英雄の剣に憧れた私が剣に生きるのは間違っているだろうか 作:美久佐 秋
一般市民の多くが住む住居や酒場、または宿屋が多数居並び、現在は迷宮探索から地上へと帰ってきた多くの冒険者で酒場が賑わっている。
そんな夜の雑多に溢れた西のメインストリートの一角。
見た目麗しいウェイトレスが揃い、料理も美味しいと評判で今日も賑わう『豊饒の女主人』。
店内には多くの冒険者が席を埋めているが、そのうちの一つにはつい先日ランクアップを一ヶ月半という驚くべき所要期間とミノタウロスの単独撃破を果たし、
今回の主役である彼はこの店に来る多くの冒険者たちが料理を食べるのと同じ、いやそれ以上に彼女たちに会いに来た言っても過言ではないウェイトレスの少女たちを二人も侍らしていた。
しかし今日は無礼講だ。
他の冒険者は少年が噂の
つい先程、ここに来るまでに娯楽という名の好物を食べようと追いかけて来た神々からの逃走劇を成し遂げた少年に銀髪の少女は人気者ですね、と微笑みかけてくる。その言葉に少年は妬みや興味からの視線は居心地が悪い、と返した。
少年──ベル・クラネルは女将ミアの勧めもありお酒に挑戦、手には既にエールのジョッキが握られている。
小人族の少女──リリルカ・アーデは
銀髪の少女──シル・フローヴァは柑橘色の果実酒を。
エルフの麗人──リュー・リオンはお水だけをと言ってそれを貫き通すつもりらしい。
挨拶代わりに二言三言程言葉を交わした彼らはすぐに乾杯とそれぞれのグラスをぶつけあった。
そうして料理が運ばれて来るようになるとベルに向けられていた視線もなくなり、彼は安心したようにホッと一息つく。
彼らはこの一時を楽しみ始めた。
「さぁ、ベルさん。沢山お飲みになってください。今日はベルさんが主役なんですから。それとも、何かお食べになりますか?」
「あ、ありがとうございます……」
ベルが気付けばいつの間にか隣に座っていたシルはせっせとせっせと甲斐甲斐しく世話を焼き始める。こっちですか?それともこれですか?とお皿に料理を盛って、酌を取る姿はなんとも愛らしい。それに呆気にとられる少年ベルはシルの逆側の隣に座るリリの笑顔に戦慄する。そんなベルの様子もシルはとても嬉しそうにニコニコと笑っていた。
「なんだか……すごい機嫌が良さそうですね、シルさん」
「そう、ですか?」
お酒のせいか、それとも少し興奮しているのか。うっすらと上気させている頬に手をやった彼女は照れ臭そうにはにかんだ。
「私のお手柄というのは烏滸がましいのかもしれませんが……あの本をベルさんに渡したことでお役に立てた、と思ったら、なんだか嬉しくて」
ベルが本という言葉を聞いて思い浮かべたのは『
一瞬、他人のものを使ってしまった罪悪感にベルは苛まれるが、それも彼女の熱っぽい視線で吹き飛んでしまった。瞳を見つめて上目づかい。さらに微笑みの二連続攻撃。耐女性のアビリティが低いベルには効果抜群だった。
ベルの顔は正直なのか頬の筋肉が緩まりかけるが、それはもう一人の隣に座る少女に引っ張られることによる痛みで強制的に引き締められてしまった。そんな二人の間に挟まれたベルはこの状況、というより自分の顔がどうなっているのかちょっと気になってしまうのは仕方がないだろう。
そんな彼を救ったのは今もちょびちょびと水を口に含むように少しずつ飲む、エルフのリューであった。
「ですが、本当におめでとうございます。よもやたった一人で【ランクアップ】を成し遂げるとは……どうやら、私はあなたのことを見誤っていたようだ」
「い、いやぁ……い、いろいろな人に助けてもらった、そのおかげですよ。リューさんにだって、僕は……」
「謙遜しなくていい。Lv.2にカテゴライズされるモンスターの中でも、ミノタウロスを倒したことは壮挙と言うべきです。クラネルさん、貴方はもっと自分を誇っていい」
そう語るリューの視線と表情は真剣そのもので、凛々しい眼差しがベルを見つめる。
ベルは内心、僕は誉めちぎられるのがどうやら苦手らしい、と照れ臭くなっていた。そしてそれは表情にもバッチリと出ていた。
少し赤くなった顔をうつむけて「ハイ……」と呻いたような声を絞り出すのが精一杯なベルを見て、そのことを察した少女はクスクスと微笑ましい感じで笑いかける。さらにリリにも畳み掛けるように可愛く微笑みの表情を向けられたベルはとうとう弱り切って若干肩を縮こませてしまった。
「クラネルさん、今後はどうするのですか?」
「?」
「貴方達の動向が、私はいささか気になっています」
リリ達との会話の後、苦いお酒と格闘するベルにリューは先程よりも引き締まったような真剣な表情で問いかけてきた。そんな彼女の質問について特に何も考えずに明日からの予定──ミノタウロスとの戦いで壊れてしまった防具をリリと一緒に買いに行くつもりだと、ベルは答えた。それについてリリは申し訳そうに、下宿先の仕事が立て込み同伴できないことを伝える。
「え、そうなの?」
リリは小さな体をさらに申し訳そうに縮こませた。
それを見たベルはいつもお世話になっているなら仕方がない、気にしないでほしいとだけ伝え、今後の予定について考え込んだ。
ベル一人でも購入自体はできる。目利きは上手くいかないかもしれないが……勉強だと思って明日行ってみようかな?と結論が出掛けると、シルに買い物について行ってもいいかと突然言われ、予想だにもしていなかった彼女の言葉に素っ頓狂な声をあげる。
ついでに隣のリリはぎょっとした後、眉を釣り上げ、その大きな栗色の瞳で威嚇体制に入った。
「ど、どうしてまた?」
「私もそろそろ買い出しに行かないといけなくて……お邪魔かもしれないですけど、ベルさんがよろしければ、一緒に買い物をして回りたいんです」
「いけません、ベル様!シル様はきっと勝手のいい荷物運びが欲しいだけです!ええ、リリにはそんな魂胆見え見えです!このままではベル様が骨の髄までしゃぶり尽くされてしまうでしょうっ、断ってください!」
「な、何もそこまで……」
言わなくても、と言葉を続けようとしたところ、ベルは彼女が前科持ちであることを思い出した。この酒場に最初に誘われた時……さらには皿洗いを手伝わされた時……。しかし、彼女の頼みなら荷物持ちくらい全然構わないと考える一方、ベルは一方的に断るのも気が引け、リリとシルの講義と微笑みの板挟みにどうしようかと判断に窮していると、シルの背後に影が迫る。
「馬鹿言ってんじゃないよ」
「うきゅぅっ!」
斜め下に振り下ろされたトレイが容赦無く、ズパァン、とシルの後頭部を叩く。その衝撃で変な声を出してしまったシルは見下げる女将を恨めしそうに見上げた。
だがそんなシルのあざとい表情すらミアはここでは私が法だ、と一蹴し、リューに明日シルのことを見張るように命じる。そしてその返事も聞かずに踵を返し、カウンターへ戻っていった。
他の客の気持ち良さそうな大声がベル達を包み込む。ばつが悪い沈黙がしばらく続き、やがてシルはベル達の方に向き直った。
「ベルさん、私、傷物にされました。どうか頭を撫でて慰めてくれませんか?」
「さぁベル様!何はともあれ明日は
よよよ……と期待した眼差しを向けるシルと、やけに「お一人」を強調するリリ。
ベルはリリとシルが不仲にならないか心配になった。
「クラネルさん、その後は?」
「え?」
「装備を整えた後、どうするつもりなのか、そう聞いています」
「どういう……意味ですか?」
「そうですね、端的に聞きましょう。クラネルさんとアーデさん、貴方達はダンジョン攻略を再開させる際、すぐに『中層』へ向かうつもりですか?」
その言葉を聞いてベルはやっとリューの言いたいことを掴みかけた。
パーティを組んでいるベルとリリの二人は顔を見合わせ、彼女に向き直る。
「ひとまず、11階層で今の体の調子を確かめようと思っています。もしそこで攻略が簡単に進みそうだったら、12層までは足を伸ばすつもりです」
「ええ、それが賢明でしょう」
ランクアップ後と前の身体能力は比較にならない程に格差がある。通常の
その力の確認と、調整が必要となる。
ただベルはアビリティオールSに加えて、限界突破を成し遂げたという経歴を持つ。ランクアップ後の恩恵は他の冒険者よりも大きくなるだろう。
「差し出がましいことを言うようですが……中層へもぐることはまだ止めておいた方がいい。貴方達の状況を見るに、少なからず私はそう思います」
「つまりリュー様は、ベル様とリリでは中層に太刀打ちできないと、そうお考えなのですか?」
「そこまで言うつもりはありません。ですが、上層と中層は
今更口にすることではないと思いますが、各個人の能力の問題ではなく、ソロでは処理しきれなくなる。中層とはそういう場所です。
アーデさんがどれほど助力できるのかは私もわかりませんが、クラネルさん一人では、モンスターやダンジョンの地形に対応が追いつかないでしょう」
「では、リュー様は……」
「ええ、貴方達はパーティを増やすべきだ」
パーティ……と、ベルは内心呟いた。
ダンジョン攻略には攻撃、防御、支援の連携が機能するの体系の
それでもいままでソロ、そして後に紆余曲折あってリリがサポーターとしてパーティを組むことになったのだが、それまでソロで潜っていたのは単純に組んでくれる仲間ないし知り合いがいなかったのだ。
ヘスティア・ファミリアはベルがLv.2になったと言っても未だ零細ファミリア。他ファミリアの零細ファミリアの眷属と協力する、という考えもあったが何かトラブルが発生しても対応できない、という懸念からその案は断念。
それ故にベルは細々とソロで攻略を地道にやっていくしかなかったのだった。
話は戻るが、仲間が一人増えるということは、個人の力が大きく向上ふるよりも、パーティにとって遥かに有意義になるということだ。
冒険者経験のあるリューのベルとリリだけのパーティでは、これからのダンジョン攻略に差し当たって厳しいものがある、そう判断したが故の助言である。
「でも、リュー?ベルさんとリリさんだけなら、逃げ出すことは簡単なんじゃないの?人数が多いと、逃げ遅れる人も出てくるんじゃあ?」
「シルの言うことも一理ありますが、逃走を図るということは、既に追い込まれた後という意味です。最初から窮地のことを考えるより、その局面に遭遇しないことを考えた方が建設的だ」
「なるほど……」
ベルは思わず感嘆の声を漏らす。
リューの言葉はベル、そしてリリとっても大いに説得と納得を預けるものであり、二人は一考すべきと確認しあう。
「万全を期すべきです。貴方達は少なくともあと一人、仲間と言うべき存在を見つけた方がいい」
リューの言いたいことを理解し、噛み締めながらもどうしようかと悩み始めたベル。なにせパーティを組んでくれる当ても、知り合いもいないのだ。
ベルはこめかみの辺りを押さえ、はぁ、と溜息を吐いた。
「はっはっ、パーティのことでお困りかぁっ、【リトル・ルーキー】!?」
「へっ?」
突然、思わぬ方向からの大声とその言葉の内容にベルは素の声を溢した。
声の主は他の客と同じように酒をあおる冒険者のうちの一人。仲間の男を二人引き連れ、間抜けな顔をしたベルの下……正確にはリューの下へと近づいて行き、背を向けている彼女の真後ろで立ち止まった。
よく見ると彼らは頬や額に傷跡の多いかなり厳つい容貌で、ベルは無条件で尻込みしてしまう。そんなベルの内心をよそに、彼らは自分本意に話を進めようとし始めた。
「話は聞ぃーた。仲間が欲しいんだってなぁ?なんなら、俺達がパーティにてめぇを入れてやろうか?」
「えっ!?」
見ず知らずの筈の赤の他人がいきなり自分のパーティに誘うとは、ファミリア間の接触はトラブルを起こしやすいというのに、どういう了見なのだろうか。彼らの視線の先を見れば一目瞭然なのだが……しかしベル。そんなことは忘れて警戒することもなく、ただただ戸惑うことしか出来なかった。
「ど、どういうことですかっ?」
「どうもこうも、善意だよ、善意。同業者が困っているんだ、広ぇ〜心を持って手を差し伸べてやってるんだよ。ひひっ、こんなナリじゃあ似合わねぇかぁ?」
「い、いえっ、別にそんなことは……」
「だぁろぉう?助け合いってやつだ、助け合い〜ぃ。それに今、話題かっさらってるお前さんなら、俺達のパーティに入れても構わねえし……なぁ!」
お酒の強烈な吐息がベルまで届き、思わず仰け反りそうになる。隣ではシルも苦笑を浮かべ、元々冒険者が嫌いだったリリに至っては不機嫌そうな表情を隠そうともしていない。
冒険者を背後にするリューは被害は甚大なのだろうが、そこは慣れか、はたまた存在すら忘れて意識していないのだろうか。エルフの彼女であれば今の冒険者の匂いは充分嫌悪に値するものだったが……リューは動じず椅子に座っている。
そんな様子に気を取られたベルはやっと段々と雲行きが怪しくなってきたことに気づく。
「それで、だ!俺達がお前を中層につれてってやる代わりによぉ……この嬢ちゃん達を貸してくれよ!?こんのえれぇー別嬪のエルフ様達をよっ!」
ベルは内心で「うわぁ、うわぁー」と呻いていた。本当にこんな絡み方があったのか。これでは時々よくわからない神の言葉のうちの一つ、テンプレ、というやつではなかろうか。
そんなことを考えながらも、ベルはとっくに彼らに見切りをつけていた。
「俺もエルフに酌を受けてみてぇんだよ、なぁわかるだろ?お前さんがいくら払ったかは知らねぇけどよぉ、仲間なら助け合い分かち合いが基本だ!そうだろう!?」
そう言いながらも酒臭い冒険者達はベルと一緒のテーブルに座る少女達と麗人に欲情の目を向ける。
これはダメだ、とベルは判断を下す。
それにこの場にはシルやリリ、リューがいるのだ。ベルは『男』を見せる場面!と意気込み、立ち上がろうとした。
「いい。結構です。貴方達の手は、彼に必要ない」
しかし、それよりもリューの拒否と軽蔑の視線と言葉が送られる方が早かった。
「……おぉ?何でだい、妖精さんよぉ?俺達じゃあソイツのお守りを務まらないかい?」
「ええ、だから帰りなさい」
「ひひっ、おいっ、聞いたかぁ!ぽっと出の
男達の哄笑。立ち上がる機会を唸ってしまったベルは腰を上げるのか、下げるのか判断に迷う。
「嬢ちゃん、俺達はこれでもずっと前から中層にこもってるんだがよ?」
「そうでしたか」
「あぁ、Lv.2さ。俺達全員、な」
「わかりました。では、失せなさい。貴方達は彼に相応しくない」
ビクリ、と豪快に笑っていた男の表情にヒビが入る。
不穏な空気が立ち込めるのが鈍感なベルでも流石に理解できた。
「……嬢ちゃん、そんなに俺達は頼りねぇかい、そこのカスみたいなクソガキよりよぉ?」
一歩近付いた冒険者の男は、自分の左手をリューの肩に置こうとするがベルは、あ、と思い出す。
エルフは認めた相手じゃないと肌の接触を許さないということを。
「触れるな」
リュー・リオンの動きは、正に電光石火。少なくともそれをベルは目で追うことはできず、持っていたエールの大ジョッキはいつのまにか消えて無くなり、気づけばリューの手の内にあり、閃くような速度で右肩に担ぐように後ろに振る。
そのままであれば、冒険者の手が見事容器の中に収まり、最後には腕をあらぬ方向へと跳ねられて痛みに悶えていたところだろう。
しかし、そんな彼女の行動を止める第三者の存在がこの場に現れた。
「穏やかじゃないなぁ。ここは楽しくお酒を飲む場所じゃないのかい?」