魔法少女リリカルなのは 〜オーロラ姫の凍りついた涙は誰のために〜 作:わんたんめん
人々の喧騒が周囲を彩り、12月の冷たい風が肌を突き刺す。
道行く人々もその寒さから少しでも逃れるために身につけている衣服を生地の厚いものに変えて凌ごうとする。
人々から視線を外して周囲の風景に目を向けるとクリスマスの準備のためか街路樹にはイルミネーションがつけられ、大型ショッピングモールには緑や赤を基調とするポスターが貼られていたりする。
ヒイロはこのクリスマス準備真っ只中の海鳴市を一人で歩いていた。
あてもないまま彷徨うように人だかりの中を進んでいく。
なぜこうなったのかはおよそ数時間前に時を遡るが、今回はそれより前から説明を始める。
リンディからグレアムと闇の書との因縁を聞いたあと、ヒイロは彼女らと別れ、話の内容を纏めていた。
(・・・リンディの夫、クライド・ハラオウンはかつて闇の書の捕獲任務に就いていた。だが、その運搬中、突如として闇の書が暴走を始め、その男の乗る次元航空艦『エスティア』を掌握。さらにあろうことかその掌握された船はその銃口を味方へと向けた。その時の艦隊総司令であったギル・グレアムはクライド・ハラオウン自身の要求もあり、艦隊にエスティアへの攻撃指示を下した。最終的にエスティアは轟沈。クライド・ハラオウンは還らぬ人間となった。)
ヒイロはこの時点でグレアムはクライドの乗艦するエスティアへの攻撃の指示を下したことを後悔していると考えていた。さらに、その後悔は自責に変わっていき、最終的には闇の書に対する私怨に変わっている可能性が高い。
ゼロが警告したのはおそらくグレアムが闇の書に対する手段がよほど危険なものであるからであろう。
(・・・さらに言えば、あの男は優しすぎるし、責任感が強い。おそらく心的な負担を無意識のうちに押し殺し、積み重ねている。それが爆発すれば奴がどういう行動をとるのかは未知数だ。行動を起こす前、ないしは行動を起こした直後に何かしらの対策をしておく必要がある。)
ヒイロはそういいながらある人物を思い返していた。グレアムのように温厚な思考を持ちながらも自身にのしかかる心的疲労を吐き出さずに溜め込んだ結果、心が壊れ、ゼロシステムに飲み込まれた仲間、カトル・ラバーバ・ウィナーのことを。
(・・・あの男は、カトルに似ている。似ているからこそ、俺は奴の暴走を止めなければならない。場合によってはこちらの障害になる可能性もあるからな。)
ある程度時間が過ぎるとリンディから集合の号令がかかった。
休憩スペースと思われる自販機がいくつもある部屋にアースラのクルーが集合するとリンディから件の第一級ロストロギア『闇の書』の担当が自分達になったことを告げられる。
さっそく調査のために海鳴市に赴こうとするのだが、肝心のアースラはメンテナンスのため、動かすことは叶わない。
そこでリンディが発案したのが、海鳴市内に拠点を設けてしまおうという内容だった。
確かに海鳴市に拠点を置いておけば、有事の際には迅速な対応ができる。理にかなった案だっため、アースラに置いていた機材をあるアパートの一室を借り、そこを拠点とした。
なお、引っ越しの作業はヒイロの人外な筋力を持って、それほど手間はかからずに終えることができた。
「・・・・・あの細い腕のどこにあんな馬鹿力があるのかしら・・・?」
そう苦笑いを浮かべるリンディの目の前には本来であれば大の大人が数人必要な家具や機材を二本の腕で軽々持ち上げ、室内へと運び込んでいくヒイロがいた。
そのヒイロの仕事振りを見て、『もうこの子一人でいいんじゃないか?』というアースラクルーの心の声が重なった。だが、ヒイロは突然、足を止めて、視線をある一点に集中させる。その視線の先には・・・。
「・・・・フェレットと赤い子犬・・・。こんな奴、いたか?」
その二匹の獣は器用に二本の足で立っていた。フェレットはどうだか知らなかったが少なくとも子犬にそれほどの筋力が備わっているとは思えなかったヒイロはしばらくその二匹を見ていたがーー
「あ、ユーノにアルフ。こっちではその姿なんだ。」
エイミィがデータを確認しながら二人の名前を呼んだ。どちらも知っている名だったため思わずその二匹に驚いた視線を向ける。
「なのはの友達だとこの姿じゃないとダメなんだ・・・。」
フェレットが口を開くとユーノの声が響いた。ありえない現象にヒイロはしばらく驚いた表情から変えることができなかった。
「・・・・魔法というのはそのようなものもあるのか。」
「色々あるんだよー。今は子犬だけど、おっきくなれたりもするんだからね。」
アルフが肉球のついた手を振りながらそんなことを言ってくる。
ヒイロはそれ以上考えることはなく、作業に戻った。
そして、荷物の運搬作業もほぼ完了し、一息ついたところに訪問者の訪れを知らせるチャイムが鳴り響く。
ヒイロは最初こそ警戒心を露わにするが、それより先になのはが笑顔を浮かべながら扉を開けはなつ。
そこにはなのはと同年代ほどの少女が二人いた。そこでなのはが友達だと紹介したところでヒイロはようやく警戒心を引っ込めた。
「こんにちはー。」
「きたわよー。」
「すずかちゃん、アリサちゃん!!」
なのはとフェイトはその二人の友人に笑顔を向けながらお互いの再会を喜びあっていた。話を聞いているとフェイトも知り合いのようだが、ビデオメールでやりとりをしていたらしい。
やることがなくなったため、ヒイロはエイミィから許可を取って事件資料を流し読みしていると、なのは達の元に向かっていくリンディの姿が視界の端に映った。
どうやらリンディもなのはの友人達に挨拶をしているようだ。
(・・・・まぁ、俺には関係のないことだ。)
そう結論づけ、資料を漁っているとーー
「ヒイロ君ー?ちょっと来てくれるー?」
リンディの自身を呼ぶ声が耳に入る。何事かと思いながらも借りていた端末の電源を切り、リンディの元へ向かう。
「・・・・・何か用か?」
「これからなのはちゃんの実家に挨拶に行くのだけど、貴方も来ないかしら?こういうのあんまり縁がなかったでしょ?」
(それに、周囲の地形環境とかも把握しておける。理由づけにしてはもってこいだと思うのだけど?)
「・・・・了解した。」
ウイングゼロの通信機能を介して、リンディの念話が届く。ヒイロとしては周囲を把握しておくのもしておきたかったのもあったため、利害が一致すると判断したヒイロはそれ承諾した。
が、ヒイロの視界には気になるものが映っていた。なのはの友人であるすずかとアリサがヒイロに向けて、呆けたような表情を向けていた。
「・・・・・先ほどから俺の顔を見て呆けているようだが、なんだ?」
「え、あ、いや、なんか、なのはのお兄ちゃんに声が似ているって思って・・・。」
「う、うん。そっくりだよね・・・・。」
気になったヒイロがそう尋ねるとハッとした二人はヒイロにそう理由を述べた。
ヒイロが別人に間違われるのは初めてではなかった。一度目はその兄の親族であるはずのなのはからだった。意識が朦朧としているのもあっただろうが、それでも間違わられるということはよほど似ているのだろう。
「ソイツとは会ったことはないが、それほど似ているのか?なのはにも間違われたのだが。」
ヒイロがそういうと二人はなのはに視線を移す。特に金髪の髪をロングにしている少女、『アリサ・バニングス』はなのはに向けてきつい視線を向けている。
「な・の・は〜〜〜?アンタ、自分のお兄ちゃんと赤の他人を間違えるって、どういう了見しているかしら〜〜〜?」
「い、いや、それはその、色々と条件が重なっちゃってーー」
「問答無用!!アンタにはコメカミグリグリしてやるわー!!!」
「にゃあああああああっ!!!!!?!!?」
狼狽した様子のなのはにアリサが彼女の両方のコメカミ部分に握りこぶしをそれぞれ当てて、グリグリとえぐり始めた。その痛みになのはは悲痛な叫びを辺りに撒き散らしていた。
「あ、あの。」
なのはが叫んでいる様子を無表情で眺めていると自身を呼ぶ声に気づきそちらの方に振り向く。
その視線の先には紫色のウェーブのかかった艶のある髪を腰にまで伸ばしている少女『月村すずか』がいた。
「なのはちゃんがお世話になっています。」
そういうとペコリと頭を下げた。ヒイロはそれに特に表情を変えることはなかったがーー
「それはリンディに言え。俺はなのはに世話になられた覚えはない。」
「リンディさんって・・・あの人ですか?」
ヒイロはすずかと軽いやりとりを行うと一行はなのはの実家である喫茶店へと向かった。
借りたアパートからそれほど距離が離れていない場所になのはの実家の喫茶店はあった。その名は『翠屋』。ヒイロ達が訪れた時には注文したデザートを食べている集団がいくつかあったため、おそらく人気のある店なのだろうとヒイロは推測していた。
リンディはなのはの家族に挨拶をするため、店内に残り、ヒイロ達は頼んだ飲み物を持って、外のテーブルで近況を報告しあっていた。もっともヒイロはそれにはほとんど参加はせず、飲み物を口にしながら、警戒をしていた。
(・・・・視線を感じる。それに殺気も混じっているな。)
ヒイロは視線は向けずに意識だけをそちらに向けていた。その方角は店内からだ。先ほど、店内で注文を行なった時から妙な視線をヒイロは感じ取っていた。
(・・・・リンディと話している奴らではないな。)
ヒイロは飲み物を口に含みながらも先ほどから感じる殺気の根源を探す。
店内から感じるがその殺気の大体の発生源はカウンターあたりからだ。つまりこの時点で店内にいる客という線はない。となると、大方なのはの家族辺りに候補は絞り込めてくる。
ヒイロはもう少し情報が必要だと考え、なのはに視線を向ける。
「なのは。お前の兄妹は兄以外にもいるのか?」
「え・・・?お兄ちゃん以外にはお姉ちゃんもいるよ。私は一番下の末っ子なの。」
なのははヒイロの質問に疑問を覚えながらも答えた。ヒイロはその情報を元に再度店内に意識を向ける。ちょうど視界には眼鏡をかけ、三つ編みをした快活な印象を受ける店員が客から注文を取っている光景が見えた。
(おそらく、あれがなのはの姉か。奴もそれなりに鍛えているようだが、殺気の根源ではないか。)
となると、消去法でヒイロに殺気を当てているのはなのはの兄ということになる。
ヒイロは飲み物を飲みきると徐に立ち上がる。突然の行動になのは達は困惑の表情を隠しきれない。
「ヒイロさん・・・?どうしたんですか?」
「・・・・どうやらお前の側に俺がいることを良く思っていない奴がいるようだ。」
なのはに質問されたヒイロがそう答えるとなのはは不安気な表情を浮かべる。
「俺がこのままいてもお前たちの気を害するだけだ。適当に海鳴市を回ってくる。」
そう言って、ヒイロは席を離れ、出ていこうとする。
「ヒイロさん!!それってどうしてなんですか!?」
「知らん。だが、そこの店頭に立っている奴にでも聞け。」
なのははその瞬間、視線を翠屋に移す。その先には自分の兄である『高町恭也』が店頭に立っていた。しかし、その目はどこか鋭いものになっており、わずかになのはが兄に対して怖いという感情を覚えるほどであった。
「も、もしかして、お、お兄ちゃん・・・?」
なのはが確認ついでにヒイロに視線を戻すが既にヒイロは遠いところまで移動していた。
「ヒイロさん・・・・。」
しょぼくれた表情を浮かべるなのはにフェイトが何かしら声をかけようとした瞬間、なのはは店内に向かって駆け出した。
「お兄ちゃん・・・・。」
「なのは?いきなりどうしたんだ?」
突然自身の目の前にやってきたなのはに疑問気な表情を浮かべる恭也。なのはは特に言葉を返すことはなく、代わりに人差し指を一本だけ恭也に向ける。その表情は顔こそ笑っているが、明らかに目は笑っていなかった。周りの空気は凍りつき、雰囲気は処刑台に立たされ、今まさに刑が執行されようとしているようだった。
「・・・・少し、頭冷やそうか?」
その日、翠屋に魔王が降臨した。
その後、風呂場にてドザエモン状態になって、浮いている恭也が見つかったがこの時の様子をなのはの姉である『高町美由希』はーー
「なんか写真とか撮ったら右端に『つづく』って出てきそう。」
といって軽く笑いを堪えていたそうな。ちなみに恭也は五体満足で無事である。
そんなこんなでヒイロは海鳴市を一人で散策するという羽目になっていた。
連絡自体は取れないわけではないため、問題はない。ヒイロはそう思いながらほっつき歩いていた。
しかし、目的を然程考えてなかったため、どうしようかと思っているのも本音であった。
しばらく住宅街を歩いていると、ひらけた敷地が目に入ってきた。
その敷地の入り口と思われる場所には大理石でできた立派な看板があった。
そこには『風芽丘図書館』と彫られてあった。
(図書館か・・・。海鳴市の詳細な地図がある可能性が高い。今のうちに頭に叩き込んでおくか。)
そう考えたヒイロは図書館へと足を踏み入れた。図書館の中は綺麗になっており、何人かが机や椅子などで静かに本を読んでいる様子が見えた。ヒイロは図書館の案内に従って地図のありそうな場所に向かっている途中、ふと目にとまる光景があった。
「ん・・・・んん・・・・。」
それは必死に手を伸ばして、本棚にある本を取ろうとしているなのは達と同い年くらいの一人の少女がいた。
その高さはヒイロほどの身長であれば楽に取れるし、なのは達でも届く高さだった。しかし、彼女にはそれができなかった。決して彼女の身長が低い訳ではない。
彼女は車椅子に乗っていたのだ。足が全く動いていないことを鑑みるにおそらく下半身不随なのであろう。
「・・・・。」
ヒイロはたまたま目についてしまったというのもあったが、このまま見逃すのも後味が悪かった。ヒイロは無言で車椅子の少女に近づき、その少女が取ろうとしていたであろう本を代わりに取り、少女に手渡した。
「・・・・これか?」
「え・・・・。あ、うん!ありがとうございます。」
少女は突然声をかけられたことに驚きながらもヒイロに感謝の言葉を述べる。
「気にするな。」
それだけ少女に言って、自分の目的である海鳴市の地図を探しに行こうとした時ーー
「あ、あの!」
ヒイロの背後から少女の制止の声がかかった。ヒイロは振り向くと少女は自身の車椅子を引きながら、隣に来る。
「・・・何か探し物ですか?」
「・・・・そうだな。」
「でしたら手伝います。先ほどの礼です。これでもこの図書館には何度も来てるので、何か力になれるかと思います。」
(・・・・図書館の常連か・・・。初めて来た俺にとってはちょうどいいか。)
「・・・いいだろう。」
探す手間が省けるかもしれない。そう判断したヒイロは少女のその頼みを承諾した。
「私、『八神 はやて』って言います。お兄さんの名前は?」
「・・・・・ヒイロ・ユイだ。早速だが、お前の記憶力をあてにさせてもらう。」
ヒイロはそういうとはやてに自分が探している本を尋ねた。
はやてはそれを聞くと顎に手を乗せながら、場所を示した。
「それだったら、あの辺、です。」
少女はその本があるであろう本棚の方角を指差した。だが、ヒイロには少々気になる点があった。
「・・・・・無理をする必要はない。お前が話しやすいように話せ。」
ヒイロがそういうとはやては目を見開いて顔を上げた。
「ど、どうして・・・・?」
「言葉の節々に違和感があった。隠すのであればもう少し努力をしろ。できないのであれば、最初からしない方がいい。」
ヒイロの言葉に少女はフランクな笑顔を向けた。
「ほんなら、遠慮なく行かせてもらうわ。よろしゅうな。ヒイロさん。」
「・・・・・ああ。」
ヒイロは特にこれといった表情を浮かべなかったが、はやては満面の笑顔を見せていた。
ヒイロははやての後ろに回ると彼女の車椅子のハンドルを握って、前へ進み始めた。
「え、ちょ、ちょい待ちっ!?じ、自分でもできるから大丈夫や!」
「こっちの方が早い。それだけだ。あとは図書館では静かにするのが規則ではなかったのか?」
「う・・・。」
それきりはやては不服な様子を醸し出したままだったが、大人しくなった。ヒイロはそのまま彼女とともに本を探すことになった。
余談
恭也さんとヒイロの中の人と同じ。