というわけで某所で挟み込めなかったネタ。
生者の存在しない地獄。
そこでは生前犯した罪を償う名目で、数百年の責め苦を味わう亡者の悲鳴が絶えることは無い。
それは地獄で最も静かな場所、閻魔大王の役職にある者の執務室でも変わらなかった。
豪華絢爛な、しかし禍々しい彫刻の彫られた扉の向こうからは何重にも重ねられた悲鳴が聞こえてくる。
が、勝負の白熱したこの時ばかりは、室内の誰もそんなものは耳に入らない。
「クカカ……! 槓!」
「ロン リーチ槍槓ドラ4。裏4でお前のトビだ」
「なぁにぃ!?」
オールバックの白髪を背中まで伸ばした老人が、対面の席に座ったこれまた白髪のツンツン頭の老人に直撃をとられ、怒りに吠えていた。
「がああっ!! くそっくそっ! なぜ勝ち越せんのじゃあああ!!」
「わ、鷲巣様! 落ち着いてください!」
鷲巣巌。
かつて戦後の日本を支配した、実質的な日本の王と呼ばれた男。
1度瀕死の状態で地獄に半分落ちた時にクーデターを起こし、当時の閻魔大王すら平手打ちで吹き飛ばしたこの男は、天寿を全うして地獄に来た際、再びクーデターを起こして地獄を瞬く間に占領した。
そして神々との交渉の末、100年間当代の閻魔大王としての任期を終えれば人間界にもう一度生まれ変わることが出来るという契約を交わしていた。
その数十年後に地獄へやって来た、生前彼の付き人をしていた男たちは閻魔大王となった彼と対面して、それこそ残された魂すら吹き飛ばされかねない衝撃を受けたとか。
彼らは揃って彼らの主人に死者の罪の公平な裁量などできるのか心配していたが、思いの外鷲巣は公平なことで神々からの評判は悪くなかった。
生前の彼は若者の命を奪うなど残虐非道な行いをしていたが、それはそもそも老いて死ぬことへの恐怖で発狂してしまったからであった。
元来の彼は善人などではないが、決して悪人ではなかったのだ。
そんな鷲巣の裁量により、彼らの部下は今もなお鷲巣の小間使いとして働き、死者の味わう拷問の数々を免除してもらっている。
ただし主人の気分が悪い時はその限りではないが。
「だーから言っただろ? 全盛期同士の俺達ならともかく、死ぬ前の姿同士の俺達じゃ勝率は五分五分程度で決着なんかつかねえよ」
憤る鷲巣の体面に座る男は、赤木しげる。
十数年前にあの世にやって来た彼は天国か地獄か、どちらに向かわせるかで神々の議論を呼んだ。
数々の違法賭博は誰もが知るところだが、彼が破滅させてきた人間はほとんどがヤクザなどの悪人。
彼が代打ちで救って来た人間の中には、得た金を元手に商売を興し、戦後の日本の復興に貢献した者もいる。
さぁ困ったぞというところで、鷲巣からの熱狂的な地獄へ向かわせろという要請があり、結局地獄行きとなったのだった。
今はこうして日々鷲巣の勝負相手をさせられながら、地獄に落ちた中でも転生させてもよさそうな人間を見出す仕事を担っている。
善人ではなくとも、ある種の才能やカリスマを持った人材を見出す能力に赤木は秀でていた。
「さて約束だ。ちっとばかし生き返ってくるぜ」
「簡単に言ってくれる……! またあのうるさい神どもから小言が降ってくるわい…………!」
「そんなもん耳を貸さないのがお前だろう」
「無論だ馬鹿者!」
「ははは」
恨みつらみを吐く鷲巣を軽くあしらいながら、金銭などの人間界で必要なものを赤木が用意し始める。
「で、今回はどこに向かうんだ」
「こないだと同じさ。長野の清澄ってとこだ」
「あのあたりにそんな面白い場所があるのか? ちんけなヤクザの組と、同じくちんけな賭場があるくらいだったと思うが?」
「そう思ってこないだも歌舞伎町辺りに行こうと思ったんだがな、地獄を出た途端すげぇ力でいきなり引っ張られちまったのさ。理由はわからんが……結構面白そうなものも見つけられた」
「ほう? お前が褒めるほど腕の立つ人材がそんな田舎にいたのか?」
「くくく…………その正反対さ」
「は?」
「風前の灯火…………今にも消えちまいそうな、ただの三流さ」
鷲巣には一生その面白さが分からない類の人種さと嘯きながら、煙草を咥えた赤木は閻魔の執務室を出ていった。
鷲巣って絶対地獄に行った後もなんかやらかすと思う。