「えっと………ここです」
「へぇ、麻雀打つにはずいぶんとこじゃれた感じじゃないか」
翌日の放課後、俺は赤木さんと一緒にroof-topに来ていた。
赤レンガに洋風窓の、いかにも明るい雰囲気のお店。
よくある煙草の煙がすぱすぱ蔓延している雀荘とは大違いだ。
何より雀荘には「本日メイドデー」とか書いてある看板は置いてない。
「よぉきたのぉ」
「お邪魔します、染谷先輩」
俺と赤木さんは背が高いから、店内からも見えたのだろう。
メイド衣装に身を包んだ染谷先輩が、店の入り口から顔を覗かせた。
前に一度、インターハイが終わってroof-topで打ち上げを行った時にも先輩のメイド衣装は見たが、中々に可愛らしい。
麻雀部の中では一番(良心的な意味で)大人びた先輩で、今もその雰囲気は抜けきっていない。
ただ、さらに大人び過ぎた落ち着いた色合いの衣装がかえって、背伸びをしている子供らしさも出して可愛らしく見えた。
「おう、赤木さんも一緒かい。お二人様麻雀卓へごあんな~い」
「いや、俺は構わない。京太郎を鍛えんのが目的だしな」
「そうかの? ならまぁええが、うちは全席禁煙じゃけんの。タバコはこっちへポイじゃ」
先輩が店の入り口のすぐ隣に置いてある灰皿スタンドを指さす。
「そうかい……(´・ω・`)」
赤木さんはしょんぼりしてから煙草を捨て、一緒に店の中へ入った。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
「ご、ごしゅじんさま…………」
出迎えたのは、やけに堂に入った動作でお辞儀をしたピンクのメイド服の和と、消え入りそうな声でお辞儀をする水色のメイド服の咲だった。
「ん、う、うん?」
俺は予想だにしなかった展開に対して、正しく処理を下すことが出来なかった。
「ほら咲さん。そんなにたどたどしいから、須賀君も困っていますよ」
「だ、だって、京ちゃんにこの服で………その………」
和に諫められた咲は、やけに短いスカートの裾の部分(いわゆる絶対領域)を抑えて、もじもじと顔を伏せて俺から身体の正中線を逸らす。
羞恥心に身を焦がされていることは、傍から見ても明らかだった。
「えっと、ただいま咲?」
「お、おかえりなさい京ちゃん…………」
これがあの大魔王宮永照の妹、魔王宮永咲の普段の性格だと言っても、大多数の人間は信じないだろう。
メイド服のコスプレして恥ずかしさに悶える魔王。
噴き出すのを堪える方が難しい。
「今日は京太郎をもてなしてやろうっちゅうことでな。臨時メイドデーじゃ」
「はぁ」
「ご主人様、お飲み物はいかがなさいますか?」
「お、おう………じゃあコーヒーで」
自然体でメイドさんをやっている和に、意外さを隠しきれない。
当の本人は結構面白おかしく楽しそうにメイドさんをやっている。
まぁ、私服が「アレ」なことを考えると、珍しい衣装が好きなのかもしれない。
NAGANOスタイル恐るべしだ。
「そちらの方は…………」
いきなり声のトーンが落ちる。
俺の後ろで黙っている赤木さんを見た途端、和の機嫌が悪くなったのが分かった。
「酒類はないのか?」
「当店ではアルコールの類は提供しておりません」
「じゃあ俺も京太郎と同じもんでいい」
「はい。ではお席にどうぞ」
ツンツンしたメイドさんというのもよくありそうなものだが、実際に見てしまうとなんだかしゅんとした。
俺は赤木さんも和も好きなので、あんまりつっけどんにされると残念なのだが。
「じゃあ京ちゃ、こほん。ご、ごしゅじんさま。麻雀卓へどうぞ」
「呼び方くらい好きにしろよ」
「うん…そうするね」
ご主人様、の発音が上手くいかない咲は、俺からの助け舟に心底胸をなでおろしたようだった。
「あれ? そういえば優希は?」
「優希ちゃんは、厨房で皆のタコス用意してるよ。部長は、新生徒儀会長の選挙の会議で遅れるって」
「ああ、2月で引継ぎだもんな」
顔の見えない二人のことを尋ねて、麻雀卓につく。
学校にあるのと同じタイプの雀卓だ。
「いそいそ………ごそごそ…………」
「お待たせしまし…………須賀君、何やってるんです?」
「いや、ちゃんと整備されてるか気になって……どうした?」
台の下の方や洗牌をする部分を何気なく見ていたら、咲と和からものすごい気の毒そうな視線をもらった。
「須賀君………今須賀君はお客さんです。そういうのは気にしなくていいんです」
「いやでも毎回部活で様子見てるとなんか気になっちゃって。
この数日通った雀荘で打った時も、始める前に調べたりして、2件ほど調子悪い台直したらお礼言われたんだけど…………」
「京ちゃん………ごめんね、私たちのせいだね。全部京ちゃんに押し付けてた私たちのせいだね………」
「おい、何でそんなに沈んでるんだ二人とも」
「京太郎………」
雀卓の様子が見える近くの席に座った赤木さんまで、何と言ったらいいか困っているような顔をしていた。
おい、雀卓の具合がどうか気にするのがそんなに悪いのか。泣くぞ。
「おーう京たろ………じゃなくていぬ、じゃなくてご主人様、タコスの到着ですじぇ!」
「おい待てなんで犬って言い直した」
厨房の方から、タコスを積んだ大皿を優希が運んできた。
よし決めた今日こいつだけには絶対に負けん。むしろ飛ばしたる。
とりあえず放課後で小腹は空いているので、タコスはもらうが。
「さて、今日は京太郎が主賓じゃからの。打ちたい面子はおんしが決めてええぞ」
全員がタコスを口にし始めたところで、染谷先輩が頼んでいたコーヒーを持ってきてくれた。
「いただきます。
そうですね、前は一年組で打ちましたし、染谷先輩も入ってもらえますか?」
「おう、構わんぞ。まぁ店が混み過ぎてたら無理じゃが」
「お願いします。そんじゃタコス食い終わったら始めるか。食いながらとかは汚いし」
「ですね」
3,4分ほど、皆でタコスをかじりながらこの数日間の近況を報告しあう。
「そういえば優希、お前タコス自分で作ったのは気に入ってないんだって?」
「気に入ってないって程じゃないけど………なんだか味気なく感じるんだじぇ」
「あー、そりゃまぁあれだ。俺の場合ハギヨシさんに教えてもらったからなぁ。
俺も料理する方じゃないから確かなことは言えないけど、多分あの人そこらの下手な料理人よりよっぽど料理上手いぜ。
教わった時にとったメモ今度持ってきてやるよ、レシピの」
「なぬ! よし今すぐとって来い!」
「人の話を聞け」
「和、牌譜とるのとか量が多くて困ってるんだって?」
「ええ、学校の古いPCじゃ対応しているソフトがあんまりいいのがなくて………結局家に帰ってやった方が速いですね」
「家に自分のパソコンあるの、俺と和だけだっけ?」
「わしも持っとるっちゃあ持っとるんじゃがのぉ。一応店の備品じゃし、私事に使っていいかびみょうじゃけん」
「ああそっか。店のパソコン、部活のために使っていいかはたしかに」
「結果おんしに家に帰ってからもぜーんぶ押し付けちもうたわけじゃ。
まったくいくら頭を下げても下げ足りんわい」
「はは………」
「よし、じゃあ始めるか」
「ちょ、ちょっと待って」
「ん?」
最後の一口を飲み込んだところで配牌を始めると、咲が肩を掴んだ。
「京ちゃん、私には何も質問ないのかな?」
「え、いや昨日けっこう話ししたじゃん」
「そ、そうだけど………」
「昨日?」
和が俺の言葉に反応する。
「昨日はお昼も咲さんは私と話してて、放課後はずっと部活のはずでしたけど………。
須賀君も授業が終わり次第、すぐに飛び出して行ってしまいましたし、いつ話したんです?」
「ああ、昨日咲が夜中にうちに来てさ」
「「「家に?」」」
「うん?」
それを聞いた他のみんなが、声を揃えて食いつく。
何か変なことを言ったかと、コーヒーを飲みながら考える。
「夜中って、何時ごろだじぇ?」
「えーっと、俺がどうフレ再放送見終わってボロボロ泣いてた頃だから、もう11時半すぎてたと思うけど」
「ちょ、京ちゃ………」
「夜中の?」
「日付が変わる頃に?」
「一人で?」
「須賀君「京太郎「犬「の家に?」」」
三人の声がぴったり揃う。優希は許さん。
「あ……そ、その、買い出しの帰りに近くを寄ったから、ちょこーっと話そうかなーって……あはは………」
「咲さん」
「は、はい」
なぜか和相手に敬語になる咲。
「それ、言い訳にしては苦しいです」
「あぅ………」
ただでさえ小さいのに、さらに縮こまる咲。何なんだ一体。
「ま………京太郎、頑張れってことじゃ」
「? はい」
「こいつぜってーわかってねーじぇ」
「ですね」
「?」
一気に場が俺を非難するような空気に変わる。
え、何かしたか俺?
「ま、ええわ。始めるとしようかの。そんじゃ、白引いた奴が一回休みな。あ、そういや赤木さんは打たんでいいんじゃの?」
「ああ、俺はいい。京太郎の打牌を見てるだけでな。ゆっくりくつろいでるさ」
「そうかの」
染谷先輩が雀卓の上に牌を4枚伏せて掻き混ぜて、それを俺を除く女子四人が1枚ずつ取った。
「わっ! 私白だよぉ………」
白を引いてしまった咲が、涙目になってしょげる。
「まぁ何回戦か打つからええじゃろ。咲が最初休みな」
「うう………せっかく一緒に打てると思ったのに………」
そこまで楽しみだったのかと心の中で意外に思いながら、俺は改めて伏せられた4枚の風牌を手にする。
1回戦開始だ。
こないだ人生で初めてタコライス食べたけどおいしかった。
だけどもう少し辛くない方がいいな。