京太郎&赤木 クロスオーバー   作:五代健治

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土日に研究室にUSB忘れて更新できなかったよ。




6話 『清澄高校麻雀部』、再出発

 どれだけ泣き続けていただろうか。

 目を腫れ上がっているのが、自分で分かる。

 赤木さんはその間、ただ静かに待っていてくれた。

 

「すんません………勝手に一人で泣いてて………」

「構わねぇよ。言ったはずだぜ、ただのジジイの暇つぶしだって」

 

「失礼いたします」

 

すっ

 

 ふすまが開いて、仲居さんが再びやって来た。

 両腕に、俺の制服とコートが抱えられている。

 

「本当はクリーニングにお出しするのが一番いいのですが、流石に叶いませんで………。ボイラー室で、急いで乾かしました。それと、こちらはポケットに入っていたものです」

「あ、ありがとうございます」

 

 クリーニングじゃなかろうが何だろうが、俺にとっては服を乾かしてくれるだけでありがたかった。

 若干生乾きだが、この雨の中なら傘を差しても幾らかは濡れてしまうことは避けようがないので、気にならなかった。

 

「えっと、すいません。お客じゃないのにここまでしてもらった上に図々しいんですけど………、出来れば傘を貸してもらえないでしょうか?」

「いえ、構いませんよ。清澄の生徒さんですよね? また今度返していただければ結構です」

「すいません。ありがとうございます」

 

 丁寧に一々頭を下げてくる仲居さんにつられて、俺も頭を下げてしまう。

 お辞儀合戦を繰り広げる俺たちを、赤木さんは面白そうに見ていた。

 仲居さんが去ると、俺は部屋の奥の方でもう一度着替えて、自分の本来の服に戻った。

 赤木さんの服も格好よかったので少し名残惜しかったが、まさかこのまま着て帰るわけにもいかない。

 

「それ………」

「え?」

「いや、そのお守り見せてくれねぇか?」

「あ、はい」

 

 机の上に乗せられたまだ生乾きのハンカチ、生徒手帳、お守りを見て、赤木さんが『清寛寺』と刺繍の入ったお守りを指さしていた。

 

「そのお寺の名前、知ってるんですか?」

「ああ。昔そりゃあ世話になってな………これは、石か?」

「ええ。ひいじいちゃんにもらったんですけど、何でも博打の神様って呼ばれた人の墓石の欠片なんだそうです。ご利益はあんまりないみたいですけど………」

「ああ………だからか………」

「?」

「いや、何でもない。ほれ」

 

 赤木さんは少しうれしそうな微笑みを浮かべると、俺にお守りを返してくれた。

 

「赤木さん、ありがとうございました。少なくとも、さっきまでよりは気が楽になりました」

「そうかい」

 

 俺は部屋に貼ってあったバスの時刻表を見て(赤木さんは時刻表が部屋の中にあったことに気づかなかったらしい)、学校行きのバスがあと5分ぐらいで来ることを確認した。

 これに乗れば、6時過ぎには学校に着くだろう。

 

「これから部室に行って、みんなといろいろ話そうと思います」

「そうか…………よし」

「?」

 

 そういって赤木さんは、のっそりと立ち上がった。

 

「俺もつれて行ってくれ。麻雀を見たい気分でな」

「え!? あ、いや、それは…………」

 

 俺は困惑した。部外者が学校に入れるものなのか?

 いや、取材か何かだと言えば入るだけならできるかもしれない。でも、赤木さんが部室に現れたらみんなは何というだろう?

 

「無理なら構わんが…………」

「い、いえ。やるだけはやってみます」

 

 

「案外すんなり通れたもんだな」

「すんなりっていうか………」

 

 20分後、俺と赤木さんはバスを使ったおかげで大して濡れることなく、学校に戻ってこれた。

 とりあえず最初に思い付いた無難な嘘として、適当な麻雀雑誌の取材の方だと事務員さんには言ってみた。

 事務員さんは赤木さんを見た途端にビビってしまい、無言でコクコク頷いて入校証を渡してくれた。

 今俺の隣にいるのは、『近代麻雀』の赤木さんということになっている。

 放課後でほとんど人がいないから誰とも会うことはなかったが、よく知っているこの校舎を赤木さんと歩くのはすごく奇妙な感覚だった。

 

「そういやぁ、高校っていう場所に来るのは初めてだな」

「え?」

「俺は中学も中退して、博打の腕一本だけで生きてきたからよ。一番やったのは麻雀だな。で、お勉強とはついぞ縁がなかった」

「へ、へぇ…………」

 

 ひょっとすると、俺はかなり危ない人を招いてしまっているのではなかろうか?

 どうやって会話したらいいものか悩んでいると、あっというまに部室前までついてしまった。

 咲たちに、何と言えばいいのだろう。

 何事もなかったかのように入って、皆に混ざるのは叶わないだろう。

 とにかく、思っていたことをすべてぶちまけてしまおう。

 覚悟を決めて、俺は部室のドアをノックした。

 

 

 

「………部長」

「……………………」

「部長!」

 

 和の呼びかけにはっとして、久が顔を上げる。

 

「あ、ああ、ごめんなさい。えっと…………」 

 

 部室の中は、お通夜のような空気に沈みこんでいた。

 久は度々うわの空になり、打牌にも思い切りの良さがなく、縮こまっていた。

 

「それ、ロンです。3900」

「あちゃあ…………」

 

 そのくせ、振り込む頻度もなかなかに高かった。

 いつもの久なら待ちを躱した上、逆に悪牌待ちで安い手でも絡めとっていたはずだ。

 

「久、せめて対局中だけは京太郎のことは忘れい」

「ごめんまこ。頭ではわかっているんだけどね………」

 

 少しでもぼうっとしてしまうと、昼間の京太郎の今にも泣きそうな顔を思い出す。

 

『あんたらみたいな化け物で弱いっていうなら、俺は―――!』

「っ―――!」

 

 手足の筋肉が引きつるような感覚を覚える。

 否が応でも、自分は今まで京太郎のことを軽視していたのだという事実を突きつけられる。

 

コンコン

 

「?」

「誰でしょう? こんな微妙な時間に」

 

 時計の針は6時を過ぎていた。

 

「あの………すいません」

「京ちゃん!」

「須賀君!」

 

 そろりと少しだけ開けられたドアの隙間から申し訳なさそうに顔をのぞかせたのは、京太郎だった。泣いた跡と疲労から来るくまで、目の周りは大変なことになっている。

 

「えっと、今、俺が入っても大丈夫でしょうか………?」

「いいに決まってるよ、ほら!」

 

 咲が京太郎の腕を引っ張って、部室に引き込む。

 

「えっと、その、部長………お昼のことなんですけど………」

 

 久のことを見づらそうにしながら、京太郎が言う。

 

「うん。出来れば私も、そのことを話したかった」

 

 久も卓から立ち上がり、京太郎に面と向かった。

 

「その、部長。まずはその………失礼なことを、部長に八つ当たりするようなことを言って済みませんでした」

 

 京太郎が腰を直角に曲げて、頭を下げる。

 

「頭を上げて頂戴。部長として、あなたのことを蔑ろにしていた私の非よ。

 それと、お昼に言ったことの他にも私たちに不満があるなら、いい機会だから言っちゃって。皆がいる前で」

「はい………」

 

 久に促されて、京太郎はゆっくりと、二学期に入ってからずっと感じていたことを吐き出した。

 

「俺………インターハイが終わってからこっち、ずっと辛かったです………。

 皆は全国で指折りの選手になったのに、俺は弱いのが情けなくて………、それで強くなりたいって思ったんです」

「うん」

「麻雀の教本買ったり、ネト麻で実践したり、みんなの牌譜を見て勉強したり、頑張ったんです。でも、ほとんど強くなれなくって………」

「うん」

 

 鼻にツンとした痛みが走り、一息入れて京太郎が先を続ける。

 

「そうして結局また停滞してる間に大会が近くなって………、また雑用が増えてきて、もう11月に入ってからずっと夜遅くまで寝られなくって………、だんだん辛さが増してきて………」

「うん」

 

 久は相槌を打つだけで、途中で話の腰を折らない。

 

「でも、やっぱりみんなの傍に胸を張って居たいから………、そんな全国クラスの実力なんていいから、せめて人並みに…………皆と同じ麻雀部の一員として、皆が俺のせいで馬鹿にされないくらいに打てるようになりたくって、それで頑張り続けて………」

 

 声が震える。

 鼻に奔る痛みが鋭くなり、視界が涙で歪む。

 

「でも、全然だめで………。皆と打たせてもらう機会も減っていって、一局も打たない日も出てきて。

 せめて…………派手な打ち方はできないけど、せめて振り込まないようにして、配牌とか運が傾いた時に全力を注ごうって、俺にできる全力で打って、点数だけは皆に食らいつけるようになってきたら、姑息だって言われて…………。

 馬鹿にされたけど、これは俺が弱いからだって、もっと頑張ろうとしたけど、それでもみんなは俺より速くさらにどんどん強くなって、全然追いつけなくて………!」

「うん……」

「情けなくて………!

 弱い自分がめちゃくちゃダサくって…………そんな状態で、みんなが、自分のことをまだまだ弱、いとか、そうやって、言うのを、聞いて、いたら…………!」

 

 ずずっ と音を立てて、鼻をすすり、あふれる涙を、まだ湿気たままのコートの袖で拭う。

 

「みじめで………。じゃあ皆に全然敵わない俺は、一体何なんだよって思って…………、皆がそういうつもりじゃないのは、わかってた、けれど、ずっと、馬鹿にされ続けてるように感じて…………! 死ぬほど悔しくて………うっ、く………!」

 

 コートの袖を目許に押し付けて、泣いている顔は見られないようにする。

 すると、見えはしないが、自分以外の誰かがすすり泣く声が耳に入った。

 

「ご、ごめんなさ、い。京ちゃ………」

 

 ごしりとひときわ強く目許を拭った後、声の主を見やる。

 京太郎を部室に引っ張った後、隣で立っていた咲が、涙をボロボロこぼして泣いていた。

 

「ごめんなざい………! ぎょうぢゃん、ごめんなざぁい………!」

 

 両手の甲で涙を拭うが、止めどなく涙は落ちてくる。

 京太郎より、咲の方が大泣きしていていた。

 

「わ、わだしだぢ、ずっど、きょ、京ちゃんに、頼りっぱなしで、ぜ、全然お礼も言って無ぐって、任せっきりで、ひどいこと、ばっがりしで…………!」

「咲…………」

「きょ、京ちゃん、ずっと遅くまで起きてて、寝れなくて、先生にも叱られてたのに、皆京ちゃんのこと、馬鹿にしてたのに、でも、怒らないでたのに………!

 ずっど、わだしたちの、為に。がんばっでくれでだのに……!」

 

 部内で唯一、京太郎の疲労や心労に気付きかけていた咲は、それを指摘できないままここまで京太郎を思い詰めさせてしまったことを後悔していた。

 

「ごめんなざい………! 部長から、京ちゃんが怒ってたって聞いて、あ、謝らなきゃって………!」

「咲………、いいから、泣かないでくれ………!」

 

 30センチも背の低い幼なじみが大泣きしてるのを見て、京太郎もつられてさらに涙があふれてくる。

 

「京ぢゃあああああん…………ごめんなざぁいいぃ………う、うあああああああぁん………!」

 

 京太郎が咲の両肩を掴むと、咲は京太郎の手に縋りついて泣き声を上げた。

 

 

「ひっ、ひくっ………」

「須賀君…………」

 

 そのまま5分近く経ち、咲の泣き声がすすり泣きに変わって落ち着いてくると、久が声をかけた。

 

「はい…………」

 

 同じく京太郎の告白の途中から、無言のまま涙を流し始めていた久は、目許を拭った後、真っ赤な目で京太郎と向かい合った。

 

「本当に、本当にごめんなさい……。私、自分のことで頭がいっぱいで、ううん。

 本当は須賀君のことも気づいていたのに、都合よく忘れようとしてた。

 須賀君は…………どうせ須賀君はそこまで大した成績を残せないって、勝手に高をくくって、じゃあ須賀君に身の回りのことをしてもらって、自分たちが打てばいいって考えになってた………」

「いえ………多分その通りでしょうし、俺もそうやって、打てる機会が減ってるのは、だからだって自分に言い聞かせてました」

「元々は、部員数も規定に達するか危ないくらいだったのに、そんな部に初心者なのに入ってくれた須賀君を蔑ろにして………。

 咲を連れてきて、私を団体戦に出れるようにしてくれたのも須賀君だったのに………。本当なら、須賀君にはその恩返しに、一生懸命指導をしてあげなくちゃいけなかった。

 でも私はインターハイが終わった後ですら、それをしようとしなかった。プロ推薦をもらえて、天狗になって、自分がもう一度活躍することしか頭になかった………」

「それを言うなら、わしも同じじゃけぇ」

 

 それまで沈黙していたまこが、久を擁護するように間に入った。

 

「3年は最後の大会に集中するのが仕事。

 本来なら先輩でありかつまだ1年時間のあるわしが、京太郎を育ててやらなけりゃならんかった。じゃが………わしも、目先の勝利に目が行き過ぎておった。

 おんしがきっと気を遣って言ってくれた、見ているだけで勉強になるっちゅう言葉で、都合よく自分の怠慢を忘れておった」

 

 涙に濡れた眼鏡を拭い、かけなおす。

 

「あ、アタシも………」

 

 おずおずと、卓に座ったままの優希が声を上げた。

 

「京太郎を犬扱いして、いっつもじゃれあうのが楽しかったから、京太郎もそうだと勝手に決めつけて………。いつもタコスを作ってもらった時も、偉そうにしかお礼を言ってなかったじぇ………。あと、人の打ち方にケチつけて、馬鹿にしてすまなかったじぇ………」

 

 いつもの快活さはどこへ行ったのか、今にも泣き出しそうな子供の表情を浮かべて、京太郎に謝罪の言葉を述べる。

 

「私も、須賀君に謝らないといけません。ずっと日ごろから、私たちが練習を増やせばその分代わりに雑務をこなしてくれていたのに、お礼も一言くらいしか言わないで、それが当然であるかのように振舞っていました。

 須賀君が練習相手にならないのなら、放っておくのではなく、鍛えてあげなきゃいけなかったのに…………」

「みんな…………」

 

 各々から述べられる謝罪の言葉に、京太郎は何と言えばいいのかわからなかった。

 別に謝ってほしかったわけでは、ましてや、こうやって泣かせたかったわけではない。

 そうだ、ここで終わってはいけない。

 

「でも、もういいんです」

「え?」

 

 それまで京太郎に抱かれる形になっていた咲が、京太郎のことを見上げてきた。

 

「京ちゃん、まさか、麻雀部、やめ………!」

「あぁ、泣くな泣くな」

 

 また目に涙を浮かべた咲を見て、京太郎が慌てる。

 

「俺も、それで辛くって…………。正直、今日の帰り道で、もう麻雀も何もかもどうでもいいって思ってました。

 こんなつらいだけの努力なんてバカバカしい。一緒にいてみじめでしかないのなら、あんな連中の雑用なんて捨てて、毎日さっさと寝たいって。麻雀そのものをやめようとすら思ってました」

 

「でも」

 

 京太郎はそこで一度唾を飲み込み

 

「でも、ある人のおかげで、考えが変わったんです。

 辛いだけの、無駄でしかない結果に終わったっていい。止まっちゃダメなんだって。

 辛くても、叶えたい目標があるならそれに向かって、成功とか失敗とか、結果なんて気にしないで動けって。そうやって努力しているだけで、俺は偉いんだって、自分を褒めていいんだって言ってくれる人がいたんです。

 だから………俺、辞めません。皆と一緒に居たいです。こんな話をした後で、待遇良くしろって要求したようで申し訳ないけど…………俺、この部にいていいですか?」

「いいも何も………」

「むしろわしらがお願いしなきゃならん」

「お前以外に私のタコスを任せられる奴なんていないじぇ」

「ゆーき………でも、お願いします」

「京ちゃん」

 

 まだ涙目のままの咲が、京太郎の袖をつかむ。

 

「京ちゃんが私を、この部活に誘ってくれたんだよ? 京ちゃんが一緒じゃなきゃ、私やだよ?」

「咲………」

「京ちゃんが一緒にいてくれないなら、私も辞める」

「な………」

「須賀君」

「は、はい」

 

 久に声をかけられ、緊張する。

 

「私は………本当にダメな部長よ。きっと全国探しても、こんなひどい部長は見つからない。そんな女が部長の部活でも、あなたはまだ居たいの?」

「まるで、辞めた方がいいっていうみたいですね」

「うん。正直、私はもう、あなたに部長って呼ばれる資格はないと思う。それでも、もしあなたがまだこの部に居たいって言ってくれるのなら…………私は最善を尽くすと約束するわ」

「むしろ、俺がお願いする方です。部長に当たり散らしたりして……。俺をもう一度、この部活においてくれませんか? 部長」

「本当にいいのね?」

「はい」

 

「わかったわ………須賀君」

「はい」

「こんな部長で悪いけど…………これからも、宜しくお願いします」

 

 久は京太郎が先ほどしたように、腰を直角に曲げて頭を下げた。

 




ギクシャクさせたいわけじゃないんだけど、なんかやけにすんなり仲直りした感が否めない。
まぁあんまり不遇な時期伸ばしてもかわいそうだけど。
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