京太郎&赤木 クロスオーバー   作:五代健治

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京ちゃんイェイ~

最近また書き進めていて、誕生日だからちょっと無理して今日中に投稿したよ。
正直誕生日にこんな目に遭わせてごめん、京ちゃん。


17話 博打の出た目

「はぁ………はぁ……」

 

 5回戦が終了すると同時に、猛烈な眩暈と頭痛が京太郎が襲った。

 今の今まで呼吸を忘れていたかのように、肺が空気を要求し始める。

 汗が体中を滴っており、二枚下に着こんでいるのに上着まで汗でびっしょりだった。

 

(も、もう二度とごめんだ………)

 

 ギャンブルに脳を焼かれる、なんて表現が博打の世界ではあるらしいが、とんでもない。

 今回は、自分の命より大事な皆の名誉のためだから雀士としての人生を張ったのだ。

 もうこんな修羅場、二度とごめんである。

 緊張のあまり、全身の内臓が変になったかのようだ。精神的どころか、物理的に禿げる。

 

(でもこれで……)

 

 これで、勝負前の取り決め通り矢木たちは、咲たちの誹謗中傷を行わない。

 咲たちに土下座して謝り、二度と関わらない。

 もちろん、矢木たちの性格を鑑みれば、心からの謝罪など得られないだろう。

 だが、咲たちの未来を守れるだけでも、京太郎にしてみれば万々歳だ。

 

「お前たち……わかってるよな」

「…………」

 

 息が整ってきた京太郎は、矢木たちに向けて口を開く。

 

「俺の五連勝だ。お前たちは、咲たちに頭を下げて謝ってもらう。俺達に、二度と関わらないでもら――――」

「はぁ? 何の話だ?」

 

 京太郎を遮った矢木の言葉に、京太郎が言葉を失う。

 

「な……ふ、ふざけんな! 人がどうしてここまで命張ったと思っていやがる!?」

「ふざけんなはこっちの台詞だぜ。さっさと支払いを済ませろよ」

「は? 支払い?」

 

 口許に薄笑いを浮かべた矢木に、京太郎は訳が分からないと表情を歪める。

 

「テメーのチョンボで流局だ。満貫払いだから、さっさと4000オール払えよ」

「は―――――?」

 

 矢木の台詞に、京太郎は本当に言葉を失う。

 

「おいおい、見りゃ明らかじゃねぇか? 素人はそんなこともわからねぇのか?」

 

 矢木は、京太郎の目下に倒れたままの手牌を顎で指し。

 

「その手、どう見ても七対子じゃねぇか。誤ロンで、お前のチョンボだ」

「は?」

 

 京太郎は慌てて倒した手牌を確認する。

 

 {②②③③④④66778西西}

 

 どこからどう見ても、{5-8}の両面待ちだ。

 

「馬鹿言え、どう見ても二盃口の{5-8}待ち―――」

「七対子だつってんだろこのド素人!!!!」

「ッ」

 

 バン!! と、矢木が椅子を蹴飛ばして立ち上がる。

 その鬼気迫る表情に、矢木より背丈のある京太郎も気圧される。

 

「言いがかり付けて、チョンボも支払わねぇとなりゃ完全なルール違反だな!

 この勝負は俺らの勝ちってことだ!」

「ふ、ふざけ―――」

 

 ガンッ! と、真横から硬いもので思い切り殴りつけられる。

 吹き飛んだ京太郎が転がって仰向けになると、竜崎がここに来る前の雀荘でもそうしたように、椅子を持ち上げて振り抜いた姿勢でいた。

 

「痛っ………!」

 

 さっきも殴られた傷口を、さらにその上から殴りぬかれた激痛に、京太郎の意識が遠のく。

 

ドゴッ!

 

「おげっ……!」

 

 すかさず腹部に蹴りを入れられ、痛みに呻き、せき込む。

 

「さぁーて、約束は守ってもらうぜ」

「!!」

 

 ゴトリ、 と近くに置かれた重々しい音で、京太郎は何のことか察する。

 腹ばいになったまま逃げようとするが、すぐに背を踏みつけられ、左右から右腕を掴まれる。

 

「馬鹿っ、よせ!?」

 

 必至に身をよじるが、三人がかりで押さえつけられては、いくら京太郎の体格がよかろうと抑え込まれてしまう。

 

「くっそ、暴れんな!」

「馬鹿、2本じゃなくてもう全部やっちまえ!」

 

 バチン と、右手首から先と、親指を除く指四本が固定され、身動きが取れなくなる。

 

「やめ―――――――」

 

 

 

 

(京ちゃん……京ちゃんお願い、無事でいて……!)

 

 タクシーで移動している間、咲は背を丸め、ずっと両手を握り合わせていた。

 ガタガタと震えが生じ、ずっと和が隣で背をさすっても収まる気配はない。

 

(私のせいだ……私が、自分勝手で変な打ち方ばかりしたから……!)

 

 先程目にした、ネット上での自分への中傷記事を思い出す。

 

(もっと……和ちゃんみたいに、普通で、立派な打ち方をしていたら……)

 

 嶺上開花は、咲のアイデンティティーでもある。

 そのおかげでインターハイを戦い抜けたのは確かだ。

 麻雀を嫌い、恐れ、離れていた咲にとって、再び麻雀を楽しいと思わせてくれたのが、姉から教わった嶺上開花だった。

 だが今は、その楽しくてたまらない打ち筋が、咲に大きな後悔として押し寄せていた。

 

 半荘で一位になれない度に、指を二本切り落とす。

 何度言葉にしてみても、意味が分からない。

 なぜ、京太郎はそんな滅茶苦茶な条件で勝負に臨んだのか。

 いや、わかっている。咲たちの為だ。

 

 咲達を侮辱され、どうにも我慢が出来なかった京太郎は、矢木達を勝負の席に着かせるためにそんなバカげた条件を持ち出したのだ。

 いくら侮辱を止めろとただ言葉で要求したところで、矢木のような輩は喜んで声を大きくするだけだ。

 なら、条件を呑ませるには、矢木達がつい勝負の席に着きたくなるような条件を出すしかない。

 指を切り落とさせる。狂った人種を釣るには、狂った餌が必要なのだ。

 

 京太郎は餌を用意した。そして勝負は開始した。してしまった。

 既に京太郎が矢木たちと去ってから、3時間が経過している。

 麻雀に慣れた者同士の半荘5回戦なら、もう終了しても何らおかしくはない。

 つまり、すでに3,4回は京太郎の指が切り落とされる機会があったということだ。

 

「…………!」

 

 そのことを考える度に、ゾワリ と、形容しがたい気持ち悪さが体中に広がる。

 指を切り落とされたところで、人は死にはしない。

 だがごく普通の一般人で、やや臆病な性格の咲にとっては、それが京太郎が死んでしまうようなイメージと結びついてしまう。

 悪いイメージ以外が、浮かんでこない。

 

 ただひたすら、体を縮こまらせて震え、京太郎の無事を懇願するしかない。

 

「着いたぞい」

 

 まこの一言に、うつむいていた顔を上げる。

 まこが支払いを済ませるのも待たず、咲は我先にと外に出る。

 

 前を先導していたタクシーからも、赤木と久が降車する。

 

「ここの4階だ」

 

 赤木が見上げたのは、表面がひび割れた、いかにもオンボロなビルだった。

 外につけられた非常階段の踊り場の一つに、さび付いて色あせた雀荘の看板がある。

 

「京ちゃん……!」

 

 咲が駆け出し、それを残りのメンバーが追う。

 

「はぁ……! はぁ……!」

 

 カンカン と、金属製の非常階段を鳴らし、息を切らして駆け上がる。

 4階に着くころには、もう肩で息をしていた。

 

「咲、落ち着いて!」

「だって、急がないと京ちゃんが――――

 

 

うあぁあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!

 

 

「っ―――――――――!!」

 

 その時、まさに目の前まで迫っていた扉の奥から、悲鳴が聞こえた。

 男の悲鳴。よく知っている、京太郎の声。

 それに気づいた咲たちは絶句し、次の瞬間雀荘の中になだれ込む。

 勢いよく入った咲達へ、雀荘の中にいた数名の人間達の視線が集まる。

 薄暗く、赤みを帯びた照明のせいでよく見えないが、その中に京太郎程背の高い人影は見えない。

 

「おーっと、1分くらい遅かったなぁ?」

 

 矢木が憔悴する咲達を見て、ニマニマと笑みを浮かべた。

 

「きょ、京ちゃんは……」

 

「っ……! うづ、あっ………い〝、ああぁあ………!」

 

 その時、痙攣混じりの嗚咽が耳に入る。

 床にうずくまり、震えている輪郭が目に入る。

 

「…………!」

 

 咲達は声も出せずに、その人影の側に駆け寄った。

 京太郎が、左手を抑えるようにしてうずくまっていた。

 

「京ちゃ……!」

「す、須賀くん……!」

 

 おびただしい量の血が京太郎の手元から零れ落ちていた。

 京太郎の表情は涙と苦痛でぐちゃぐちゃに歪んでいた。

 

 その様子を見て、何が起こってしまったのかを察する。

 

「くっぅ、はっ、はっ………い〝………はぁっ、はぁっ……!」

 

 京太郎は歯を食いしばり、必死に痛みを堪えている。

 咲達のことに気付いているかも定かではない。

 

「京ちゃん! しっかりして京ちゃん!?」

「さ、咲さん、ら、乱暴にしては……」

 

 咲が京太郎の方を掴み呼びかけ、恐怖で体が強張った和が、それを見て弱弱しく止める。

 

「ちょ、ちょっとアンタ、何なんだ!?」

 

 その時、カウンターから店主の面食らった声がした。

 そちらを振り返ると、赤木がカウンターの中に入り、日本酒のビンを手にするところった。

 

「おう、金は後で払うからちょっともらうぜ」

 

 赤木は店主の方は見ずに一升瓶を鷲掴みにすると、京太郎の方へ大股で移動する。

 

「京太郎、痛いだろうが一旦抑えている方の手どけろ。消毒する」

「っ…………!」

 

 京太郎は痛みに呻きながら、左手を抑えていた右手をどける。

 露わになった傷を見て、清澄の部員全員が目をそらし、口元を抑える。

 

 指が四本、親指を除いて途中で切断されていた。

 赤黒い断面が見え、それだけで咲は血の気が引いて倒れそうになった。

 

「おい、お前ら。誰か駄目になってもいいハンカチもってねぇか? 多分かなり痛ぇから、歯を食いしばるように噛ませておいた方がいい」

「は、はい…………」

 

 それを聞いて、咲がおずおずとポケットからハンカチを取り出し、アカギに差し出す。

 

「京太郎、かなり沁みるから、これ噛んどけ」

 

 赤木は京太郎の口にハンカチを押し込むと、今度は自分が手にした一升瓶をラッパ飲みし、口に含んでから京太郎の傷口に吹きかけた。

 

「ぐっ……むぅううううううううううううううううう………!!!!!!!」

 

 ハンカチ越しに、京太郎が痛みに大きく呻く。

 赤木は痛みで傷口を抑えてしまいそうになる京太郎の腕を掴み、押さえつけながら、切り落とされた指を探す。

 

「んで指は……あ、そこか」

 

 赤木は裁断機の上に置かれたままの、京太郎の指を見つける。

 それを見て、優希が吐きそうになりその場にうずくまる。

 

「お前ら。3%だか4%だか忘れたが、そのくらいの濃さの塩水作って、指漬けておけ。救急車が来るまでは冷蔵庫に入れとけ」

「は、はい。ひっ……!」

 

 和が震える手で京太郎の指に手を伸ばすが、ほんの少し指先で触れただけで、恐ろしくて手を引っ込めてしまった。

 

「あー……わかった。俺がやっとくから、お前は京太郎見てろ」

 

 和の様子に溜め息を付くと、赤木が何の物怖じもなく指を拾い上げ、カウンターに持って行く。

 店主が何か言いたげにしていたが、赤木が「うりうり」と手にした京太郎の指を突き出すと、小さく悲鳴を上げて店の奥に引っ込んでしまった。

 

「す、須賀くん。床に寝て、て、手を心臓より、高い位置に置いてください……ゆ、優希は、保冷剤か氷を、タオルで包んで持ってきてください……。あ、頭からも血が……」

 

 和は震える声で、保健体育の授業で習った知識で、それがあっているのかも自信が持ていないまま、とにかくどうにかしようと指示を出す。

 

「わ、わかったじぇ……」

 

 優希は吐きそうなのを堪え、赤木の側を通って冷蔵庫を開ける。

 

「ひ、久、救急車じゃ……」

「え、ええ………!」

 

 まこが裏返った声で久を促し、久が震える手で携帯を落としそうになりながら119番にかけようとする。

 

「だ、駄目です………部長……」

「え?」

 

 しかし通話ボタンを押す直前、京太郎から待ったの声がかかる。

 

「救急車呼んだら……、っ、多分、通報もされて、警察沙汰になって、部長の内定に、影響……」

 

 顔は青ざめ、体中を震わせながら、京太郎は久の方を見て、本気で救急車を呼ばないように呼び掛ける。

 

「ば、馬鹿言ってんじゃないわよ!? その怪我、すぐに病院行かないと、絶対に治んないわよ!?」

 

「いやぁ、いんじゃねぇのそれで?」

「!」

 

 それまで咲達の慌てふためく様子を面白そうに眺めていた矢木が、持て囃すような口調で京太郎に賛同の意を表す。

 

「どぉーせそんな雑魚の指が何本か無くったってよ、プロ雀士様にとっては痛くもかゆくもねーだろ? いいのか~? 全力で隠さないと、普段から取材断りまくってるマスコミが、これ幸いにと群がってくるぜ?」

「アンタ………!」

 

 久が怒りのあまり、矢木に殴りかかろうとするが、それをまこが後ろから必死で止める。

 

「まこ! 止めないで! コイツ、コイツっ………!」

「馬鹿! 口車に乗って、お前本人が暴力沙汰を起こしてどうするんじゃ! それにお前が男3人相手に敵うわけないじゃろうが!?」

 

 まこを振り払おうとする久も、久を必死で止めるまこも、二人とも涙を流しながら叫ぶ。

 

「おいおい、何怒ってんだよ? 負けたら指切り落とせって言って来たのはそこの雑魚だぜ? しかもいざ負けたらこんなのはノーカンだとか喚いて暴れるしよぉ」

 

 その言葉に、咲達の視線が雀卓の上に向けられる。

 卓の上は直前の局が終わった時のままになっている。状況からして、誰かがダブロンで振り込んだ場面ということを、咲達は一瞬で看破する。

 裏ドラも乗っているようだし、これはトビ終了になってもおかしくない一撃だったはずだ。

 

「ち、違う……」

「京ちゃん?」

 

 そのとき、京太郎が弱弱しく声を出す。

 

「お、俺が、二盃口聴牌して、和了ったら……それは七対子だからチョンボだって、言いがかり、つけられて……無理やり…………」

「「「「「っ…………!」」」」」

 

 その言葉に、咲達が激昂する。

 

「このクソ野郎っ!! 自分が負けておいて、よくもそれを京太郎に…………!」

 

 久が顔を真っ赤にし、激怒して叫ぶ。

 

「おいおいひでぇ言いがかりだな。ダブロン振り込んだのはそこの雑魚で、俺は見事に打ち取った方だぜ? なぁぁ?」

「ああ」

「そうそう」

 

 矢木の呼びかけに、竜崎と黒崎が大仰にうなずく。

 そのわざとらしい演技に、咲達の怒りは増々高ぶる。

 

「卑怯者…………!」

 

 咲が涙をボロボロ零しながら、矢木を睨め付ける。

 

「はぁ? おいおいサマ野郎に卑怯者呼ばわりされるたぁ心外だなぁ」

 

 矢木はそんな咲の怒りや悔しさなど気にも留めず、咲を指さして嘲る。

 

「そこでめそめそ泣いてる京ちゃんに言ってやったらどうだ?

 ごめ~ん京ちゃ~ん、私が嶺上でイカサマしてないのまだ信じてたんだ~おバカだね~~?

 それで意地張って指切られちゃったの? さっさとネタばらしすればよかった~~」

「「ぶっははははははは!!」」

 

 矢木が黄色い声で嘲ると、隣の竜崎と黒崎が腹を抱えて笑う。

 

「誰が、イカサマなんか……!」

「いやいやいやいや、通用しませんからぁーそれ? 嶺上あれだけバンバン連発して、イカサマしてないことの方があり得ませんからぁー?」

「っ…………」

 

 咲は押し黙る。

 ネット上に散見されたように、自分の嶺上開花に疑いを持つ人たちは、多くいるのだ。

 いくら自分がやっていないと言っても、当の本人の言葉など、不正を認める発言以外はないものとして扱われる。

 結局世の中では、声が大きい方の主張が真実として扱われるのだ。

 

「あぁどうしよ~。私がイカサマばっかりしてたせいで、だいちゅきな京ちゃんのお手て切られちゃったよぉ~~。でも別に戦力にもなんないからいっかぁ~~~」

「ぎゃはははははは!」

「ひぃっ、はっは! は、腹いてぇ……!」

 

「…………!」

 

 咲は悔しさと羞恥でおかしくなりそうだった。

 違うと否定したい。ズルなんかしていないと叫びたい。でも、通じない。

 京太郎に謝れと怒鳴りたい。同じくらい痛い目に遭わせてやりたい。

 

 でも、咲には何もできない。

 矢木達を黙らせることも、謝らせることも、痛い目に遭わせることも。

 

「ひっ、ぅ…………!」

 

 悔しい。悔しい。悔しい。

 こんな最低の奴らに、自分が必死で頑張ってきた闘牌が、イカサマ呼ばわりされて悔しい。

 京太郎が傷つけられて、悔しい。

 京太郎までもがイカサマ呼ばわりされて、悔しい。

 

「ふざ、けんな…………!」

 

 その時、仰向けになっていた京太郎が、痛みに揺れながらも体を起こす。

 

「取り消せよ、咲を馬鹿にした事…………!」

「あ?」

 

 未だに血が止まらない左手を抑えながら、息も切れ切れに、矢木達を射殺さんばかりに睨み付ける。

 

「取り消せ!!!

 咲はお前らみたいなクズが口にしていい奴じゃねぇんだよ!

 散々イカサマしておいて、3対1で俺みたいなド素人に負けて!

 負けたら幼稚園児でもしないような駄々こねて喚くしかできないクズが!!」

 

「んだと…………!」

 

 矢木たちの頭に血が上り、京太郎の方へ歩みだすが

 

「お前らが下らない暴力で悦に入っている間に、咲達がどれだけ努力したと思ってやがる!!

 イカサマなんて入り込む余地のない、愚直に全力を尽くすしかない勝負の世界で! 一歩間違えれば自分がチームの皆を負けさせちまう恐怖を抱えながら、どれだけ苦しい中を戦い続けたと思ってやがる!!!!」

 

 思わず耳を塞いでしまうような号砲に、足が止まってしまう。

 

「それでも麻雀と向き合い続けて、自分の力で戦い抜いた皆を、お前らみたいなクズが口にするな!! ましてや、咲を…………誰よりも格好良い、俺の一番の憧れの雀士を、馬鹿にするんじゃねぇ!!!!!!!!」

 

 京太郎の砲声が、その場の全員の耳を震わす。

 それを聞いた清澄の全員が、先程までとは違う、胸の奥底から湧き出る感謝の気持ちに涙する。

 

「須賀……くん……」

「京た……ろ……」

 

 ずっと一緒にいた、一度も表舞台に出ることはなかった仲間が、誰よりも自分達の営為を讃えてくれた。

 自分達の軌跡に、憧れてくれていた。

 

「京……ちゃ…………」

 

 咲に至っては、震えて声も出ない。

 涙は相変わらず滂沱として止まらない。だが、流れる意味が全く変わっていた。

 

「…………で? それが?」

 

 だが、そんな感謝の気持ちに満ちた静寂を、粗暴な声が害する。

 

「別に、オメーが憧れるかとか関係ねーっての。何様のつもりだよ」

 

 先程までに比べると声にやや勢いが感じられないが、それでも罵詈雑言は尽きることはない。

 そうだ。自分達にはヤクザという盾が背後にあるのだ。

 同年代の子供が強がろうと、自分達が臆さなければならない理由などどこにもない。

 

「何様…………か」

 

 カラン と、コップを置いた音を伴い、低い声が響き渡る。

 

「あ? やんのかジジイ。今日明日が命日になるぜ?」

 

 切断された京太郎の指の処理を終え、キッチンから出てきた赤木は、悠々とした態度のまま、懐から取り出した煙草に火をつける。

 

「威を借るキツネ……か。まったく、てめぇのジジイの方がなんぼかマシだったぜ?」

「あ? …………じいちゃんの知り合いか?」

「まぁな。向こうは忘れたくて仕方ねーだろうが」

 

 赤木がカラカラと笑うと、矢木達は素性が知れない赤木に対して警戒心を高める。

 

「…………お前ら、こんな風に、負けた方の破滅を賭けた勝負ってのは、初めてか?」

「あ?」

「どうなんだ?」

 

 有無を言わさぬ赤木の態度に、矢木達が目許を歪ませながら答える。

 

「まぁ……さすがにこいつを使ったのは、今日が初めてだがよ」

「は。そんなこったろうと思った」

 

 赤木の見下すような発言に、矢木達が一気に不機嫌になる。

 

「んだと、ジジイ…………指切ってほしいんなら、今すぐやってやってもいいんだぜ!?」

「ああ、それがいいな」

「は?」

 

 間髪入れずに返って来た赤木の答えに、矢木達が間の抜けた声を返すが、赤木はそれを気にもしない。

 もぞもぞと、自分のポケットをいくつかまさぐっている。

 

「だがまぁ、こんなジジイの指切ったところでお前らも楽しくねぇだろ? だからほれ」

 

 バサッ と、ポケットから取り出したものをテーブルの上に置く。

 それは、札束だった。

 

「マジかよっ…………!?」

 

 黒崎がすぐに飛びつき、透かしを確認する。

 

「おいマジかよ本物じゃねぇか………!」

「ほれ、もういっちょ」

 

 赤木はもういくつか札束を取り出し、百万円の束が、合計で4つテーブルの上に重ねられた。

 その光景に、咲達はおろか、大怪我を負っている京太郎ですら唖然としてしまった。

 

「俺とお前ら三人で、半荘一回の勝負をしようぜ。俺が1位になれなかったときは、好きに持って行きな。サマも好きなだけして構わねぇぜ。まぁ現場抑えたらその瞬間チョンボだがよ」

「マジかよ……!」

 

 矢木達は顔を見合わせ、隠しきれない笑みを浮かべる。

 

「で、お前らが負けたら…………指、一人4本ずつ切り落とすぜ」

 

 赤木は、それまでと全く変わらない口調でそう言った。

 指の裁断機を手にして、キコキコと鳴らして具合を確かめる。

 

「んだと…………」

「結構いいレートだと思うぜ? 高校生のお前たち3人の指1本ずつに、100万円支払ってやるって言ってるんだ」

「………ちょ、ちょっと待て」

 

 矢木たちは顔を突き合わせ、小声で話し始める。

 

(おいどうするんだよ?)

(受けるに決まってんだろ! 3対1で勝てば400万だぞ!?)

(しかし流石に指はよ…!)

(バカ! 負けたら金だけ奪って逃げりゃいーんだよ! 律儀に約束守ってやる必要なんざねぇ!)

(そ、それもそうだな)

 

「よし……! その勝負、受けよう!」

「そう来なくっちゃな」

 

 赤木は笑みを浮かべて、雀卓に座る。

 

「あ、赤木さん…………!」

「気にすんな。こいつらがちょっと目に余っただけさ」

「え?」

「いいかガキども…………教えてやる」

 

 そこで、初めて赤木の口調が変わった。

 平然としていた先程までと異なり、重い、重い口調だ。

 赤木と一番付き合いが長い京太郎でも、赤木のこんな声は聞いたことがなかった。

 

「仮にこの国、いや、この世界中の全ての国々を支配するどころか、神の如くあの世まで手にしちまうような、そんな怪物………権力者であろうと、捻じ曲げられねぇんだ」

 

 怒っている。

 赤木の声に込められたその怒気に、声を向けられていない京太郎たちですら慄いた。

 

「そんな奴でも、いずれは死ぬことと…………博打の出た目は……!」

 

 雀卓の上で倒されたままの、京太郎の手牌を前にして、赤木が怒る。

 

「おい、そこのガキ。お前、さっき言っていたよな? 何様だってよ」

「あ? あ、ああ…………」

「ま…………自分から名乗ったことはねぇんだがよ。周りからそう呼ばれちゃ、勝負の意味も分からず、図に乗ったガキどもを見て何もしねぇわけにはいかねぇわな」

 

 

 

「博打の神サマとしてな」 

 




この物語の中で、この話の京ちゃんの心からの叫びをさせたかったというのが結構大きな目標になっていたので、辿り着けて満足。

本当は赤木の闘牌まで入れたかったんだけど、完成がずっと先になってしまうだろうからここでもう投稿してしまう。

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