魔法少女リリカルなのは 〜オーロラ姫の凍りついた涙は誰のために〜 作:わんたんめん
視界が転送ゲートが起動した時の光に覆い尽くされる。
それは目も開けられないほどのものだったが、程なくすると徐々に光は弱まり、目が開けられるレベルまで光の強さは落ち着いた。
「・・・・・ここが、ウミナリシ・・・か?」
目を開けると自分が今、ビルの屋上に立っていること、そして視界には月夜に照らされたビル群が聳え立っているのが映り込む。
しかし、その視界は妙なセピア色に彩られ、本来時間的にはまだ付いているはずのビルの電気は悉く消え、光源は町を照らしている月しか見当たらない。
さらに言うと人のいる気配が一切しなかった。
ヒイロは確認がわりにリンディに通信を送ろうとするがーー
「・・・・そういえば、通信機の類を受け取ってなかったな・・・。」
自分の失態に思わず苦い表情を浮かべるが、ないものは仕方ない以上、割り切るしかない。
そう自分に結論を立てたヒイロは空を見上げた。
リンディの話によれば、ナノハという人物がいるはずなのだが、見上げた空にはそれらしき人物は見当たらない。
(・・・・建物と建物の間にいるのか?)
ヒイロがそう思った瞬間、彼のいるビルが衝撃音と共に大きく揺れた。
咄嗟に身構えると同時に、周りを見回すことで状況を確認する。
「・・・・ビルの内部か。」
土煙が上がっているのが見えた。先ほどの衝撃音と照らし合わせるとおそらくビルの壁が崩落、もしくは破壊されたことを察する。
ヒイロはビルの屋上の出入り口からビルに入ろうとした時ーー
『貴方!聞こえるっ!?』
「!?」
突然、リンディの声が響いた。僅かにくぐもった声になっているため、通信機を介しているのだろうが、通信機の類は持ってきていないはずだ。
『ちょっとっ!聞こえているのっ!?返事をしなさい!!』
ヒイロが少し狼狽した様子を見せていると、再度リンディの声が響く。
音源を辿ってみると自分がリンディから受け取ったペンダントから声が出ているのに気づいた。
「・・・・ああ。聞こえている。」
ペンダントに向けてそう返事をすると、リンディの安堵したような声が聞こえた。
『ふぅ・・・なら良かったわ。通信機を渡し忘れたって思ったら、貴方のペンダント、というかデバイスに通信を送れるみたいだったから繋げたのだけど、そっちは大丈夫かしら?』
「現時点では問題はない。が、一つ確認したい。ナノハとはどんな奴だ?」
『茶色い髪色に短いツインテールの女の子よ。白いバリアジャケットを着ている子なんだけど、見えないかしら?』
「・・・・ついさっきだが、俺が立っているビルに衝撃音が響いた。これからビル内部に突入する。」
『・・・・あまりいい予感はしないけど・・・無理はしないようにね。』
「了解した。」
リンディの心配する声を他所に置いておき、ヒイロは屋上の出入り口のドアを僅かに開き、内部を確認する。
異常がないと確認すると、ドアを開け放ち、ヒイロはビルの内部に突入した。
「う、うう・・・・・。」
ヒイロがビル内部に突入した同時刻、一人の少女が痛みに顔を歪ませていた。
白いリボンで茶色い髪をツインテールにしている少女の名は、『高町 なのは』。
リンディがヒイロに告げた頼りにしろと言われた人物その人である。
だが、今の彼女の状態は杖にはヒビが入り、術者を守る役目を持つバリアジャケットも解かれ、視界が焦点が定まらず、ぼやけ続ける。彼女自身、まさに疲労困憊といった様子で肩で息をしていた。
そんな彼女に近づくのは柄の長い槌を手にした真紅の装束に身を包んだなのはより年端のいかない少女であった。
なのははその痛みに耐えながら、彼女が持つデバイス『レイジングハート』の杖を自分を襲ってきた少女に向ける。しかし、その杖を持つ手は力が入らないのか、カタカタと音を立てて震えていた。
それこそ、軽く払っただけで、彼女の腕は力なく振り払われそうなほどである。
そんなぼやけた視界の中でなのはは少女が自身にとどめを刺そうと槌を振り上げるのを見た。
まさに絶体絶命だった。迫り来るであろう痛みに目を瞑ったその時ーー
バンっ!!
フロアの扉が勢いよく開かれる音が響いた。思わずなのはは一度瞑った瞳を開いた。
「っ!?誰だっ!?」
少女は突然の乱入者に声を荒げるが、次の瞬間にはその場を離れ、なのはと距離を取った。
なのはが何事かと思ったのも束の間、視界を何やら四角いものがとんでもないスピードで横切った。
(え、今の・・・見間違いじゃなければ、パソコン、だよね?)
自身がこのビルに叩き込まれた時、それらしきものが転がっていくのは見えた。
だけど、なのはがそれを確認するよりも早く、自分の体が何者かに抱きかかえられている感覚に気づいた。
「あっ!?テメェ!!待ちやがれっ!!」
「ふぇっ?な、なになにっ!?」
少女の激昂する声が響く。しかし、自身を抱きかかえている人物はそれに気にかける様子もなく全力でその人物が入ってきたドアとは反対側へと走っていく。
「確認する。お前がナノハだな?」
そんな中、その人物はなのはに確認するような口調で聞く。しかし、その声は彼女にはとても聞き覚えのある声に似ていた。
故に、彼女は思わずーー
「お・・・お兄ちゃん・・・・?」
そう、口に出してしまっていた。ぼやけた視界が戻ってきている中で、自分を抱きかかえている人物の顔を見ようとする。
「・・・少なくとも、お前のオニイチャンとやらではないのは確かだ。」
視界のぼやけが完全になくなると彼女自身の兄とは全く違う顔の人物があらわれた
意識が朦朧だったとはいえ、全くの初対面の人を自身の兄だと勘違いしたなのはは顔を赤くする。
「あ・・・・その、はぅぅ・・・・・。」
「魔力もねぇ人間がしゃしゃり出てくんじゃねぇ!!
後ろから聞こえてくる声にヒイロが振り向くと少女が指の間に挟めるほどのサイズの光弾を生み出していることに気づく。
「・・・・あれは?」
ヒイロが疑問気になっているのも束の間、少女はその生み出した光弾を自身の持つ槌で打った。
すると次の瞬間、光弾がヒイロにめがけて弧を描きながら飛来する。まだ僅かに部屋の扉まで距離はある。
「・・・誘導弾か。」
「あ、あの!!私が防壁を貼るのでーー」
「問題ない。余裕で避け切れる。」
なのはの言葉を制すると、ヒイロは軽々と迫り来る光弾を見切り、初弾と次弾を体を反らしたり、ステップなどの必要最小限の動きで避けた。
そして、部屋の扉に手をかけ、入ると同時に扉を勢いよく閉めた。
光弾はそのまま部屋の壁に着弾すると、爆発を起こし、部屋の壁を破壊する。
(炸裂弾でもあるのか・・・。広い場所に出るのは悪手か?奴の武器から近接戦闘をメインにおいていると感じたが・・・。)
ヒイロは先ほどの光弾についての考察を考える。仮に中距離戦闘もこなせるとあれば、広い場所に出てしまえば、一方的に撃たれることは避けられない。
だが、いつまでもビルの中にいれば、いずれは逃げ場がなくなる。
ヒイロの取った選択はーーー
(・・・外に出るか。逃げ場を失うよりはマシか。)
ヒイロはそう決めると階段を降りていく。いつまでも少女が待ってくれるとは思えないため、迅速に階段を駆け下りる。
「テメェ・・・まさか逃げられるって思ってんじゃねぇだろうな!!」
案の定、少女に追いつかれてしまう。だが既にヒイロはビルの外への脱出は完了した。
ヒイロが回避行動をとると少女の槌は空を切る。しかし、その威力は凄まじく、道路のアスファルトを粉々に砕くほどの威力はあった。
「ちぃ・・・!!」
「・・・・・。」
悪態を吐く少女に対して、冷静な表情を浮かべるヒイロ。
ヒイロのその様子が癇に障ったのか、少女は怒りに身を任せてヒイロに槌を振り下ろす。
しかし、それにヒイロはなのはを担いだ状態ながらも少女のラッシュを捌いていく。
「す、凄い・・・・あの子の攻撃を全部避けてる・・・・。」
一度少女と距離をとるとなのはの驚嘆する声が上がるがヒイロは特に耳を傾けることはなく、目の前の少女に視線を集中させる。
目の前の少女は自身の周囲に光弾を発生させていた。おそらく先ほどの誘導弾を撃ち出してくるのだろう。しかし、先ほど室内で仕掛けてきたときとは違い、数は増えている。
ヒイロは回避行動をするために足を動かそうとしたがーー
「っ!?」
「バ、バインドっ!?」
ヒイロの足がまるで縫い付けられたように動かなかった。咄嗟に足をみると白銀の魔法陣から出ている鎖がヒイロの足を縛り付けていた。
「
ヒイロが少女の方を見たときには既に光弾はヒイロに襲いかかっていた。
まだ避けれない距離ではないが、足が動かないため避けようがない。
咄嗟になのはを庇うように自分の体を間に割り込ませる。
そして、爆発がヒイロたちを包み込んだ。が、ヒイロには衝撃こそ伝わったが痛みを感じることはなかった。
「・・・・大丈夫ですか?」
かわりにヒイロにとっては聞いたことのある声、なのはにとってはなによりの友の声が聞こえてきた。
二人の前に立って魔法陣のようなバリアを展開していたのは、黒いマントに身を包んだフェイトとその使い魔、アルフ。
そして、緑色のマントを羽織っているユーノ・スクライアであった。
「・・・・間に合ったか。」
「フェイトちゃん!!」
「なのは・・・よかった。」
軽く息を吐くヒイロに対し、なのはは待ち望んでいた友人との再会を涙を浮かべながら喜びの声を上げる。
「アンタ、中々やるじゃないか。」
「借りを返しただけだ。」
軽い笑顔を浮かべるアルフにヒイロは表情を変えずに答えた。
アルフはヒイロの近くまで来ると、ヒイロの足枷となっていたバインドを解除する。
「ほら。あとはアタシとフェイトに任せな。ユーノ、頼んだよ。」
「わかったよ。とりあえず、ここでは満足に回復が出来ませんので、一度建物の中へ行きましょう。」
「了解した。」
ユーノに連れられて、建物中に戻るとひとまずなのはを下ろした。
ユーノはなのはに対して、何か言葉を紡ぐと彼女の周囲を緑色の魔法陣とバリアが覆った。
「とりあえず、この中にいると回復するから、ここから出ないように。・・・・なのはを頼みます。」
ユーノの頼みにヒイロは無言で頷く。それを見届けたユーノは建物の窓から外へと飛んで行った。
ヒイロはなのはの護衛のために周囲を警戒しながら立っていることにした。
「あの・・・・ありがとうございます。」
「お前が気にすることはない。」
突然なのはがヒイロに対してお礼の言葉を述べた。
「・・・・そういえば、お名前聞いてませんでしたね。私はなのは。高町なのはって言います。」
なのはに名前を問われたヒイロは少しばかり考えたが、隠す意味もない以上、話すことにした。
「・・・・俺には記憶がない。だから名乗れる名前もない。呼びたければ適当に呼べ。」
「え・・・記憶がないんですか?」
ヒイロの言葉になのははキョトンとした表情を浮かべる。
ヒイロは頷きながらそのまま話を続ける。
「ああ。どうやら俺は最近まで冷凍睡眠されていたらしい。しかもここではないどこかでだ。たまたま拾われたリンディたちに解凍してもらったが、その時に記憶が吹き飛んだらしい。」
ヒイロがそういうとなのはは聞いてはいけないものを聞いてしまったかのように表情を沈ませてしまった。
「その・・・ごめんなさい。」
「・・・・フェイトのときもそうだったが、なぜ謝る?」
「え・・・。その、聞いちゃいけなかったのかな、って思って・・・。」
なのはの言葉にヒイロはそれ以上、何も言わずに窓枠からフェイトたちの様子を伺っていた。
いつのまにか狼のような奴がいたが、アルフが押しとどめている。
そして、あの真紅の装束を見にまとった少女はフェイトとユーノの二人がかりでその少女をバインドで空中に貼り付けていた。
ほぼ制圧は完了したと考えていい。
その時、ヒイロが首から下げている翼に抱かれた剣のペンダントが朧げに光っていることに気づいた。
「・・・・なんだ?」
ヒイロはペンダントを手にとって眺める。ペンダントから発せられる光は強くなったり弱くなったりと明滅を繰り返していた。
その様子はまるでーー
(・・・・警告している、のか?)
そう思った瞬間、フェイトに向かっていく薄い紫色の光が見えた。高速で飛来してきたソレはフェイトを弾き飛ばすと真紅の装束に身を包んだ少女の前に立ちふさがった。
その光の正体は騎士装束に身を包んだ女性であった。
その女性は高く剣を掲げるとその手に持つ剣の刀身が焔に包まれた。
その焔を纏った剣でその騎士はフェイトに斬りかかる。
その威力は凄まじく、防御行動を取ったフェイトをビルの屋上に叩きつけるほどであった。
「・・・・かなりの腕だな。1対1の状況ではこちらが不利か。」
「や、やっぱり、私が、なんとかしないと・・・・。」
「お前は休んでいろ。そんな体で来られてもユーノ達にとっては逆に迷惑だ。」
「で、でも、それじゃあみんなが・・・・。」
バリアの中で杖を支えに立ち上がろうとするなのはを制しながら窓の外を見据える。
「・・・・なのは、お前はここから動くな。」
ヒイロはそういうと胸元にかけられているペンダントを掴む。
リンディ曰く、これもどうやらデバイスという代物らしい。そしてその名前はーー
「ゼロ、行けるか?」
その名前を呼んだ瞬間、胸元のペンダントが強烈な光を放ち始めた。それは視界が潰されるほどの輝きだった。
「・・・・いいだろう。」
その輝きを肯定だと受け取ったヒイロの視界は光に塗り潰された。
異世界の天使が魔法の世界でその美しい翼を羽ばたかせる。
ようやく、あの機体が出せる・・・・。