あやせちゃんの可愛いところが出せてればいいんですけど難しかったですこの子!!
あやせちゃんの胸いじりはないです。(ギャグ要素がほぼ無いってことですね)
あやせちゃんの可愛いところが出せてればいいんですけど難しかったですこの子!!
あやせちゃんの胸いじりはないです。(ギャグ要素がほぼ無いってことですね)
「あら?もうこんな時間ですか。それじゃあ今日の授業はここまで」
授業の終わりを知らせるチャイムがなり、挨拶をすませると、ぞろぞろとクラスメイトたちが廊下へ出て行く。お昼休みではよく見る光景だ。
(うぅぅ〜……寒い)
そろそろ春が始まる時期。……と言ってもまだまだ寒い。
(暁、暁〜)
もう付き合ってからはしばらく経つのに、すぐに考えてしまう好きな人のこと。休み時間のたび、いや、休み時間でなくても考えてしまう。自分でもちょっと恥ずかしいレベル。
そんな私の耳に、クラスメイト達の会話が入ってきた。
「そろそろバレンタインだけど、どうするの?」
「私は義理チョコと友チョコだけかなぁ。本命は……いないし」
「えぇー!?こないだ言ってた気になる人は!?」
(そっか。もうそんな時期か……)
このところ取材だったり撮影だったりが忙しくてすっかり忘れていた。
(彼女としては、ちゃんと気持ちを伝えないとダメよね。……といっても、さすがにお菓子まで作ったことはないしなぁ……買って渡すのでもいいけど、それじゃあなんかそっけないし……)
どこか近くにお菓子の作り方を教えてくれる人はいないだろうか?さらに欲を言えば暁のことをよく知っている人。
私がそんなことを考えているとーー
「あやせ?おーい」
「ひゃいぃ!?暁!?びっくりさせないでよ、もう!」
「……なにかとても理不尽に聞こえるんだが。いや、今はそれはいい。お昼なんだが少し七海に呼ばれてしまってなーー」
私の思考はそこでフリーズした。暁はまだ色々と言っていたが正直耳に入らなかった。
(そっか!!七海さん!!料理ができて暁のことをよく知ってる人!!)
「ーーあれ?あやせ?おーい」
「一緒に食べましょう!!!お昼!!七海さんと!!」
「おぉ!?お、落ち着け!」
もう少しで暁を押し倒してしまいそうになってしまうくらいの勢い。クラス中の人から注目されてしまったのは言うまでもない。
「あれ?あやせ先輩」
「七海さん。ごめんなさい、ついてきてしまって」
七海さんは中庭に居た。ハッキリとは言っていないが暁の歯切れが悪かったので、おそらく『仕事』の話だろう。
「実は七海さんに少しお話があって……大丈夫ですか?七海さん。」
「えぇ、はい。もちろん大丈夫なんですけど……」
「あっ、もちろんお二人の話が終わってからで大丈夫です。私は購買でお昼を買ってきますね」
そこは一つの線引き。私がいくら暁の彼女だとしても、『仕事』や家族の話にまで首を突っ込まないというのは、私が自分で決めたことだ。
私は もう一言二言断ると、購買に向かった。
「……暁くん?」
「気、使わせちゃったな……」
「絶対仕事の話だと思ってるよ?あやせ先輩」
俺と七海は、購買の方へと歩いていくあやせの背中を見ながらそんな会話をした。
「実際、仕事は今はないから平和ってことなのか」
ちょくちょく親父と連絡はとるが、それは定期連絡くらい。最近は仕事も特に内容があるものはしていない。
「いいことだよ。これで暁くんも勉強に集中できるもんね」
「うっ、そうしなければならないのは否定できないが……」
正直成績はいいとはいえない。今でさえたまにあやせに教わっているほどだ。
「それで?もうすぐバレンタインデーだけどあやせ先輩に他の本命がいないか心配、だっけ?」
「そんな心配はしてねぇよ!!……そりゃあ、誰に渡すのかくらいは気になったりも、しないことはないが……」
そう。あやせには七海に呼ばれたと言ったが、実際は俺が相談のために七海を呼んだのだった。
「はぁ……私に、そんなお惚気をわざわざ聞かせるために呼んだの?」
俺の言葉に、七海は大きなため息をついて呆れた調子で言った。
「惚気じゃないんだが……いや今はそれはいい。あやせも戻ってくるし、本題から言うぞ?」
「はいはい、わかったわかった」
いまだに呆れ気味の七海に言いたいことはあったが、俺はそれを飲み込んで話し出した。
「もうすぐバレンタインだろ?それでその、もちろん、たぶん、もらえるとは思うんだが……むしろ俺の方からも何か渡したほうがいいのかな、と思ってな?そこらへん、どう思う七海」
「お兄ちゃん……はぁーーあ……」
七海は、俺の真面目に悩んでいる質問に、今度はながーいながーいため息をついた。
「相談っていうから、少しは心配したんだからね?……でも、お兄ちゃんがそんなことで相談するようになるなんて、本当に成長したね」
……どうやら七海の中の俺の評価は随分低いらしい。
「大丈夫。お兄ちゃんは貰えたらちゃんとお礼と感想を言ってあげれば。それだけでも嬉しいんだよ?」
「いやだがそれじゃーー」
「暁ー!七海さん!」
俺が話そうとすると、思っていたよりも時間が経っていたのか、あやせが戻ってくるところだった。
「お話は大丈夫でしたか……?」
「あやせ先輩!大丈夫です。ね、暁くん?」
「え、あ、おう」
あやせが戻ってきたんじゃそう言うしかない。七海はそのことも織り込み済みっぽかったが。
「あれ?あやせ、なにか買ったんじゃないのか?」
そんなことを考えながらあやせをパッと見ると、購買に行った割には何も持っていないことに気がついた。
「あ、あぁ、それがですね……七海さん、ちょっといいですか?」
「え?はい」
あやせは七海に近づくと、なにやら二人でコソコソと話し始めた。
……途中でチラチラとこっちをみてるのがなにやら不穏な雰囲気を醸し出していた。
「わかりました。じゃあ詳しい話はご飯を食べながらしましょうか」
そう聞こえたかと思うと、七海はこっちに振り向いた。
「それじゃあ暁くん、あやせ先輩は貰ってっちゃうからね」
「あっ、えっ?」
……そうなるのか。三人で食べるものだと思っていたのだが。
「ごめんなさい。暁、放課後は待ってますから」
そういうと、七海とあやせは学食の方に向かって行ってしまった。
女子だけの秘密というのもなかなか多いらしい。
(今の時間からだとさすがに誰もいないよなぁ……)
久しぶりに一人で食べるお昼ご飯は、なんだか味気なかった。
「よし、それじゃあお願いします。七海さん」
「こちらこそ、お願いします。あやせ先輩」
時間は過ぎて週末。 私と七海さんは、食堂の厨房を借りていた。
少し予想はしていたが、暁はなんでもおいしいと食べてしまうらしい。それならばと今年のバレンタインは週末から少し離れてしまっているので、日持ちするパウンドケーキを作ることにした。
「それじゃあまずは、チョコを刻んで、バターと一緒に湯煎します」
「はい、わかりました」
一応料理経験はあるので料理が苦手というわけじゃない。それでも、作ったことがある人が近くにいるというのは、それだけで安心できることだった。
「えっと、これに上白糖をいれて……これで混ぜればいいんですよね?」
「そうです。それで、卵を少しずつ入れて……あやせ先輩、私がいなくても十分できたんじゃないですか?料理下手な人には見えないですけど……」
「いえいえ。七海さんが近くにいるからこそ慌てないで作れているんです。でも、ごめんなさい。週末の時間を割いてもらって……」
「ごめんだなんて、そんなことないです!もともと週末は予定があんまりないので……」
ちなみに、暁は周防君に頼んで連れ出してもらっている。お昼を食べて映画でもみるよと言っていたので、少なくとも3、4時間は大丈夫なはずだ。
「そこまでできたら、温めておいたオーブンに入れて……あとは焼きあがるまで待ちましょう!」
「はい」
七海さんに工程を教わりながら、ある程度終わった。うん。我ながら中々手早くできたと思う。
「それにしても、思っていたより早く終わっちゃいましたね。材料もまだありますし」
全体で見ても1時間かかっていない。失敗も特にしていないし……お菓子を作る才能は少しあるかも?
私がそんなことを考えていると、どこからともなく声が聞こえてきた。
「クンクン。なんだかいい匂いがするなぁ……あれ、三司さんに、七海ちゃん?」
「式部先輩!」
厨房の出入り口からひょこっと顔を出したのは、式部先輩だった。
「おやおや、二人とも可愛いエプロンにバンダナもして、どうしたんだい?」
「実はーー」
私は、七海さんに手伝ってもらって暁にプレゼントするバレンタイン用のお菓子を作っている旨を説明した。
「なるほど。そういえばもうそんな時期かぁ……お姉さんにはあんまり関係ないから、すっかり忘れてたよ」
「式部先輩には、渡したい人とかいないんですか?」
「うーん……研究ばっかりであんまり考えたことがなかったなぁ……強いて言うなら、一人だけいる、かも?」
「聞いてもいいですか?」
式部先輩のそんな人に心当たりがなかった私は、ごく自然にそんな質問をしていた。
「ちゃーんと三司さんに許可を取らないといけない人だよ」
「もしかして暁、ですか?」
「うん。あ!もちろん日頃の感謝って意味だよ?」
「わかっていますよ。式部先輩に、変な心配はしていません」
「ありがとう、三司さん。ところでその材料って、これからまだいっぱい作るの?」
式部先輩の視線の先には、まだ残っているチョコレートや卵があった。
「いえ、あとは焼きあがるのを待つだけなんですけど、少し多めに買っておいたのとあやせ先輩の手際が良いのとで、余っちゃったんです」
「そっかそっか……」
七海さんの言葉で、式部先輩は少し考えふけったかと思うと、すぐに顔を上げた。
「あの、もし三司さんに七海ちゃんもよかったらなんだけど……アタシも作ってみていいかな?」
「もちろん大丈夫です。暁もその方が喜ぶと思います」
「はい!私でよければ、お手伝いしますよ」
式部先輩のその言葉に、私と七海さんは二つ返事で返した。
「えっとこの材料だと……」
「む、三司さんに七海君に式部先輩。いい匂いは此処からだったのか」
「七海ちゃんに先輩方!何やってるんですかー?」
七海さんが材料を見て頭を捻らせている間に二条院さんと千咲さんも厨房の方へときていた。
なんだかんだでみんな悟へのプレゼントということでお菓子づくりをすることになった。
ここまで人が増えるとさすがに余った材料だけでとはいかない。結局、みんなで買い出しに行って、周防君にももっと外で遊んできてください、と頼むことになった。
(やっぱり、みんなといると楽しい。今こうしていられるのも、暁のおかげだなぁ……)
私は、改めて暁への感謝の気持ちを感じていた。それに、みんなが暁へ感謝の気持ちということでお菓子を作ろうとしているところが、なんだか自分のことのように嬉しかった。
(ちゃんと美味しいって言ってくれるかな?あーもー、考えてたら会いたくなってきちゃった……)
そして改めて、暁への好意を確認した。
バレンタインデー当日。
「お、おはよう、あやせ」
「うん、おはよう。暁」
俺とあやせは、朝から気まずい雰囲気になっていた。
(さすがに俺からチョコをくれとか用意してるかとかは聞けないよなぁ……)
(どうせ渡すなら、感想も聞きたいし、ある程度時間があるときに渡したいなぁ……)
「じゃ、じゃあ、行くか」
「う、うん。そうね」
お互いに考えを巡らせながら、朝食の時間は結局ろくに会話もできないのだった。
「おはよう、在原君」
「あぁ、おはよう二条院さん」
なにかもやもやしたまま教室に入った俺を迎えてくれたのは、二条院さんだった。
あやせはなにやら取材関係で職員室に用事があるらしく、校舎に入ったところで別れたのだった。
「在原君、もしよかったらなんだが……これを受け取ってくれ!」
「これは……」
二条院さんがずいっとこちらに渡したものは……綺麗に包装された、クッキー?
「今日はバレンタインデーだろう?あああ、もちろんすすす、好きです、とかではないんだ!いやなんだ嫌いというわけでもないぞ!?これはだからその、うん!日頃の感謝だ!」
「ありがとう、二条院さん」
俺のその言葉は、自然に口から出ていた。もちろん感謝していないとか軽視しているとかではなく、二条院さんのこれからも仲良くいようという気持ちが単純に嬉しかったからだ。
「あぁ。よろしくな、在原君。といっても、在原君にはもらえると一番嬉しい人がいるだろうがな?」
二条院さんのその言葉は嫌味でもなんでもなくニッコリとした顔から言われたものだが、まさかその言葉に一日中付きまとわれるとはこの時は思いもよらなかった。
時間は進んで授業は二度目。
俺は授業中ではありながら、ボーッとして考えに耽っていた。
(なんだったんだ…?)
俺は一人で悩んでいた。さきほどの休み時間あやせに話しかけようとしたのだが、席にはいなかった。どうやら授業終わりと同時にどこかに行ってしまったようなのだ。
もちろん授業中ーー今は自分の席に座っている。なにか用事があったのだろうか?
(いや用事なら俺に何か一言あってもいいはず……いやそもそも少し休み時間にいなかったくらいで考えすぎか……?)
「さーとーるーくん!」
終わりのない考えに頭を捻らせていると、ふと俺を呼ぶ声が聞こえた。
その人は目の前にいた。
「ちょっと暁君?どうしたのボーッとしちゃって。もう授業も終わってるよー」
「おわっ、茉優先輩!?」
どうやら授業が終わっていたことに気づかなかったらしい。俺から見れば突然目の前に現れた茉優先輩に、結構大きなリアクションをしてしまった。
「ちょっとちょっと、そのリアクションは失礼じゃない!?」
「いや急に学年も違う人が目の前にいたらビックリするだろう!?」
「だからそれは暁君がボーッとしてたからで!いやアタシは言い争いに来たんじゃなくって……はいこれ!お姉さんからのプレゼント!」
「これは……?」
茉優先輩から渡されたのは、二条院さんから渡されたのと似ている、包装されたお菓子だった。
「キャラメルだよ。今日はバレンタインデーでしょ?そのプレゼント。まぁ気が向いたときにでも食べてよ。じゃあ、アタシはもう行くから!」
「えっ、あっ茉優先輩!?」
茉優先輩は、それだけ言うと教室から出て行ってしまった。あの人はあの人で、照れていたのかもしれない。
俺は呆然としながら立っていたが、ふとあやせの席の方を見た。やっぱり、そこにあやせの姿はなかった。
(ううぅー……やっぱり誤解させちゃってるかな……)
私は、授業中に頭を悩ませていた。朝から暁を避け気味になってしまっている。自分でも理解していることだった。
(でもずっといると絶対渡したくなっちゃうし、そもそも他のみんなも私がいたら渡しにくいよね!?)
ゆったりとした時間に渡して、感想を聞かせてもらって、あわよくば食べさせたげたい……それは私のわがままにしか過ぎないが、頭を悩ませるには十分な内容だった。
(もう授業も終わるし、次はお昼休み。今度こそ絶対渡すぞー!)
私は、心の中で小さく自分に掛け声をかけた。
そして授業が終わりーー先生に呼ばれる。
「三司さん?少しいいですか?」
「えっ?あっ、はい」
……嫌な予感がした。だいたいこう言う時の勘は当たる。
「実は、急な取材の申し込みが入ってしまいまして、恐らく明日になると思うのですが、その内容について打ち合わせをしたいのですが……」
ほらやっぱり。
(うっそでしょお!?よりによって今日!?バレンタインのお昼休みに打ち合わせをしますか!?あぁでも明日じゃやらなくちゃだし……まだ放課後があるかぁ……これ以上我慢はしたくないけど、仕方ないかぁ……)
「わかりました」
私はいたって顔に出さないように、その言葉を言った。
(暁……ごめん!)
心の中は謝罪でいっぱいだった。
「ふぅ。食堂も久しぶりだなぁ……」
「僕も暁と食べるのは久しぶりだよ。三司さんの穴埋めくらいにしか使われないからなぁ」
「おいおい、そんな言い方するなよ」
「あはは、冗談冗談。ちょっとしたジョークだよ」
俺は、恭平と共に寮の食堂へと向かっていた。期待しないと言ったら嘘になる昼休みは、あやせは急に取材の打ち合わせが入ってしまったらしい。かなり俺に謝りつつも、職員室のほうに向かった。
(やっぱり朝から打ち合わせなのか?だとしたらずいぶん今日は忙しい日だな……)
「暁?さとるー?」
「ん?悪い。ボーッとしてた」
「まったく……三司さんのことばっかり考えて」
……否定はできないのが悔しかった。
「そういえば今日はバレンタインデーだよ!暁は貰った?」
「あーうん。まぁ、な。」
俺はとっさに、歯切れのある返事ができなかった。それはとても失礼なことだと感じながらも。
「あれ?その反応ってーー」
「せんぱーーい!!」
恭平が何か言おうとした時、寮の食堂とはまた別の方から、呼び止めるような声が聞こえた。
「壬生さん。どうしたんだ?そんなに走ってきて」
「ちょうど先輩を探してたんですよー!ごめんなさい周防先輩、話の途中でしたか?」
「あ、ううん!全然大丈夫だよ」
「はぁ、はぁ、早いよ、千咲ちゃん」
壬生さんの後ろには、七海が遅れてついてきていた。
「先輩にはこれをプレゼントです!周防先輩にはこれです!」
壬生さんは、俺と恭平にお菓子入りの小包をくれた。
「クッキーですよ!ほら、七海ちゃんも」
「あ、うん。周防先輩、よければなんですけど、これ……」
七海は、おずおずと恭平に小包を渡していた。
「ありがとう壬生さん!七海ちゃん!いやぁ、嬉しいなぁ……僕なんかバレンタインだけどくれないのかなんてからかわれるんだよ?全くやになっちゃうよ!」
「あはは……あとこっちは、暁君の」
七海は、恭平に渡したのとはまた違った包みを俺の方に向けた。多少雑に。
「恭平のとは違うのか?」
「クッキーは周防先輩の分で終わっちゃったから、お兄ちゃんにはキャンディ」
「わざわざ悪いな、七海。それに壬生さんもありがとう」
「いいよ、別に?ついでに作っちゃっただけだもんね!」
「いえいえ!お兄さん、七海ちゃんはこう言ってますけど、ちゃーんと時間をかけて丁寧に作ってたんですよ?」
「ッ!!千咲ちゃんー!!」
なんだかんだいいつつも七海は毎年俺にお菓子を作って渡してくれる。我が妹ながらよくできた妹だ。
「でも、お兄さん的には、貰って嬉しかったランキング一位は不動ですよねー?」
「あぁ、そうそう。それは僕も聞いたんだけど……」
壬生さんと恭平に興味しんしんの目を向けられた俺は、少し怯みながら言った。
「実は、まだ貰ってないんだ……」
「「「えっ?」」」
これほど綺麗に声が重なるだろうか?単純に、そこにいる全員にとって意外だったのだろう。
「それって、まだ三司先輩に貰ってないってことですよね?」
「……あぁ」
「お兄ちゃんの不安が本当に……」
「やめろ七海!」
「暁……ドンマイ」
「恭平までやめろ!まだ今日は残ってる!」
そんな感じで俺たち四人がわちゃわちゃしていると、突然電話の音が鳴り響いた。
「ん?俺か」
電話の音は俺の携帯からだった。
(ん……?親父?通常回線でか?)
俺は電話に出ると、七海の方をチラリと仰ぎ見た。『仕事』の話だった。
(はぁーあ……失敗したぁ……)
打ち合わせに意外と時間がかかって、軽く昼食を済ませ教室に戻ると暁はいなかった。携帯を見てみると、短く『スマン、仕事だ』とだけメッセージが入っていた。
(こんなことなら、渡しちゃうんだったなぁ……)
手元には渡しそびれたチョコパウンドケーキ。美味しく出来た自信はある。でも、聞きたいのは食べて欲しかった人の感想だ。
学校が終わっても、暁は帰ってこなかった。この調子だと、今日中には帰ってこないだろう。時刻はすでに23時近い。私は、寮の自分の部屋で一人座っていた。
(バレンタインデーにお菓子を作っておいて渡せないなんてことある!?片思いじゃあるまいし!)
この時ばかりは、暁の仕事の事が少し気になった。
(でも、私の取材の方のせいでもあるわけだし……はあぁ……会いたい……)
誰が悪いわけでもないのに、そんなことを何度も何度もぐるぐると考えてしまう。
(あーもー!自己嫌悪しちゃうくらいなら、寝ちゃお!)
私はそう吹っ切れると、布団に入った。
「だいぶ遅くなってしまったな……」
時刻はすでに23時過ぎ。これでも七海に言われて早く帰ってきた方だ。
「急な仕事は本当に困るな……」
今日はアストラル能力を使った犯罪組織のアジトが割れたというのと、活動をまさに始めようとしていたため、緊急を要すると判断されて呼び出されたのだった。といっても、実際は情報よりも小さく、少人数の組織だった。
親父に言わせてみれば、情報の確実性が下がっているため大問題らしいが、俺にとっては嬉しいことだった。特に今日は。
(今は10分か……日付が変わる前には戻れそうだが、流石に寝てるよなぁ……)
今日はバレンタインーーだった。お菓子は四人から貰えた(家族を入れていいかはこの際置いておく)。だが、一番欲しい人からはもらう事ができなかった。
(まぁ色々タイミングが重なっちゃったって言うのもあるか……)
俺は、色々と今日1日の行動を反省しながら、SIMカードを特殊なものから通常のものへと差し替えた。その直後、電話が鳴り響いた。
そして俺は、画面に表示された名前で一気に仕事から引き離された。
「もしもし、あやせ!?」
『あれ、暁!?』
……かけた側もかけられた側も驚いていると言うのはどういう状況なのか。
窓をコンコンと叩く音。その音で窓は開き、部屋の主は人影を中に招き入れた。
「暁っ!」
「あやせ!?」
あやせは、暁の胸へと飛び込んだ。
「ごめん。取材の用事が急に入っちゃって……それに、朝から少し避けちゃってた。えっとでも嫌いだからとかじゃなくて、絶対すぐ渡したくなっちゃうからで、これは私のわがままなんだけどーー」
「待った待った。落ち着いて、あやせ」
あやせの肩を優しく持ちながら言った暁のその言葉で、あやせははっとしてゆっくりと一つ息を吐いた。
「まず、俺もすまん。急な仕事の話で連絡もロクに入れられなかった」
「ううん、それはいい。仕事なんだからしょうがないもん。それより、改めて朝からごめん」
「それは正直気になってた。どうしたんだ?」
「あのね?えと、これ。」
あやせは、暁へとラッピングされた少し大きめの包みを差し出した。
「バレンタインのプレゼント。いつもありがとう。それと、好き、です」
「あ、あぁ、俺こそありがとう。好きだ。あやせ」
「うん。……ずっと渡したかったんだけど、すぐに感想も聞きたくって……それに、食べさせてあげたいって言うのもあってね?」
「そうか、だから朝から……ありがとう。本当に嬉しい。これ、今食べてもいいか?いや、食べさせてくれるか?」
「っ!うん!」
(あぁ、私今、すっごく幸せ)
(あやせがいるだけで、こんなに幸せだ)
「大好きだよ、暁」
「俺も、大好きだ。あやせ」
既にバレンタインが終わっていても、甘い時間は終わらない。その部屋だけは、しばらくの間、甘い空気に包まれていた。