これは証明だ、僕にも世界は救えるってね

そう言っていたのも今は昔、今やすっかりカルデアでの生活に馴染んだカドック・ゼムルプスは、今日も今日とてパートナーに振り回される毎日を送っていた。
これは、少年と少女が割とちっちゃな運命に出会う日々を綴った番外編である。



※注意
このお話は長編『Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女』の番外編です。


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※注意
このお話は長編『Fate/Grand Order IF 星詠みの皇女』の番外編です。
長編の幕間として掲載すると時系列の問題が出てくるので、パラレル時空として単独の短編としました。


星詠みの皇女外伝 チョコレート・ボーイの空騒ぎ

感謝の気持ちをありったけ。

特別な日に、特別なものを。

あの人にとって特別なものでなくても、あの人にとって自然なことであっても。

この想いは一方通行に、応じてもらうなんてとんでもない。

それでは、茶色のお菓子に真心を込めて。

どうか、受け取ってくれますように……。

 

「――という訳で、チョコレートは完成しました。無事に」

 

カルデアのマイルーム。

藤丸立香のデミ・サーヴァントであるマシュ・キリエライトは、テーブルの上に鎮座するチョコレートを見下ろしながらホッと胸を撫で下ろした。

その周囲には、いったいどうすればここまで散らかせるのかと問い質したくなるほどの凄惨な惨劇が広がっていた。

湯煎に使われた鍋とヘラは黒ずんでおり、粉々に砕かれたチョコレートはあっちこっちに飛散、気合を入れ過ぎて半ばまで包丁がめり込んでしまったまな板は静かに息を引き取り、傍らには生クリームの絞り袋が山のように積まれている。

断っておくが、マシュは決して料理が下手なのではない。後片付けができない娘でもない……と、どこかの湖の騎士も言っていた。

ただ、今回ばかりはいつも以上に気合を入れて調理に臨んだため、そこまで気が回っていないだけなのだ。

そう、本日は2月14日。つまりはバレンタインデー。

元々はローマ帝国の祝日だったものが、聖ウァレンティヌスという司祭にあやかった催事として形を変えたものとされている。

基本的には親しい男女間で贈り物をしあう日と考えて良いが、極一部の地域では女性が意中の男性にチョコレートを贈る日として祝われている。

カルデアに召喚された多数のサーヴァント達もそれにあやかり、親愛なるマスターへ日頃の感謝も込めてチョコレートを贈ろうと盛り上がっていた。

そんな中で気が気でないのが立香の正サーヴァントであるマシュだ。

サーヴァント達が用意したものはあくまで友愛の印でありそれ以上の他意はないはずだが(一部、怪しい者もいるが)、それはそれとして自分の気持ちは誰にも負けていないという自負はある。

何も一番になりたいとまでは考えていないつもりだが、たくさんのチョコレートの中に自分のそれが埋もれてしまわないだろうかという不安から、ついデコレーションにも熱が入ってしまったのだ。

その熱意たるや、試行錯誤17回、特異点での材料探し27回、レイシフトに協力してくれた管制スタッフへのお礼はプライスレス。

そうして生まれたのがこの渾身のチョコレートケーキ。その名も「カルデアスタンダード」である。

 

「先輩は沢山もらえるようで何よりですが、自分のチョコが認識されるか不安です。包装等、地味だったでしょうか?」

 

連日のお茶会という名の情報収集によると、やはり強敵は清姫と水着の方の暴君だろうか? どちらも見た目のインパクトが強い。

単純な完成度では玉藻の前や革ジャンの殺人鬼にはどうしても敵わないので、やはり第一印象は大事かもしれない。

逆にアタランテや影の国の女王は直球過ぎて鈍感気味なマスターでは意図に気づけないだろう。

そういう意味では一番に厄介なのはタマモシャークやコノートの女王だろうか?

考え出すと段々、思考が負のスパイラルに陥ってしまうのは、やはり今日という日を迎えて気負い過ぎているからかもしれない。

 

「大丈夫よ、マシュ。一所懸命がんばったのだから、きっと喜んでくれるはずよ」

 

そう励ましてくれたのは、一緒にチョコレートを作っていた親友のアナスタシアだ。

彼女も彼女でマスターであるカドックに送るチョコレートの包装を先ほど、終えたばかりだ。

周囲には特注で取り寄せた金型、ノミと金槌、いくつもの彫刻刀、デコレート用のペンが散乱している。

そこにチョコレートの削り滓がなければ、木彫りでもしていたのかと誤解してしまうような光景であった。

色々と凝り性な性分なので、何度も手直しを繰り返したことで指先はチョコで真っ黒に染まっている。

その熱意たるや、破り捨てた設計図の枚数7枚、試行錯誤12回、特異点での材料探し19回、レイシフトに協力してくれた管制スタッフへのお礼はやっぱりプライスレスであった。

 

「フォウ、フォウ」

 

「アナスタシア、フォウさん、励ましありがとうございます。お互い、頑張りましょう」

 

「ええ、いってらっしゃい。ここを片づけたら、私もカドックのところに行くわね」

 

にこやかな笑みを浮かべながら、マシュは包装したチョコレートを手にマイルームを後にする。

その後ろ姿を見送ったアナスタシアは親友が無事にチョコレートを渡せることを祈りながら、テキパキと調理道具の後片付けを進めていく。

彼女は知らなかった。こうしている間、マシュがとんでもない試練に巻き込まれてしまっていることに。だが、それは彼女の与り知らぬ別のお話であった。

 

 

 

 

 

 

チョコレートがサーヴァント化して調理場から逃走する。

何を言っているのかわからないと思うが、自分だってわからない。

そんなおかしな事件を何とか乗り切ったカドックは、部屋に積まれた幾つもの戦利品を眺めながら乾いた笑みを零していた。

 

(どうすりゃいいんだ、これ?)

 

日頃の感謝として女性陣から渡されたチョコレートの数々はまだいい。問題なのは男性サーヴァント達からもらった品物の方だ。

高価な宝やちょっと言葉では言い表せられないプライスレスな贈り物はまだいい。良くはないがまだいい方だ。

何だかんだで記念になるし、色々と普段はできない体験もできた。

だが、約何名からの宝具級のプレゼントはどうすればいいのだろうか?

断り切れなくて受け取ってしまったが、こんなものをいつまでも持っていては色々とまずい気がする。

幾つかの品物は英霊召喚の際に触媒として使えそうなものだってあるのだ。全てが終わって帰国する時、魔術協会に何て報告すればいいのだろうか?

 

(とりあえず、ヤバそうなのは後で返しに行こう)

 

でないと、今後も南極暮らしを強いられかねない。

そんな風に考えながら、さてどこから手をつければよいものかと考えていると、机の上に初めはなかったメモ書きが置かれていることに気が付いた。

気になって手に取ってみると、丸っこい小奇麗な字が書き連ねられていた。この筆跡は、アナスタシアだろうか?

 

『冷蔵庫を開けなさい』

 

メモにはただそれだけが書かれていた。

引っくり返してみても透かしてみても、念のため炙り出しも試したが他には何も書かれていない。

彼女は時々、理由もなく、よくわからない悪戯を仕掛けてくるので、今回もその類だろうか?

もう何度も付き合わされたのでいい加減、慣れてきたとため息を吐きながら冷蔵庫を開けると、保存している霊薬やティーターム用のお菓子に交じってCDケースが一枚、鎮座していた。

表には『再生しなさい』と書かれたラベルが貼られている。

 

「…………」

 

何となく、結末を悟りながらもケースから取り出したCDを機械にセットする。

程なくして聞こえてきたのはやはり、アナスタシアの可愛らしい声音だった。

 

『食器棚の右から三番目のお皿の後ろを見なさい』

 

言われた通りに食器棚を覗くと、青い包装紙に包まれた小箱が隠されていた。

意外なものが出てきたとカドックは目を丸くする。てっきり、ぐるぐると連れ回された後に『ご苦労様』だとか『何、マジになっちゃってんの?』なんて小馬鹿にするような文章で締めくくられるのではないかと警戒していたのだ。

だが、小箱には『Happy Valentine』と英字で書かれたメッセージカードも添えられており、軽く振ってみてもしっかりとした手応えが感じられる。

開けてみれば空だった、なんてことはないだろう。

 

「まったく、素直じゃない娘だ」

 

照れ臭いからこんな回りくどいことをしたのだろう。

それに最近、チョコ英霊を追いかけるのに忙しくて構ってあげることもできなかった。

向こうも向こうでマシュと一緒にチョコ作りに励んでいたようなので、お相子のような気もするが。

 

「さて、皇女様はいったどんなチョコをくれたんだ?」

 

少しだけ心を躍らせながら、包みを解いて箱を開ける。

瞬間、目の前が真っ白になった。

 

「っ!!!?」

 

粉だ。

粉が突然、箱の中から噴き出してきた。

それが顔面に直撃し、視界を塞いでしまったのである。

慌てて洗面台を目指すが、前が見えないので机の角に思いっきり足の小指をぶつけてしまう。

電流のような痛みが脊髄を駆け回り、脳天で火花が散った。情けない悲鳴まで上げてしまう。

 

「ふふっ、引っかかった引っかかった」

 

鈴を転がすような笑い声が聞こえてくる。

何とか洗面台に辿り着き、顔についた粉を洗い落としたカドックが振り返ると、いつの間に部屋に入ってきたのか、椅子に腰かけたアナスタシアがいつものようにヴィイの頭を撫でていた。

 

「これは、君の、仕業か…………」

 

「ええ、もちろん。メッセージの時点で気づかなかった? あれ、英語で書いていたでしょう?」

 

「き、君って奴は…………」

 

普通、そんなところにまで気を回さないだろう。だいたい、それを言うなら彼女は正教徒。本来ならばバレンタインとは無縁の宗派のはずだ。

 

「それはそれ、郷に入れば郷に従えとマシュのマスターも言っていました」

 

「ああ、そうかい」

 

付き合ってられるかと、乱暴に顔を拭いて電気ケトルのスイッチを入れる。

わざわざ来たからには、お茶の一杯でも飲まないと帰る気はないのだろう。

ニコニコと笑っているアナスタシアを尻目に、カドックはエミヤから融通してもらった茶葉を取り出しながら茶菓子は何が良いかと考えを巡らせる。

すると、徐に立ち上がったアナスタシアは、先ほどのびっくり箱よりも少し大きめの箱を取り出した。

 

「はい、こっちが本物よ」

 

「今更、信じろって言われても…………」

 

「あら、日頃から忠実に尽くしているサーヴァントからの贈り物なんだから、マスターとしては受け取るのが義務でしょう?」

 

「はいはい」

 

何が忠実なんだかと心の中でボヤキながら、箱を机まで運んで包装を解く。

丁寧に施されたラッピング、彼女のイメージにマッチした青い包装紙、そして箱の隙間から仄かに香るカカオの香り。

箱の中から顔を出したのは、掌ほどの大きさのチョコレートだった。

それもただのチョコレートではない。卵型のそれは表面にいくつもの模様が彫り込まれており、非常に計算し尽くされた美しさがあった。

ここまで精巧に彫られていたのでは、最早、芸術と呼んでも過言ではないだろう。

 

「これは……イースターエッグか?」

 

「ご明察。ええ、ロマノフのイースターエッグのレプリカよ。さすがに本物みたいには作れなかったけれど、かなりの出来だと自負しています」

 

元々は復活祭を祝う際に作る鶏卵の飾り物。アナスタシアが生きたいた時代のロシア宮廷には、それを模した宝石や金細工の飾り――インペリアル・イースター・エッグが納められていた。

彼女はそれを苦心してチョコレートで再現してみせたのである。

 

「復活祭にはまだ早いけど、どうせなら私らしいものを送ろうと思いまして」

 

「……ああ、凄いな……いや、本当に……」

 

ただただ圧巻だ。言葉が出ない。

色々なものをみんなから貰ってきたが、きっとこれに勝るものはないだろう。

どんな宝石や宝剣、美しい景色も彼女の贈り物には敵わない。

その全てを量りにかけてもまだこちらの方がきっと重い。

彼女は気づいているだろうか? さっきから必死に隠している指先が黒く汚れていることに。所々に彫刻刀でついた傷が走っていることに。

自分のような不甲斐ないマスターのために、こんなにも素晴らしい贈り物をくれるなんて。

本当に、未熟なマスターには勿体ないサーヴァントだ。

 

「ほらほら、一緒に撮りましょう。こっちにもっと寄って…………はい、ピース」

 

「あ、ああ……こうか?」

 

カシャリと、シャッターが切られる音が聞こえる。

大切な思い出がまた一つ、増えた瞬間だった。

お湯が沸き上がる音がどこか遠くの出来事のようで、心が浮ついているのが少しだけ気恥ずかしかった。

 

「参ったな。僕の方からもと考えていたけど、これじゃ釣り合わない」

 

用意しておいたチョコレートをお茶請けにしながら、向かい合ったアナスタシアに笑みを零す。

そもそも、自分がサーヴァントのみんなに配っていたのは、ただ材料を溶かして固めただけの平凡なチョコレートだ。

何の細工もされていないまな板みたいなチョコでは、皇女力作のチョコエッグにはとても敵わない。

これは改めて、お返しを検討した方がいいだろう。

 

「ふふっ……気にしなくていいの。こうして、一緒にいられればそれでいいの」

 

「……ああ、ありがとう」

 

時計の針が十二時を指す。

少女達の空騒ぎはこうして幕を閉じた。

その結果が如何ほどのものであったのかは、当人達が知るばかり。

これは、人理修復の旅路で起きた、ほんの些細な出来事の一幕であった。

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

「色々と考えた訳だが、やっぱりお返しはしたい」

 

いつもの面々での朝食風景。

さすがに昨日は甘いものを食べ過ぎたせいか、カドックも立香も無糖のシリアルで軽めの朝食を取っていた。

対面にはそれぞれのパートナー。前置きもなく、突然に切り出してきたカドックを見てアナスタシアとマシュはポカンと口を開く。

 

「なになに? 何か渡すの?」

 

「先輩、少しだけ静かに」

 

囃し立てようとする立香をマシュが制する。

ありがとう、シールダー。その名アシストには後でお礼をしよう。

 

「カドック、それは構わないと言ったのに」

 

「いや、僕の気が収まらない。お願いだ、アナスタシア。受け取って欲しい」

 

「もう、仕方のない人。それで、いったい何をお返ししてくれるのかしら?」

 

微笑むアナスタシアを見下ろし、カドックは一度だけ深呼吸をして気を落ち着ける。

一晩、じっくりと考えてみたが、やはりこれしかないと思った。

彼女の精一杯の贈り物に応えるには、自分も精一杯を返すしかない。

その方法は、これしかないはずだ。

 

「プレゼントは……僕だ!」

 

その瞬間、食堂の空気が凍り付いた。

ある者は口に含んでいた牛乳を噴き出した。

ある者は口に運ぼうとしていたスプーンを落としてしまった。

ある者は騒動の渦中を睨んだまま石化してしまった。

ある者は顔を手で覆いながらもしっかりと事の成り行きを見つめていた。

ある者はおもむろに取り出したビデオカメラで撮影を始めていた。

とにかくカルデアの食堂にいた面々が大騒ぎを始めたのだが、その中心である少年はまったく意に介さずにパートナーである皇女へと迫る。

 

「他に何も思いつかなかった。だから、今日は僕を好きに使ってくれて構わない。身の回りの世話でも、何でもしよう」

 

「え、ちょっと、なんで……」

 

「何でも女性からチョコを貰ったら男性は三倍返しという決まりがあるらしい。けど、凡人の僕じゃあのチョコの三倍の価値あるものを用意することはどうしてもできなかった」

 

「だ、だからって……」

 

「今日一日、マスター権を返上しよう! 君がマスターだ、僕の全部を貰ってくれ!」

 

「待って、カドック! カドックてば! ねぇ!」

 

後には退けぬとばかりにグイグイと迫るカドックと、顔を赤面させながら後退るアナスタシア。

そんな2人を立香とマシュは唖然とした顔で見つめている。

止めた方がいい。けれど、割り込む勇気がない。そんな感じだ。

 

「さあ、アナスタシア!」

 

「もう! カドック!」

 

慌ただしいバレンタインの延長戦が、こうして幕を開けたのだった。




二の轍は踏まぬ。
バレンタインイベントよりも前に書き上げてやったのさ。
きっとイースターエッグがくると思ってね。
というか、フルボイスってずる過ぎません?

今後もこういうのが続いたら、短編集としてまとめようと思います。
とりあえずまずは、長編の完結を優先優先。


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