英雄の剣に憧れた私が剣に生きるのは間違っているだろうか   作:美久佐 秋

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 フィンがシュヴェルトの正体に迫る回です。


episode.09:終末の前触れ

 シュヴェルトとリヴェリアの関係。

 

 それを一言で片付けるのであれば恋人、それか婚約者、あるいは同志。

 より詳しく、簡潔に表すのであれば互いに愛し合った仲。

 また、謎めいた言い方をするのであれば主従関係。

 

 ちなみにその関係性は主がシュヴェルトで従がリヴェリアとなる。

 エルフの王族(ハイエルフ)に連なる彼女がたった一人の()に忠誠を誓っているなど、何も知らないエルフが耳にすれば大激怒間違いなしだが、この際そのことについては後回しにしよう。

 

 詰まる所、シュヴェルト(剣霊)は色々とおかしいと言うことだ。

 

「───で、ヒューマンであるはずのシュヴェルトが僕に劣らずの若造りなことも気になるけど、これだけは答えて欲しい」

「なんだい?」

「……【ロキ・ファミリア】の不利益になるようなことを考えているわけではないよね?」

「フィン……!!」

 

 だから、このようにフィンが疑念を抱くのも無理はなく、当然と言えよう。

 そして自分の恋人が疑われているリヴェリアは【ロキ・ファミリア】の最高幹部という立場も忘れて憤る。

 だが、それについてはフィンも織り込み済みだった。

 

「すまない、リヴェリア。だが団長である僕は例えシュヴェルトが君の恋人であっても……いや、だからこそだよ。僕はいち早くシュヴェルトの疑いを晴らしたい。それはもちろん友人としてもだ」

 

 それを言われるとリヴェリアも途端に大人しくなった。

 

(まぁフィンはそうなるような言葉を選んだろうけど……)

 

 内心、目の前で手を組み、その上に顎を乗せながら「一寸足りとも見逃さない」と言わんばかりに目を皿にしている食えない友人の思考を読み解くシュヴェルトは思わず溜息を吐き出した。

 

 フィンがシュヴェルトを疑っている点は二つ。

 リヴェリア曰く、シュヴェルトの姿が最後に別れた日と殆ど変わりないということ。

 そして名前が変わっているということ。

 

 特に二つ目の疑問については冒険者としても見逃せないものだ。

 なぜなら名前というのは付けられた時点で固定されるものであり、普通ならば一生のうちにコロコロと変わるものではないからだ。

 

 通常、人が恩恵を受ければステータスには真名が記される。

 そして冒険者ギルドでその名前と所属ファミリアの登録をするというのが冒険者のなる流れだ。

 

 だからこそ、不可解であった。

 

 シュヴェルトの名前が変わっている理由。フィンは思い至った可能性は二つ。

 一つ目は過去の名前の方が嘘。リヴェリアに偽りの名前を名乗り、騙していたという可能性。

 二つ目はギルドへの虚偽報告。ギルドに登録した際のシュヴェルト・エル・ジークハイル(名前)は偽名であるという可能性だ。

 

 この二つに共通しているのは対象は違うものの、名を偽っていたという点のみである。

 そして名を偽る時は大抵の者が何かを抱えている、もしくは企んでいることが多い。

 

 もし一つ目の方であればリヴェリアを騙し、これまで彼女を誑かしていたことになる。

 リヴェリアの様子を見れば本当に彼女がシュヴェルトのことを愛していることなどフィンにも理解できていた。

 だからこそ、こんな可能性など外れてほしい、というのがフィンの「友人として」という言葉に繋がったのだろう。

 

 だがフィンにとってそれは神秘のベールとも言える、カモフラージュに見せかけた発言だった。

 そしてそれがシュヴェルトに看破されていることも、されることにも気づいていた。

 

 故に敢えてそのことについてフィンは触れず、「【ロキ・ファミリア】の不利益」と言い表したのだ。

 

 二つ目の可能性───シュヴェルトが冒険者ギルド、延いてはファミリアを築いている神々、そしてオラリオの破壊を目論む闇派閥(イビィルス)の刺客───に思い至っていることを仄めかすために。

 

 シュヴェルトはその「不利益」がどの程度なのかを考えた。

 

 それを言葉通りに【ロキ・ファミリア】としてか。

 もしくは嘗て闇派閥(イビィルス)の討伐に一役買った都市最強ファミリアとしてか。

 受け取り方とその返答次第では彼らと敵対することとなるだろう。

 

(……でも生憎と今の私に敵対の意思はないよ。だから、これはちょっとした意趣返しだ)

 

 口には出さず、今からやることに対しての反応を思い浮かべたシュヴェルトはククッ、と堪えるように笑声を溢した。

 そんな彼に誰もが怪訝な表情を浮かべる中……───突如、黄金の風が吹き荒れる。

 

「おかあさん……?」

「否」

 

 懐かしい雰囲気を感じたのか、アイズはその風を母によるものだと勘違し、それをシュヴェルトはすぐさま否定を突き付ける。

 確かに剣姫(アイズ)風の精霊(アリア)が使う、精霊の風(・・・・)に似ているのだろう。しかし、その規模も本質も異なっていた。

 シュヴェルトの力の根源は、精霊よりも大いなる存在だ。

 

 言うなれば、風と台風。

 

 精霊は自然───つまり風そのものを操るのに対し、シュヴェルトのそれは濃度の高い神秘が奮起、噴出されたのを察知した鋭敏な冒険者の身体の錯覚によるもの。

 

 ───黄金の風の正体は『奇蹟』だ。

 

 その発生源は勿論のこと、シュヴェルトである。

 

 あまりの神秘の濃さに後ろ髪を束ねていた髪留めが解れ、金光を帯びた銀髪がフワリと浮かび上がっているその姿は感嘆を漏らす程。

 誰もが清浄な雰囲気を漂わせるシュヴェルトに見惚れる中、こう宣誓した。

 

「我が真名はヴェルンド・ユングリング。訳あってシュヴェルト・エル・ジークハイルと名乗ってはいるが……決して謀略を企んでいるわけでもない。私の目的は一つ。それは、とある剣を完成させることだ。

 故に我が主神の名の下に誓って、私の行動が【ロキ・ファミリア】の不利益にならないと約束しよう」

 

 告げ終えたシュヴェルトはフッと顔を綻ばせたのを最後に、黄金の風をゆっくり収束させていく。

 その中で逸早く正気を取り戻したのは、他の面々よりも何度か見ていたことで慣れていたリヴェリアだった。

 

 若干誇らし気に胸を張っていることについては、いつものことなので見逃す。

 

 シュヴェルトは踵を返し、未だ呆然とするフィンを含めた幹部たちに背を向けた。

 

「それじゃあ、私は失礼するよ」

「私が送っていこう」

「そうかい?なら、お願いしようか」

 

 そんなやりとりの後、そのまま部屋を去って行こうとする二人。

 神秘による圧もやっと動ける程に薄れ、フィンは引き止めようとするが、それも間に合わず……───

 

「……まさか」

 

 ───妖しく揺らめく紫紺(・・)の瞳が、フィンの頭からこびりついて離れなかった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 パタリ、と扉が閉じられる虚しい音が静寂に包まれていた空間には良く響き渡り、張り詰められてた空気が弛緩する。

 それを切っ掛けに呆然としていた他の幹部達は次々と正気を取り戻していった。

 

 そして各々が目の前で起こった現象を考察していく中、シュヴェルトとその恋人だと聞いていたリヴェリアの不在に気づいたティオネがフィンに問い掛けようとし……───

 

「『我が主神の名の下に誓って』……か」

 

 ───思考の海に潜り始めたのを察し、邪魔にならないよう口を噤んだ。

 代わりに他の幹部達へ指示を出す。

 

 シュヴェルトとリヴェリアに関する指示は後々出されるだろうから、今は遠征の疲れを癒すことを優先するように、と。

 その指示にはガレスも同意したためか、幹部達は全員大人しく退室して行った。

 

 そうして暫く、数分後にティオネは部屋へ戻って来ていた。

 彼女の手には湯気が立ち上る、暖かい飲み物が入ったマグカップ。

 

 未だ思考を巡らし続けるフィンのためを想って用意したものではあるが、あわよくば好感度も上がれば……───。

 そんなことを考えながらもティオネはそっと邪魔にならないよう机上に置いた後、足音をなるべく立てずにその場を離れていく。

 カップの側に愛を込めた書き置きを残して。

 

 ただ、それにフィンが気づかないはずがなかった。

 

「ティオネ」

「は、はいっ!」

 

 集中していて気付かれないと思っていたのか、突然の呼び掛けにティオネはビクゥ!!と肩を震わせた。

 

「ありがとう。助かるよ」

 

 今度は背筋を通して下腹部へと電流が走ったかのように背筋を仰け反らせ、恍惚とした笑みを浮かべる。

 ハッキリ言って、彼女は発情していた。だが、そのまま襲いかかるティオネではない。長年の「団長を振り向かせてみせる」という想いは伊達ではないのだ。

 

「は、はい!!いつでも呼んで下されば用意しますからね団長!では!」

 

 そう言い残して嵐のように退室したティオネの後ろ姿を見送り、フィンは机に置かれたマグカップの中身で喉を潤す。

 そして置き手紙に記された彼女のブレない姿勢に思わず苦笑を漏らした。

 

 今のフィンにとって纏まらずに行き詰まっていた思考に余裕を持たせる、という意味ではティオネの変わらない自分への接し方は助かっていた。

 

 一息ついたことで落ち着いたフィンは再度、思考の海へと没入し始め、まずはこの数分間で得たシュヴェルトについての情報を無造作に紙へ書き連ねていく。

 

 

 真名はヴェルンド・ユングリング。

 

 偽名を名乗っているのには何か理由がある。

 

 目的は『とある剣』を完成させること。

 

 闇派閥(イビィルス)の刺客ではない。

 

 神の十八番───『奇蹟』を行使することができる。

 

 リヴェリアが従者のように振る舞う時がある。

 

 銀の髪と紫紺の瞳を持っている。

 

 変わらない容姿───『不変』は神秘を身体に内包しているから。

 

 そして新たな可能性───直感ではあるが、本当の主神はヘファイストスとは別にいる。

 

 

 全ての情報を書き終えたフィンはその全体像を捉えようと、紙を持ったまま腕を伸ばし、目を見て細める。

 暫くの間は視線で穴が空きそうなくらいにジッと紙を見続けていたフィンだったが情報は情報のままで、規則性などは見当たらない。

 

 強いて言うならば、『不変』をこのオラリオで指す存在とは神のことであり、銀の髪と紫紺の瞳を持つ神などフィンはかの美神───フレイヤしか知らない、ということだろうか。

 ただそれはフィンの認知する範囲内でのことであり、もしかすれば()、あるいは天界にいるのかもしれない。

 

 噂もあり、少なからず繋がりがあるのだ。無関係とは言い切れない。

 だがしかし、新たな可能性として上げた内容に当て嵌まるとも言い切れない。そしてこれも勘ではあるが、こう親指(・・)が告げていた。

 

 ───彼女は違う、と。

 

「視点を変えよう」

 

 一向に進まない思考。

 解き明かすための鍵はなく、そもそも目的は明かされている。ファミリアの不利益にはならないとも明言されているのだ。

 シュヴェルトの性格上、それを信じてもいいとフィンは判断している。

 

 ならばどうして未だに思考を続けているのか。

 

「目の付け所と順番が違う───」

 

 フィンはシュヴェルトの真なる主神の正体を突き止めようとしていたが、判断材料が足りず、影すら見えない現状でこれ以上の推理は無意味だ。

 

 それに真の主神を知り得たところでシュヴェルトが目的を完遂するまで止まるとは思えないし、そもそも止める必要はない。

 それに、シュヴェルトはこう言っていたではないか。

 

 目的は『とある剣』を作ること、と。

 偽名を名乗るのには理由がある、と。

 ファミリアの不利益にはならない、と。

 

 我が主神に誓って(・・・・・・・・)、と。

 

「───なるほど、一向に推理が進まないわけだ。してやられたね」

 

 まずは神の如き『奇蹟』の披露。

 次はかの女神との共通点を敢えて見せる余興。

 そして恰も、黒幕であるかのように真の主神の存在を仄めかしてきたのがトドメだった。

 

 詰まる所、フィンは最初から最後まで思考を誘導されていたのだ。

 

 そんなシュヴェルトが用意した三段構えの“意趣返し”はかなり効いたらしく、フィンは目元を隠して天井を仰ぐ。

 ニヤリと口元を歪ませたフィンはそのまま暫く、嬉しそうにクツクツと笑っていた。

 

「…………はぁ、まったく。シュヴェルトも意地悪だなぁ」

 

 呆れたように呟くが、やはりフィンは嬉しそうに笑っている。

 

「でも、これで見えてきた」

 

 フィンが知りたかったのは主神の正体でも、目的の行先でもない。シュヴェルトが偽名を名乗る理由だ。

 最初から名前を偽る理由を知りたかった。

 ただこうして遠回りをしてしまったのも、フィンが湾曲して遠回しに問うたからだろう。

 

 自業自得である。

 

 そんな反省も程々にして、フィンは思考を加速させ始める。

 

「シュヴェルトの性格なら、偽名に意味を持たせるはずだ」

 

 目的と理由は同義()だ。

 しかし順番が違うのだ。

 これまでフィンは『とある剣』を完成させたいから(・・)偽名を名乗っている、と考えていた。

 だが本当は偽名を名乗る理由があるから(・・)『とある剣』を作ろうとしているのだろう。

 

 そう結論付けたフィンの気分は霧が去り、晴れ晴れとしていた。

 だが、それだけで終わるフィンではない。

 

「シュヴェルトならば偽名程度とは言わず、取って付けたような名前にはしない。何かしらの意味を持たせるはずだ。そこが鍵になる」

 

 少し冷えてしまったマグカップの中身を一息に飲み干し、フィンはさらに思考を加速させた。

 

 シュヴェルト・エル・ジークハイル。

 直訳すれば“剣・被造物の造物主・勝利万歳”だ。

 しかし、そのままではアホらしすぎる。

 

(偽名なんだ。組み替えたり、別の意味があるはず………………一度バラバラにしよう)

 

(シュヴェルト)

『被造物』『造物(エル)主』

勝利(ジーク)

万歳(ハイル)

 

 紙に書き、一つずつに区切った単語毎にペーパーカッターで切り分けた後、まずは別の意味を切り分けた紙の裏に書いていくことにした。

 とは言え、全てが別の意味に置き換えれるわけではない。

 

 被造物の対義語として『造物主』は『創造主』、雅語に直せば『万歳』は『健康、無事、平安』という意味になるが、ここは敢えて『清浄』と表現しよう。

 

 ここで重要となるのはシュヴェルトの完成させたい、創りたい『とある剣』とは何か。

 

 フィンはパズルのピースのように、紙の順番を入れ替えていく。

 その最中で見つけた三つの剣。

 

「勝利の剣、神の剣、清浄の剣……か。言い換えればそれは神剣を以って勝利を齎し、清く正しく浄める『英雄の剣』だ。……ならば聖剣は完成ではない、ということか」

 

 そうして『とある剣』の正体に辿り着いたフィンは、その壮大さに思わず溜息を溢す。何せ神剣を創造しようと言うのだ。

 それはもしかしたら……否、確実に己の目的───小人族(パルゥム)の再興以上と言える。

 もし達成すれば、シュヴェルトは英雄だと讃えられることは間違いないだろう。と言うよりも、神々がそんな美味しそうな娯楽は見逃さない。

 そして最後には、最新の英雄として後世に語られるようになるのだろう。

 

 だが、フィンの胸には懸念(しこり)が一つだけ残されていた。

 

 昔も今も英雄と呼ばれる者が現れる刻、対となる災害や怪物などが予定調和の如く現れる。

 それは逆も然りで、このオラリオに於いては地下深くから魔物が湧き出る穴を塞ぐために英雄達は闘い抜いてきた。

 

 ならば、ヴェルンド・ユングリングは英雄か。はたまた怪物(反英雄)か。

 英雄ならば、未来にはどのような厄災が待ち受けているのか。

 そして反英雄ならば、何をその剣で斬り裂くというのか。

 

「荒れるぞ、シュヴェルト・エル・ジークハイル(剣の創造主)

 

 顔に哀愁を浮かべ、一人呟くフィンの視線の先にあるのは、並べられた『剣』『創造主』と書かれた二つの羊皮紙だった。

 

 尽きることのない疑問が渦を巻き、胸中を乱していく。

 

 ───詰まる所、創造した後のことを思い描くことができないのだ。

 

 剣とは人を護ることができるが、その反面では人を傷つけることができる、扱い方と担い手によって如何様にもできる代物だ。

 

 大前提として、『剣の創造主』は創り手であり、担い手ではないのだ。シュヴェルト・エル・ジークハイルがそれを手に取ることはないだろう。

 ともすれば、神剣が創造された刻、誰が担い手となるのか。

 そして担い手が絶大な力を手にした時、何が起こるか。

 偽名を名乗ってまで完成させ、ただ作っただけでは終わらないだろう『英雄の剣』とその『剣の創造主』は何を成そうと言うのか。

 

 

 未だ『理由』は図りきれず……───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───願いを焚べよ、聖火を廻せ。

 さもなくば、世界が凍るぞ。

 

 

 

 

 





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