京太郎&赤木 クロスオーバー   作:五代健治

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この作品中では、清澄はインハイ団体戦優勝は出来なかった設定です。
まだ順位が確定しないからそうしただけだったんだけど、意外に役に立った。


2話 強者にとっての弱者

 次の日の朝

 

「うぐ…………」

 

 朝起きたら、時計の針は8時を回りかけていた。

 大急ぎでパンだけ加えて急いで学校まで走ってきて、ぎりっぎり間に合った。

 

 が、朝起きていきなり走りながらパンを食べたことで、内臓が悲鳴を上げていた。

 昨日も結局、夜中の2時までまだ終わっていない牌譜や学校の課題をやっていた。

 小腹がすいて途中夜食をとったりしたせいで、余計に胃腸のリズムがおかしくなっている気がする。

 

 

「京ちゃん………」

「ん?」

 

 机に突っ伏して、1時間目が始まるまでのわずかな時間でもいいから休息に充てようとしていると、咲から声をかけられた。

 

「ん、おお。おはよ」

「京ちゃん、昨日は本当にごめんね」

「え? ああー………」

 

 昨日吹雪いてる中、俺一人を残して先に帰ったことを言っているのだろう。

 ともかく今は、少しでも休息がほしかったので、さっさと話しを終わらせる。

 

「だいじょーぶだって。それより今はあれだ。遅刻寸前で走ってきたから、休ませてくれ………」

「京ちゃん、ちょっとこっち向いてくれる?」

「んあ?」

 

 机に寝ながら、顔だけ先の方を向ける。

 すると少しドッキリするほどに咲が近くまで俺の顔を覗き込んできた。

 

「な、なに?」

「京ちゃん………ちゃんと寝てる? くま、すごいよ?」

「え? あー………実はちょっと夜更かしした」

 

 いかん、疲れがとうとう顔にも出始めたか。

 

「京ちゃん………最近あんまり麻雀打ってないよね。特に、こないだ和ちゃんに、国士で逆転されてから………。やっぱり、その………」

「その? なんだよ」

 

 咲が沈んだ表情になり、気になって聞いてしまう。

 

「優希ちゃんが、その、姑息だとか卑怯だって言ってたの、気にしてる?」

「……………」

 

 内臓が、ことさらに大きく揺れた気がした。

 ズバリ言い当てられて、すぐさま取り繕うことが出来なかった。

 

「その、京ちゃん! 優希ちゃんも、きっと、京ちゃんとじゃれあうネタがほしかっただけっていうか………その、本気で言ったんじゃないよ!」

「あ、いや、その…………」

 

 それはなんとなくわかる。

 あれは俺を本気で貶めようと思って言ったわけでないと。

 

「京ちゃん。優希ちゃんに、ちゃんと謝らせるから。悪気はなかったとしても、ひどいことを………」

「待て待て待て待て。わざわざそんなことしなくていーよ」

「でも………あの時京ちゃん、凄い我慢してるように見えたし」

「いやま、そりゃそれなりに堪えたけどさ………あいつは覚えてすらいねーだろうし、そんな前のことを謝れって言われても、本人が悪いって思ってないことを謝らせてもそんな謝罪欲しくもねーよ。俺ももう気にしてないし」

「でも」

 

キーンコーンカーンコーン………

 

「あーほら。もう席戻れ。そして何より寝かせてくれ、お願いだから」

「う、うん………」

 

 咲はまだ釈然としない様子で、席に戻っていった。

 とりあえずその後も、この話を切り出されることはなくなった。

 

 

4日後

 

「こぉら、須賀ぁ! おきんか!」

「ふげっ!?」

 

 机に突っ伏していつのまにか寝てしまっていた俺を、国語の先生が文字通りたたき起こす。

 

「うぐ………す、すんません」

 目をこすり、無理やりふらつく頭をまっすぐにとどめる。

 

「お前さぁ、よく提出物忘れた回の授業で堂々と寝れるなぁ?」

「すいません…………」

「昨日何時に寝たんだ?」

「えっと…………3時前くらいです」

「馬鹿、何してたんだ」

「えっと…………本読んだり、ネットとか…………」

「あほかぁ! はよ寝ろ!」

「ほんとすいません…………」

 

 本当にそうだからいいわけが出来なかった。

 昨日は1時過ぎまで牌譜の整理をやった後、1時間ずつ自分の練習のために麻雀の本とネット麻雀をやっていたのだ。

 

「まったく期末前だっちゅうのにお前は………」

「はい、ほんと済みません…………」

 

 俺は心底先生の言う通りだと思いつつ、ぺこぺこ頭を下げることしかできなかった。

 

「京ちゃん…………」

 

 ふと、後ろから先の不安そうな声が聞こえた。

 俺は苦笑いしながら、大丈夫だというように手をひらひら振った。

 

「大体お前部活は入ってないだろ? 放課後に一体何してんだ?」

「いえ、俺麻雀部なんですけど…………」

 

 インターハイベスト4入りの部活が大会が近いということで、麻雀部は学校側が特別に期末テスト前なのに活動を認めてくれていた。

 おかげ期末テストや課題との両立で死にそうな毎日だ。

 

「あ、そうだったのか? インターハイお前も勝ったの?」

「いえ、予選午前の部全敗で足切りされました…………」

 

 周りからの失笑が漏れる。俺自身「はは………」と笑いを漏らしてしまった。

 

「じゃああれだ。お前がそっちに努力しても無駄だから、普通にテスト対策しろ。それにしても宮永は同じ麻雀部だろ? 今のところは宮永は提出物も全部出しているし、お前ももっと見習わんか!」

 

 ガタッ! と、後ろの方で勢い良く椅子を立つ音がした。

 

「京ちゃんはっ、京ちゃんは私たちよりずっと頑張って―――!」

「咲、いいって。授業中」

「でも………!」

 

 咲はまだ何か言いたそうだったが、俺が前を見て姿勢を正すと、やがて座ってくれた。

 先生はさすがにまずいことを言ったかと感じたようだったが、その後何事もなく授業は進んだ。

 

 

 キーンコーンカーンコーン………

 

「はぁ…………」

 

 昼休みになると同時に、俺は麻雀の教本だけ持って、校舎の外に出た。

 相変わらず雪はそこかしこに残っているし、空模様は最悪で、冬にしては下手に気温が高い日だから今にも雪でなく雨が降りそうだ。

 でもだからこそ外には誰もいなくて、一人になりたかった俺にはありがたかった。

 比較的濡れてないベンチに腰掛けて、本を開く。

 

 だがここ数日でさらに強さを増した倦怠感のせいで、まるで内容が頭に入ってこなかった。

 いったん本を閉じて、深呼吸をする。

 

「須賀君」

 

 びくっ として後ろを振り返ると、そこには部長がいた。

 

「あれ、どうしたんですか部長?」

 

 努めて明るい風を装って、俺は返事をした。

 

「それはこっちの台詞よ。こーんな天気の悪い上寒いときに、わざわざ外に出てへこんでる部員を見かけたら、放っておくわけにはいかないわ」

「へこんでる? 俺がですか?」

「そうよ」

 

 そういって部長は人差し指で、俺の瞼の周りをなぞった。

 

「こーんな真っ黒なくま作っちゃって。いつも何時に寝てるの?」

「え…………」

 

 俺は言葉に詰まった。咲に言われた時も自分ではそんな自覚はなかったのだが、そんなに見た目で分かってしまうほど疲労が浮き彫りになっていたのだろうか。

 

「ええっと、それでも昨日は12時過ぎには寝てましたよ? むしろいびきがうるさいって親にたたき起こされました」

 

 わざとおちゃらけて、本当のことを悟られないようにする。

 

「本当? なら、よっぽど日中に疲れているのね…………それ、麻雀の教本?」

「あ、はい」

 

 俺が手に持ってる本を見て、部長が尋ねてきた。

 

「ちょっと見せてよ。どんな本使ってるの?」

「使ってるっていうか、最近ようやくこうやって勉強を始めたばかりなんですけど………」

「いいことじゃないの」

 

 『基礎から始める麻雀の打ち方』というタイトルを確認して、先輩が適当にページを開く。

 

「うわっ、こまっか! どんだけ読み込んでるの?」

 

 本のあちこちにひかれた赤線や書き込みを見て、先輩が驚愕の声を上げる。

 

「読み込むっていうか………とにかく気になったところを片っ端から忘れないように線を引いていったらそうなったっていうか…………」

「須賀君偉いじゃーん! 私もうかうかしてらんないわね。たまにはこういう本買って読んでみようかなぁ。でも悪待ちの本ってなかなかないのよねぇ」

 

 先輩が笑って俺のことを褒めてくれる。

 だが、俺は部長の言葉に引っかかるところがあった。

 

「いや…………部長たちは、もうそんな初心者向けのものは読まなくても大丈夫じゃないっすか?」

「そんなことないよー。私なんてまだまだ弱い弱い。勉強はいくらしたって足りるってことはないのよ」

「…………………嘘つけよ」

「え?」

 

 いけない。頭に浮かんだ言葉がそのまま漏れてしまった。慌てて取り繕う。

 

「またまたぁ、謙遜しちゃって。俺はまだしも、みんなは――――」

「須賀君」

 

 部長が真面目な顔になって、俺の言葉を遮る。

 

「ごめん。私、何か気に障ること言っちゃったかな?」

「え…………いや、気に障るも、そもそも何にも――――」

「須賀君」

 

 もう一度、遮られる。

 

「ごめん、正直に言ってほしいの。部長として情けないけど、私たち、最近須賀君に本当にいろんなことを任せてばっかりじゃない? もし不満とかがあるなら、正直に言っちゃってほしいの」

「いや、だから――――――」

「本当に?」

 

 疑いの目を向けられ、俺は言葉に詰まって息をついた。

 この反応で、そうだと白状をしてしまったようなものだ。

 俺は観念して、今素直に思ったことを口にした。

 

「部長。部長が弱いなんて…………、冗談にしてもたちが悪いっすよ」

「冗談なんかじゃないわよ。私より、強い人なんていくらでもいるわ」

「それはプロとかを含めてですよね? 高校生だけなら、部長たちより強い人なんて全国でもほんの数人だけじゃないですか」

「まぁ…………自画自賛するわけじゃないけど、多分そうかもしれない」

「じゃあ、自分のことを弱いなんて言わないで下さいよ。今更こんな本を見て、勉強しなきゃとか」

 

 俺は先輩の手から本を返してもらって、ぱたぱたと目の前で仰いだ。

 

「それは本当のことだもの。私たちはまだまだ全然勉強不足で――――――」

「嘘つくなよっ!!」

「っ…………!」

 

 先輩の両肩が跳ね上がる。

 俺が怒鳴り声を上げるなんて、予想だにしていなかったのかもしれない。

 

「それだけ強いくせに自分を貶めるようなことを言って、何が面白いんだよ! あんたらみたいな化け物で弱いっていうなら、俺は―――!」

 

 そこまで言って、俺はその後に飛び出しそうになった言葉を必死に堪えた。

 その先を言ったら、取り返しのつかないことになると思ったからだ。

 

「すんません………ちょっと、柄にもなくイライラしちゃいました」

 

 何とか作り上げた笑顔を浮かべて、何でもなかったかのようにふるまう。

 だが部長は、そんな俺の急ごしらえの嘘なんてすぐに看破したのだろう。

 

「す、須賀君、私……」

「あぁーそーだ! すんません、今日はテスト前でどうしても片付けないといけない課題があったんです! 昨日までに整理した牌譜は後で咲に渡しておきますから、今日部活休みます、すみません!」

「ちょっと、須賀君!?」

 

 先輩が引き止めてきたが、俺はそれを無視して校舎に戻った。

 先輩が追いかけてくるより早く、廊下を抜けて階段を上り、人通りのない最上階の一角に出る。

 

「……………あんたたちで弱いっていうなら、俺は――――――」

 

(俺は一体何なんだ。あんたで弱いっていうなら、それより弱い俺は何だっていうんだよ)

 

「ただの雑魚未満………虫けらが良い所じゃねえかよ………」

 

 部長も、咲も和も優希も染谷先輩も、皆俺からすれば雲の上の存在だ。俺が死ぬ寸前まで一生努力しても、今の皆にすら追いつけないだろう。

 そんな人たちと何の因果か俺みたいな凡夫が一緒にいて、才能を見せつけられて、当の本人たちはそれでも自分たちのことをまだ未熟だと評する。

 

 なんて―――みじめだろう。

 

 俺は今、自分の中にわかだまっていた黒い感情の原因を察した。

 多分、みんなが―――強者であるくせに、強者として振舞わないから。

 

 美徳なまでにひたむきで努力家で、それは構わない。

 あの龍門渕のお嬢様、龍門渕透華といっただろうか? 彼女のように、自分が強者であることを自覚し、それらしく振舞ってくれるならどんなに気が楽だったろう。

 

 みんなは自分の未熟さを常に意識して言葉にするのが大事だと考えているのだろうが、その意味を理解していない。

 それは、自分達より弱いすべての人間に対する、最大級の侮辱なのだと。

 

 ずきずきと痛む胸を抑えて、俺はその場で腰を下ろした。

 もうすぐ昼休みも終わりのはずだが、昼食は摂る気になれなかった。

 食欲など、一切しない。

 ただ今は、このどうしようもなくみじめな気持ちを、どこかにやってしまいたかった。

 窓の外では、今にも纏わり付いてきそうな沈んだ天気が、ずっとそこに停滞していた。




負けたらそれは自分が弱いせいだと自罰的になるのは個人競技ならいいけど、団体戦なら考えものですよね。
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