その者、かつての導かれし者の一人   作:アリ

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Level8〜触れてはならない領域〜

 

 

 夕暮れ時、空に星々の光が浮かぶ頃に旅人はギルドへと帰ってきた。

 大柄の男に手解きをした後、掲示板を確認するとやはり時間が遅い事もあり手頃な依頼は残っておらず、人への危険度などを考えて結局ゴブリン退治を行なった次第である。

 

「はい、これで報告も終わりだね。お疲れ様」

 

 旅人に本心が半分、呆れが半分の労いの言葉をかけて監督官は筆を置いて報酬をカウンターの上に置いた。

 

「ありがとう。まあ俺が出来る事はこんな事しか出来ない。

調査とかには向かないのは重々承知しているから、残る選択肢が魔物退治だと言うだけさ」

 

 旅人が報酬を手に取ると、酒場のスペースの方から何やら大きな声が耳に入る。

 

「まさかこんな上等な魔剣が手に入るとは、僻地にも来るものだのう!

こんな寂れた片田舎の工房にはもったいない、私にこそ相応しい!」

 

 立派とも悪趣味ともとれる口ひげを蓄えた高価な鎧を着込んだ男が先日旅人が売り払った破邪の剣を掲げてジョッキを片手に声を高々に上げていた。

 工房の親方に売ってからしばらく商品としては出ていなかったが、手に取って観察する事が十分出来たのか、いつのまにか相当な高値で店に出ていたような記憶がある。

 

「あれ、君が売った魔剣だよね?

あの人、都の方から依頼で来た銅等級の冒険者なんだってさ。

この辺りの地図を寄越せって言ったり、俺は銅等級だぞって威張ってもう態度がすっごく横柄で大変のなんのって、あの剣を手に入れてからは随分とご満悦みたいだけどさ」

 

「それはおかしいんじゃないか。

そっちは冒険者との立場は対等と自分では言っているが、端的に言えば雇い主と雇われ人で君達が上だと認識しているが……しかも、腕に自身があっても人格に問題があれば昇級出来ないんだろ?」

 

「君の考えを私は否定も肯定もしないよ。

でもそうは思ってない人も居るのが事実なんだ。

加えて悪い事にあの人の実家がとんでもない名家みたいでさ、都の方のギルドに多大な寄付をしてるらしくて一線は越えないけど態度は最悪ってこと……残念な事に都の方だと、身元が立派な人はお金の力で多少態度が悪いくらいなら昇級もされるケースがあるの。

当の本人はその名家の末席で言っちゃ悪いけど出来は良くないみたいだけどね」

 

 奴よりも上の等級の冒険者がこの場に居れば幾らか大人しくするんだろう、まあ運が悪かったなと言って旅人は踵を返し、報酬の入った皮袋を手の上で跳ねさせながら去ろうとすると、件の銅等級がまた騒いでるのが耳に入る。

 

「この一月で随分と早く昇級している冒険者がいるから依頼のついでに調べろと言われたが、当人にも会えず不正も無さそうで拍子抜けだのう!」

 

「はっはっはっ、不正が無いと言うのは早計ではないかや?

聞けばその冒険者は最初の冒険で妖術師、後には巨人を単独で退治しているそうじゃないのさ。実に怪しくないかえ?」

 

 年寄りのような口調の魔術師風の妙齢の女が銅等級の男に疑問を呈する。

 首元に銅の認識票を覗かせる事から彼女も銅等級だと思われる。

 と言うと、と零した男に対して魔術師風の女は続ける。

 

「例えば、手懐けた怪物をそれっぽく見せて同行者に勘違いさせると言って手もあるじゃろな。

差し詰め冒険者じゃなくて魔物使い(モンスターテイマー)ってところさね」

 

 酒の勢いとは恐ろしい物である。可能性の低いあり得ない適当な考えが次々と出てくるからだ。

 魔術師風の女の考えは事実無根であり、監督官の看破の奇跡が旅人の功績を証明している。

 旅人は再びカウンターの監督官の方へと向き直り彼女に問う。

 

「もし、アレが俺の事を言っていてその言葉に俺が怒り、痛めつけたら問題になるか?」

 

「昼間も言ったけど、冒険者同士の私闘は禁止、処罰は厳重注意から降格までありえるから……私は君が悪くないって分かっていてもね。

……冒険者資格の剥奪は無いけど、相手は酔って態度の他に気も大きくなってるからね、争いになるのが分かってるなら君が冷静なうちに引いて欲しい」

 

 ギルドの人間が冒険者に肩入れする事は原則あってはならない。

 だがギルドの者も冒険者も人間、感情があるのだ、監督官のこの言葉は旅人を気遣っての事であり、彼もそれを感じ取ったので大人しく自分の部屋へと戻ろうとする。

 

「フハハハ!お前の考えが本当ならば、その冒険者はとんでもないヤツだな。

さらには私と違って育ちも悪いに決まっている。魔物使いを生み出した町だか村だか知らんが住んでいるヤツらもロクデナシと決まっている!」

 

 旅人は足を止めて体を銅等級の冒険者の方へと向けた。そして死んだような虚ろな目でそちらの方を見ている。

 だが表情とは逆に手から血が垂れるほど拳を握りしめていた。

 

「旅人くん!私が注意してくるから!」

 

 旅人の異変を感じ取り、監督官は慌ててカウンターを飛び出して旅人の前に立って必死に宥める。

 その行為は誰のためか、下らない事で功績に傷をつけて厄介な者に目をつけられないようにと旅人のためか、功績からその実力を知っているから銅等級の一党が最悪の事態にならないためか、それとも面倒な自分の仕事を増やさないためか。

 旅人の耳に監督官の言葉は一つも入らなかった。だが彼女の行動に少なからず善意を感じた旅人は静かに監督官に微笑むと首を振って彼女を制して銅等級の冒険者の元へと向かった。

 

「ん、なんじゃお主……緑色の髪に変な髪飾りと耳飾り、魔物使いかえ!?」

 

「ううん?おおうお前がそうか。いい気になっているのは今のうちだ、私達が滞在している間にこの魔剣でお前の化けの皮を剥いでやるからな!」

 

 魔術師風の女はやや狼狽えるが、酔いが完全に回っている銅等級の冒険者は旅人へと座ったまま体を向けて、よほど気に入っていたのかずっと手に持っていた破邪の剣を向ける。

 その際、破邪の剣は僅かに旅人の肌に触れて僅かに傷をつける。それに対しても銅等級の男からの謝罪は無い。

 

「面白い事を言っていたな。誰がなんだって?」

 

「ああ?お前が魔物使……!」

 

 もういい、コイツは言ってはいけない事を言った。人の心の触れてはならない部分を踏み荒らした。

 やけに透き通る頭で旅人はそんな事を考えながら、気が付いたら銅等級の男が言い終えるよりも早く、奴の頭を右手で押さえてテーブルに叩きつけていた。

 ギルド内に大きな音が鳴り響く。衝撃でテーブルから木の食器は床へと落ちて乾いた音が遅れて響く。

 陶器類の食器に被害が出なかったのは幸いか、手加減は出来ていると旅人は冷めた頭で考える。

 続けて銅等級の男が落とした破邪の剣を足で踏みつけて誰も取れないようにすると、腕に力を込めて男を持ち上げる。鎧を着込んだ男を片手でだ。

 多くの人間が旅人の行動を目撃していたが、止めに入るものはいない。

 旅人の気迫に誰もが動くことが出来ないでいる。

 

「があっ……はっ……離せっ……!」

 

 呻き声を混じえて苦しそうに銅等級の男が旅人の腕を掴むがビクともしない。

 苦しいのは当然の事だろう、頭に旅人の手の大きさ程の面積にとても強い圧力がかけられているのだから。

 もし、旅人がもう少し強く力を込めたら男の頭蓋骨は砕けるだろう。

 

「もう一度、言ってみろ。誰がなんだ?」

 

 声に抑揚がなく、只々旅人は無機質な言葉を紡ぐ。

 我に返った魔術師風の女は杖を手に取って旅人に向け、何やら真に力のある言葉を紡ぎ始める。

 誰もが動けない中、相棒の危機と目の前の脅威に動き始めたのはさすがは銅等級と言ったところだが、冷徹に旅人は銅等級の男の体を杖の先に向けて盾にする。

 

「一撃、それで俺を仕留められなかったら、お前もコイツも死ぬ」

 

 変わらず淡々と旅人は言い放ち、その言葉に魔術師風の女は詠唱を止めざるを得なかった。

 本来、等級だけで見れば旅人は幾分下に値する。だが不意打ちとはいえ簡単に銅等級を無力化した上に、何より旅人は他人に有無を言わせないという威圧感を醸し出していた。

 辺りは静まり返り男の呻き声くらいしか聴こえず、魔術師風の女も杖を下ろしたところで再び旅人は口を開いた。

 

「もう一度、言ってみろ。誰がなんだ?」

 

 同じ事を言った瞬間殺す。

 そう言わんばかりに静かに怒りを込めて旅人は繰り返す。

 されど銅等級の男も、呻き声と離せと言うのを繰り返すのみだった。

 

「もう一度、言ってみろ。誰がなんだ?

……一つ試すとしようか。

お前の四肢を折って魔物の巣に投げ込み魔物が近付いて来たところで俺は言ってやるよ。

この人間には手を出すなってな。

それで生き延びたら、俺はお前の言う通りなんだろうよ」

 

 言葉を返す気が無いなら実際に試してやると、旅人が空の左腕を振り被ったところで二つの影が躍り出る。

 

「馬鹿野郎!お前、何してんだよ。コイツ死んじまうぞ!」

 

 1人は、旅人が最初に冒険に出た時に共に妖術師と相対した青年戦士の男だ。

 青年戦士は持てる力を全て込めて、旅人が振りかぶった腕に組み付いてその動きを食い止める。

 この世界で旅人の力を始めて目撃して、その力量を知り、結末が読めているあたり、何処ぞの傲慢な冒険者とは等級が下でも思慮深さは格が違う。

 

「もう俺に手解きする気は無えってかよ。ええ、翠玉等級様よ?」

 

 もう1人は、昼間に訓練と言う名目で気に入らない旅人を痛めつけようとした大柄の男だ。

 大柄の男は必死に銅等級の男を助けようと旅人の腕を掴む。

 昼間、手も足も出ないほどに打ちのめされて己の過信を正され、粗暴な暴れ者も思うところがあったのだろうか。

 後に彼を知る者は以前の彼は決してそんな行動はしなかっただろうと語る。

 

「……『べホイミ』」

 

 旅人は舌打ち混じりに呪文を唱えると、手を伝って緑色の光が銅等級の男を包み込む。やがて光が収束すると旅人は手を離した。

 

「……ありがとう、手間をかけさせた」

 

 情けなく尻餅をついて無様に気絶している、頭を叩きつけられたにも関わらず、不思議と無傷の銅等級の男と呆けている魔術師風の女に一瞥くれる事もなく、旅人は助けに入った2人に感謝を述べるとカウンターの方へと歩き出す。

 そして普段とは似ても似つかない雰囲気の旅人に恐慌している監督官の元に着くと頭を下げた。

 

「本当にすまない、せっかく気を使ってくれたのに怒りに任せて暴れてしまった。

ギルド長にも申し訳がないよ……処分は甘んじて受けるし償いもする。

だが今日は戻らない……明日、また来る」

 

 そう言い残して旅人はギルドから去っていく。

 その背中はどこか寂しく、何かに縋りたいと思っているような弱さを監督官は感じたが、声をかけることはついに出来なかった。

 旅人が居なくなってからしばらくの間、この出来事に衝撃を受けて誰も動くことは出来なかった。

 最初に動き出したのは旅人から解放された銅等級の男だ。自身の頭を手で何度も触れて自分の無事を確かめて傷一つ付いていない事を知った。

 そして短絡的に一つの結論に至った。

 

「ふっ……巫山戯た下郎が!この私を愚弄しおって……誰か彼奴をここに連れてこい、魔剣の錆にしてくれる!」

 

 酒に酔い、悪い夢を見たに過ぎない。無理やり立ち上がらせて言い合いになり自分が足を滑らせて大きく転んだだけだ。

 

「おい」

 

「やめとけ、行こうぜ」

 

 大柄の男はその結論を否定しようとするが、青年戦士は相手にするだけ無駄だと止めた。

 よくもそんな都合の良い解釈ができるものかと呆れ果て、こんな人間が銅等級である事に不満を覚えつつ二人はその場を離れた。

 

「ちっ逃げ去りおって!おい!さっさと片付けて酒を持ってこい!」

 

「災難でしたね。ですが、貴方にも問題はあったと思いますよ?」

 

 床に散らばってしまった料理や食器を片付ける数人の女給に対しても横柄に当たり散らす銅等級の男を見かねて受付嬢は彼の前に立つ。

 

「我らに非などあるはずがなかろう!

皆見ておったはずじゃ!彼奴が我らに声をかけて突如暴れ回った事を!」

 

 魔術師風の女がまるで的外れだと受付嬢を非難するが、彼女は凛とした態度を崩さずに反論する。

 

「確かに彼は過ぎた事をしました、勿論然るべき処置はします。

ですが私が見ていたところ、貴方が先に剣を振るって彼に傷を付けていたように見えましたが。

その事を謝罪しなかったあたり、意図的あるいは少なからず悪意を持って行ったと思えますね」

 

「悪しき魔物使いの彼奴に傷を付けて何が悪いのだ!

不正を用いて成り上がっている者を暴いて貴様らの利にもなろう!」

 

「その事実はありません、全て貴方の妄言です。

確かに彼は短期間で等級を上げていますが、それは相応のいえ、それ以上の功績があるからです。

優秀な監督官が看破の奇跡を用いて審査を行っているので不正なんてありえませんよ」

 

「ぐぬっ……受付嬢が良い気になりおって!」

 

 正論を吐かれ、自身の根拠のない確信を持った考えを全否定されて頭に来た銅等級の男は立ち上がり受付嬢に平手を打とうと手を振りかぶる。

 

「良い気になってんのはお前だ……誰に手を出してやがる!」

 

 銅等級の男の手が受付嬢に当たる事は永久に無い。

 槍使いの男が間に入り、銅等級の男の手を掴んで締め上げる。

 

「受付さん、ここは俺に任せてください。

オラオラ、ここじゃ大声は出しても良いが手荒な真似はすんじゃねえ。大人しく飲んでろ」

 

 彼自身のやっている事はやや手荒でもあるが、痛みに堪える銅等級を見て溜飲が下がるのではあえてその事には何も言わず、受付嬢は槍使いに礼を述べて笑みを向けて職場へと戻る。

 そこでは浮かない顔で机に着く同僚の姿があった。

 

「どうしたんです?」

 

「んー……なんでもないよ……」

 

 上の空で生返事を返す同僚に、普段はよく自分をからかって遊んでいるのにとどこかやりにくい感情を覚えた受付嬢は苦笑を浮かべる。

 

「随分と、彼に肩入れしてるみたいですね」

 

「それ、君が言う?」

 

「はてさて、なんの事でしょうか?」

 

 力なく返す監督官に受付嬢は惚けて答えた。

 まるで可愛らしい子犬が威嚇して甘噛みをするような感覚に受付嬢の顔が思わず綻ぶ。

 

「彼、怒ってるみたいでも、なんていうか、凄く悲しい顔してたからさ。変な事はしないと思うけど……」

 

「まだそんなに遠くへは行ってないと思いますよ。そんなに心配なら、行ってきたらどうですか?」

 

 監督官は受付嬢の方を見て驚いたような顔をすると、何か考え始めるがすぐに結論が出たのか顔を叩いて立ち上がる。

 

「ごめん、ちょっと行ってくる」

 

 小走りで駆け出す同僚を見て受付嬢は穏やかに微笑むと、書類に目を通して筆を走らせる。

 

 

 

 

 

 一人、いつの間にか日が完全に落ちた人通りもまばらな夜道を旅人は歩く。騒ぎを起こしてからどれほど時間が経ったのかもわからない。

 今は亡き人達への思いを馳せ、どこか足元の感覚が覚束ない。

 そしてその思いの次に頭を過るのは、彼女達に悪い事をしたという罪悪感だった。

 夜風をやけに冷たく感じていると、旅人の耳にまさに今案じていた聴き覚えのある声が背後から入る。

 

「ちょっと……待って……待ってって……旅人……くん!」

 

 振り返ると、息を切らして走って近付く監督官の姿があった。髪が大きく乱れたところを見ると全力で疾走したことが伺える。

 

「……どうしたんだ、俺の冒険者資格の剥奪でも決まったのか?」

 

「ちが……そんな……ゼェ……んじゃ……ない……ゼェ……」

 

 旅人の元へとたどり着いて、監督官は膝に手を乗せて息を整える。

 

「……『ベホマ』」

 

 彼女の必死な様を見かねたのか、苦しんでいるところを見たくないのか、どちらにせよ自分の事で走ってきたのだからと回復の呪文を監督官へとかける。

 緑色の光に包まれた監督官は息切れが治り、疲労どころか事務仕事で座り続けた事で得た腰痛までも全てが消え去り困惑する。

 

「それで、どうしたんだ?」

 

「あっ、その……ごめんね……私がもっと早くあの人に注意してれば良かった」

 

「……謝るのは俺の方だ、君の気遣いを踏みにじる真似をしてすまない。君が謝る事は何一つ無い。

あの二人にも手を掛けさせてしまった。止められなければもっと痛めつけていただろう」

 

 穏やかな笑みを監督官に向けるが、瞳は依然深淵のような虚ろなものだった。

 監督官は固唾を飲んで旅人へと聞いた。

 

「ねえ、君が怒ったのって……魔物使いって言われたからじゃないよね?

その……故郷を馬鹿にされたから?」

 

「ああ、確かにその言葉も腹が立つが……別にどう思われたって構わないさ。

……宗教に詳しくないが、君も何かの神を信仰しているだろう。

それが全て否定され、信仰を踏み躙られ、触れてはならない領域を侵されたらどうだ?

俺にとってそれが神じゃないが、世界で一番優しくて強い人たちが言われもない、心無い言葉をかけられるのは許せなかった」

 

 先程の事か、また別の事を思い出したのか旅人の顔が苦虫を噛み潰したような険しいものになり、また握られた拳からは血が滲んでいた。

 

「……それは、私も、許せないかな。

ねえ、旅人くん……大丈夫?」

 

 自分が信じたものの全てが否定される。

 自分が同じ事をされた考えると監督官は旅人の怒りに同意できる。

 たが、それよりも随分と儚げな旅人に思わず監督官は彼の顔に手を当てた。

 それで幾分憑き物でも取れたのか、旅人の怒りも少し和らぎ、虚ろな目に少し光りが灯る。

 

「ああ、大丈夫だ、ありがとう。

……心配しないでくれ、滅多な事はするつもりはないよ。明日、顔を出すと君と約束したからな。

もう夜中、中には入らないがギルドまで送ろう。その格好、仕事放って来てくれたんだろう?」

 

「あ、うん……ありがとう」

 

 お互いの謝罪から始まった会話も感謝の言葉を掛け合うようになり、旅人の言葉に監督官は顔を綻ばせて二人は来た道を引き返した。

 この世界に来て、旅人にとって彼女との会話は間違いなく心に平穏をもたらす一つだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どことも分からない、街道から大きく外れた草原、そこで多くの怪物の死体を背に旅人は剣を握るゴブリンと対峙していた。

 

「俺に、近付くな」

 

 旅人はそう言うが、言葉など通じない。

 見えもしないのに馬鹿な人間だと、ゴブリンは下劣な笑みを浮かべて旅人に接近して剣を振りかぶる。

 それが振り下ろされる瞬間、ゴブリンの首は胴体から切り離される。

 

「次だ」

 

 旅人は剣に付着したゴブリンの血を振り落とすと、口笛を吹きながら歩を進める。

 かつての旅で仲間の大商人から教わった技術。彼ほど上手く魔物を呼び寄せる事は出来なかったがそれなりに様にはなっていた。

 彼曰く音を出すことが大切という助言を元に口笛を続ける。

 今度は名前も知らない、大型の獣の怪物が旅人の前に現れる。

 

「俺に、近付くな」

 

 当然言葉は通じることが無く、獣の怪物は旅人へと突進する。

 旅人は剣を下から力を込めて振り上げ、怪物の体は両断され少しの間手足や贓物が蠢いたがやがて動きを止めた。

 

「次だ」

 

 そう言って、旅人はまた歩きながら口笛を吹く。

 長い時間、それを繰り返して空が明るんだところで旅人は口笛を吹く事を止める。

 怪物の死体の山の中、今度はその死体が害にならないように炎の呪文で焼き始める。

 

「結局、1匹たりとも止まる事は無かったか……魔物使いか……そんなものの才能、俺にあるはず無いのにな。

そんなものがあれば、魔物を止める力があればみんなは……」

 

 死体をすべて焼き尽くし、炎が草へと燃え移りそうになるのを今度は氷の呪文で消して火事にならない事を確認すると旅人は約束のため街へと歩き出した。

 この日、ギルドを訪れた旅人は正式に青玉等級への降格を告げられる。

 一段で済んだのは監督官と受付嬢のギルド長への掛け合いが大きかったとのことである。だが、結局はすぐにまた昇格するだろうとギルドの役員は思っている。

 そしてもう一つ、冒険者の間で一つの暗黙の了解が生まれた。

 旅人の事を魔物使いと呼んではならない、と。

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