英雄の剣に憧れた私が剣に生きるのは間違っているだろうか 作:美久佐 秋
太陽の輝きが市街を超え、オラリオの街並みを照らし出す。
この大都市の中央に位置し、真下にある
そして北西と西の間の区画、メインストリートから少し離ればその人々の喧騒がさざ波の音のように届く場所にある、白塗りの煉瓦で建てられた二階建の西洋館。
その大きく、ハウスメイドの手入れが良く行き届いた庭を見下ろせる一室の窓際の席に二柱の女神──朱色の髪を揺らすロキと鮮やかな紅髪に眼帯を纏ったへファイストスが歓談がてら朝の食事を取っていた。
「こんな朝早くからすまんなぁ、ファイたん。押しかけるような真似してしまって」
「ま、構わないわよ。今日は一人で過ごす予定だったから、偶にはあなたと朝食っていうのもいいわ」
ロキの知る神々の中でも比較的……いや、かなりまともなヘファイストス。そんな彼女がファミリアの団長と共に今、シュヴェルトにご執心となっていることは割と有名な話で、この館もシュヴェルト自身が持つ個人的な住居である。
「それにしてもいつ見てもでかい館やな。西洋館っちゅう造りで、名前は
「えぇ、あなたの
この
頭上から見ると本館は『L』の文字のようになっており、それを対照的にして小さくした別館がある。そこがハウスメイドが住まう場所となっており、『口』の文字の左上と右下の箇所を離し、渡り廊下で繋がれた構造だ。
そしてその中央空間にある中庭には、白塗りの煉瓦には不釣り合いな紅い煉瓦の建物がポツンと建てられており、そこがここ
───El.Spada───
軒先に取り付けられた木製の看板。そこに彫られた文字はシュヴェルトの故郷のものであり、筆跡などはどうやっても真似できないためにシュヴェルトはこの文字を【
シュヴェルトの知人の中でも限られた人物にしか渡していない、そして彼以外にオラリオで作れる人はいないと言われる『聖剣』が真作であることの証だ。
「ヘファイストス・ファミリアの団長に並ぶ程の腕前で、ジークハイルだけが造れる『聖剣』は選定された人だけが持つのを許される。……剣の精霊とは、上手いこと言うわ」
精霊とは神々がまだ下界に降りていなかった時、英雄達に力を貸していた存在だ。神の分身、そして同時に神に最も愛された
それにヘファイストスにはロキ自身、ランクアップをシュヴェルトが成す前からどのような思いでいるのは聞いていたし、その思いがどれだけ本気なのかその程は充分に理解し、面白そうだという理由が半分以上あるのは否定しないが応援している身でもある。しかしだ。しかし幾ら何でも同じような惚気話を何度も聞かされるのは辟易してしまう。
だから何かこの恋する友神を弄れるネタでもあれば少しは仕返しができるというもの。
今日ここにロキが来たのも眷属達の殆どが『遠征』に行き、それを埋める暇つぶしついでに何か面白いネタを探すためだった。
「おっ、これ美味いなぁ」
「でしょ?これもジークが作ってくれたのよ」
「ジークハイルが?」
「えぇ。とても美味しいでしょ?偶に教わりながら作ることはあるんだけど、なかなか上手にできないものね。でも、ジークがフォローしてくれるからなんとか料理自体は作れたわ。
ただ調味料の分量を間違えてしまってね。包丁の扱いならいつものようにすれば良かったから大丈夫だったんだけど、それだけ間違えてしまったから少し変な味になってしまったのよ。でも美味しかったわ。きっと共同作業で作ったおかげね。
それとあと───」
あかん、藪蛇やったわ。
友神としてその恋は応援するがこれだけは勘弁してほしい。でも聴かなかったら後で不機嫌になるし、これからも『遠征』にはファイたんのとこの子供貸してもらいたいし、なんか面白いネタが聞けるかもしれん…………と、色々考えたロキは結局、友神の惚気話を聞いてあげることにした。
そして数分後。
「───でね?ジークって女好きで色んな女の子を口説くけど手だけは出さないのよ。理由を聞いてみたら、美しい女性の美しいところを言うのは然程おかしいことだろうか、ですって。ジークにとっては口説いているつもりはないみたいなのよ。ただそれにコロッとやられる子が多いのよね……」
「……」
「私も口説かれたのよ。その時の言葉は今でも覚えてるわ。あ、勘違いして欲しくないけど、私が惚れたのは口説かれたからじゃないわよ?ジークの目標に直向きな姿に惚れたの。鉄を打っているのも格好いいんだけどね?」
「……」
「それで私も椿もその気持ちは伝えているんだけど、答えはしばらく待ってくれって言われたのよ。で、私達が焦れちゃって色々誘惑しているけど全然反応がなくてね」
「……」
「別に本命の女でもいるのかって思ったけど、そんな様子は見せないし」
「……」
「それとも私に魅力がないのかしら」
「……」
結果、ロキはヘファイストスの話を顔を引きつらせながらテーブルに突っ伏していた。
「って、聞いてるの?」
「…………ハッ、あぁ、うん。聞いてる聞いてる。聞いてるで。
それにしてもファイたんに誘惑されて手を出さへんとか、嘘やろ。女神らしく綺麗やって。うちやったらそのおっぱいを揉みしだきまくるのに……」
「ロキ?」
「まぁ……ほんまに何にも反応がないんやったら案外本命の女がいて、隠れて会ってたりするんかもな。でもそんな気配はないんやろ?
だったら他のことに夢中にでもなってるんちゃう?剣とか」
「……」
「……あれ、ファイたん?まさか、心当たりでもあったん?」
「いいえ、知ってたら私は今頃工房にこもっているわよ。ほんと、私と椿があれだけ誘惑しても引っかからないなんて……一体どこのどいつなのよ」
「……フレイヤ?」
「………………ありえるけど多分、違うわ」
かなり間はあったが肯定するのも恐ろしく、否定するしかなかった。明言できないところがあの女神の恐ろしいところである。今も「ふふふ……ごめんなさいね。我慢できなかったのよ」と言う様子が想像できた。
ロキも同じようなことを想像したのだろう。あの女神ならやりかねへんからなぁ、と言う目の前の朱い女神の言葉にヘファイストスは息が詰まり、同時に頭が冷えた。
さっきの私はロキにとって少しウザかったかもしれない。だからこれはさっきの仕返しなのだろう。そうに違いない。違いないったら違うのだ。
ロキにしてみれば少しどころではないのだが、そう結論付けたへファイストスはそれ以上考えるのをやめ、忘れるように頭を振った。
「……話を変えましょう」
「そうやな。で、ファイたん愛しのジークハルトはどこに行ってんの?」
「愛しのって……まぁ、間違ってないけど。
あの子はつい先日からパーティを組む事になってね。本格的な
「ダンジョンに?どこまで行くん?」
「中層よ」
「中層?なんでまた?」
ん?とロキは訝しむ。
シュヴェルトが迷宮探索を一人で、または椿との二人で行くことしかなかったことはロキも知っている。他の冒険者とパーティを組むなんて今までもなかったし、ギルドの公式記録でもシュヴェルトは単身で中層を探索していたのだ。今更パーティを組む必要があるならば、そこは中層のその先、下層となる筈だ。しかしヘファイストスが言うにはシュヴェルトが行っている探索区域は中層。下層ではないなら、何か他に目的があるはず。
最近起こったことといえば……──
そこまで思考を巡らせたところで、ロキは答えに行き着いた。
「【リトル・ルーキー】か」
「よくわかったわね……」
「【エル・スパーダ】は中層なら一人で行ける。安全を考慮してパーティを組むっちゅう理由はあるかもしれんけど……そんな性格じゃないやろ?なんせ椿がいたとはいえ、殆ど
「そうなのよね……」
「まぁ、結局この五年間は剣作るのに没頭していたらしいけどな」
「ほんと、そうなのよ……」
再びロキは思考に没入する。
前回の
美の女神フレイヤが子供のことを庇ったという事実、それとそのやり口がいつもと違うということ。それだけが心の内でずっと凝りが残っていたのだ。
それがどうシュヴェルトに繋がるのかというと、彼が一番最初に『聖剣』を鍛え、自ずから渡したのが【
ヘファイストスはともあれ、ロキは噂の真偽はあまり気にしていないが、【
「カァーーッ!!ドチビのくせに最近調子乗りやがって、ドチビのくせに。天狗になってあの無駄にデカイ胸を張られたら……あぁ!!この前の
「はぁ、落ち着きなさいって」
「これが落ち着いてられるかっちゅうねん。あのドチビんとこの子供が『聖剣』の担い手になったとしたら……」
「あ、それはないわよ。その子には私自ら鍛えた短剣を渡してあるから」
「………………は?」
ロキは久しぶりに思考が止まった。少ししてからその言葉を理解して、思わず唖然として間抜けな顔を晒す。そして、テーブルに身を乗り上げて問い詰めた。
「ファイたん何やってんの!?ウチはいっつもあのドチビのことを甘やかしすぎやって思うてたけど……今回は弁護もできひんで」
「まぁ自覚はあるけど……ちゃんとお金は払ってもらうわよ?」
「……どのくらいや」
「ん」
ヘファイストスは右の指を二本立てた。
「二億ヴァリス……その短剣がどんなやつか見てへんから知らんけど、まぁ、妥当な金額やろ。ウチからしてみれば良心的過ぎてファイたんが心配になったけどな」
はぁ、と溜息を吐き、席にドカリと着いた姿から自分を心配して言っているのはヘファイストスにも理解できたし、度々自分に甘えてくるヘスティアのせびり癖も自分が何度もそれを容認しているのが原因だとも重々承知している。
しかし、これが私なのだと、ヘファイストスは半ば諦めた気持ちでにへらと笑う竃の女神を脳裏に浮かべる。そしてちょっと微笑ましく感じたところ、あ、と思い出した。
ロキにその借金は利息も期限も付けていないことがバレたら……今度こそ怒られる。借金をしている側のヘスティアではなく、貸している側である自分が、だ。
このことは黙っていよう。そう心に決めたヘファイストスは背中に冷や汗が伝って落ちていくのを自覚した。
「てか、なんでこんなことでウチが心配しなあかんねん……それよりもファイたん、ウチだけじゃなくて、ドチビに浮気しとったなんて酷いわ」
「ちょっと、人聞きが悪いわね。それに私は──」
「あぁ、はいはい。ファイたんはジークハイルにご執心やもんな。知っとるよ」
「……もう」
ヘファイストスは話を変えたロキが自分に気を遣ってくれたのを感じ、少し申し訳なくなった。だけど怒られるのは嫌だし、ロキに知られたら何をされるかわからないからやっぱり黙っていよう。代わりに何かしてあげれば、その罪悪感もそのうち気にならなくなるはず。
へファイストスはロキに心の内でありがとう、と感謝を送りつつ、今度は何か自分から話題を振ろうと記憶を探る。
そしてロキ、しいてこの
「ん?どうしたん」
「ふふ、少し……いえ、凄く良いことがあったのよ」
「それはうちに言ってもええことか?」
「えぇ、それはもう。神々にとって喜ぶべきことね」
そのような勿体ぶった言い方をヘファイストスがするのは珍しい。
ならば今から言う話は彼女の言う通り、神々が喜ぶべきことなのだろう。そして一番最初に教えてくれるあたりに信頼度が伺え、少しロキは嬉しくなった。
「ほぅ……で、何があったん?」
ロキの興味を抑えられないといった爛々とした目をしながらも先程のようにテーブルに身を乗り出さず、今度は顎の下で手を組み、その上に頭を乗せる。
そして勿体ぶったずに話を進めろ、と促す彼女の様子に微笑みながらヘファイストスは己の眷属へと思いを馳せる。
「そうね───」
おそらく、というよりも確実に自分の眷属が成したことは
だからキッカケくらい、私が貰ってもいいだろう。
そんな思いを込めて、ヘファイストスは口を開いた。
「───ねぇ、ロキ。魂を宿し、生き、担い手と共に成長する剣が創られた、と言ったら……あなたはどう思う?」
さぁ、シュヴェルト・エル・ジークハイル、私の愛しい人。
歴史が、世界が動き始めたわ。あなたの下に何もかも、全てが集まるでしょう。女の人も、お金も、富も、名声も。…………だけど、私を忘れないでね?ジーク。