第4話を投稿してから、お気に入りの数が倍近くにまで伸びててリアルに二度見しました。やっぱみんなVectorが好きなんやなって…、ありがとうございます!
「Vectorはなにか食べたいものはあるか?」
「私はなんでもいいけど…、指揮官は?」
なんでもいいが一番困るんだよなあ…。
ふと、俺は彼女の好みをまったく知らないことに気づく。いや他の人形たちの好みもそこまで知らないんだけど。
こんなことなら実戦でVectorとバディをよく組む416に好みを聞いとくんだった……。と、後悔しても時すでに遅し……ん?お寿司?
「そうだ、回転寿司はどうだ?最近この辺にできたんだよ」
あります!こんな時代でも!!スシ〇ーが!
「お寿司?でも値段高いんじゃ……」
その通り、この環境では新鮮な生魚なんて貴重である。ひと皿100円の時代はとうの昔に終わりを告げていた。
「別に構わないさ。お金なんてこういう時にしか使わないし、今日はVectorと一緒に楽しみたいから」
「……そう」
「昼から回転寿司なんて酔狂な奴らは少ないから、比較的空いてそうだしな」
目的地は決まったことだし、移動しよう。ということで俺は彼女に手を差し出す。
「?…その手は?」
「こんだけ人が多いとはぐれるかもしれないだろ。手ぇ繋ぐぞ」
と、キザな真似をしてみたが、こんなの普段の俺なら絶対に言えない。拒否されて傷つくのが目に見えている。とはいえ、今日はVectorへの気遣いや配慮は徹底するべきだ。断られるのを恐れている場合ではない。
「…っ…またそうやって…」
「ん?なんか言った?」
「…なにも。さっさと行こう」
「え、あ…うん……」
普通に手を繋ぐのスルーされた。やばい泣きそう。
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「ふう…。ご馳走さま指揮官、美味しかったよ」
「いえいえ、一番気に入ったのはなんだ?」
「うーん…ハマチ……だっけ?ほどよい脂で私は好きかな」
ハマチが好きなVectorとか可愛すぎるだろ、いやどれを好きといっても可愛いな。
「さて、時間もいい感じだし、そろそろ映画行くか」
「そうだね、あまり気乗りしないけど」
「…まあ俺もそうだが……、でもこんな可愛い女の子と一緒に観れるってだけで俺はテンション上がるけどなwww」
HAHAHA!と笑っていると先程まで隣で歩いていたVectorが、少し後ろで足を停めていることに気づく。顔は俯いてて表情は分からないが、少し肩が震えていた。
「……Vector?」
「…指揮官はさ、私のことをなんだと思っているの?」
その問いかけに、俺は首を傾げる。
Vectorのことをなんだと思っているか?
彼女は少し愛嬌はないものの、俺の可愛い部下で、共に死線をくぐり抜けてきた仲間で、いつも近くで楽しく過ごす家族である。これまでもこれからもずっとそばにいてほしい存在だ。
しかし、彼女が求めている答えはそうではなかった。
「私は戦術人形であって、指揮官の友達でもなければ恋人でもない!私は戦うためだけに生まれたただの機械!」
「あなたは私の存在意義をどう解釈しているの!?なにを考えて私を人間扱いしているの!?」
「さっきだってそう!私のことを可愛いって褒めたり…手を繋ごうと言ったり……」
「私は……!ただの…機械なのにっ……」
普段の寡黙な彼女とは思えない突然の激昴ぶりに、俺は戸惑いながらも彼女の言い分を理解した。
彼女は戦いこそが使命で、勝利することが自らの存在証明だと自負しているのだ。だとすれば俺がこれまでに彼女へしてきた
「でも……」
「あなたが私を人間のように扱ってくれるのが……とても嬉しくて…それが情けなくて……」
顔を上げた彼女の瞳は涙で溢れていた。
しかしこの涙も、自らの考えを吐露する行為も、あくまで造られた偽りのものなのだ。人は人形を人間のように扱い、人形は人に人間のように扱われることを望む。どれだけきれい事を並べようがこれはエゴにかわりない。
だがそれでも、偽りの涙だろうが造られた感情だろうが、彼女が吐き出したこの気持ちだけは間違いなく本物である。
俺は彼女をそっと抱きしめて頭を撫でた。
「とある国に生まれた一人のお姫様がいた。身勝手な大人たちはゆくゆくは彼女に女王の座を引き継がせるために、本人の意思と同意なく英才教育をする毎日だった」
「だが彼女は女王になることを望んでおらず、静かな田舎で自由気ままな生活をするのが夢だったんだ」
「そこで現れたのは人知れず彼女を想う一人の執事。彼は裏から手を回し、彼女を連れて王族から逃げた」
「やがて二人はどこかの田舎で楽しく平和な日々を過ごしている……って話があるんだがな」
「この世に生を受けた理由がどうであれ、自由に生きる権利は誰にだってある。それは人間だけじゃなく、戦術人形も同じだ。戦うことが使命なのは当然だが、それは自由な生活を送ることを縛る縄じゃない」
「まあ…つまり…なにが言いたいのかっていうと……」
「お前が人間のように扱われることも、人間のように過ごすこともなにも間違っちゃいない。それが戦術人形のなり損ないなんてことはないんだ。俺はお前に、人形という枠に囚われることなく、自由に生きてほしい」
彼女はただ真っ直ぐと俺の顔を見つめていた。どうやら涙は止まっていて、しっかり俺の話に耳を傾けていたようだ。
「……フフッ、やっぱり指揮官は指揮官だね…」
「どういうことだよ…貶してんのか?」
先程までのクールでニヒリストな面影はなくなっていた。目の前にいたのは吹っ切れたような、それでいて新たな希望に満ち溢れた笑顔のVectorだった。
「さあね。ほら映画始まっちゃうよ」
涙を拭った彼女は、俺に右手を差し出してきた。
「手、繋がないとはぐれちゃうんでしょ?」
「…そうだな。よし、行くか!」
そう言って俺は彼女の手を取り、彼女も俺の手を受け入れ、映画館へ向かった。
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「へえ……映画館のスクリーンってこんなに大きいんだ、すごいね」
「分かる。俺も初めて見た時は驚いたなあ」
売店で買ってきたポップコーンとドリンクを彼女に手渡し、俺は席に着いた。思ったより人少ないんだな。平日の昼過ぎだからかな。
「ありがと。…あれ、指揮官はポテトなんだ」
「ああ、ポップコーンも好きなんだがやっぱ映画館で観るならポテトは欠かせなくてな」
ほんと、なんで映画館のクランチポテトってこんなに美味いんだろうな。俺はポテトと塩があれば生きていけるね。あとマヨネーズ。
「ふーん……」
と、彼女は興味なさげな表情をしながらも視線はポテトに固定されている。なんだ、欲しいのか?
「えっ?あっ、いや…別に……」
「ハハッ、可愛いやつだなお前は。ほら、あーん」
「ちょっ…いいよ、自分で食べるから…」
「いいからほら、あーん」
彼女は赤面しながらも小さく口を開けてポテトを食す。
「どうだ?」
「……うん、おいしい」
「だろ?映画を観ながら食べるこれが格別なんだよなあ」
ハッハッハッと笑う俺が少々面白くなかったのか、Vectorもポップコーンを一つ掴み、俺の口元へ差し出す。
「ほら指揮官、あーん」
「……いや…俺は…」
「ポテトのお返しだよ。はい、あーん」
彼女の善意を無碍にするわけにもいかず、俺は彼女からのポップコーンを受け入れる。くそっ…これけっこう恥ずかしいな…。嬉しいし美味いからいいけど。
すると場内の照明が暗くなり、本命の映画が始まることを教えてくれた。
「お、いよいよ始まるぞ」
「FALに感想を聞かれるんだから寝ないでよ?」
……善処する…。そう言ってこれから始まる映像作品を静かに見つめた。
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「案外面白かったな、さすがはFALが評価しただけある」
観るまでは乗り気じゃなかった映画を堪能し、余韻に浸りながら基地への帰り道についていた。
「そうだね、特にあのキスシーンはよかったかも」
ほう、やはり女の子はああいうのが好きなんだな。一度は憧れるんだろう。
「……でも、指揮官が私にあの言葉を言ってくれなかったら、私は多分映画を楽しめなかったと思う」
俺は数時間前の出来事を思い出した。クサいセリフを吐いた恥ずかしさに苛まれるが、それを表情に出さないようにするのが精一杯だった。
「指揮官はさ、私たち人形を見捨てれば自分は助かるような状況でも、私たちを助けようと自分を犠牲にする人だよね」
「当然だ。お前らは大事な仲間で、唯一の家族だからな」
この考えが指揮官失格であることは分かっている。
人間というのは一度死んでしまえばそれまでだ。替えがきかない儚い存在である。しかし人形は破壊されてもバックアップと新たな本体があれば、記憶を引き継いで復旧することができる。
そのための戦術人形であり、そのための戦術指揮官だ。これを履き違えては本末転倒だろう。
それでも、俺は彼女達を一度とて喪いたくない。記憶を引き継ぐことはできても、これまで共に過ごしてきた身体の替えはないのだから。
「でも、もしそんな状況になったら、迷わず私たちを見捨てて逃げてほしい。指揮官さえ無事なら、また会えるから」
「……そうだな…。でも、そんな状況にならないために俺がいるんだ。俺は決してお前たちをそんな目にさせない」
「フフッ……、頼りにしてるよ」
俺たちは手を繋ぎながら、人混みをかき分けて帰りの駅へ向かった。
#5 女とは、こういう生き物である
これはVectorだ!誰がなんと言おうとVectorなんだ!
……だいぶ角が丸くなりましたけどね。
そして気づいたのが、回を重ねる毎に文字の量が増えてきてる……。