今年もよろしくお願いします。
「はぁ……。さっきまで格好つけてた癖に、何ボロボロ泣いてるのよ」
「ぅぅぅ、い、痛い。すごく、いたい……」
「痛いの嫌なら、なんで割り込んできたの?」
「だ、だって! 男の子は、女の子を守るものだっ! って、アニメで言ってたもんっ!」
これは―――この光景は………?
どこか温かくて、それでいてとても懐かしくて、心が洗われる。そんな感覚がする。
幼き男児は夢を描いている。
絡まれていた数人の男児たちに立ちふさがり……そして今に至る。
格好いい自分になりたくて、懸命に困っている女の子(自分より歳上)を守ろうとしたのだ。
そんな子を見て、女の子は呆れた様に頭をかき、叩かれてベソ掻き、倒れこんだ時に擦りむいたのであろう膝を抱えている何ともみっともないヒーローに手を差し伸べた。
どっちがヒロインで、どっちがヒーローなのか、ぱっと見では解らない。
「ほら。ばんそうこうよ」
「うぅ……、あ、ありがとう、お姉ちゃん……」
「まったく。次からは自分の出来る事がちゃんとわかった上で行動しなさいよ? 私なんかより、あなたの方がよっぽど心配だわ」
土埃を払い、滲んだ血を拭い、大事ない事を確認すると立ち上がる。
「っ~~、ぼ、ぼくは頑張るもん! つぎも、おねちゃんまもってみせるもんっ!」
「…………」
無鉄砲でどこまでも純粋で真っすぐなその瞳を見て思わず表情を綻ばせた。
何故だろうか? つい今し方まで呆れてモノも言えない気分だった筈なのに、今は思わず笑ってしまう。
「……なら、私を守れるくらい強くなってみせること、ね? さっきだって、あの連中は大人が周囲にいたから逃げて行ったのよ? もし、私たちだけだったら一体どうなってたか……。またやってきたり」
「ぅ………」
恐怖がきっと男の子の中では芽生えている事だろう。
今の痛いのが続いていたかもしれない。もっともっと痛くなるかもしれない。
それでも、この情けない小さなヒーローは、目に涙を浮かべながらもギュっ、と拳を握って、服の裾を握って言い切った。
「ぼく、負けないもんっ! つよくなって、もっとつよくなって、おねえちゃんまもってみせるっ!」
「……そう」
守られる、と言うのは何だか性に合わないと苦笑いをするが、それでもどこか心地良い。
この小さなヒーローが何処まで大きくなるのか、見てみたい気分になってきた。
「あなたのお名前は?」
だからこそ、知りたくなった。
次があるのなら、……いや、当然無い方が良いに決まっているが、もしも次があると言うのなら、この何処までも真っすぐで、純粋で、情けないながらも強い光を備えている様な瞳を持つ男児は、きっと大きくなっている筈。
それを見てみたい気分になったのだ。
「りゅー! おねえちゃんは?」
そして、不意にアティスの意識が覚醒する。
「――――……何だろう。物凄い懐かしい夢を見てた気がする……」
夢を見る。
魔物の身に転生して以来、夢を見る事なんて初めてだった。
レム睡眠? 睡眠が浅いと夢を見るらしいが、この世界にきてスリープモード以外の睡眠は物凄く深いと自覚してるから夢を見る隙間や隙は無かった。
スキルの練習や自身の仕事関係。物凄く疲れる事が多いからいつもグッスリ、気づけば翌朝~なのが通常だったから。
「おはよう! ……お? 良い具合に緊張解けてる様だな」
「あ、リムルさん。おはようございます」
ゆっくりと身体を起こして、スライムから人型に変身したその時、リムルが入ってきた。
何やら空を飛びながら。
「あれ? 羽なしで飛んでる……?」
「おうよ! ついさっき、
魔力妨害。
それには随分苦労をさせられたのをアティスも覚えている。
あのせいで、魔法の類が通らず霧散してしまって、純粋な攻撃、所謂物理な攻撃しか効果が無い。
物理攻撃と魔法……魔素を扱った攻撃とではどっちが強いかなんて当然魔法の方だ。それを妨害された上に、超速再生持ちだから生半可な攻撃じゃ簡単に再生されてしまうと来てる。
思い出せば出す程、もうトラウマ級になっちゃってるあの戦闘を思い出してしまうので(9割方ミリムのせい)頭をぶんぶん振って、アティスは考えるのをやめた。
「物真似」
「あ、ずっこい」
そして反射的に、自分の
「んな事しなくても、聖母の力使えば余裕じゃないのか? あんだけ傍でやり合ってたんだし」
「えっと、その……ほら、こっちの方が楽、ですし?
「……やっぱし、ズルいわ。それ」
呆れる様にため息を吐くリムル。
リムルの捕食者も十分狡い領域に入る規格外な力なのだが、最近はやっぱりアティスの方が上だとリムル自身も思っちゃってる。
勿論、アティスは絶対認めないが。
「どんなにズルだったとしても、皆を守る為ですから!! ………力がないと、もっともっと強くなって、皆を……
「は? お姉ちゃん? なんだそれ? 誰の事だ?」
「……え? オレ、何か言いました?」
「お姉ちゃん守るって言ってたぞ。シオンの事か?」
「……あ。……えと、その、……昔の、話。
「…………まぁ、別に良いけど」
先ほどまで見ていた夢のせいだろう。
この国の為に頑張る気持ちに嘘偽りないが、それでもあの夢を見てしまったから、ついつい無意識に口に出してしまっていた様だ。
リムルも、アティスの前世の話に関しては、深く追及したりはしない。
そもそも、自分自身の事もあまり言いたくないし、聞かれたくない事も多い、と言う事でもあるので(生涯童●……生涯彼女なし……etc)
その後、無事にコピーしたアティスも、リムルに習って光粒子化せず、重力操作だけで宙に浮く練習をして………何度も何度もバランス崩してスっ転んでリムルに笑われるのだった。
「ぅぅ……むずかしい……、直ぐ習得してそこまで使いこなせてるリムルさんの方がズルいじゃないですかぁ……」
「はっはっは! これが兄の実力なのです!」
「御見それいたしました~ですよ。でも、いつの日か、ミリムさんの様に大空を駆け回ってみたいですね」
「あーーー、あの域まではなかなか、なぁ?」
兄とは常に弟よりも先に行ってなければならない―――。某兄弟の兄のセリフが何故かリムルの中で木霊して、実際に先に進めている様なので気分を良くしている。
アティスのスキルの性質上、仕方がないと言えばそうなのだが、その辺りの細かい事は気にしない。
「ふふふ」
そんな時だ。
新たな来訪者……シュナがやってきたのは。
空を飛ぶ練習風景もばっちり見られていた様で。つまり、スっ転んだシーンも見られてしまっていた様で、恥ずかしそうに赤くなるのはアティスだ。
「シュナ。時間か?」
「はい、もう兄もリグル殿も既に準備は完了しています。威厳のあるお姿をみせてくださいませ」
「しゅ、シュナさん。抱きかかえなくて大丈夫ですよ。痛くないですから」
倒れこんだアティスを胸に抱きかかえるシュナ。
誰がどう見ても威厳あるとは言えない姿だろう。せめてリムルが纏う形になれば、光を纏う魔物の国の主、と格好もつくだろうが……格好悪い所を見せてしまったのは自業自得ともいえる。
『解。修練推奨』
「……了解です」
「その前に使節団の見送りが先だ。激励してやらないとな」
そう、本日からなのだ。
魔王カリオンからの提案の件。
幹部候補のホブゴブリンら数名、それを取りまとめる役目のリグル。
更に団長としてベニマルを加えた布陣を見送る日。
まだまだ国としては赤子も同然なこの国が、より大きく、平和で、楽しい国になる為の大きな一歩。
だからこそ――――
「諸君。ぜひとも頑張ってきてくれたまえ!」
リムルからの激励が何よりの励みになる――――のだが。一瞬で終わってしまった。
今か今かと皆が楽しみにしていたリムルからの演説が、瞬きする間に終わってしまった事に対して、現場はし――――ん………となってしまった。
「(い、いくら何でも短すぎますよ!? 社内朝礼でのちょっとした時間で話す特記事項や報告会議でももうちょっと長いですよ!?)」
「え? そう??」
「……あれ? リムルさんってオレより歳上じゃぁ……」
それなりに上になっているのであれば、その手の役割はになっているモノだと思っていたアティス。勿論、本当の本気な訳はないが……。
「……それだけ、ですか?」
「っ!?」
シュナにまで指摘されちゃったので。
「(やっぱダメか)」
「(ダメでしょ)」
「(かわってやるぞ?)」
「(領主様はリムルさんです! リムルさんじゃなきゃ、カッコつかないです!)」
「(……はいはい)」
こほんっ、とリムルは咳払い。
そして、見計らった様にアティスがリムルの周囲を光粒子で輝かせた。
それを見た民衆は目を輝かせ、そしてどよめきの声を上げる。
当然、これだけで終わらないよ~~、演出だよ~~~と主張する様に。
「……もう少しだけ、話そうか」
後光さすリムルの姿は、やはり王者のそれだ。
或いは神か。
でも、
「いいかお前ら。今回は相手と今後も付き合っていけるのかを見極めると言う目的もある。我慢しながらじゃないと付き合えそうもないのなら、そんな関係はいらん」
どちらが上で、どちらが下。
そんな感じに我慢を強いられる様な関係性は友好的とは、良好とはとても言えないから。
「お前たちの後ろにはオレは勿論、仲間たち、そして何より今オレを包んでくれる光の神の加護までついている。だから恐れず自分たちの意思はきっちり伝えてこい。友誼を結べる相手か否か、その目で確かめてほしい。――――頼んだぞ」
そして、場は大喝采に包まれた。
リムルに纏われていた光粒子が、軈て風に乗りながら―――ベニマルとリグルに到達。
「大変だと思うけど、よろしくお願いしますね。2人とも」
「! ハッ!! お任せください!」
リムルから、光の神~~とまで言われちゃったので、いつも以上に緊張気味で敬礼するリグル。
そして、ベニマルはそこまで遜ること無く、ただただ笑顔で頷き。
「お任せください。リムル様より授かりし大役を果たす為、そしてアティス様のお望みのままに、……カリオンが信用に足る者かどうか、この目で見極めてきます」
力強い返事を貰って、アティスも笑顔で返す。……勿論、光粒子化してるので、表情は見えないが、色々と通じ合ってる所はあるので、何となくわかってくれている事だろう。
「ああ。お前たちの事は何も心配してないよ。頼んだ」
「は。お任せください」
「ハッ! 見聞を広めてまいります!」
皆に見送られながら、ベニマルはテンペストを後にした。
「ふぃ~~~、やっぱアティスの旦那は心臓に悪いぜ。何処にいても天から見られてる気分になっちまう」
「や、ほんとたまたまですよ? ヨウムさんが格好良く親子を助けてる場面みちゃって。手助けする必要ない、って思ったら何だか嬉しくなっちゃいました。曲がりなりにもオレも訓練手伝いましたからね。きっと、ハクロウさんも喜びますよ」
「ぅ……。
「そうですかね?」
皆を見送り、カリオン達獣王国からの使節団来訪に備えて色々と整理整頓正装清潔躾―――所謂5Sに精を出していた時、森を守護する立場もあるアティスが光粒子で見回りをしていた時に、ヨウムと出会ったのだ。
森のバケモノ相手に、親子を狙う魔物相手に一瞬で間合いを詰めて、格好よく助けていて、その姿はまさしく英雄の二文字が似合う出来だった、とアティスは太鼓判を出す。
「こっちとしてもヨウムの活躍は喜ばしい事でもあるな。今後とも仲良くやってきたいものだよ」
「いやぁ……、そちらさんの方が圧倒的だから。こっちのセリフ、ってヤツですぜ、リムルの旦那。それよか、街見た感じ以前より明らかに忙しそうだし、変なタイミングで来ちまったの気にしてんだけど」
「いやいや、その辺は良いよ。アティスだって別に何も言ってなかっただろ? 寧ろ折角来てくれたんだ。皆の接客の練習相手になってくれるとありがたい」
本当に大変だったなら、入国前にアティスはリムルに進言するし、或いは待ったをかけるだろう。でも、そんな事は無くあっさりとテンペストに迎え入れているのだから本当に問題ないのだろう、とヨウムも解っている。
でも少し気になるのは……。
「ん? そういやアティスの旦那も言ってたっけ? そろそろお客が~って。最初にきいときゃよかったけど、誰がくんの?」
「ああ。もうじき魔王カリオンとこから使節団が来るんだよ。ウチからも出してるから、入れ替わりに、って感じだな」
「テンペストの歴史の1ページに乗るヤツですよね。これって!」
「………………」
リムルの言葉を聞いて……、その内容を理解するのにコンマ数秒ではあるが時間を要した。
そして、理解すると同時につい先ほど頂いた……何なら風呂上りの一杯、と口に含んでいたテンペスト名物珈琲牛乳が一気にヨウムの口から噴射された。
「アティスガード」
「ぎゃぴっっっ!!??」
ヨウムの反応を予知していたリムルはと言うと、ヨウムから視線を外していたアティスを利用して、まさに鉄壁の盾でその攻撃? を止めた。
「なな、なにすんですか!!」
「ご、ごほっっ、ごほっっっ!! す、すまねぇアティスのだんな……」
「いや、ヨウムさんもですけど、リムルさん!! ヒドイじゃないですか!」
「……いや、何となくノリで? みたいな」
盛大に抗議するアティスを置いといて……ヨウムは身を乗り出した。
「こうなんのも、魔王の名を聞いちまったら、仕方ないでしょ!? アティスの旦那なら解ってくれるって信じてるぜ!!」
「あ……、ま、まぁそうですね」
ビビりだからこそ、魔王の名を聞いたら第一声が、第一行動がどうなるのか。アティスにも解る……と言う事で不問にした。後でフロに入りなおさなければならないが。
「やっぱ優しいな、お前は」
「リムルさんは猛省してください! それと、ヨウムさんには直ぐ説明しますから―――」
アティスは国交樹立のチャンスの件をヨウムに説明。
「ドワーフ王国に続いて獣王国とは……、そりゃアティスの旦那は目ぇ輝かせますね。見た通り」
「平和へのでかい一歩だしな」
「そのとーりです!」
むんっ、と胸を張るアティス。
その姿を見てヨウムは思わず笑ってしまう。
色んな雄姿を見せて、聞いて、なんなら最凶最強魔王ミリムの攻撃を耐え抜くアティスだと言うのに、その精神性が何処となく気の弱い人間に非常に近いのが面白いのだ。
大きな力を持っているのに、それを他人へと向けない。何かを守る為に、その力を使おうとする光は優しい。
ヨウムはそう思う。
それでも不安材料はあるが。
「魔王の配下ってこたぁ、さぞかしおっかねぇ相手なんじゃね?」
「ぅ………」
その不安はアティスにも当てはまる。
「今更ビビる事ってある?」
「や、でも。ほら……ドワーフ王の件もありますし……」
力云々は関係ない。
心の奥底にあるトラウマは、例えスキルを用いたとしても拭うのは難しいのを重々承知しているから。でも、リムルはそれを一蹴。
「そこは克服しろ。そもそも、喧嘩する訳じゃあるまいし、隙を見せるのは容認できないぞ」
「っ。が、頑張りますよ」
口には出しているが、アティスだっていつまでもしり込みする訳にはいかない、と理解は出来ている。そして、なんだかんだリムルは十全に信頼を寄せているから口では何といっても、気にしていなかったりもした。
「あ、ヤバくなったら光って誤魔化すってのもありじゃないか? アティスの旦那なら余裕だろ?」
「……威嚇になりませんかね?」
「だいじょーぶだろ。その辺はリムルの旦那がフォローするって」
「あー、その辺はオレが兄貴だからな。尻は拭ってやるよ」
もう一度、リムルは思った。
アティスなら大丈夫。
信じている、と。