その者、かつての導かれし者の一人   作:アリ

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Level6〜暗闇を進め〜

 

 暗闇が支配する廃坑の深部、一つの角灯が照らす灯だけが頼りの空間に一組の少年少女が、大小の石と土でできた行き止まりを背に立ち往生している。

 互いに呆然とした表情から沈黙が続いていたのだろう。それを破ったのは軽装の只人の少年が手で自分の額を軽く小突く音だった。

 

「とりあえず……灯は絶対に消さないでくれ。俺が危険の少ない道を選ぶからさ」

 

 少年が、恐怖からくる声の震えを悟られまいと必死に抑えながら、目の前にいる紅い水晶の装飾の杖を持つ、怯えた表情の圃人の少女の目を見て言う。

 だが少年が本当は言いたかった言葉、死んでも自分が守る、とは口には出せなかった。

 少女は少年の言葉にコクリと頷き、手で帽子を直すと杖を握る力を無意識のうちに強めていた。

 

「必ず、皆さんと合流点して生きて帰りましょう」

 

 少女の言葉に今度は少年が頷いた。

 そして、少年は少女の腰の角灯の灯を頼りに目の前の道を調べながら、更に奥の暗闇から祈らぬ者の接近が無いかを注意深く探知しながら足を前へと踏み出し、少女が後に続く。

 

「そうだな。兄ちゃん達と合流できれば……!」

 

 重戦士と女騎士の2人の銀等級、等級こそ劣るものの経験は豊富で、冷静で的確な判断が下せる半森人の軽戦士、そしてまだまだ未熟で彼等から手解きを受ける自分達の一党で廃坑に住み着いた魔物退治が今回の仕事だった。

 自分の冒険は常に余裕が無いものだが、銀等級の彼等がいれば足手まといを抱えていても無事に終わるであろう、頭目の重戦士に言わせればなんて事ない仕事のはずだった。

 

「ツイてないですね……」

 

 ポツリと零した少女の呟きに、少年は無言で首を縦に振る。

 只々運が悪く、地震による落盤で大小様々な石が道を塞いで一党が分断されるという事(致命的な失敗)が起きてしまったのだ。

 それも、よりにもよって実力者と未熟者という組み分けで。

 しかし不幸中の幸いに、地図によればこの廃坑には多くの出入り口があり、おそらく生き埋めにはなる事は無く、程よい場所にそれはあるので無事に外へは出られるであろう。

 

「……っ、静かに、止まって」

 

 討伐対象だった怪物に遭遇さえしなければ。

 少年は見たくなかった物、地面に刻まれるまだ新しい人型ではあるが人間のそれでは無い大きな足跡を見つけてしまう。

 加えて、足跡の隣に何かを引き摺って歩いた跡。

 恐らく今回の討伐目標だった怪物、巨人(トロル)のものだろう。

 少年は背筋が凍ると同時に固唾を飲む。そして、少女に更に慎重に行こうと伝えようとしたその時。

 

「……Rrr……Oool……」

 

 まるで地鳴りのような唸り声に二人の身は竦んだ。

 間違いない。

 近くに巨人がいる。

 巨人は洞窟などを主な住処にしているがゴブリン程夜目が利く訳ではない。

 更にその頭の悪さから自分達と同じ状況の冒険者が息を潜めてやり過ごす事が出来たという話を聞いたことを思い出す。

 

「……灯を消して、声を潜めて」

 

 されど自分達にとっては途轍もなく大きな脅威である事は変わりない。

 怯えながらも少年は必死にそっと声を絞り出した。

 少女が震える手で厚手の布を角灯に被せて咄嗟に光を遮断しようとした時、少年は視界の端で自分の身の丈程の大きさの棍棒を引き摺る大きな怪物とその肩に蠢く何かを捉える。

 また、巨人とは別の鳴き声が彼の耳に入って来る。

 

「Gooorrbbb!!」

 

 この四方世界に数え切れない程存在する最弱の怪物の鳴き声だ。

 少年は思い出す。

 極稀に巨人(トロル)はゴブリンと協調する事があり、壁役を担うことが有ると。

 そう、夜目が利くゴブリンと、つまり息を潜めるは愚策。

 彼奴等との距離は近く、自分達は恐慌状態にある。

 巨人を倒せる可能性があるとしたら彼女の術だけだろうがこう大きく動揺していては間に合わないだろう。

 危機に瀕しているからかやけに頭が回る等と、どこか他人事の様に自嘲すると、少年は腰の短剣を抜くと意を決して叫んだ。

 

「時間を稼ぐ、急いで後退して呪文を撃て!」

 

 震える手で短剣を握り、少年は大小の怪物と相対する。

 返事はしなかったが、少年の意を汲んで少女は角灯に被せようとした布を捨て去り角灯を地面に置くと、震える足で地を蹴って懸命に来た道を引き返す。

 

「俺が相手だっ怪物っ!」

 

 自分がすべきは時間稼ぎ。少年はそう理解しているのか、道の真ん中に立ち怪物を迎え撃とうと立ち塞がる。

 しかし、そんな未熟な少年の決意も怪物にとってはどこ吹く風。

 巨人はなんとも思っておらず、ゴブリンは指を指して嘲笑う。巨人が居なくて単体ならこの少年にも劣るというのに。

 

「TOOooRrrLl!!」

 

 ゴブリンが肩から飛び降りると、巨人は棍棒を振り上げる。

 下がれ、下がれ、下がれ。

 少年は何度も心の中で自分に言い聞かせて後方に跳ぼうとするが、足が竦んで上手く動かない。

 どうにか足を動かすが、大きな石に足を取られて後ろに倒れ込む。

 

「あっ……」

 

 その瞬間、少年の世界がとても緩やかに流れて自分の身体がゆっくりと地面に向かう。

 頭の中がやけに透き通る感覚を覚え、同時に自分は死ぬと悟った。

 トロルの棍棒は自分に向かって振り下ろされる。

 その後ろでゴブリンは嘲笑を止める事なく様子を伺っていた。

 やがて尻が地面に着くと、そのまま背中も吸われるように地面についた。

 そのまま後方を見れば少女は目を瞑って集中し、呪文の詠唱に入っていた。

 そのまま自分が助からない事に気が付かないで呪文を放ち、あわよくば2匹とも倒してくれ。自分は運が無かったんだ。せめて彼女だけでも決定的な成功(クリティカル)を出して生き延びてくれ。

 醜いゴブリンとは真逆の、他者を思いやる尊い心を込めて願いながら少年は目を閉じて運命を受け入れる。

 

 そして神の振る賽の出目は決定的な成功(クリティカル)だった。少女だけではなく、少年にとっても。

 

 少年は自分の足元で揺れと轟音を感じた。

 巨人が攻撃を外したのか?

 それにしては可笑しい。音は自分の真下ではなくやや離れて聞こえたからだ。

  恐る恐る少年は目を開く。

 そこはもう時間が緩やかに流れる世界では無かった。

 

「おい、大丈夫か?」

 

 そこに居たのは巨人でもゴブリンでもなく、只人の長い緑の髪をした男が血濡れの剣を片手に自分に背を向けて立っていた。

 そして、自分に死を向けていた巨人とゴブリンは彼から数歩先の地面に横たわっている。

 少年は不意に少女の方へと目をやると、詠唱も中断して唖然とした表情で、杖を固く握り締めたまま立っている。自分と同じ様に状況が飲み込めていないようだ。

 

「えっと……大丈夫じゃなかった……筈です……」

 

 一体何が、と続けようとしたところで、正気に戻った少女が駆け寄り、まだ力が入らない少年の体を起こした。

 

「ありがとう……ございました。

この人が駆けつけてくれなければ私達……」

 

 言葉を詰まらせながら男に礼を言う少女の手は震えていた。

 背中伝いに少女の震えを感じた少年は自分もしっかりしなければと、空元気を起こして男と向き直る。

 

「アンタが、巨人達から助けてくれたんですか?」

 

 未だに巨人の脅威が消え去り、自分が命を拾っている事が未だに信じられないながらも少年は男に尋ねた。

 

「怪我は無さそうだね。君たちがあの魔物を退治するつもりでいたところを、俺が邪魔したので無ければそうなるな。

とりあえず、座ったままで良いから落ち着こうか。ずっと気を張り詰めていたみたいだから休憩した方が良いだろう。

少しの間、俺が魔物が近寄らないようにする」

 

 男は少しの間二人を見て、問題が無いと判断すると、剣に付着した血を地面に振り落とす。そして腕輪を外すとその腕輪は不思議な事に何処かへと消えていった。

 また、地面に置いてある角灯を拾って少女に渡すと、呪文のような何かを唱える。

 すると、三人を囲うように地面に光る魔法陣が現れ、そして消えた。

 

「今のは……貴方は……?

……巨人とゴブリンはどう倒したんですか?

私が目を開けた時には首の無い巨人をゴブリン諸共蹴り飛ばしてましたけど」

 

「今のは魔除けの呪文だ。

変わった事は無いさ、魔物の脇を通り抜き様にゴブリンの頭を潰してから彼の前に回り込み、田舎者(ホブ)の首を斬って、こちらに倒れ込まないようにゴブリンの方に蹴り飛ばしだけだ。

しかしコイツは、やたらとデカイ田舎者だったな」

 

 そう零して男は壁を背にして座り込んだ。

 続けて二人も力なく地面に座り込んだ。

 だが、男の言葉に違和感を覚える少年と少女は顔を合わせて、お互いの考えが同じだと悟る。

 

「あの、大きい方は田舎者なんかじゃないですよ……頭はゴブリンよりも悪けど、ずっと、ずっと強い……巨人なんです……」

 

「巨……人……?別の魔物か?

いや道理でゴブリンよりも手応えがあったわけだ。

身体の色が同じだからてっきり田舎者だと思ったんだが違うのか。勉強になったよ、ありがとう」

 

 苦笑を浮かべて礼を言うと男は照れ隠しに天を仰いだ。

 大物をゴブリンと同程度に手玉にとる男に驚きと呆れと敬意の混じった複雑な感情を覚えつつ、少年は男に質問する。

 

「助けてくれたのは本当にありがたいんだけど、アンタはどうしてこの廃坑に居たんです?

俺達はココに巨人退治に来てたんだけど大きな地震が起きて道が崩れて頭目の兄ちゃん達と離れ離れになっちゃったんだ……」

 

「俺か?俺は神殿みたいな廃墟に、えっとマンティコア?だったかが住み着いたからそれの討伐の依頼を終えて帰ろうとしたら、地震で壁が崩れて地下に続く道を見つけてさ。

人を襲う魔物が住み着いてたらと思って地下に入って少ししたら、遠目に君達を見つけたってところかな」

 

 この男は単独でマンティコアまで退治できるのかと感心すると同時に、とてつもない戦闘力を持っていて自分が出来なかった事を平然とやってのけていて少年は強い劣等感を覚える。

 自分はただ怯えて何も出来なかったのだと。

 

「ところで何故、巨人から逃げずに立ち向かったんだ?

見たところ、君達は魔法使いと斥候で本格的な戦闘には不向きに見えるが?」

 

「……仰る通りです。

駆け出しという訳ではないのですが、私達は一党でも足を引っ張ってばかりで。

それで、あちらの道が塞がってしまったので仕方が無く、私が術を撃つ時間を稼ごうとしてくれたんです」

 

「アンタが来てくれなければ良くて俺だけ、悪くて二人とも死んでたな」

 

「……良くて、死んでたなんて言わないで!」

 

 少女は今にも悲しく泣きそうな表情で叫び、その声は廃坑に響き渡る。

 少年は言い方が悪かったと思い、別の言葉を出そうとしたが、彼女の表情を見て何も口から出てこなくて表情を曇らせた。

 小さな角灯の火に照らされ、周囲は闇に閉ざされた三人が沈黙に包まれる。

 そんな重苦しい空気を破ったのは緑髪の男だ。

 

「反省する事は大切だ、手放しに助かったから良かったなんて言うつもりはないよ。

でも今だけは、命を拾ったことを喜んでくれないか。お互いが言いたい事あるだろうが、それはここを脱出して街に帰ってから話してくれ。

まあ、話を聞くに適切な行動は取れていたんじゃないかと俺は思うよ」

 

 穏やかな顔で、二人を落ち着かせるように男は語りかけ、少年の方に顔を向けて続ける。

 

「君が取った行動、勝てない相手に立ち向かった事を蛮勇や無謀、命知らずと言う人がいるかもしれない。そして、それは決して間違いじゃないだろう。

結果論だが、あの魔物は動きが遅かったから彼女に詠唱させながら君が引き摺るなりすれば逃げながらの攻撃もできたかも知れない」

 

 確かに普段の、一党が全員健在な状態の冒険でこんな行動を取ったら頭目に大目玉を食らうだろう。

 男の事実を並べた言葉を聞いてそんな事が頭をよぎり少年の顔は暗くなる。

 

「だけど、俺はそんな事は無いと思う。

……俺から言わせれば自己犠牲(その行動)は、できない奴はいつまで経っても出来ない。

誇れとは言わないけど、決して恥じるべき行動じゃない」

 

 男は穏やかだが、確かな強い視線を少年に向けて言った後、今度は少女の方へと顔を向ける。

 

「君の不安な気持ちも分かるよ。

……残された方も辛いもんな。

その事は二人とも覚えておいた方が良い。

さて、俺はいつでも動ける。君たちの休憩が終わり次第先を行こうか。

君は斥候だと言っていたな。道の探索は任せるよ。

地下道に罠なんて少ないと思うが、さっきまで俺がいた廃墟のように罠が満載だったら気が滅入る」

 

「神殿の廃墟って言ってましたけど、そんなに多くの罠があったんですか?」

 

「落とし穴につり天井、どこからか矢が飛んできたり足元が爆発したりだな」

 

 男の言葉の後やや無言の時間が訪れるが、少年達はクスクスと笑い始めた。

 その笑みはならばどうして貴方は無傷でここに居るんだ、と言っているかのようである。

 

「ありがとうございます。私達の強張りを解くために冗談まで言ってもらって。

私達も、もう大丈夫です。よろしくお願いします」

 

 小休止を経て気力が戻った二人は立ち上がると男に同行を求める。

 それは快諾されて三人は歩みを進み始める。

 その際に男は苦笑を浮かべて本当の事なんだが、と零したがその言葉は二人の耳に入らずに消えた。

 

 一行は先の見えぬ暗闇の中を進み続ける。

 男の予想通り、罠などは無かったが怪物には幾つか遭遇した。しかし、少年がその痕跡を調べながら移動出来たため、不意の遭遇は一度も起こらない。事前に怪物の接近を知った上で男が対応するため事は危なげなく運べている。

 だが、少女の持つ地図を頼りに坑道を暫く歩いたものの、それとは大きな差異がある。

 先に起こった地震の影響だろう。彼らの身に起きたように落盤して道が塞がれてしまったようだ。

 行き止まりを背にし、男が来たルートで地上に一度戻ろうとした時、奥の闇から一つの赤い灯が三人の目に映る。

 

「下がって、俺の前に出るな!」

 

 男は二人の前に躍り出て剣と盾を構える。

 

「向こうも火を焚いてるんだから人間じゃないの?」

 

「だろうね。でも、善人とは限らない」

 

 少年の疑問に顔を向ける事なく、男は言い放つ。

 前方の灯が近づくにつれて、少年と少女は固唾を呑む。

 どうやら向こうも3人である事が分かる程度に距離は詰められた。

 一人は重厚な黒い鎧を身に纏い、大剣を手に持つ屈強な只人の男。

 一人は軽装で、松明を持ったやや尖った耳が特徴の半森人の男。

一人は先の男とは真反対な白い鎧を纏い、剣と大きな盾を装備する只人の女だ。

 彼方の一行の顔が視認できた少年と少女は目を輝かせる。

 

「兄ちゃんたちだ!おーい!」

 

 手を振りながら駆け出そうとする少年だったが、何かが身体に当たり数歩だけしか前に出られない。

 自分を止めた何かを怪訝な顔で確認すると、それは男が伸ばした盾を持つ腕だった。

 

「見てくれは君達の仲間なんだろうが、一度分断されたんだ。別人の変装や魔物が変化した可能性もあるだろう」

 

 少年が疑問を口にする前に男は答えると、依然相手に剣を向けて警戒を解くことはない。

 

「あー、そいつらウチの一党なんだ。迷惑かけただろう?助かった」

 

 鎧の男は他の二人よりも一歩前に出て大剣を地面に突き刺すと、敵意は無いと手を伸ばす。

 その行動を見て男は剣は向けたまま盾をしまうと、今度は大きな鏡を取り出して彼らの方へと向ける。

 その行動に男以外の五人は疑問符を浮かべるが、当の本人は何かを納得したように鏡をしまい込んだ。

 

「どうやら、魔物が変化した姿では無いようだな。

……お前達がこの子達と共通して知っているこの洞窟に入る前に起きた事柄を問答してくれないか?

悪いが、俺は過去に君達と似た状況に陥り酷い目にあった記憶があるので用心させてもらう」

 

「ええいまどろっこしい、私達の仲間だと言っているだろう!

大体お前こそなんだ!その人相、人を好意で助けるようには見えんぞ!」

 

「落ち着いてください、なんて失礼な事を!

大体彼の言う事も間違いではありませんよ」

 

 疑り深い態度が気に入らなかったのか憤る女を半森人の男が諌める。

 

「えっと……そうだ!俺たちがいろんな人達と徒党を組んで受けた初めての依頼はマンティコアだった?」

 

「あン?何言ってんだ。人喰粘菌(ブロブ)岩喰い(ロックイーター)だろ?」

 

 さも当然であるかのように鎧の男は言い放つ。

 少女の方を見やると、コクリと頷く。

 

「合っています。あの人達は私達の仲間です」

 

 確信めいて言う少女を見て、漸く男は剣を下ろして安堵する。

 そして、涙ぐみながらも仲間達に駆け寄る少年少女を今度は止める事なく穏やかな顔で見守っていた。

 

 

 

 

 

 

「いつもより、なんだか疲れた気がするな」

 

 日課となっている神殿での寄付と報告からの帰り道、旅人は一人呟いた。

 恐らく、短時間とはいえ久方振りに誰かを護りながらの冒険をしたからだろう。自分一人であれば大抵の事を切り抜けられるが、彼ら達ではどうも心許なかった。

 廃坑を出てから別れたが、何事もなければ恐らく彼らの一党の方が先に帰っているだろう。

 そんな事を考えながらギルドの扉を開け中へと入ると、旅人の予想は当たっていた。

 

「おい!こっちだこっち!」

 

 豪勢な料理の並んだテーブルに着く、黒い鎧の重戦士がジョッキを持った腕を掲げて旅人へと声をかける。

 彼の隣には旅人を見た途端白い鎧の女騎士がどこか居心地が悪い表情を見せて座っていて、対面の席には少年斥候、少女巫術師、半森人の軽戦士が笑みを浮かべて座っている。

 

「ああ、報告を済ませたら顔を出すよ」

 

 そう言い残して旅人はカウンターへ向かうと、もう見慣れた顔の監督官が迎えてくれる。

 

「お疲れ様。大変だったみたいだね」

 

「ありがとう。彼らにとってはそうみたいだな。

マンティコアは退治してきたが、あの廃墟はまた調べた方が良い。罠が大量に設置されてたぞ」

 

「ええ?あの廃墟って今までにいろんな怪物が住処にしたりしてたんだけどな……ギルド長には話してみるよ」

 

 手早く報告を終えて少しの談笑を終えると、監督官は奥の部屋から大きめの皮袋を二つ持ってきてカウンターに置いた。

 

「報酬が多くないか?」

 

「あの人達が巨人倒したのは君なんだから君に渡るのは当然だって」

 

「……受け取れないよ。依頼を横取りしたとか思われたくもないしな」

 

「話は聞いてるって言ったでしょ?別に悪い事じゃないし、あの人達が自分から言ってるんだから素直に受け取るか、当人達で話し合ったら?」

 

 旅人ため息をついて皮袋を二つ手に取り、一つはしまい込むと重戦士達が酒盛りをしているテーブルへと近づく。

 

「よう、遅かったじゃねぇか。お前も飲めよ、俺が奢るからよ!」

 

「それよりも、コレは受け取れない君達の物だ」

 

 そう言って旅人はテーブルに皮袋を置いた。

 

「何を言う。私達が倒したんじゃないんだ。お前が受け取るというのが正当だろう」

 

「そうですよ……私達貴方が居なければ死んで居たんですから」

 

「……俺達、なんの役にも立たなかったもんな」

 

 旅人は呆れたようにため息を零すと、皮袋から中身を一つまみ取り出す。それは目分量で六当分にやや満たない量ではあった。

 

「ならばこれだけ頂くとする。これが妥協点だ。

君達が役に立たなかった?冗談はやめるんだな。

魔物を倒すだけが冒険じゃないだろう。確かに巨人とやらは俺が倒したさ、でもその後君達はしっかりと自分の役割を果たしていたじゃないか」

 

 旅人の言葉に少々落ち込んでいた少年と少女の表情は明るくなり、他の3人の顔も驚いた後綻ぶ。

 重戦士は大きく笑って旅人の背中を叩くと席に座らせる。

 

「変わった奴だな、貰える物は貰っておけばいいのによ。まあ、お前がそう言うなら良いけどよ。

だが、もう一つの礼は受け取って貰うぞ」

 

 重戦士はそう言って中身の注がれたジョッキを旅人へと渡す。

 これは断れないと悟った旅人はジョッキを受け取り静かに笑う。

 

「好意で人を助けるように思えない程の、人相の悪い男と飲み食いしたら酒の味も悪くなるんじゃないのか?」

 

 その言葉に女騎士はバツが悪そうな顔をする。

 

「くっ、暗がりで顔がよく見えなかったんだから仕方があるまい!

悪いと思っているし何度も謝っているではないか!」

 

 本当はもう別段気にはしていなかったが、狼狽える女騎士の顔を見て旅人の口角が上がる。

 ふと、少年達の方に目をやると彼らも笑っていた。

 テーブルに着いた者たちがジョッキを合わせて乾杯をする。

 誰かと、飲食の席を共にするのは良いものだと思い、ジョッキの中身を口に流し込んだ。

 そしてしばらくの間、彼ら一党と楽しい時間を過ごすと、旅人は意識を手放した。

 

 

 

 

「……うっ……寝てたのか」

 

 テーブルに突っ伏して眠っていた男は痛む頭をさすって体を起こすと意識を覚醒させる。

 周りを見ると重戦士と女騎士が、少年と少女が寄り添うように眠っていた。

 唯一、半森人の軽戦士が起きていて嗜むようにグラスの中身を飲んでいる。

 

「ああ、目が覚められましたか」

 

 旅人は軽戦士に水の入ったグラスを渡されたのでそれを飲み干した。

 

「ああ……すまない、飲みすぎて眠ってしまったようだ」

 

「酒豪の彼等に着いていけてた方だと思いますよ?この子達にも懐かれたみたいですね」

 

「少しの間だが、一緒に旅をしたからな……一つ聞いても良いか?」

 

 旅人はふと気になっていた。この世界の人間には幾つかの種族がある。

 だが目の前の男は只人と森人のどちらの特徴も得ている、だが悪く言えば中途半端とも言える。

 

「私の生まれの事ですか?最初にあった時、物珍しそうに見ていたから何となく分かりますよ」

 

「……気を悪くしたなら申し訳ない。田舎の出身で俗世に疎くて気になってしまった。

気が済まないなら煮るなり焼くなり好きにしてくれ」

 

「いえいえ、そんな大袈裟な。

貴方の考えている通り、両親がそれぞれ只人と森人です。

場所によっては存在を忌み嫌われる。

ですが幸いにも私はそんな事はありませんでしたが、気をつけた方が良いですよ」

 

 何も気にしていないかのようにそのまま酒を飲み続ける軽戦士をよそに、旅人はそうかとだけ零して立ち上がる。

 

「いやありがとう。

俺は失礼させてもらうが、後は任せても大丈夫か?」

 

「ええ、もう慣れっこですからね。私達ももう少ししたらみんなを起こして行きますから気にしないで下さい」

 

「楽しかった。今度は自分も出すからまた飲もうと伝えておいてくれ。じゃあな」

 

 そう言って旅人はギルドの二階にある自室へと足を運ぶ。

 部屋に入るなり、ベッドに身を投げ出して仰向けになる。

 半森人、種族を超えた愛の形がこの世には存在した。

 もし、考えても仕方がない、意味は無い事だが、自分にも。

 そんな事が頭をよぎるうちに再び旅人は意識を失い、夢の中へと旅立った。


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