長野県、清澄高校。
今や国民的競技になった麻雀のインターハイ、その団体戦で、初出場ながらに全国ベスト4の記録を残し、その名は一躍有名になった、
大会の終わった12月の今でも、ひっきりなしに取材の依頼が来る。大会終了直後ほどでもないが、週に1回は取材の申し込みが来る。
が、下手に部活の練習時間を削りたくはないので、出来る限り断っている。主に麻雀部唯一の男子部員こと俺、須賀京太郎がその対応をする。
相手も素直に引き下がってはくれないから、断るのには毎回骨が折れる。今日は学校の事務室で、20分も粘ってきた雑誌の編集部からの電話を断らなければならなかった。
事務員さんたちの気の毒そうな視線を受け取りつつ、精も根も尽き果て職員室を後にする。
肩を回し、首をゴキゴキ鳴らして体をほぐす。
体中を血が巡るが、体の倦怠感は去ることはなかった。ここ最近寝不足なのだ。
毎日麻雀部で牌譜を記録し、それを家に帰ってからもいつでも使えるように、PCソフトで整理整頓する作業が残っている。
もちろん俺は一般的な高校生なので、日々の授業で出される課題もやらなければならない。
ここまでならまだ何とかなるが、その後自分でも無理をしていると分かっているが、自分のための麻雀の練習をようやく開始できるのだ。
部員たちの牌譜を見ているだけで、特にデジタルの天使と呼ばれる和の牌譜は勉強になる。
あくまで神がかり的な運などは考慮に入れず、理詰めの麻雀を得意とするからだ。突き詰めれば、一般人でも到達可能な領域ではある。
かといって、見ているだけでは勉強の効果も半減だ。和の打ち方を念頭に置きつつ、深夜のネット麻雀で自分なりの打ち筋といったものを確立しようと頑張る。
しかし特に成長した実感を得られないまま、このところ疲れがずっと抜けないのだった。
「ふあぁ………」
あくびをかみ殺しながら、部室に向かう。すでに部活は始まっている。急がねばならないのだが、今一気乗りがしない。
少しでも目に見える成長の片鱗でもあれば気持ちも楽なのだが、それは叶わなかった。
むしろ頑張って努力するようになってから、以前より成長している実感が薄れた気がする。
そういうことを気にするのは、それだけ麻雀に対して真剣になれたのだという捉え方もできるが、結果が伴わなければ当人の心持ちなど只の自己満足にすぎないはりぼてだ。
だが足は無意識に近いレベルで勝手に部室へ向かってしまう。
やけに立派な両開きのドアの前で深呼吸。こんな辛気臭い顔で、みんなの集中力を削いではいけない。
「よしっ………」
勢いよくドアを開けて、半年前までそうしていたように明るい声を出す。
「すんませぇーん、遅れましたぁー!」
どこか気の抜けた笑みを浮かべて、悪びれた様子もなく明るく部室に入る。
「いやぁー、今日の取材の申し込みはしつこくってぇー。骨が折れましたよー」
笑顔を浮かべて閉じていた目を開く。思っていた通り、みんなは1台しかない麻雀卓を囲んでいた。
一人余っているのは染谷先輩だ。眼鏡の奥にある目を鋭く光らせて、卓を囲む4人の手牌を眺めて牌譜をとる。
あの人は牌譜と記憶を結び付けて麻雀を展開していく人だから、自分で牌譜をつけると言い出したのだろう。
みんなの集中力はすさまじく、誰も俺のことを気に留めてもいなかった。
インターハイが終わっても、麻雀の大会は他にもある。年の初めにあるアマチュア大会に向けて、ここ最近の皆には鬼気迫るものがある。
学生限定ではないから竹井先輩だって出られる。あの人はプロチームの内定をもらえたから、普通は引退するはずのこの時期でもまだ部活に来ている。
一応俺も男子の部個人で大会には出るのだが、きっと1回戦で負けるのは皆の間では暗黙の了解となっていることだろう。
「ん……おお、来たか! 早速タコスたのむじぇ!」
唯一、ドアと向かい合う席に座っていた優希が俺に気付いたようだった。
「はいはい、仰せのままに」
「あ、済みません須賀君。私にもコーヒーをお願いできますか?」
「うぃーす」
「あ、京ちゃん私も」
「へいへい甘めでだな?」
「いつもの」の一言で通じそうな優希の注文に加え、和と咲からも飲み物の催促が来る。
事実いつもやっていることなので、俺は上着を脱いですぐにその作業に取り掛かった。
備え付けの簡易コンロに火を灯そうとする。しかし、何度かカチカチと音がするだけで、火は中々つかない。
「あれ? ガス切れかな?」
ボンベに目をやると、残りガス量の目盛がほぼ0になっていた。
小道具の入った引き出しの中を見るが、替えのボンベは無いようだった。
窓の向こうは今にも雪が降りそうなほどに冷えていたが、仕方なく俺は脱いだばかりの上着にもう一度袖を通し、カバンの中からマフラーを取り出して首に巻く。
「すいません、ガスボンベが空になっちゃってて。急いで買ってきます」
「ん………」 「うん………」 「さっさとたのむじぇ」
対局に集中している皆から帰ってきたのは、そんな気の乗らない返事だけだった。
胸の中を若干重くしつつ、俺は部室の外に出た。
外はかなり寒かった。
長野の12月ということで、度々降って溶け残っては新しく前より高く積もった雪が敷き詰められていた。
異様に濃い灰色の空模様からしても、今夜あたりにもう一度降るだろう。
携帯を取り出して時間表示を見る。時刻は午後5時前。一般の部活動は基本6時までだが、好成績を残した麻雀部には特例として8時までの活動が認められていた。
今日もみんなに付き合って帰れるのは8時を過ぎるだろうから、もしかしたら帰りの時間帯にはもう降り始めているかもしれない。
そう思うと、胸の中の重しが、さらに心にのしかかってくる気がした。
どうせ自分は打たせてもらえないのに、なんでわざわざ皆に付き合わなきゃならないのか………。そんな考えが頭の中をよぎり、苛んできた。
特に竹井先輩。
あの人がプロ内定をもらってからは、インハイ前のようにまた俺の打つ時間が減った。
ほぼ確定しているが厳密には内定をもらえるかもしれない、という立場なので、何か確定へもっていく材料が必要とのことだった。
わかりやすい、アマ大会などでの好成績を残せば、文句なしだ。
竹井先輩は今まで個人戦には興味がないと出てこなかったから、団体戦の戦積しか残していないこともあり、それが一番の材料だった。
『これでやっとあの親から独立できる! これを逃す手はないわ!』
喜々として内定の内定をもらったと部室に乗り込んできたときは、皆が祝福した。無論俺もだ。
めでたいとは今でも思う。大事な時期だとは思う。それに没頭してほしいとも思う。
でも…………
(俺だって、打ちたいっすよ…………)
気づけば身動きの取れない状態だ。
何かやりたいことは見えているのに、様々なしがらみが着いて回って、素直にやりたいと口にすることもできない。
「いやいやいや…………」
これも勉強だと、自分でも納得できるわけのない答えで不穏な考えを無理やり振り切り、アイスバーンで滑りやすくなった道を気をつけて進む。
学校の周り、というかこのあたり一帯は坂道のオンパレードだから、本当に冗談ではなく転んだらそのまま坂道を滑って行って、車が来ても避けれずに轢かれるなんてこともあり得る。
「うわぁ!」
ズザァ! と、そんなことを考えたそばから足を滑らせる。が、幸いにしてその場で尻餅をついただけだった。
「いってぇ!?」
尻に、何かが刺さった。
痛みの走ったあたりを手で触ると、ポケットの中に、何か固いものが入っていた。
涙目になりながら取り出すと、それはいつも持ち歩いているお守りだった。
5年前に亡くなったひいじいちゃんが、亡くなる少し前に俺にくれたものだ。
「清寛寺」と掠れた刺繍の入れられたそのお守りの中には、小さな石が入っている。
ある面だけは磨かれていてとてもきれいなことから、多分墓石のような人為的に手の加えられたものの一部分だろうとはわかる。
でも、何で墓石がお守りの中に入っているのか? そう思って、俺はひいじいちゃんに聞いてみた。
『そいつはな、博打の神様の加護があるのさ。俺の知り合いに、井川っていうこれがまぁめちゃくちゃ麻雀の強い奴がいてな。そいつの死んだ師匠が、その神様だったのさ。無理言って、その墓石の欠片を分けてもらったんだ。こんなしょぼい俺にでも、少しは麻雀の神様のご加護があるんじゃないかってな』
かっかっかと笑いながら、じいちゃんはこの石の自慢をしていた。
後に知ったことだが、その井川というのは、現役プロ雀士の井川ひろゆき7段らしい。
もうあんまり覚えていないが、ひいじいちゃんの葬式に、井川プロも来ていたそうだ。
親から聞いた話で、井川プロは葬式の時俺に向かって「その石を大事にしてくれよ」と笑っていたらしい。
今じゃあ国民的アイドルのプロ雀士のお墨付きのお守りということで、俺は当時からずっとこのお守りを肌身離さず持っている。
が、俺のケツはどうやら守ってくれなかったようだ。
やれやれと息をついて、お守りを前のポケットに入れなおし、俺は坂道を下りて行った。
学校から一番近い雑貨店に着くだけでも、雪に足をとられて20分以上かかった。
今から学校に戻ると、きっと6時ぎりぎりになることだろう。
「まいどありー」
店主の声を背に店の外に出ると、なんと目の前にはもう白い結晶がひらひらと舞っていた。
もう真っ黒になった空から、電灯に照らされて青白く光る雪が降ってくる。
「ふえっくし!」
寒さに負けた俺は仕方なくもう一度店の中に戻り、レジの傍の棚に会った温かいコーンスープを手に取る。
学校までの燃料は、これで足りるだろう。
火傷をしそうなくらい熱いカンを握り締めた俺は、もう一度レジに並ぶ。
すると俺の前に並んで煙草を買っていた客が、目に入った。
背はかなり高い。182センチある俺とほぼ同じ目線だし、男性だろう。
横顔から分かるように、50を過ぎたと思しきしわが顔中に刻まれている。
髪はくすんだ銀髪といった感じで、きっと元から銀髪なのが老化とともにくすんだ白を帯び始めたのだろう。
身なりは一目でこのあたりの人間じゃないと分かった。赤と黒の斑模様、黄色と黒だったら某球団のチームカラーのような感じのシャツの上に、髪の毛と同じような白いジャケットとズボンをはいていた。
地元の人間なら、真冬にこんな格好はしない。
そしてその目。
「――――――ッ!」
その人と目が合った瞬間、俺は自分の意識がどこか遠い場所にぶっ飛んだような感覚を覚えた。
気配、とでもいうのだろうか。その人の気配は、尋常ではなかった。
漫画じゃあるまいし、俺は相手を見ただけで戦慄するとかそういうことは、現実にはないことなんだろうと思っていた。
ただたまに、ほんの時たま似たようなことはあった。
初めて部室で本気の咲を見た時のような、龍門渕や白糸台高校の代表選手のような、化け物と言われる人間を見た時に、ほんの少しだけだけど、恐怖に似た感覚を覚えることはあった。
でも、この人は―――。
この人は違う。何もかもが。纏っている空気も、帯びている気配も。
人ではないと言われても信じてしまいそうな。
全力の咲や咲のお姉さんでも霞んでしまいそうな、圧倒的すぎる存在感。
俺はその場に釘付けになったまま、一歩も動けなかった。
「おい、にいちゃん……」
「え、あ、あ、はいっ!?」
いきなり声をかけられ、背を伸ばして答えてしまう。
「ほら、お前の番だぜ」
「あ、す、すいません」
既にその人は会計を終わらせ、懐からライターを出しつつ、買った煙草を手に出て行ってしまった。
俺は横目でずっとその人のことを追いつつ、会計が済むと店先に駆け足で向かった。
その人はまだすぐそこにいて、店先でタバコを吸って空を眺めていた。
俺は何と話しかけたらいいのかわからず、とりあえず不自然でない程度に傍に行き、買ったばかりのコーンスープを口にした。
「…………煙って(けぶって)いるなぁ、兄ちゃん」
「え?」
向こうから声をかけられてギクリとした。
その人は煙草をくわえたまま、俺を見据えていた。
煙っている。空模様のことかと思い、俺は月も見えない空に目をやった。
「くくく………空でもなきゃ、煙草でもねぇよ。兄ちゃんが、煙っているのさ」
「え?」
いきなりわけのわからないことを言われて、俺は何と言えばいいのかわからなかった。
「見りゃあわかる。俺は兄ちゃんの抱えてる事情なんざ知らねえが…………、兄ちゃんが今煙っちまっていて、色々と見失っていることくらい。自分が何をしたいのか、悩んでいるんじゃないのか?」
「え……………」
心の中を見透かしたようなその発言に、俺は愕然とした。
なぜ、そんなことが。
「なぜ………って、顔だな。本当にみりゃあわかるんだよ。人っていうのは輝きを放つものなんだ。その輝きは、いかに自分の魂が満たされているかで決まる。自分の心が解放されていて、いかに自由で在れるかってことだ。兄ちゃんの心は曇っちまっている。だから兄ちゃんの見た目も煙っちまっているのさ」
「俺の、心…………」
「こんなご時世だ。兄ちゃんくらいの年なら、お受験だの将来何がしたいだので悩むころだろうよ。自分が何をしたいのかもわからず、ただ周囲に理由もなく急かされる。だが…………そんな中でも、兄ちゃんの煙り方は異常だった。まるで、自分がどこにいるのかもわからず、しかもどこで何をするべきなのかもわかっていないんじゃないのかってくらいにな」
「どこで……何を………」
「自慢じゃないが、俺はそういうことからは一番縁遠い場所で生きてきたと思っている。自分が何をしたいのか、わからなくなったことなんて一度もない。やりたいことが増えたことはあれども、なくなったことはない。世間一般に胸を張れない人生だったが、それでも、俺は俺に胸を張れる。俺はこれだけ自分の望むままに生きたぜっ………てな。兄ちゃん…………お前、今の日々を、自分に胸張って自慢できるか?」
俺は頭を思い切り殴られたようなショックを受けた。
自分で自分に胸を張れる人生を、送れているかって?
思い出してみる。特にここ数か月のことを。皆がインターハイを終えた後のことを。
雑事に次ぐ雑事…………ただこの場所に居られるだけで幸運なんだと自分をだまし続けて…………この数か月、辛いとしか感じられなかった。
実力をつけて、胸を張ってみんなの傍に居たいっていう目標こそあれど、それも叶わず皆は俺を置いてぐんぐん成長している。
結局辛いことを全部自分の中にため込んだまま、何もできていない。
「まぁ………こんなのはただの見知らぬオヤジの戯言だ。だから兄ちゃん、こんなどこの馬の骨とも知れねえオヤジのいうことなんざ、忘れてくれて構わねえ………」
「あ…………」
その人はそう言って、学校へ帰る道とは逆方向へ去っていった。
俺はまだその人と話したかったのだが、雪も強くなりそうだったし、急いできた道を戻ることにした。
学校に戻れたのは、6時前どころか、6時半を過ぎていた。
雪は冗談抜きに強くなってきていて、傘が無いと辛いほどだった。
下駄箱のあたりで服に着いた雪と水滴を落として、誰もいなくなった真っ暗な旧校舎の中を進んで、部室へと急ぐ。
「………………?」
するとおかしなことに気が付いた。
いつもならこの時間帯でも、麻雀部のドアの隙間からは光が漏れているはずだ。
しかし、部室前の廊下まで来ても、どこにも光源がない。
非常口を指し示すぼやけた緑の蛍光灯と、ポケットから取り出した携帯の明かりを頼りに進む。
するとやはり部室のドアの隙間からは光は漏れておらず、それどころかドアが閉じられていた。
何かおかしいと、みんなの名前を呼びながらドアを叩く。
ドンドンドン
「おーい、皆? 咲、優希、部長?」
ドンドンドン と、ドアを叩く音だけが廊下に響く。
するといきなり、左手の中の携帯が、ブーブー音を立てて震えた。
「うおっ!?」
真っ暗闇の中でのことだったので、俺はびくっ、と跳びはねてしまった。
溜まっていたメールが来たようで、一気に4通も来ていた。
雑貨店までの道では電波状況が悪く、校舎まで戻ってようやく通じたのだろう。
差出人は、部長と咲だった。
1通目
from 咲
sub 京ちゃん大丈夫。?
本文:今ちょうどはんちゃん1回終わったところだけど、京ちゃんの帰りが遅いのでみんな心配してます。
これを見たら、返信してね。
記号や変換にまだ不慣れな咲のメールの次は、部長からのメール。
次は竹井先輩からだった。
2通目
from 部長
sub 雪降って来たけど
本文:須賀君大丈夫かな? もしもっと降りそうだと思ったら、今日は買い物はいいから急いで帰ってきていいよ。
3通目
from 部長
sub ごめん!
本文:雪が本当に強くなりそうなので、私たちは先に帰ります。
私たちも傘や防寒具がほとんどないので、冗談にならなくなる前に。須賀君の荷物は部室の前に置いとくから、ごめんね!><
そして4通目
これは発信時間を見ても、ちょうどいま送られてきたものらしい。
from 咲
sub 京ちゃん、返事して
本文:京ちゃん、先に帰っちゃって本当にごめんね。返信がないから、みんなずっと心配していました。
私はもう家に着いたけど、京ちゃんはまだ学校だったら行ってね。
京ちゃん傘持ってなかったよね? そしたら傘2本持って迎えに行くから。
ほんとうにごめんね。
「……………」
俺は無言のまま、咲にメールを送った
『大丈夫、ここまで来たら傘あってもなくても変わらねーよ。たぶん自力で帰れる。
店であったかい飲み物買っといて正解だったわ。明日風邪ひいても怒らないでくれよ(笑)』
送信……………。送信完了のメッセージが出る。
足元を見ると、確かに俺のカバンが置かれていた。
俺は扉に背を預け、そのままずるずるとその場に腰を下ろした。
鞄を抱えて、非常口表示のぼやけた緑色に染まった天井を仰ぐ。
「俺…………何やってんだろ」
自然と涙が出てきた。
拭う気にもなれず、無表情のまま涙がボロボロと溢れて止まらない。
別に皆に怒っているわけではない。なんだかもう、悲しいというよりは、疲れてしまったのだ。
誰が悪いとかではなく…………単純に、疲れてしまった。
今日のこの後のことを考える。
(まずは…………家に帰って風呂に入ろう。温まったら、明日の授業の提出物、2つとも終わらせて…………まだ整理しきれてない牌譜整理して……また麻雀やって………)
「………………やだなぁ」
ぽつりと、涙声でそんなつぶやきが漏れた。
さっきのおじさんの言っていたことが思い出される。
『兄ちゃん…………お前、自分で自分に胸を張れるか?』
「ぜんぜん…………張れねえや」
白く煙る息に交じって、俺の嗚咽が響いた。
鼻をすすって、ひくつく喉が泣き声を漏らす。そのまま10分くらい、廊下で一人泣いていた。
幸か不幸かその泣き声は、誰にも聞かれることはなかった。
赤木も死ぬ前に言っていたけどあれですね。
人は破滅に近づいてスリルを味わってから助かりたいのだと。
ハッピーエンドという絶対の保証を自分で用意しておくと、
好みにドストライクな苦境を書きまくることが出来ます。