「敵、殲滅に向け軌道修正を」
「無知で幼稚な者に分相応を」
物凄く不機嫌モードになってしまってる賢者と大賢者。賢者に関しては姿形はミスト状だから見えないんだけど、はっきりと表情が判る気分だ。
まさに怒髪天、と言う事が。
『交代だ。大賢者』
あまりに熱くなり過ぎてる様なので、リムルが表立って出る意思を示した。
不機嫌だと言う事はリムルも十分に判ってる。だから、落ち着かせる様に徹した。
……いつもと逆な気がするが。
『大丈夫だって、あんまり熱くなるな。今度はオレ
達、と言う言葉を聞いたのとほぼ同時に、アティスも声を上げた。
『だいじょーぶ……だからね? いつもより怒ってる賢者さんも、なんだか、嬉しい気もするけどさ。リムルさんからのとっておきの作戦聞いたから。 そう、大丈夫大丈夫!』
怒ってくれてる賢者に対して、嬉しくもあり、それでいて何だか頭が上がらない様な気もするアティス。おずおずと声をかけて、後半からは リムルの作戦を思い出しつつ、絶対の自信を醸し出し、大きく頷いていた。
「……了」
それを聞いた賢者は、ある程度 頭? が冷えたのか、応じる様子。心なしか声色も元通りとまではいかないが、柔らかいものになっていた。
『前に大賢者が言ってただろう? 互いの魔素を融合させて より大きな力を得る術があるって。単純な足し算じゃなくて、上手くいけば掛け算。魔素同士の波長とか、色々合わせるみたいだけど、魔素の性質は十人十色で、不確定要素も多くて、かなり確率が低いって言ってたが、成功すれば凄い。アティスとなら何となく出来そうな気がする』
「解。可能性面から鑑みると、限りなく高いかと」
大賢者も頷いた。
これで決まりだ、と。
その間は時間にして数秒ではあるが、置いてけぼりを喰らってるゲルドは 自分が何処となく無視されている事に感づいたのだろう。
「……どれだけ時間がかかろうトモ、喰らい尽くしてくれるワ!」
激昂すると同時に、魔素量もより強化されていた。可視化する腐蝕のオーラは視る者全てを喰らい尽くすかの様な勢い。
アティスのメタルミスト、光で守られ、暖かささえ感じていた者達も、思わず身震いしてしまう程だった。
が、それでも余裕を一切崩さないのは、大賢者と交代を果たしたリムル。
そう、全てはもう終わったのだ。いや、決まったと言うべきだろうか。
この戦いの勝者がどちらなのかが。
――解。成功しました。
「焼け死んだ方がまだマシだったかもしれないぜ? こっちの炎の方がまだ優しいってもんだよ。こりゃ」
そのリムルの言葉と共に、覆っていた炎が消失した。
「
「リムル様! アティス様!!」
炎が消失し、人間形態だったリムルの姿が ドロリと溶けた。 それと同時に、周囲を護る様に覆っていたアティスの粒子も同時に消失。 最悪の光景を目の当たりにしてしまったのだから。
だが、その真の意味を直ぐに理解したのは ハクロウだった。
「(魔素が急激に増大した? 成る程……、まさか この目で見られる日がこようとは)お待ちくだされ」
思わず駆けつけようとしたベニマルとシオンを制する。
「お2人の消失、とは真逆。先ほどとはくらべものにならない程のオーラを感じられます。……そして、リムル様のアレは腐り溶かされたのではないでしょうな。よくごらんなされ」
ハクロウの言葉を聞き、改めて魔王ゲルドの方を凝視。すると、ドロリと溶けたリムルの身体はうねりながら、ゲルドの腕にとりついていた。
それだけでなく、そのリムルの身体はまるで輝き出したかの様に、青く光沢を放っていた。
「ぐ、グあ……!? き、貴様……ッ!」
「言ってなかったか? オレは、オレ達はこう見えてスライムなんだよ。それに喰うのはお前の専売特許じゃなくてな」
「オノレ……! ならば、先に…… ヌぁ!!」
リムルの身体を喰らおうとするが、出来ない。
「それも無理。今のオレは融合してるも同然だ。さっき、お前が喰えないって言ってたヤツを纏ってる。……お前は一方的に喰われる」
「そんな、馬鹿な事が……!! ならば、他の餌どもを!」
他の者達を喰らおうとするが、一瞬でも気を抜けば、手が、足が先端から無くなってしまう。
ゲルドは、自己再生にて 回復を優先させなければ、喰う間もなく、自分自身が喰われてしまう事に気付いた。
つまり、八方ふさがりだ。
「ば、バケモノ、か……!?」
「オレもそう思うよ。今回のコレは結構偶然。すげぇな、
リムルは、本来のスライムの姿をゲルドの眼前に出した。それと同時に、アティス自身も姿を見せる。
「皆を傷付けた、傷付けようとしたんだ。……やり返されたって、文句は言えないよね?」
「き、きさま、が……!?」
光の粒子が集まって、姿を見せたアティス。
まるで、自分とは真逆な存在。魔と対照的な存在を、今更ながら本能的に理解するゲルド。
だが、それでもあきらめたりはしなかった。
何とか喰らおうと足搔く。圧倒的な差を見せられても、足搔く。
「(そりゃ、オレだって諦めるなんてしたくないが)」
「(何でここまで……)」
ただただ、極限の飢餓に襲われてしまって、見境が無くなっているだけとは思えなかった。言動からは考えられない程の想いが、伝わってきた。
そして――、景色が変わった。
その場所は、枯れ果てた大地。乾いた土地に、泣き続けるオークの子供と、それを見ている大人のオーク。 オークの王、つまり 魔王ゲルドとなる前のオークだ。
『腹が減ったのか。少し待ちなさい』
泣き続ける子供たちにそう告げると、己の腕を引きちぎり、与えた。
――大きくなれ。
そう言葉を添えて。
それを止めようとする側近。
貴方を失えば絶望しか残らない、と。
だが、それでも止めない。
それは、オークたちの住む土地の未曾有の大飢饉。
一昨日生まれた子は死に、昨日生まれた子は虫の息。
今以上の絶望はもうない。
そして、己の身体は幾ら切り刻まれようとも、再生するが、他の子達はどうしようもなかったのだから。
これが、ジュラの大森林へと足を踏み入れた理由であり、魔族ゲルミュッドに利用されてしまった理由でもある。
『………』
アティスは言いようのない感情に見舞われる。
確かに目の前で仲間達が襲われ、仲間達は家族を、その一族を失う切っ掛けになってしまった。その怒りの感情も確かに見た。感じた。
敵側の事情など殆ど考えてなかった。ただ、領土を広げようとした程度にしか。
なのに、目の前の光景は――。
『あの方はオレに食事と名を与えた』
そして 目の前のオークの姿が魔王ゲルドのものになると同時に、起こった全てを語り始めた。
『
魔王の表情は、先ほどまで戦っていたゲルドのモノではない。心優しき、オークの王のものだった。決して譲れない決意をその表情に感じた。例え、他の誰かを犠牲にしてでもと。
『だから、オレは喰わねばならないのだ。……お前たちの存在の異質さは身体全体で感じている。例え、何でも喰うスライムだとしても、……たとえ』
くるり、と 振り返り、その場にいるリムルを、そして アティスの目を見た。
『……たとえ、神であろうと、喰わねばならない』
光を感じたゲルドが表現したのは、神と言う名だった。
『生憎だが、お前は喰えない。そしてオレは喰える。……大賢者や賢者の言葉じゃないが、負けの要素は一切こちらにはない。お前は負ける』
『それでも、同胞が飢えているのだ。オレは負けられぬ。……オレは他の魔物を食い荒らした。名づけの親でもあるゲルミュッド様も喰った。……助けるべき同胞をも喰った』
ここは、ゲルドの意識の世界。
現実では、確実にリムルの捕食者はゲルドを覆いつくしている。再生も追いつかず、身体が溶ける様に小さくなりつつあった。
光の防護を纏うリムルの捕食者に敵う道理が無い。
それを肌で感じたオークたちは、ただただ ゲルドの名を呼び続ける事しか出来なかった。
そんな仲間達の声を、視線を感じるゲルドは決意を新たにする。もう、幾ばくも無い命の残り火を燃やす。
『オレが死んだら同胞たちが罪を背負う。……最早、退けぬのだ。皆が餓える事の無いように、オレがこの世の全ての飢えを引き受けて見せよう!!』
王の決意、威圧はすさまじいものだった。瀕死の状態だとは到底思えない。
でも……。
『それでも、お前の負けだ』
リムルは告げる。勝てないと。……負けると。
アティスも声を上げた。
『ゲルドの想いは判る。……けど、退けないのはこっちも同じ。だから オレが、全部護るよ。……全ての罪を背負ってでも助けようとしたオーク達の事も、……オレが護る』
『……なに?』
光の礫が、リムルの仲間達だけでなく、オーク達をも覆い始めた。
まるで、加護を……光の加護を得たかの様な、温かささえ感じられた。……感じられる資格など、有る筈がない、と思っていたのに。
『オレは、アティスの様に甘い事を言うつもりは無い。……だけど、意味は一緒になるかもな』
リムルは、最後の仕上げと言わんばかりに、身体の面積を広げた。
『お前の罪も、お前の同胞の罪も、オレが喰ってやる。オレは、『
その言葉を聞いたゲルドは、とうとう膝を落とした。
『罪を喰う……、いや、我らを 護る、だと……? オレの同胞も含めて?』
『ああ。判ると思うが、こいつは相当な甘々でな。さっきまで怒ってたんだけど、もうソレ忘れてるみたいだ。……それに、オレは欲張りで、何でも喰うんだ』
『……オレは負ける訳には――、いや 護られる権利など、オレには』
光の粒子が、ゲルドの手に纏う。まるで、手を握っている様に。
『別に甘くたって良いじゃないですか。……オレは、もう何も言えないです。ベニマルさんたちには、申し訳ないですけど。見てしまったから、何にも、いえないです』
『非情になりきれない、ヘタレスライムだから、か?』
『……自分でヘタレって言うならまだしも、他のひとに言われるのには抵抗ありますけどね!』
ゲルドは、その手に 殆ど原型をとどめていない手に、温もりを感じた。
『……まさか、魔王になった我に、光の加護……とは。それに 久しい。……いや、初めてかもしれぬ。ここまで暖かいと思うのは』
だらりと力なく、ゲルドは倒れた。
『眠い、な。ここは心地良い。……暖かい。強欲で、罪を、全てを喰らう者よ。……そして、光の神よ。多大なる、感謝を―――。オレは、もう――飢えること、はない』
溶け続ける身体が微かにだが、光始める。
まるで、ゲルドの身体が光の中へと、光になるかの様に。
『オレは、満たされた――。光に、全てを……』
たった今、完全にリムルの中で、アティスに看取られ、意識が消滅した。
スライム状になっていたリムルは、人型へと姿を変える。
アティスも、散らばっていた光の粒子が集まり、人の姿へ。アティスの目には涙が一筋流れていた。
そのアティスの頭をくしゃっ、と一撫でした後に、リムルは仲間達を見て告げた。
「オレ達の勝ちだ。……安らかに眠れ、ゲルド」
その場が歓声に包まれる。
オーク達は悲痛な顔持ちの者達が多く、信じがたい表情もしていたが、先ほどの様な 眼をぎらつかせ、極限の飢えに縛られた悪魔の様な顔をしている者は一人もいない。
「……王よ。やっと、解放されたのですね……」
側近のオークは、もう形すら残さず逝ったゲルドを思い、頭を下げていた。
「アティス。あんだけ、皆にも、……ゲルドにも啖呵切ったんだろ? 有限実行も出来たんだ。しょげた顔はもう止めにしよう」
「……判ってます。護るって言っといて、情けないですもんね。ずっとコレじゃ」