オトモダチ、コワクナイ。
「ろ、ロン! 5200点です!」
「うはぁ、やっぱり通らなかったかぁ………ほれ、点棒」
3日後、俺は赤木さんと約束通り、放課後に雀荘に来ていた。
最初はまさか裏麻雀と呼ばれるような、札束を積みあう世界に連れていかれないよなとビビっていたが、そんなことは無かった。
1000円で入店できてお金も賭けることのない、至って平和で普通な雰囲気の中、仕事帰りのおじさん方と打つのを繰り返していた。
どのテーブルに入るかは赤木さんが毎回選び、俺の実力にあった場を用意してくれている。
「ありがとうございました」
案外勝てるものなんだな、と自分への意外さを感じながら、俺は背伸びして、後ろで見ていた赤木さんと向き合う。
「どうでしたか?」
「まぁ、ようやく見知らぬ相手と戦うたびにビビる癖が抜けてきたってとこだな。
どんな相手にも安定して自分の麻雀が打てるようになってきた」
「俺の打ち方、ですか?」
「何だ、無自覚だったのか?」
赤木さんは煙草をふかしながら、呆れた顔で俺を見た。
「お前、俺が初めてお前の対局を見た時からそうだがな、後ろに下がることをほとんどしない。
常に前へ前へ。どんな苦しい待ちだろうと、手が入りさえすれば親のさらなる大物手に対して逃げることを選ばない。もちろん、それに見合うだけの放銃もしているがな」
「要は無謀だってことですか?」
「まぁそれも否定できないな。だがむしろ、弱気に流れた時の方が放銃している印象だ。それに型にはまった奴ほど、そうやってリスクに見合わない勝負を挑んでくる奴のことは恐ろしく感じる。
前へ進みつつも、最小限の回避だけで相手の手を躱して突っ込み続けられるようになったら………お前、この上なく相手にしたくない打ち手になれるぜ」
「お、おお………!」
かっこいい。
少年心に素直にそう思った。何か少年漫画の主人公的な感じがする。
「よし、また卓が開いたぜ。打ってこい」
「はい!」
初めて勝ちが続いたことで、俺の調子は上がりに上がっていた。
麻雀を初めて、こんなことは初めてだった。
(やっぱり気持ちが調子に現れるパターンか。なのに心の中に突っかかるものを残したまま打ってちゃ、勝てないのも道理だ。ま、ガキらしいっちゃガキらしいな)
赤木さんが後ろで見守っていてくれると、なんだか心が昂ると同時に、安心感がある。
体が軽いし、こんな気持ちで麻雀するのは初めてだ!
意気揚々と、俺は赤木さんの指したテーブルに座っていた人たちの元へ向かった。
この人が付いてくれているだけで、並大抵のことはもう怖くない。
「ん? おい京太郎、そっちじゃない、隣の卓―――――
「すいません! ここ入ってもいいですか?」
「ん? ずいぶん若いがいいぜ、打つ(ぶつ)か?」
「打ちますか?」
と思っていた時期が俺にもありました。
前髪の撥ねた髪型をして黒いシャツを着た格好いいお兄さんと、パーマのかかった髪型で黒ニットシャツを着たミステリアスなお兄さんが座るように勧めて来た。
その二人と視線が合った瞬間、アナコンダのいる檻に間違えて入ったカエルになった気持ちだった。さっきまでの軽さはどこかへ行き、重苦しい何かに憑かれたようだ。
もちろんすぐさま井の中へ帰ろうとする。深海の底の底は俺にはまだ早い。もっと浅瀬で楽しく泳ごう。
幸い席にはまだ2人しかいない。このお兄さんたちにはまた別のメンバーを待ってもらおう。
「え、あ、すいません間違え……」
一歩後ろへ下がった瞬間
「あンた………背中が煤けてるぜ」
(ヒィイ!?)
ガシっと後ろから肩を掴まれ、退路を断たれる。前門の蛇、後門の大火だ。
鋭い眼光のお兄さんが、そのまま俺の肩を放さず席に着かせた。
そのとたん、ぐにゃあ…… と空間が歪むような感覚を覚える。
まるで全力全開時の咲を3人同時に相手にした気分だった。
(わーwww。俺死んだなーwww)
かえって笑いがこみ上げてくる。ごめんよ咲、みんな。
俺、修行に行ったまま行方不明になるかもしれないよ。
「よ、よろしくお願いしまーす…………」
帰り道
「ハッハッハ………! また気持ちよく飛ばされたもんだな」
「うう………なんすかあの人(?)たち」
俺たちは時間も早い冬の夕暮れ道を通って帰っていた。
ちなみにあの人たちとの戦った内容を簡潔に述べると。
半荘1回目
親が俺で、第1打は{北}。
それを目つきが怖いお兄さんがポンして、さらに次の巡にお兄さんは{西}と{南}を暗槓。
運よく3巡目で張れた俺は打{白}でリーチ。
あれ、いけるんじゃね? と思った瞬間
「ロン。字一色」
飛びました。
半荘2回目
もう一度俺が起家で打{⑨}。
「ロン。大四喜」
黒シャツのお兄さんに飛ばされました。
半荘3回目
また俺が起家でなんとダブリー出来た。
今度はさすがに人和でいきなり飛ばされはしなかった。
「御無礼。地和・国士十三面待ちです」
代わりにツモで飛ばされました。
ここまでくると意識を飛ばさなかった自分を褒めたい。
店にいた他のギャラリーは、皆無言で何とも言えない表情で俺のことを遠巻きに見つめていた。
なぜか店の主人がサービスでジュースを出してくれて、肩を何度か優しく叩かれた。
ちなみに赤木さんは後ろで途中からずっと腹を抱えて爆笑していた。畜生め。
「ま、あれは規格外の化け物どもだから気にしなくてもいい。他の対局は楽しかっただろう?」
「そりゃ、まあ楽しかったです。なんて言うか、牌が俺のことを応援してくれてるような感じまでして………」
「それが、流れが来てるってことさ。お前に最も教えなきゃならないのは、流れとのうまい付き合い方だ」
「流れですか?」
これはまた、和が聞いたら憤慨しそうな内容だ。
「ああ。賭けには何事も、流れが存在する。その流れが良いからって調子に乗っていると、ふっ……と流れが途絶えた時に、派手にスッ転んじまう。
逆に、流れが来ているのに手堅く打ち過ぎて、倍満役満と行けるのに満貫程度で収めちまうのもだめだ。
お前は流れに乗るのは、実はかなりうまい。ただ、今自分に本当に流れが来ているのか、来ていないか、いつ途切れるかを敏感に察知できるようにならなきゃだめだ。
技術自体は人並みにもうできている。後は、勝負にいくら身を投じれるかってところさ」
「はぁ………」
流れというものを和みたいに真っ向から否定しはしないが、かといってオカルト全開で信じているわけでもない俺は、曖昧な返事をしてしまう。
すると赤木さんは、ややうんざりしたような感じで語り始めた。
「世の中にはなぁ、とんでもない化け物がいるんだぞ?
その気になれば配牌で字牌の対子が5つあったり、配牌で国士張って地和確定だったり、和了るつもりでカンしたら絶対にドラ乗ってリーチドラ12とかして来たり…………まぁ、全部同一人物だけどよ」
「えぇ………」
漫画じゃあるまい、と言いたかったが、麻雀に関してこの人が言うのだし本当のことだろう。
というかこないだ部室で見せたあなたの離れ業の方が恐ろしいんですがそれは。
「まぁ、そんな流れに乗るのがあほみたいに上手い化け物と相対したら、小手先の技術も必要なんだがな、ブラフとか。それは後々本当の勝負の場に立つようになったら覚えればいい」
「そ、そうですか………」
この人の話は聞いてみたい感じもするし、やっぱり怖いからいいですと同時に言いたくもなる。
でも総じて俺はこの人のことが好きだった。
そうやって話すうちに、バス停に着く。赤木さんはここでお別れだ。
「じゃあ赤木さん。明日も学校終わったら旅館の方に行きますから」
「おう、じゃあな」
小さく手を振って、笑って別れる。
何だか、新しいおじいちゃんが出来たような感じだ。
「さて、一応課題とかもやりますか」
帰路を明るい気持ちで歩きながら、俺と赤木さんの日々は充実していた。
哭きの竜と哲也は読んだことないから苦労する。
京ちゃんのお友達としてまた出てもらう予定。