その者、かつての導かれし者の一人 作:アリ
「おめでとうございます。貴方は今日から翠玉等級の冒険者です」
この世界に来てから一月程の時が流れ、たった今旅人の等級は翠玉になる。
数度の面談を経たからか、受付嬢の態度は凛としたものではあるが最初の昇級審査の時と比べ幾らか軟化もして、当初は苦手意識もあった旅人だが今となってはそれも無くなった。
「昇格してもらっておいてなんですが、幾ら何でも早すぎではないですか?
それに鋼鉄に上がる時くらいには協調性を見るために他の冒険者と共に依頼を受ける試練の様なものも有ると聞きましたが俺はやってませんよ?」
「そりゃお前、黒曜の時にウチのガキ共助けて無事に探索してたろ?それに一番最初の時も単独じゃ無かったって言ってじゃねぇか」
立会人の重戦士が今更何を言っていると言わんばかりに呆れた表情を浮かべ、それを肯定するように監督官も頷いた。
「ギルド長も同じ事言ってたよ。人格面も協調性も問題ないだろうって太鼓判押してたよ……運の悪さは心配していたけどね」
監督官は苦笑を浮かべて乾いた笑みを浮かべた。
先の重戦士の一党の少年少女を助ける前に行った、マンティコア退治に訪れた神殿の廃墟を探索した際にやたらと遭遇した罠の数々。
後に本職の鉱人の斥候が調べるとどうやら相当昔の物で尚且つ、特定の重さと動きに反応する特殊な物だったと判明した。加えて余程のことがなければほぼ動くこともないだろうという見解だ。
つまり旅人は不運にも偶然多数の罠に反応する動きを取っていたのだろう。それも個人で。
そもそも最初の冒険にしても、白磁の冒険者がいきなり魔神将の側近に遭遇するなんてとんでもない不運である。
「それは……気の付けようが無いな。
さて、ありがとうございました。もうこれで良いですね?
なにせ腹が減ってるので失礼したいのですが」
旅人は立ち上がると戯けた様子で訪ねる。
それに対して受付嬢はクスリと笑って答えた。
「どうぞ、お疲れ様でした」
旅人はその言葉を聞いて一礼して、部屋を出て一階の酒場のスペースに赴く。
昼時という事もあり冒険者達の笑い声、忙しさに踊るように右往左往する数人の女給と料理人との注文の掛け合いが混ざり合い随分と賑やかだと感じる。
旅人は席に座って手を挙げると、長い髪を一つに纏めた頭に獣の耳を生やした手に肉球を持つ女性。
「はぁいご注文は?」
「水とサラダとパン、あとスープを頼む。一番安いもので構わない」
女給はサラサラと注文票にオーダーを書きこむが、その表情は不満を隠しきれていない。
「毎度毎度、売り上げに貢献しなくて申し訳ないな」
「そう思うなら偶にはお値段の張るお料理はいかが?
一人の時はいつもこのメニューばっかり。
多くの依頼をこなしてるって噂に聞いてるから余裕はあるんじゃないです?」
「……料理長の腕が良いのか、運んでくれる人の華があるのか、ここの料理は美味しいからね。安いもので良いかとついつい思ってしまうよ」
「ふーん、一人で食べてる時はつまらなそうにモソモソ食べてるように見えますけれど……まあ、次はお願いしますよ!」
そう言い残してまた女給はまた小走りで去って行った。
人をよく見ている、などと思いながら旅人はただ料理が運ばれて来るのを待つ。
旅人は人々の喧騒に耳を傾ける。
そしてそれを楽しみながら午後からは何をしようか、朝に見た依頼はまだ残っているのか、無ければどうせ余っているゴブリン退治でもしようかなどと考えていて暫く経つと、注文した料理が運ばれて来た。
「お待ちどうさまっと、さっ召し上がれ!」
そう言って料理を置いた女給は手をヒラヒラと振ると場を離れた。
旅人は簡単な物だから早いのかと思いながら、運ばれた料理を口に運んだ。
よほど腹が減っていたのか、元々食べる速度が速いのか、ものの数分で皿の上は空になり最後に水を飲んで喉に爽快感を求める。
「翠玉等級の冒険者様が随分と粗末な物を食ってんだなぁ!」
旅人は聞き覚えのない声に振り返ると、そこには面識どころか見た記憶も無い、乱れた長い長髪で旅人よりも一回り以上の体躯の髭面の男が腕を組み、見下したような目つきで立っていた。
ふと首元に目をやると、鋼鉄等級の冒険者である事が伺える。
「人が何を食おうか勝手じゃないのか?
宗教に明るくはないが、肉や酒なんて以ての外という戒律でそれらを好んで食べない人もいるだろう?」
特に気にも止めない態度で旅人はそう返した。
出る杭は打たれる。
自分の昇級のスピードは異例なものだと監督官と受付嬢に審査の度に言われている。
そして同時にそれを好ましく思わない冒険者もいるという事も。
例えば、腕には自信があり経験点が足りていても、人格的に問題のある人間はいつまで経っても等級が低いという。恐らくこの男もそう言った類の輩なのだろう。それでも鋼鉄等級になっている辺りはそれなりの腕は持ち合わせているようだ。
「まあそうだ、お前の言う通りだ。
だが、こんな物ばかり食っててどうやってそんなに多くの怪物を殺せるのかが気になるぜ。是非、手解きをしてもらいたいものだなぁ」
そう言って男は自身の髭を撫でる。
まるで自分は運がないだけだ、こんな奴よりも実力はある。腕っ節だけなら絶対にあり勝てると言わんばかりに。
「……ここの料理を貶す言い方は止めろ。それでお前は何がしたいんだ?」
静かに言い放つ旅人の言葉に男はニヤリと笑い、腕を組んだまま顎で外の方を指す。
「だから言っただろ、手解きをしてくれってなぁ。
俺も今日は仲間が体調を崩してて暇なんだ。お前も単独らしいから時間はあるだろう?」
旅人は良いだろう、と言い立ち上がる。
「ちょっと、冒険者同士の私闘は禁止だよ!」
偶然昼食を取りに来たのか、不穏な雰囲気を察知したのか、監督官が近付いて来て二人に注意をする。
「私闘?ただ翠玉等級様に手解きをしてもらうだけだ、訓練の一環なんだそれなら問題ないだろ姉ちゃん?」
「……本当なの?」
「ああ、そのつもりだよ」
大柄の男は正確に問題はあれど多くの依頼をこなして来た相当な手練れである。いくら旅人が早々と昇格をしていると言えども、無事では済まないだろうと監督官に不安が過ぎる。
それでも当の本人達からそう言われては監督官も何も言えずに下がるしかない。
ギルドの裏手に大きな広場がある。
そこで二人の男は距離を空けて対峙し、周りには幾人もの観客が出来ている。
当人達はあくまで戦いでは無いと言っているのに、観客達はどちらが勝つかと賭け事を始める始末である。
「俺は自慢の得物を使わせてもらうが、卑怯とは言わないよな。翠玉等級様よ?」
大柄の男は身の丈にあった大きな戦斧を軽々と振り回す。
旅人は安い威嚇だなと内心鼻で笑うと男の提案に頷き、自身はふくろから持ち手に布の巻かれた細身の木の棒を取り出して構える。
「おい、なんだそれは?」
「手解きを受けたいんだろう。ならば剣は必要無い」
「……っ!吠え面かいても知らねぇからなぁ!!」
旅人の返答が合図となり、大柄の男は駆け出して距離を詰めると力任せに戦斧を振り下ろす。
殺しはしないが怪我は負わせると言わんばかりの一撃を旅人身体を半身にして躱す。
斧は当然力に逆らえずに地面へと突き刺さり、透かさず男は斧の柄を足で押さえると棒の先端を大柄の男の首筋に当てた。
「悪くない攻撃だが、当たらなければ反撃を食らって死ぬぞ」
その速さと流水のような精練された動きに大柄の男は声を掛けられて漸く自身致命的な一撃を食らった事に気が付き、手玉に取られた事による羞恥で顔を赤くし狼狽える。
また、観衆たちはその行動に一喜一憂し歓声を挙げている。さっさと終わらせろ、まだやれるだろうと、彼等は気楽なものだ。
「いっ、今のは挨拶代わりに軽く放っただけだ!」
一撃必殺、自分はこれまでこうやって怪物を屠ってきたと言わんばかりに、斧を力一杯真横に振るう。旅人の持つ棒ごと粉砕してやると。
だがそんな一撃も旅人は苦もなく上に跳躍して躱してそのまま男の背中に蹴りを入れる。
自身が得物を振るった勢いに体勢を崩された事で無様にも地面に倒れこむ。
攻防を眺める観衆は先ほどよりも更に盛り上がりを見せる。
「攻撃を変えない事を見るに、仲間に恵まれているようだな。
察するにお前が攻撃をして魔物を仕留めればよし、躱されても仲間が迎撃をすると言ったところか。
だが、意固地になって当たりもしない攻撃を繰り返すのは愚かな事だ」
大柄の男は辺境の街の冒険者の中で決して弱い方ではないだろう。
しかし、旅人は大柄の男よりも何十倍何百倍も強い人を知っている。
かつて旅を共にした王宮の兵士もある国の王女も、近接戦闘においては自分よりも遥かに強い。
そして彼等よりも速く、堅く、強い大きな魔物を何匹も屠った旅人にとっては、辺境の腕自慢など相手にはならない。
「黙れ……黙れぇ!!」
実力差に絶望したのか、それとも分かってすらいないのか、大柄の男は破れかぶれに戦斧を振り回す。
恥をかかされた、もはや手合わせだとか、訓練だとか関係なしに、旅人を殺す気で。
観衆達はそれを見てやり過ぎだと騒ぐ者、止めようとする者、もっとやれと煽る者、三者三様の反応をしていたが次期にそれも皆唖然とした表情に変わる。
旅人は危なげも無く、戦斧を避け続けているからだ。結果、ほんの少しの痛痒も与えられず只々、時間と大柄の男の体力だけが消費される。
しかし、この場に一人だけ勘違いをしている者がいた。戦斧を振り回し続けている当の本人だ。
「ぜぇ、ぜぇ、やはり、この、動きには、手も足も、出ねぇ、だろう!!」
どうやら後者だ。
一切反撃されない事を良いことに大柄の男は自分に都合の良い思考に陥っていた。
そして自身の一番の自慢、腕力を見せつけるために戦斧を大きく振りかぶり旅人へと振り下ろす。その攻撃は間違いなく大柄の男が繰り出せる最大の力と速さを持っていた。
鈍い乾いたような音が辺りに響き渡る。
観衆の中には思わず目を覆った者もいるだろう。
しかし、忽ち全員が驚愕の表情を浮かべることになる。
たった一人の男を除いて。
「うっ……嘘だろ……」
目の前の光景が自分の思い描いたものと違い、大柄の男の口から抜け出すように言葉が出た。
「やはり、攻撃自体は悪くない。戦い方は問題外だがな」
そう返す旅人の身体に戦斧の刃が当たる時は永久にやってこなかった。
旅人は迫り来る戦斧に対して、瞬時に片手で手に持った棒を振るい、戦斧の柄に当てて受け止めていた。
その放たれた矢のような速い動きを観衆の何人が捉えられただろうか。
大半の人間には旅人がいつ動いたのかすら分からなかった。そして、先程まで賑わっていたはずの彼等は静まり返り、畏怖の目を向けるまでそう時間はかからなかった。
一方、一番の間近で事に当たっていた大柄の男はそれでも戦斧に力を込め続けていた。動け、動け、せめてその棒だけはヘシ折ると。
大柄の男がもう一度、今の攻撃を繰り出そうと力を緩めた一瞬を旅人は見逃さない。透かさず空いている手で戦斧を奪い、刃先を大柄の男の顔の前で止める。
「戦い方を変える気が無いなら、本当に仲間を大切にして連携を高めるんだな。
変える気があるのなら、小回りの利く物も携帯すると良いだろう」
それだけ言って旅人は戦斧を地面に突き刺して踵を返して去って行く。旅人は最初から最後まで稽古のつもりでいたのだ。
大柄の男は力が抜けたのか、糸が切れた人形のように地面に座り込んだ。そして漸く勝てないと悟った。
観衆達もそれぞれに声を出し始める。旅人を賞賛する声から恐れて暴言に近い事を言う声も上がる。しかし彼等も俗な人間、やがて賭け事をしていた事を思い出してその結果に一喜一憂する。
「なあ、お前はアイツの動き見えてたか?」
観衆の内の一人、辺境最高と評される一党を纏める銀等級の重戦士は、隣にいた辺境最強の冒険者と謳われる槍使いへと話しかける。
聞けば旅人の昇級審査の立会人をこの二人でほぼ交互に行っているらしい、妙な縁もあるものだ。
「ああ?ったりめーだろ。俺を誰だと思ってんだ!」
逆にお前は見えなかったのか、と槍使いは重戦士に返すがそこは銀等級の手練れ、当然彼も目で終えている。
「じゃあよ、お前……同じ事は出来るか?」
「……知るか」
槍使いは渋々、絞り出すようにそう言葉を発してどこかへと去って行く。
そんな彼の後ろ姿を見ながら重戦士は考える。
自分に旅人と同じ事が出来たのかと。
仮に、旅人が持っていた棒が見た目と裏腹に途轍もない硬さであれば、自分も高速で旋回する戦斧を受け止めて相手の無力化は出来るだろう。
だがもしもあの棒が訓練用の木剣と変わらない硬さだとしたら……。
「知るか、か」
彼も恐らくは自分と同じ考えだろうと、頭を掻きながら重戦士もこの場を後にした。