行動するのが大事で、結果はどうでもいいんですぅー
「すいません、お風呂を貸してくれただけでもありがたいのに、服まで………」
旅館の仲居さんが俺の服を洗濯してくれている間、俺はおじさんの服を借りていた。
俺やおじさんの体形に合う旅館の浴衣がなかったため、おじさんが気を利かせてくれたのだ。
「はは、中々にあってるじゃないか」
「そ、そうっすか?」
真っ黒なシャツというのは着たことが無かったが、こんな俺でも引き締まって見えるのだから不思議だ。
おじさんのまねをしてシャツの襟をわざと立ててみようとちょっと試してみたが、あまりにも格好つけすぎているのでやめておいた。ちょっと恥ずかしい。
「やっと年相応な面になったな」
「え?」
鏡の前で、襟をいじって照れていた俺を見て、煙草をくわえたおじさんが笑う。
どうやらそれが最後の1本だったようで、箱はくしゃりと握りつぶしてしまった。
「さっきよりはずいぶんましな顔になった。年相応のガキの顔だ」
「そ、そうっすか…………」
恥ずかしいやらなんやらで、俺はおじさんの方に正座して向き直る。
「え、えっと、俺、須賀京太郎って言います。おじさんは………?」
「俺か? 俺は赤木…………赤木しげるだ」
赤木さん。そう名乗ったおじさんは、部屋の隅に置いてあった座布団を俺によこした。
「あ、ありがとうございます」
お礼を言って、座布団の上に座る。
畳の濃い香りが漂う部屋に、赤木さんの煙草の臭いが強くなっていく。
「ああ、煙草は苦手だったかい。だが悪いな、これが今ある最後の一本だから、吸い切らしてくれ」
「は、はい」
別に煙草はどうでもよかったのだが、赤木さんの気づかいに緊張してしまう。
「くくく………取って食おうってわけじゃねぇ、そう固くなるな」
「は、はい………」
そんな俺の戸惑いすら見透かしたかのように、赤木さんは笑って気を利かせてくれる。
そのまま何度か煙を吐いて、雨音だけが聞こえてくる時間が続いた。
「ん………待たせたな」
赤木さんが短くなった煙草を灰皿に押し付け、俺と向き合う。
「この雨で散歩にもいけねぇし、せめて煙草だけ買いに行こうとしたらお前さんが居たんでな。まぁ、ジジイの暇つぶしに付き合わされてると思ってくれて結構だ」
「いえ、そんな………! 赤木さんが来てくれなかったら、あのまま濡れて風邪ひいてただろうし………」
スッ
その時、部屋のふすまが開けられて、仲居さんがやって来た。
「お邪魔いたします。お飲み物をお持ちいたしました」
「おう、ご苦労さん」
仲居さんは、湯気の出るような熱いお茶を俺の前に置いて、赤木さんの前にはビールの小瓶とコップを置いた。
「ああ、姉ちゃん。この、フグ刺し頼めるか?」
赤木さんがルームサービスのメニューを指さしながら尋ねる。
「申し訳ありません、最近は天気が良くなくて、業者も来れなくて御品切れとなっております」
「そうかい(´・ω・`)」
赤木さんはとても残念そうな顔をした後、ビール瓶を開けた。
「京太郎、酒はイケる方か?」
「い、いやっ、俺未成年すから!? ばれたら部活の皆にも、迷惑が…………」
赤木さんの冗談めかした問いかけに、俺は跳び上がって答えた。
そしてその言葉尻が、沈んでいく。
「部活の連中が、どうかしたのか?」
「えっと…………」
「構わねぇ。どうせ俺しか聞いていないんだ、遠慮なくぶちまけちまえ」
俺は机の上のお茶を飲まず、うつむいたままポツリポツリと話し出した。
「赤木さん。清澄高校って知ってますか?」
「すまん、俺は世間一般のことに疎くてな」
「すぐそこの高校で、そこの麻雀部は滅茶苦茶強いんです。初出場で、インターハイベスト4とかやってのけちゃうくらいに」
「へぇ、そりゃすごそうだ」
かかか、と赤木さんが軽い笑い声を上げる。
「男子が俺一人、それと女子五名のたった六人だけの部活なんすけど……。あいつらは、本当に化け物じみた強さなんです」
「お前さんはどうなんだい。それなりに、腕に自信はあるのか?」
「いえ、全然……………」
膝の上に置いた拳を握り締める。
「俺は、麻雀初めて1年も経っていないんですけど………全然だめです。多分条件が同じでも、そこらの学校の麻雀部の部員より弱いと思います。いっそ、笑える程に才能がなくて………」
掌に、握り締めた手の爪が食い込む。
「努力は、正直めちゃくちゃしてるって言えると思うんです。毎日あいつらの傍にいてその牌譜をとって、強い人たちの打ち方をこの目で見て感じて、家に帰ってからも、毎日2時間以上自分で勉強して、夜遅くまで頑張って…………」
胸の痛みが再びよみがえる。最近の辛いとしか感じられない日々が、頭の中一杯にフラッシュバックする。
「なのに、あいつらは、俺なんか置いてどんどんさらに強くなっていくんですよ………。
人が100メートル走を律儀に頑張ってるときに、タクシー使って真横を追い抜かれていく感じで………。
でも、別にそれはいいんです。その手伝いは正直、辛いっすけど………、ある意味それも幸運なことだと思えるんです。でも…………」
「でも………何だ?」
「でもあいつらは…………そんだけ急成長していく自分たちを、弱いっていうんです………。
元から化け物じみてるくせに、最近はさらに強くなって………それでも、まだまだ弱い、まだまだ勉強しなきゃって………。
それで………そんなあいつらを傍で見ていて、じゃあ、お前たちより弱い俺は何なんだよって………思い始めたんです」
視界が、涙で歪む。
「お前たちで弱いっていうなら………じゃあ、俺はただの雑魚じゃないかって。
そりゃ、もともと俺は雑魚っすよ。あいつらが一流じゃなくて二流なら、俺は三流どころか五流っすよ。
でも、あいつらだけがさらに強くなっていって、それを傍で見せつけられて、自分たちは弱い弱いって、ずっとこき下ろされて………みじめで………!」
ポタリ、と膝の上で握り締めた拳の上に、涙が落ちた。
赤木さんは、何も言わずにビールをもう一杯、コップに注いでいた。
「……………それが、お前の煙っちまってる原因かい?」
「……………」
俺は黙ったまま頷いた。
赤木さんは、注いだばかりのビールを一口飲み、コップを置いてしばらく黙った。
「おかしいな…………」
「え?」
「俺の中だとな………努力してる時点で、そいつは輝くものなんだよ。
能力のない人間は能力のないなりに、自分に発揮できる能力全て出し切ればよ。そりゃあそれで幸せといえる。
だがお前は輝いていない。
何か叶えたい望みがあって、それに向かって動けるだけで、人は幸せなはずなんだ………京太郎」
「は、はい」
「お前ひょっとして、努力を憎んでしかいないんじゃないか?」
「え…………」
「お前の場合、とにかく動いてみながら、あがいてみながらも………同時に、自分に足枷をはめちまってるんじゃあないか………?
じゃあその足枷とは何か………恐らく、その動こうとする努力自体を憎んじまっていること………努力に何の価値も見出そうともしていない。
本来命を輝かせるための動き、あがきを………逆に捉えてるんだ」
「逆?」
「お前の話を聞いているとどうも………お前は、努力に結果を求めすぎているように感じる。
わからなくもない………あれだけ努力したんだ、だから当然、その対価は得て当然だ………と、そんな風に考えたくなるのはわかる。
けど………それが強すぎるんだ。成功……繁栄………そんなものに目が行き過ぎて、結果の実らない努力を、辛さだけ押し付けてくる努力を、憎んじまってる………!」
俺は、赤木さんの言葉を聞いて、自分に訊いてみた。
お前は、何のために努力しているんだ?
(もちろん―――強くなりたい。
強くなって、あいつらの隣にいて、恥ずかしくないくらいになりたいって―――)
「だって…………」
「ん?」
「だって………そんなの、当たり前じゃないですか!
あいつらの傍にいて恥ずかしくないくらい強くなりたいっ、そう思って努力してるのに、実りのないまま、あいつらは俺を置いて行って、もっと強くなって………。
努力してもしなくても変わんなくて………じゃあ、そんなのただの苦でしかないって考えるのは、当たり前でしょ………?」
「普通は、そうなんだろうよ。だがそれは悪癖だ。よくある、多くの人間が抱えている悪癖だっ………!
確実な対価がなけりゃ、自分から何かをしようって気すら起きないのか?
だったらナマケモノみたいに、一日中ゴロゴロしてりゃあ幸せか? 違うだろう?
お前の求めるものは、お前しか知らないんだからっ………!
お前以外に、お前にそれを上げようとしてやれる奴なんていないんだっ………!」
「ぐっ……」
赤木さんの言葉に、俺は言い返せなかった。
その通りだ。もし俺が俺の望むものを手に入れようとしたら、それは俺にしかできないことなんだ。
毎日無為に過ごしていて、ある日突然強くなれるなんてあるはずがない。
「そりゃあ、誰だって傷つくのは嫌だ。嫌だって感じるのは構わないし、むしろそれが正常だ………が、そこで腐ったまま終わっちゃあいけない」
「え?」
「いいんだよ、いくら傷ついたって………。
大体、お前の知っているその部活の仲間たちは、何の苦労もなく、ただ才能だけで偉業を成し遂げたもんなのか?」
「いえ………、努力しています」
「だろう? 誰だって、努力には傷つけられるものなんだ………。その傷を、次へ進む一歩の素と出来た者が、偉業を成し遂げられるんだ………。
歴史上で偉人と呼ばれる連中だってそうだ。
最初から成功だけ続けて、素直に無難に生き続けてそう呼ばれるようになった奴なんていやしない。
お前はそんな偉業に、たったの1年足らずで追いすがろうとしている………。
そりゃあ傷つくさ………。尋常ではないほどに傷ついてしまいもするだろうさ………。
だから、まだ決めつけるなよ………疑ってやるな………」
「え?」
「自分がこのまま、追いつきたい相手の元にたどり着けないで終わるなんてよ………考えるな。
今のお前の傷つきは、その心配によって引き起こされるんだ………。
本来傷つかないでいいところを、さらに余分に、過剰なまでに傷つく深みにはまっちまっている………。
その心配という靄に囚われ、霞んじまってるんだ………それに………」
「それに…………?」
「いいじゃないか…………!
もし努力が何一つ結果に結びつかなくったって、すべてが失敗に終わったって………!」
「な…………」
俺はその言葉に反応して、食いついた。
「何で、そんなのっ、めちゃくちゃだ……!」
身振り手振り加えて、自分の中の感情を吐き出す。
「だって失敗したら、何にもならないじゃないですか!
その、次の一歩につなげるとか、せめてそれにすらならないんじゃ、それこそ本当に努力する意味なんてないっ………!
ただ辛いだけで終わるなんて、そんなのっ、赤木さんだっていやでしょう………!?」
「くくく………まぁ、確かにそうだ。ないよりは、あった方がいいわな………」
「でしょう!?」
「だが、それは本当に、ないよりはましってだけの話なんだ……」
「え…………?」
赤木さんはコップの中の最後の一口を飲み干し、笑って言った。
「ただ……やってみようと、動いてみるだけでいいんだ。
何かをやってみようと、熱意を持って行動に踏み切ることっ………これが一番大事なことなんだ。
そりゃあ、成功したい気持ちだってわかる。
練習したなら、その分の力、実力………そんな見返りを求める気持ちもわかるっ………!
だけどよ、それってそんなに必要なことか?
お前は必死で努力したんだ。欲しいものがあって、そのために動いた。しかもその欲しいものが、他人のためと来た。上等すぎるぜ」
「……それ、じゃあ…………」
「ん?」
「それじゃあ………駄目なんです。
努力したとか……そんなこと…………免罪符にはなりゃしない…………。弱いままってことに……変わりは無くて……あいつらに、恥をかかせてしまうのは…………」
「おいおい、そりゃ気を遣い過ぎってもんだ。そこまで気にしてやる必要があるのかよ?」
困ったような笑みを浮かべる赤木さんに、俺は頭を横に振る。
「赤木さんには、わからないですよ…………。誰ともつるもうとしなかったって、自分で言うくらいの赤木さんには…………誰かの負担になりたくない気持ちが、わからない……!」
失礼極まりないことを口にする。
だが、俺の中には絶対に譲れない意地が、いや、恐怖があった。
「自分のせいで…………自分の大事な人たちが、周りから悪く言われることの辛さが……わからない。皆はきっと、そんなことは気にしないって、言ってくれるだろうけど…………それじゃあ、だめなんです」
新人戦が近づくにつれて大きくなっていった、ある『恐れ』。
新人戦で、みんなはきっとまたいい成績を残せるだろう。インターハイベスト4の部の名に恥じぬ、立派な成績を。
その時、俺が夏のインハイ予選みたいに惨敗していたら?
みんなのこれまでの努力に、これ以上泥を塗ってしまったら?
そんな場面を少しでも思い浮かべるだけで、震えが止まらない。
「自分の憧れが、自分のせいで後ろ指を指されていて…………それを、みんなの言葉に甘えて見ぬ振りなんて…………俺には、出来ない…………!」
他人のために努力した。それは立派かもしれないけれど、それで自分が皆の足を引っ張っている事実が無くなるわけじゃない。
だったら自分が強くなるしかない。そこには努力に伴う結果が、何としても必要なのだ。
「…………京太郎。
俺ぁ、お前を見くびってた。そこいらの人間じゃあ…………ましてや俺なんか到底無理さ。
そこまで他人のためにどデカい熱を持って、そんなボロボロになるまで進めた人間なんて、見たことがねぇ。立派も立派…………頭が下がる思いだ」
赤木さんは俺を珍しい動物か何かを見るような笑みを浮かべた後、後頭部を押さえて本当に頭を下げた。
「だがよ、京太郎…………」
「お前、誰の味方なんだ?」
「え?」
「大事な連中の汚点になりたくないのもわかった。そのために努力してるのもわかった。
だがずっと聞いてた中でよ…………お前の味方を、自分から潰しちまってるのはなぜだ?」
「俺の、味方…………?」
「お前を肯定してくれる人間が、お前も含めていないんだよ。むしろお前の大事な連中は、気にしなくていいとか言ってくれるような奴らなんだろう?
大事なそいつらの言葉すら無視してまで、お前が率先してお前自身を汚点呼ばわりしているのはなぜだ?
なぜわざわざ、自分から熱を失くし、心が折れるような状況に追い込もうとする?
そんなことしなくても、一緒にいればいいじゃないか………お前が居たい相手と一緒に。そうしたいのなら………!
実力がなくたって………、どこの馬の骨とも知れない赤の他人から、指をさされて笑われようと………。望んだ結果でなくとも、お前は努力をしたんだ。
いいか? 完璧な成功なんて、追っかけなくったっていいんだ。
無駄になってもいい…………一番最初に、自分の望むものを決めて、それを追いかけようと尽力したなら…………それだけでいいんだよ。事の成否なんて、考えるな。
ましてや、叶わなかったからといって自分を責める必要なんか、どこにもねぇ」
「ぐっ……でも……それじゃあ結局……!」
「いいか? 成功を目指すなと、最初から諦めろと言うんじゃない。
その成否に思い煩い過ぎて、前へと進む熱を失ってしまうこと………命を輝かせる機会を端から完全に失うこと、これが一番まずい」
瓶の中にわずかに残った、一、二口分のビールをコップにつぎ、俺に渡してくる。
「いいじゃないか…………! 三流どころか、五流だって………! そうやって熱くいられれば、それだけで十分じゃあないか………!
怖がらなくっていいんだ……ただまっすぐ、自分の欲しいものがあるなら、それに向かうだけで………。
ただ傷つくだけで終わることはあるかもしれないさ……だけどよ、今のお前みたいに、自分で自分を責め続けて、必要以上に傷を負う必要なんてありゃしねぇ…………!」
「ッ…………!」
俺は赤木さんの手からコップをひったくり、そのわずかな量のビールを飲み干した。
「げほっ、けほっ! ぐっ………うっ………」
「お前はお前で、自分を朧にしちまってる………。
もういい加減、自分を褒めてやれよ…………そんだけ無茶な目標立てて、よく折れずに努力を続けられているなって………!
ここまで傷つく程、それだけ頑張ったんだなって…………!」
「うっ…………!」
自分の膝に突っ伏すような姿で、涙をボロボロ流す。
正直、赤木さんの言い分全てを正しいと思うことはできない。
でも、そうやって努力しているだけで、その価値を認めてくれる人がいるというのは、この上なく心が救われた。
今まで自分がどれだけ自分を傷つけ続けて来たのか、鏡を見せられた気持ちだった。
「羨ましいもんさ。そうやって、自分以外の誰かのために頑張れるってのは………。
俺は………こんなジジイになるまで、友達って存在のありがたさに、最後の最後まで気付けなかった………だから、お前があったかく思えるさ」
「いい生き方してるじゃねぇかよ、京太郎」
「うっ………うああ……あ……うあああああああ…………!」
そのままずっと、俺は本当に久々の感謝の涙を流し続けていた。
清書段階で後付けで加えたセリフもあるからなんだけど、京ちゃんの行動が一貫していない気がしてならない。
あと単純に福本作品に似せようとすると「…」多すぎて読みづらい。
割と早い段階で解決に向かったけど、もっとつらい時期が長く続く展開を望んでた人はごめん。