しかし、転生させる神が雑なので転生者はたくさんいた
ヒロインの座を狙う乙女ゲーマー達の争いが始まる……はずだった
あのMMO廃人プレイヤーさえいなければ
誤字脱字があったらすいません。
首都の郊外に建つ大きなお屋敷。
その扉を青年は開いた。
この屋敷は彼が住む屋敷ではないが、この屋敷の住人から合い鍵を渡されている。
勝手知ったる屋敷の中を歩き、彼は目的の部屋へとたどり着いた。
軽く扉をノックして、部屋の中の人物に声をかける。
「シレーネ、起きてるだろう。入っていいか?」
「ん、ああ、どーぞー」
のんびりとした少女の声が返ってくる。その言葉を待ってから、青年は扉を開いた。
部屋の中は相変わらず散らかっていた。部屋の主である少女――シレーネはそれを片付ける気はまったくないようで、空中に投影されたディスプレイで調べ物をしていた。声をかけた青年の方を振り返りもしない。
「レーくんが直接来るなんて珍しいじゃん。いつもはギルドチャットで済ませるのに。メンテ中をわざわざ狙ってくるってことは、面倒ごと?」
シレーネは気怠げな声で言った。レーくんと呼ばれた青年――本名はレオナルドである――が溜息を吐く。
「シレーネにとってはそうだろうな。伯父さんから言われたことは憶えているか?」
「んー? ああ、あのペンダントを誰か選んだ相手に渡せとかいう?」
そう言ってシレーネは机の上に置いてあったペンダントを手に取る。
「そうだ。ついでにそれが十八の誕生日まで、ということは?」
「そういやそうだったね。残り一ヶ月だね」
「だからそろそろ渡す相手を決めろ。そのためにも、引きこもってないで街に出ろ」
そう言ってレオナルドはシレーネを睨め付けた。
ペンダントを手に持ったシレーネはようやくレオナルドの方を見ると、彼へと手を伸ばした。
「はい、レーくんにあげる」
「は?」
ぽかんとした顔でレオナルドはそれを見た。
「信頼できる相手を選んで渡せって話でしょ? 私が一番信頼してるのはレーくんだし。そうじゃなきゃギルド戦で別パーティの指揮をまかせたりしないよ」
シレーネは笑顔で言った。それを聞いたレオナルドが、おそるおそるといったようにシレーネが差し出したペンダントを受け取る。
「本当に、いいんだな?」
「もちろん!」
「……わかった。後のことは引き受けた」
何かを決心したようにレオナルドは言った。
「これで用事は終わり? 次のギルド戦の対策に戻っていい?」
「……そうだな、これで終わりだ」
その言葉にやったぁ、と嬉しそうに言ってシレーネはディスプレイの方へと戻っていった。
その後ろ姿に見ながら、レオナルドはシレーネに聞こえないように一人つぶやいた。
「――そうか、俺でいいのか」
そうして屋敷に来た時とは違い、ゆっくりと帰って行った。
突然だが、この世界はとある乙女ゲームに似た世界である。
そして、シレーネは転生者であった。
不慮の事故で死亡した後、ゲームが好きなようだから生と死を司る神にゲームの世界に転生させてあげよう、と転生させてもらった。
しかし、シレーネはそれを拒否したかった。
彼女はゲームをプレイするのが好きなのであって、ゲームの世界に行きたいわけではないのである。
それを説明する前に彼女は転生させられた。
なんて迷惑な神なんだと彼女は憤慨したが、それも長くは続かなかった。
転生先の世界は、元の世界よりも科学だか魔法だかが発展し、文化的にも充実している世界であった。
もちろんゲームも存在する。
彼女が愛してやまない、MMORPGも。
しかも転生先の家はかなり裕福で、働かなくても生活していけるだけの資産があった。
結果、彼女は引きこもりの廃人ゲーマーになった。
両親はそれを心配していたが、とある事故により帰らぬ人になり、それによって止める人がいなくなり、廃人具合に拍車がかかった。
少ない親戚の一人である従兄のレオナルドはそんなシレーネを心配して彼女の屋敷に頻繁に来ていたが、面倒だから会話はゲーム内にしてと言われ、従妹と同じMMORPGをプレイすることになっていた。
彼は家族を失って一人になったシレーネが孤独に苦しんでいるのではと心配していたのだが、ゲーム内のギルドで生き生きとしてギルドメンバーとチャットする様子を見てそんな不安も徐々になくなっていった。
両親の墓参りもせず、引きこもっていることだけは不満であったが。
閑話休題。
前述のようにこの世界は乙女ゲームである。
つまり、ヒロインと攻略対象であるヒーローが存在する。
シレーネはヒロインではないが、実は重要キャラなのである。
前世のシレーネはゲーマーであった。
彼女を転生させた神はだからこそ乙女ゲームの世界へと彼女を送ったわけだが、彼女の好きなゲームというのはRPG、それもオンラインで仲間と遊ぶMMORPGなのである。
乙女ゲームはまったくプレイしてなかった。
だから彼女は自分が乙女ゲームの重要キャラに転生しているとはまったく気づいていないのである。
そして先ほど、シレーネがレオナルドへと手渡したペンダント。
それは本来ならば乙女ゲームのヒロインに渡させるはずだったものである。
乙女ゲームのヒロインは、ゲーム本編では特に家庭環境がどうだとか過去にこういった知り合いがいたという説明はほとんどなく、シレーネからペンダントを受け取ったことにより世界の崩壊を止める神子として選ばれたということ以外の設定はほぼない。
逆にシレーネの設定はそれなりに多い。
設定資料集曰く。神々より特別な眼を授かり、それにより世界を救える可能性をもつ少女を選び、その人物へ神々の座への門を開ける鍵を渡す役目を帯びた一族の直系の娘である。幼くして両親を亡くし、自分以外はいない屋敷で孤独に暮らしていたが、両親の命日に墓参りへ行った際にヒロインと出会い友人になる。そしてヒロインと過ごすうちに彼女こそ神子だと確信したが、唯一の友人であるヒロインとの別れを惜しんだため、神子を見つける期限である18歳になるまでペンダントを渡せずにいた。
以上がシレーネの主な設定である。
そして前述の二人の設定を見れば勘の良い人はすぐに気づくだろう。
ヒロインが持つほぼ唯一といっていい設定。それが『シレーネと偶然出会い、彼女の唯一の友人となった』ということであることに。
そしてそのことこそが、この怖ろしい戦争を起こしていた。
転生した乙女ゲームプレイヤーによる、ヒロインの座争奪戦という怖ろしい戦争を。
シレーネの転生の理由を見ればわかるように、生と死の神様の転生させる世界を決める理由は雑である。そして転生させる世界に転生者が何人いるかという数字も確認しない程度にも雑である。そのため、運良くプレイしたことのある乙女ゲームに転生する人間もかなりの数がいるのである。シレーネがそれを知れば運営怠慢すぎ仕事しろと言い出すくらいの案件であるくらいには該当者が多い。
そしてその元プレイヤーの行動の傾向は主にふたつ。そのうちのひとつが、自分がヒロインになりたいというものである。
そういった人間が多い結果、なにが起こるかはおおよそ予想がつくだろう。
どうにかしてシレーネと知り合い友人になる。
それを目標とする人間が大量発生した。
こうして、乙女ゲームプレイヤー達は戦争を起こした。
しかし、彼女たちはひとつだけ勘違いをしていた。
この戦争の相手が、自分と同様にヒロインを目指す人間ではないことに。
ではその戦争の相手は、先ほどシレーネからペンダントを渡されたレオナルドなのか? しかしそれは違う。レオナルドは乙女ゲームに元から存在するキャラである。それも、攻略対象というヒーローとして。
前述のように、レオナルドはシレーネの従兄である。彼は両親を亡くしてから孤独を感じている従妹を守りたいと思っていた。そして同時に、自分が異性であるためシレーネの孤独を完全に理解できないと思い苦悩していた。そこに現れたのが、シレーネの友人となったヒロインである。それにより従妹が笑顔を見せることが増え、彼女に笑顔を与えてくれたヒロインに好意を持つ。これが乙女ゲームにおける、レオナルドに関するシナリオの一部である。
つまりレオナルドを攻略したい乙女ゲームプレイヤーからすると彼は本来敵になり得ない存在なのだ。それでもペンダントを受け取り、神子というヒロインのポジション納まることになったのだから彼が敵となるかもしれないが、待ってほしい。どうして彼がペンダントを受け取ることになったのかを。
そう、MMORPGを愛し、MMO廃人であるシレーネ。
彼女こそがヒロインを目指す乙女ゲームプレイヤーの真の敵であった。
なにせMMO廃人の彼女は家からでない完全引きこもりのダメ人間である。技術が発達したこの時代、店に行かなくても買い物ができるし、買った物は転送で屋敷に届くし、彼女の部屋までの料理の運搬を含む家事全般は高性能なロボットに相当するものがやってくれる。だからこそ乙女ゲームにおけるシレーネは孤独だったのだが、MMO廃人からすれば他人と接することなくゲームに集中できるすばらしい環境であった。家事をやる必要もなければ、外出する必要もない。外出をする必要がない。そう、ヒロインと出会う接点もない。それにより、彼女と会うことのできる人間はかなり限定された。彼女の世話を焼かないとダメ人間が誕生することを危惧したレオナルドを最終的に神子選ぶ程度には。それがなければおそらくMMOにおける彼女のギルドメンバーあたりが選ばれてしまっていたであろう。予想はつくだろうが、彼女のギルドは廃人ギルドである。ギルドマスターのリアル身内だから加入したレオナルドは除く。つまりシレーネがこの重要キャラに転生した時点で神子の選択肢はほぼ決まっていた。レオナルドかMMO廃人の二択である。代々少女が選ばれると乙女ゲームで設定されている神子。それが青年か年齢性別ランダムの二択になってしまった時点でその世界の住人は泣いていい。
そんなことになっているとはつゆ知らず、乙女ゲーマー達の半数ほどは戦っていた。自分と同じ様にヒロインの座を狙う人間と。乙女ゲームではシレーネが両親の墓参りをする際にヒロインと出会うことから彼女の両親の墓に張り込んで出会いを狙う者。シレーネの実家を監視し、でかける時をうかがう者。しかし彼女は屋敷の外に現れず、ヒロインのポジションである神子にレオナルドが納まったことを報道で知った時、彼女達は覚った。自分たちの敵は他にいると。
乙女ゲーマーはほぼふたつに分かれている。ひとつは彼女達ヒロインに自分たちになりたい者たち。そしてもうひとつは、本来の乙女ゲームのヒロインは既に存在していると考えるか、かなり責任が伴うと乙女ゲームで描写されているヒロインに自分がなれないと思うかのどちらかで、ヒロインの誕生を待っている者たちである。しかし彼女たちはヒロインになりたい人たちの邪魔をすることはなかった。結果世界が救われるなら、自分じゃない神子は誕生してほしい、というのが彼女達の総意であった。なにより本来の乙女ゲームのヒロインらしき存在は未だ観測されていない。誰でもいいから早くヒロインになって、というのが彼女達の望みであった。彼女たちもまさかヒーローであるレオナルドがそこに納まるとは考えていなかったが。
そしてヒロインになりたい人たちは考えた。レオナルドが神子に選ばれているという事実。そこから敵は推測される。そう、ヒーロー達と恋愛したい彼女たちの敵。男キャラと男キャラの恋愛を推奨する者たち――つまり腐女子ことが真の敵である。彼女達はそう判断した。腐女子が濡れ衣を着せられた瞬間である。
実際、転生者には腐女子は存在した。乙女ゲームを知らない故に、本来女の子がなる神子に美青年が選ばれたということに薄い本を厚くしそうな腐女子もいたし、知ってるが故に神子の修行として会うことになる面々とレオナルドの絡みを想像してハッスルする腐女子もいた。しかし、どっちの腐女子も悪いことなどどこにもない。美少年とか美青年が神子になるという妄想はしたことがある者がいても、さすがにそれが現実になることはないと思っていたのだから。彼女たちに悪い点があるとしたら、妄想の中でレオナルドをあんな目やこんな目に遭わせたことぐらいだろう。
そういうわけで、ヒロインになりたい乙女ゲーマーがいくら犯人を捜しても該当する人物がみつからないまま、戦争は決着した。
MMO廃人のひとり勝ち。
それが全てである。
そうしてレオナルドがヒロインになり、乙女ゲームのシナリオが動き出したが、それはまた別の話だ。
あと付け加えるとするなら、信頼できるギルドメンバーが半引退状態になってシレーネががっかりしたくらいである。こればかりは自業自得であったが。
そうして世界は乙女ゲーマーの涙などなんの影響もなくまわっていくのであった。
おしまい