ジュラの森、とある場所にての騒動、小競り合いがあった。
トレイニーが
「―――まさか、逃げられてしまうとは、状況は思わしくない様です」
その領域内での悪巧みは決して見逃さない。……それが、森の生態系を著しく乱した者どもであれば猶更である。
だが、敵も想定を遥かに超えた者だった。
トレイニーは、確実に捕え、排除できると確信していた相手に、まんまと逃げられてしまったのだ。
敵は 正体不明の魔人。
風の精霊による斬撃で 片腕を飛ばしたのにも関わらず、一切おくびに出さない。その飄々とした態度は絶対的な自信の現れの様にも感じられた。
「……あの方は、リムル=テンペストは 何処まで信じられるのでしょうか。アティス様も―――。いえ、考えていても仕様のない事」
トレイニーは、天を仰ぎ そして拝んだ。
脳裏に浮かぶのは、暴風竜の加護を受け、牙狼族を降し、鬼人を庇護する。それらを僅か短期間成し遂げたスライム。
そして、もう1人。――何処か抜けていてもその心は安らぎさえ覚える銀の身体を持つスライムの事。
前者のリムルは本当に信頼できるのか、そこに問題はあるけれど、実の所、そこまで心配する程ではない。大丈夫。
でも、アティスは何処か心配。加護を受けているのに。……それも、光の神の加護なのに。何だか心配。
それがトレイニーの心情。
「G.O.D様……。どうかお見守り下さい」
場面は代わり、リザードマンとオークの戦場上空。
あちこちで戦塵が巻き起こり、無数のオークが上空からも確認できた。そして、追いつめられているリザードマンも。
「ひょーーっ、『大賢者』さまさまだよなー。簡単に空を飛べてしまったよ」
『いやいや、大賢者さんもそうですけど、単純にリムルさんのセンスと言うか、才能がずば抜けてる~って思うのは気のせいじゃないですよね? だって元々 本来の身体には無い部位をはやして使ってるんですから動かす筋肉みたいなの、その使い方とか考えたら、慣れるのにすっごく時間かかりそうなのに』
「何言ってんだ。アティスだってやろうと思えば直ぐだろ? 物真似とか便利な力持ってんだから」
『………空、飛ぶのは難しいです』
「ひょっとしてトラウマになったのか? 空飛ぶの。いやー でも高所恐怖症とかにはならなくて良かったな。一緒に だけど飛べてる事は飛べてるし」
『ッ!? って、誰の所為だと思ってるんですかっ!』
空中でやいのやいのと騒がしい2人。一見すると1人だけだと思われるが、実はリムルがアティスを纏っていた。つまり、見た目はトレイニーの時と同じ様なものだ。
『っとと、それより戦況は…… うーん、やっぱりリザードマンの方は分が悪いですね。数の暴力ですよ、これ』
「ああ。シミュレーションゲームなら完全に詰んでるな」
魔力感知をマクロにして、戦況を見た。其々の陣を判りやすく色分けして改めてみると、完全に囲まれてしまっている。数でも負けている上に、ユニークスキル
それでも退く理由は無い。助けに行く理由ならある。
『でもほっとけない。同盟相手なら助けに行く。当たり前なんでしょう?』
「わかってる。……それに心配してないさ。心強い連中がいるからな」
そう、リザードマンとのスライム軍の同盟は締結したのだから。
あの時 オークに襲われていた首領の娘、親衛隊長の願いは叶えられたと言う訳である。
因みに、あの後の状況を説明すると……《アティス弾》を腹部に受けたオークはどうにか九死に一生を得ていた。
そして 話を出来る程度に、回復してあげたのが残念な結果になった。
回復後、様々な暴言を命知らずにも吐いてまわっていたから。
『この下等生物が!』
とか。
『何したか知らんが、まぐれだ! 今すぐ喰ってやる!!』
とかだ。
つまり、残念な結果と言うのはオークにとってのもの。
回復して目を覚ました時、自分が何をされたのか、あの瞬間のシオンの殺気とかもすっかり忘れてしまったとでもいうのか、圧倒的な戦力差があるというのに暴言の嵐は止まなかった。
そして、何度も良いよ、と言われていてもアティスを傷つけた事実に涙していたシオンは、オークが一言一言発する度に、涙は止まり代わりに殺気と闘気が身体から溢れ出ていた。逆鱗に触れたのは言うまでもなく 怒れるままに リムルに目で。
―――こいつ、殺して良い?
と何度も念じて……訴えていた。
鬼人のメンバーも同様。全員がもれなく苛立ちを覚えていたのだが、シオンのそれが一番大きかった。
アティスを傷つけた(厳密には傷は入ってないが)原因を作ったオークだから仕方ない。
その後はソウエイの見立てで、オークには情報共有の秘術がかけられている疑いがあり、これ以上は、こちら側の情報を敵に与える結果となる可能性が公算が強いとの事。
リムルは無益な殺生は~的な事も少なからず考えていたのだが、シオンの怒りがヤバい事と、仲間たちをも貶し続けた事、そして 同盟相手を集団で喰おうとしていたオークに最早慈悲は無しと言う事で断罪した。 勿論、シオンが一刀の元、両断である。
リムルが言う心強い連中と言うのは当然、仲間たち全員だ。
オークに比べれば僅かな部隊数ではあるが、全員がオークにも引けを取らない。それに一騎当千の猛者たちもいる。
一騎当千、と言うのは比喩じゃない。見たまんまだから。ふき飛んでるから。……あの時のアティスの様に。いや、それ以上の高さまで。
『……アレ凄いですね。黒い竜巻、うわっ、雷まで纏って……。これって、ランガの力……ですよね?』
「……さぁ? なにコレ?」
リムルも解らない様子。突然現れた広範囲殲滅魔法? を全く。世界の破滅? と思える程の大きな大きな竜巻が複数。更に雷が降り注いでる。ここは地獄だろうか……?
兎も角、其々の御意見番に質問タイム。
大賢者も賢者も答えは同じ。
――解。個体名:ランガの広範囲攻撃技「
「……あ、そう」
『モノマネ』
「レパートリーが順調に増えて何よりだな」
『………正直、今もビックリしましてますが。とりあえず備えあれば憂いなしです。でも、……なんだか器用貧乏になりそう』
その後の戦い。ランガの
ランガの竜巻と雷。ベニマルの黒い炎。ハクロウやソウエイ、そしてシオン。白兵戦では無類の強さを持つ。『多勢に無勢』『数の暴力』等の常識は皆には当てはまらない様だ。
「リムル様~! アティス様~~! 不届き者どもを一掃致しましたよーーっ! 見ててくださいましたかー!」
上空高くで戦況を見守っていた所にシオンの声が届く。
手をブンブンふってる。凄くきれいな笑顔で。
見たところ、無数のオーク達を一刀のもと、屠った所だった様だ。二つに分れた屍が沢山出来上がっていたから。綺麗な笑顔とオークの死体の山。ギャップが凄まじい。
そして、シオンのあの体躯からは正直考えられない程の力。……あまり考えたくない力だった。
「うん。……シオンを怒らすのは止めとこう」
『後、未来永劫オレをシオンさんのあの時に放り込むのも禁止ですよ? と言うか、次何かあってもリムルさんが絶対に止めてくださいね!?』
「お、おう。判ってるって……、と言うかさ アティスって、超絶運ってスキル持ってるんじゃなかったっけ? それで何とかならなかったのか?」
『それ、思いっきりやってくれた人が言うセリフじゃないと思いますが。 まぁ、運のスキルですが、それは持ってると思いますよ。……何でだか、味方の皆さんにはぜーんぜん通じてないみたいですけどねーっ!!』
「うーむ…… 大賢者、その辺はどうなんだ? なんで??」
――解。ユニークスキル《超絶運》。主に所持者への悪意・敵意・害意等が強ければ強い程、それに比例し、反応するスキル。深奥まで探る故、感知を欺く事は現状不可能。個体名:アティス=レイに対して、悪意・敵意・害意、それらの気配はこれまで一切無かった為と推察。
「成る程。そういう事」
『大体何を言われたかわかりますよ。オレの賢者さんも同じ様な事言ってると思いますし。………よくよく考えたら、もう十分過ぎる程、効いてるかもしれませんから』
アティスはこれまでの経緯を考える。
明確な敵と対峙した事がないから、まだ検証の余地はあるけれど、それでも判る事はある。 トレイニーにリムル、そして先ほどのシオン。
皆、仲間と認めてくれた人たち。皆に関わる
でも、更によく考えてみると、もうとっくに極上の運を得ているんだ。
超絶運は、もう既に発動しているともアティスは考えている。辿ってきた道を振り返れば自ずと判る。
自分は死してこの世界に来た。そしてそのスキルを得た状態でここへと来た。
あの洞窟で始まり、光の神の加護を得た、次いで森の管理者
これらがこの世界に転生して僅か一日足らずで起きた。リムルでさえ それなりに日を重ね、色々と頑張って今の状況に持って行けたというのに、早さと起こった事を考えれば、十分超絶運スキル開眼! なのだが、体感してないので 何とも言えない表情をしているアティスだった。
「何が十分過ぎるんだ?」
『……いーえ。何でもありません。さ、ここから頑張りますよ。リムルさんの事、しっかりと守りますから、どーぞ、やっちゃってください』
「おう! 任せとけ! そろそろオレも良い所見せないとだ。……目標もはっきり見えた。多分、アレだ。あの
眼下にいるのは一際大きなオーク。全く動きを見せていないが、周囲にまき散らしている
『期待してます! えーと、マスター!』
そして、アティスはリムルにエールを。
何だかんだとやる気になってる理由の1つが リムルと一緒にいるから、と言うのに尽きるだろう。防御が凄くなったとしても、攻撃が出来なかったら意味無いし、単純に心強いから。
「よっしゃ。……ん? ますたー?」
『だって、今リムルさんがオレを使ってるような状態ですし? そう呼んだ方がしっくりくるかなー、と思いまして。
アティスの言葉を聞いて、リムルは軽く苦笑いをした。
主、主、と皆が自分をそう呼び、仕えてくれてる。その現状が嫌だという訳ではないが、アティスと出会い、接して強く感じた。この世界で対等に接し合える間柄になる、と。そう思っていたからこそ、マスターと呼ばれてちょっぴり複雑だった。
「その呼び方、許すのは今だけだからな?」
『はい?』
「マスターってヤツだ。……兄弟だろ、オレらは」
『……はいっ!』
リムルの意図を、言わんとする意味を何となくではあるが察したアティスは返事を返したその時だった。
『ッ!?』
アティスが身震いをしたのは。そして、アティスの衣を纏っているリムルは、それに直ぐに気が付いた。
「……どうした?」
『見られてる感じがしました。いえ、今もしてます。………何か、とてつもなく嫌なモノに』