みの濡れ衣を着せられて尋問された経験が頭から離れない旅人は、場の緊張感からかどこか不審な足取りで椅子に座った。

 その際に不意に槍の男と目があった。

 

「……あんだよ?」

 

 機嫌でも悪いのか不快感でも覚えたのか、威圧するように槍の男は口を開いた。

 

「いや、なにも無い」

 

 事実、ただ視線が合ったので旅人はそう答えるしか無かった。

 その様子を見て隣の美女はクスクスと笑う。

 

「お二人は立会人ですので、お気になさらないでください。

それで、今回貴方の昇級の件ですが」

 

「昇級……?」

 

「呆れた、やっぱり聞いてなかったんだ。

今日来る事を伝えた時、随分急いでいたみたいだけど自分の事なんだからしっかり聞いておいてよ」

 

 旅人が当時の事を思い出してみると、確かゴブリン退治を終えて一度ギルドへ戻って来た。

 すると、掲示板にまだ依頼が残っていたので彼女へと報告を手早く済ませて、本日の昼過ぎにギルドに来いと言われた事しか記憶していなかった。

 そしてつい先程まで監督官には会う事が無かったため、まさか昇級なんて件で呼び出されるとは思っても見なかった次第だ。

 

「……申し訳ない。ギルドに顔を出す事しか聞いていなかった」

 

 それならば、さっき教えてくれても良かったのではないかと頭を過るが悪いのは自分かと、素直に頭を下げる旅人を見て、隠す様に顔を背けて監督官はクスクスと笑っていた。

 他の職員に言伝を頼まなかった辺り、話を聞かない男にささやかな仕返しを込めていたのかもしれない。

 そんな二人を呆れた様に見ながら、一つ受付嬢が不自然な咳払いで話を元に戻す。

 

「あー、いやあ、しかし等級が上がるなんて思ってもみませんでした。俺はてっきり」

 

「てっきり、なんですか?まさかやましい事でも?」

 

 場の硬すぎる空気に耐えられそうにない旅人は思わず口を開くが、それに対して受付嬢は貼り付けた様な笑顔のまま冷たく言い返す。

 結局、自ら墓穴を掘って自信が危惧していた方向へと話を進めてしまっていた。

 

「……俺は田舎の方の出です。育ちの違いで自分では常識でもこちらでは非常識なんて事をしでかしているかも知れません。

この歳で恥ずかしい話ですが、世間をよく知っていないので無意識に間違いを犯しているのかもしれません。

もちろん、知らなかったで済ませるつもりはありません。その時は、償いをします」

 

 旅人が言い終えると、受付嬢は監督官に目配せをすると、応える様に彼女は首を横に振る。

 また立会人の槍の男は依然不機嫌な顔で、女の方は穏やかな顔でやり取りを見ている。

 

「今のところ、貴方が心配している様な事はありません。

さて、昇級の話ですが、今日までに達成した依頼の内容、取得した報酬額から貴方は十分に黒曜等級の資格は有ると私達は判断させていただきました」

 

「今日までって、まだ数日しか経っていませんよ。昇級にはそれなりに時間がかかるって聞きましたが?」

 

「……自分が数日でどれほどの依頼をこなしているのか分かってます?

普通は依頼は早くて一日に一件、それこそゴブリン退治でも遠出をすれば移動の時間もあって数日かかる事はあります。

それを貴方は初日こそ一件だけで、その後は近場ばかりですが、受ける依頼を日に日に増やして昨日なんて文字通り丸一日の間依頼をこなして十件も達成しているんですよ。

……はっきりと言ってしまえば異常です。

無事だったから良かったものの、過労で倒れたり他の人が真似をしたらどうするんですか?」

 

 進んで引き受けてくれる事に感謝はしていますがと付け加えるが言葉の節々から、呆れや困りといった感情が聞き取れる。

 

「ギルドが真夜中でも常に人が居て、体力には自信があり問題ないと踏んで昨日は明け暮れたんですが、他の人の影響なんて考えてませんでした……すいません」

 

 旅人は元の世界で馬車があったとは言え、魔物と戦いながら何日も続けて歩いた経験が有る。この街付近に出る祈らぬ者よりも強い存在が闊歩している世界でだ。

 魔力の消費こそあったが体力的にはまだまだ依頼はこなせていたとすら考えてはいるが、受付嬢の言葉も正論のため旅人は胸に刻む。

 旅人の素直に聞き入った様子に溜飲が下がったのか受付嬢の表情は微かに綻ぶ。

 

「話を戻しますね。確かにゴブリン退治ばかりだともう少し時間はかかったと思いますが、貴方の場合は最初の時の妖術師の討伐が大きいですね」

 

「まさか一人で魔神将の側近を倒すなんてね。

連れ去られてた娘さんも無事に助けたしすごい事だよ!

まあ、運が良かったかどうかで言えば、ゴブリン退治に行ってそんなのに出くわすんだから良くは無いんだろうけど」

 

「……今の言い方だと、幾つか訂正をさせてもらいたい」

 

「と、言いますと?」

 

 賞賛を得ているのにあまり喜びを見せない旅人に対して怪訝な表情で監督官は聞き返す。

 

「無傷、というわけではないさ。彼女、身体こそなんともないだろうが、心には傷が残ってる事だろう。

それともう一つ、決して俺一人の功績ではない。

彼が背後から来るゴブリン引きつけてくれたから俺は妖術師に集中できた。その結果、全員命を拾うことが出来た。

そして、それは貴方達のおかげです」

 

 旅人のその言葉に受付嬢と監督官は顔を見合わせて目を丸くするが、御構い無しとでも言うかのように旅人は言葉を紡ぐ。

 

「あの時一人で行こうとしていた俺を止め、彼を紹介してくれたのは他でもない貴方達です。貴方達のおかげで全員が命を拾い冒険から帰って来ることが出来た。

改めて礼を言わせていただく、ありがとうございました」

 

 旅人は立ち上がると深々と頭を下げた。

 その行動に思わず受付嬢も立ち上がってしまう。

 

「そんな、頭をあげてください!私達はお二人に仕事の斡旋をしただけですから!」

 

「それでも、俺はそう思っているんです」

 

 旅人は顔を上げると、穏やかな表情をしていた。

 同時に、本心から出た言葉なんだろうと受付嬢は直感する。

 ギルドの職員になって冒険者からお礼を言われる事は多々あったが、それよりも杜撰な扱いを受け、心無い言葉を投げかけられた事の方が圧倒的に多かった。

 こんなに心を込めて礼を言われたのはいつぶりだろうと、受付嬢は悪くない寧ろ心地よい気分になると同時に、面談のため凛とした態度で相対しようとしたが、目の前の男(旅人)が相手だと上手くいかないと僅かながらやりづらいとも思った。

 そんな様子を監督官と美女は笑みを浮かべて見ており、槍の男は舌打ちをしてカッコつけ野郎が、と零して悪態をついた。

 両者が落ち着きを取り戻し受付嬢が先に座り、旅人も促されて椅子に座る。

 

「さて、今までの話で貴方の人格的にも昇級に問題はないと分かりました。

最後に一つ、冒険の準備以外でどんな事に報酬を使っているんですか?

妖術師を倒した時に大量の金貨を手に入れたみたいですが、貴方は装備の新調もしてないみたいですし、食事も質素な物で済ませてばかりいるとか」

 

 受付嬢は今までの質問と違い、若干雰囲気は軽くなって旅人に尋ねる。

 正直なところ、この問いの重要度はそこまで高くない。ただギルドは冒険者の金の流れを把握したいだけで、自発的に邪教団に寄付している。と言った答えが出ない限りは問題ない。

 直近でそれなりに金を大きく使った買い物か、貯め込んでいると言えば済む話である。

 少なくとも受付嬢はそんな答えを聞いたことは無く、監督官にしてもここで嘘をつかれた事も無い。

 

「……先の事はわからない。ので、後々のために使わずに貯めています」

 

「嘘。至高神の御名にかけてそれは間違いなく嘘だね。

驚いた、君も嘘を吐くんだね。しかもこんな事で」

 

 監督官は胸元の十字架を旅人に見せつけるように手で持ち上げる。

 自信に満ちた口調で嘘を看破されて旅人は思わず狼狽える。

 

「……離れた街の踊り子に値が張った贈り物を」

 

「嘘、しかも看破(センス・ライ)使わなくても分かるくらいにバレバレな。あのさぁ、何に使ったかくらい話したら?」

 

「……すまない、まさか本当に嘘が見破れると思わなくてさ。

いやまあ、そんな事言わなくちゃダメなのか?」

 

 いつまでも言い淀む旅人を見て、立会人である筈の魔女が見かねたようにクスクスと笑って口を開いた。

 

「昨日、ね、ここの、地母神の神殿、に、行ったの、だけれど、数日前、に、大金を、寄付してくれた、冒険者が、いた、そうよ。

その、冒険さん、は、緑色の、髪で、水滴、みたいな、耳飾りを、着けてた、とか」

 

 独特な、間延びするような口調でそう語った魔女を見て旅人は目を丸くした。

 

「はぁ……神殿の神官長さんもギルドの方にお礼に来ましたよ。

……貴方ですよね。どうして嘘なんか吐いたんですか?恥じる事では無いと思いますが?」

 

 溜息をつきながら受付嬢は呆れたように旅人に問い詰める。

 まるで、子供が叱られているかのようなその様を見て魔女と監督官は隠れてクスクスと笑っている。

 観念した旅人は大きく息を吸い込み、吐き出した。

 

「……寺院や神殿には孤児やゴブリンの、あー、いや、心に傷を負った人が多く入ると聞きました。

孤児が生きていく術を学ぶ事も、被害者が心の傷を癒す事にも先立つ物は必要でしょう。

そして俺はすぐに装備を新調する必要は無く、ギルドの宿暮らし。

大金を安全に保管する場所が無いなら必要とする場所へ、まあ雀の涙程度でしょうけどね」

 

 もう、言うことは無い。そう言いたげな様子で旅人は椅子の背もたれに体を預けて天井を見上げる。

 

「今度は本当みたいだね。

やっぱり君は変わっているよ。本当の事みたいな嘘をついて、嘘みたいな本当の事を言うなんてさ」

 

「ふん。神殿に恵んでやって、愉悦に浸り神気取りかよ」

 

 終始不機嫌そうな槍の男が表情を変えずに旅人へと吐き捨てる。

 尤も言葉ほど悪気は無く自分と同じ無頼漢がそのような行動をとった事、そして受付嬢の前でカッコつけているのであろうと思えてつい言葉が出ていた。

 

「……そんなつもりは無い。

だが確かに君の言う通り、俺の取ってる行動は偽善だろう。

世界に何人の孤児がいる?何人のゴブリンの被害者がいる?

……知る由も無いし、事実俺に出来ることは無い。目を背けて手近なところに少しの援助をしているだけの中途半端な行動だ。

気を悪くしたなら忘れてもらいたい」

 

 旅人は槍の男の言葉に怒るわけでも無く、どこか悲しげな表情を浮かべて答えた。

 てっきり言い返されるだろうと思っていた槍の男は毒気を抜かれ、やり場のない不満の感情を吐き出すように舌打ちをする。

 そんな二人の様を尻目に、受付嬢は一つ咳払いをして口を開く。

 

「私が言えた事ではありませんが貴方の行動は立派な事です。現に神殿の方々は感謝しているじゃありませんか。

さて昇級の件ですが、貴方の功績、人格面共に問題ありませんね。

……面談で嘘をついた事を除いてですが」

 

 受付嬢は笑顔から一変、どこか白けた視線を送り、受け取った旅人は気まずそうに頰を指で掻くと頭を下げる。

 

「はぁ、今後はやめてください。あまり多いようだと査定に響きますからね。

そして、おめでとうございます。貴方は今日から黒曜等級の冒険者です。

受付に行けば、新しい認識票が貰えますので今持っている物は返却してくださいね」

 

 本来、諸々の手続きを行い2日ほど経過してから新しい認識票が受け取れて晴れて昇級するものだが、妖術師討伐の功績と、寄付の事の神官長からのお礼もあり今回は特例で旅人なら実績も人格も問題無いだろうとギルド長の公認で手続きは終わっていた。

 

「なんだか、実感が湧きませんが……ありがとうございます。

それならもう終わりですか?」

 

「ええ、面談はこれで終了です。お疲れ様でした」

 

 その言葉を聞いて旅人は立ち上がる。

 

「おい!」

 

 旅人を止めたのは槍の男の声だった。

 どこか居心地の悪そうな顔で槍の男は続ける。

 

「……悪かったな、少し言い過ぎた」

 

 ぶっきら棒に視線を向けずに言ったその言葉に対して旅人は少しだけ驚いた後静かに口角を上げる。

 

「いいや、こっちこそ貴重な時間を取らせたみたいで申し訳ない」

 

 まるで気にしていなかったかの様に、それどころか謝罪の言葉を返し、旅人は相対する人たちに向けて頭を下げて踵を返す。

 まだ昼過ぎで暇だ、余っている依頼を受けて来るかなと、暢気な事を考えて旅人は部屋を後にした。

 

「ふぅ、ありがとうございました」

 

 受付嬢は一息ついて貼り付けた、営業用とも言える笑顔を槍の男と魔女に向けて労いの言葉をかける。

 

「いやいや、受付さんの頼みとあれば俺は何でも引き受けますよ!」

 

 水を得た魚のように活き活きと槍の男は腕を上げ、その様子を見る魔女はどこか不満げな顔をしていた。

 

「でもさ、わざわざ銀等級の二人に来てもらう事は無かったんじゃない?

ギルド長はもしも暴れた時のためなんて言ってけど、旅人君ならそんな心配は無さそうだよ?

ちょっと目つきは悪いけどさ」

 

「……いや、立会人が俺達で正解だった思うぜ」

 

「そう、ね……」

 

 槍の男は監督官の言葉を否定し、魔女もそれに同意した。

 

「ほぼ初対面だからアイツがどんな奴かは知らん。

だが、表情をコロコロ変えてはいたが常に武器を持ってる俺に対しては気を緩めなかった。

それにアイツは魔法戦士なんだろ?なのに丸腰で最後まで居た、素手でも俺達相手になんとか出来るとでも言うようにな……ったく、この俺相手に腹が立つ」

 

 監督官は槍の男の言葉をあまり深く考えなかったが、受付嬢は違った。

 普段から自分は凄い、辺境最強だと声を大にして言う男が、自分が上だと言う姿勢は崩さないものの今日始めて会ったばかりの旅人をそこまで称しているのだから。

 在野最高位の銀等級、それも辺境最強と謳われる歴戦の勇士の二人は彼の只の駆け出しが持つ筈の無い、強者だけが持つなにかを確かに肌で感じていた。

 

「とりあえず、気性は、問題、無さそう、ね。

本性が、あの、様子なら、すぐにまた、昇格、するんじゃ、ないかしら」

 

 魔女の言葉で、受付嬢もあまり深く考える事はやめにした。

 今どうこう考えても何も変わらない。それに現状、彼は人のために動く事の出来る人間であるという印象を持つ。

 とりあえずはそれで良いかと思うと同時に、仕事とはいえ、少々冷たく当たり過ぎたのではないかとふと思い返していた。

 その後、少しの間受付嬢は槍の男に言い寄られたが、仕事を理由に袖にして、監督官と共にまだまだ多忙な業務へと戻る事にした。

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