英雄の剣に憧れた私が剣に生きるのは間違っているだろうか   作:美久佐 秋

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前の話を読み返して、ヘファイストスの最後辺りの独白がフレイヤっぽいなって感じました。



episode.04:迷宮の悪意

「───ん?」

 

 ふと、シュヴェルトの足が止まる。それに伴い、パーティの足並みが停止した。

 

「どうかした?」

「いや……へファイストスに呼ばれた気がしたけど、ただの勘のようなものだから気にしなくて良いよ」

「そう?ならあと少しで最初の広間(ルーム)だから、早く行こう」

「その通りだ。足を止めてすまなかったね」

 

 リーダーの一声で再び、パーティはヴェルフを先頭に歩を進める場所は『最初の死線(ファーストライン)』と呼ばれる13層──中層だ。

 現在は視界一面が湿っぽい洞窟のような岩石地帯の通路でヘルハウンド二頭とアルミラージ三頭との戦闘を立て続けに行った彼らは一本道の先にある最初のルームへと向かっていた。

 

 布陣について簡単に配置とその役割を説明すると、まず前衛にヴェルフ、その右後方にベルが付くような位置当てとなっている。彼ら二人は基本的に戦線の維持が役割となるが、ヴェルフが積極的に攻撃をしながら牽制、それをベルが一撃離脱(ヒット&アウェイ)で援護をしながら敵の撹乱を目的としている。

 次に中衛を中・遠距離攻撃の手段を持つシュヴェルトが前衛二人の後方に付く。その攻撃手段というのも、【剣霊(エル・スパーダ)】特製の複合弓(コンポジット・ボウ)で、さらに折り畳み機能と変形機能付きという優れもの。戦闘時以外は左腕の籠手として漆黒の異彩さを放っている。彼の役割は後方からの前衛の援護とリリのサポートの橋渡しだ。

 最後は後衛にリリで、役割はパーティのサポートだ。

 作戦名は『臨機応変に』。

 

 そして進むこと数分。通路が終わり視界が開けると、そこは一つのルーム。正方形ではないドーム型の空間で、とにかく天井が高い。

 その天井の中央部からは衝撃を加えれば今にも落下しそうな尖った巨岩が突き出ている。そこに四人が足を踏み入れた。

 

 瞬間、ピキリ、と殻を破るような音。次いでボロボロ、そしてガラガラと何かが崩れるような音がいくつもルーム内に響いた。

 

「……多過ぎだろ」

 

 思わずヴェルフは愚痴をこぼす。だが、ヴェルフはまだLv.1。目の前の光景に慄くのも無理はない。実際、ベルもこれには顔を引き攣ってしまっていた。

 リューの言葉がベルの脳裏に蘇る。即ち、上層とは違う、と。

 

『キュィアッ!!』

 

 地面の岩を覆い尽くす勢いでダンジョンから産まれた一角兎が産声を上げた。

 

「散開!!」

 

 指示を出すのと同時にシュヴェルトは籠手に魔力を通して変形機能を作動させる。

 籠手の側面部分が四つに分かれて開き、端からワイヤーが伸び、甲の部分が弓の握と化した漆黒の複合弓(コンポジット・ボウ)を一言で表せば異様。まるで『放火魔(バスカヴィル)』のような凶暴な雰囲気を纏う弓は御し難く見えるが、調教(テイム)されたことで主人と認めた者には従順だ。

 その銘を【紅穿の魔弓(スカーレット)】。能力はただ込めた魔力の量に応じて炎属性の矢を作るだけだ。

 

 シュヴェルトは握った左手から魔力を送りながら矢を引く動作を起こし、ピンと張られた弦に出現した紅い矢を放つ。

 そして、着弾。吸い込まれるように先頭のアルミラージの額へ命中した矢は頭部を吹き飛ばし、後ろのアルミラージ達を巻き込みながら一筋の閃光となってダンジョンの壁までも穿つ。さらに次いで発火。瞬く間に兎の全身を焼き尽くし、魔石だけが地面に転がった。

 

 しかし、その威力が桁違い。その間、掛かった時間は三秒にも満たず、そのそれは魔法を上回る。

 目前ないし真横で炎に包まれた同胞の末路を見た兎達に動揺が伝わるが、迷宮の武器庫(ランドフォーム)から天然武器(ネイチャーウェポン)の石斧を手に入れたことで直ぐに調子を取り戻した。

 

 だがしかし、それは既に遅く。開戦の狼煙は上がっているのだ。この場で最も速い兎が暗殺者の如く、シュヴェルトの目立つ紅い攻撃を囮りにし、同時に火精霊の護布(サラマンダー・ウール)の色を利用した擬態で背後から迫る。

 まずは一匹。ベルは確実に首を『神様のナイフ(ヘスティア・ナイフ)』で斬り裂いた。そして次の獲物に飛びかかり、振り下ろしたショートソードで脳天から股にかけて真っ二つにした後、他の個体が群がってくる前に離脱した。

 

「ヴェルフッ!」

「よっしゃ、任せろッ!」

 

 名前を呼ぶだけの掛け声。パーティを組んで日は浅いが、それでも二人は息の合った連携で位置を変わる(スイッチ)

 ベルを追いかけ飛びかかっていたアルミラージ達だが空中で止まれるはずもなく、アルミラージ自体の勢いとヴェルフの大刀が振るわれたタイミングの良さが上手く噛み合い、石斧を破壊してそのまま三匹の兎を魔石ごと消失させた。

 

「ちょっとヴェルフ様!!魔石はなるべく残すようにしてください!!」

「んなもの、これだけ多ければ充分残るだろッ……と、オラァアッ!!」

 

 続いて薙ぎ払い。次鋒として迫るアルミラージ達を牽制して足を止めさせたヴェルフはそのままの勢いで回転。遠心力を伴った重い攻撃が炸裂し、地面ごと吹き飛ばす。捲れ、砕けて土煙となる岩盤。視界を悪くする意図もあったその攻撃はベルに繋げるための伏線だ。

 

「ベル!」

「了解!」

 

 他のアルミラージに連携させないため、縦横無尽に動き回り一撃離脱を繰り返しながら多くの敵を屠っていたベルはヴェルフが下がったのを確認し、煙へと手を伸ばす。

 そして吼えた。

 

「【ファイアボルト】!!」

 

 無詠唱で放たれる、雷を伴った炎。

 ランクアップしたことで威力も上がった速攻魔法は煙ごとその中にいたアルミラージ達を包み込み、ゴトリ、といくつか魔石が地面に落ちた音を確認したベルは周りを見回し、戦況を見定め始める。

 ベルとヴェルフが屠った数は既に半数弱。そして現在の残りは八割程。三割程は前衛二人がアルミラージを相手している間にシュヴェルトが倒したのだろうと判断した。

 そしてアルミラージの残りは十にも満たず、アルミラージも流石にこの状況が不味いことに気付き、後ずさる。

 

「二人とも下がって!」

 

 声がした方向に目を向ければ、そこには矢を番えたシュヴェルトの姿があり、ベル達から見れば左前方に当たる位置にいた。

 そしてシュヴェルトが見据える視線の先を辿ると、横二列に並び、隊列を組み始めたアルミラージの姿がある。そしてその布陣はシュヴェルの位置からは縦に並んでいるように見えるのだろう。

 シュヴェルトの意図を理解したベルは魔弓の威力を思い出し、一目散にリリの下へと退避する。

 

「ヴェルフ!」

「おう!」

 

 後退しながらも敵からは目を離さずに視界に収め続ける。

 

 アルミラージはわけがわからないだろう。得意の連携で追い詰めるどころか敵に連携で翻弄されて次々と仲間がやられていき、最後にやられるかと思えば後退されたのだ。終始ベル達のペースで戦況が運ばされていたのにも関わらず、それを手離す理由とは……──

 それをアルミラージがわかるはずもなく、思考が止まり、体も固まってしまう。そう、未だ戦闘中なのにも関わらず、固まってしまったのだ。しかし野生の勘か、脅威を感じ取ったアルミラージはシュヴェルトの方を向き、突貫する。だがその行動は遅かった。膨れ上がる魔力とそれを燃料に火力が上昇していく魔法の矢。それを放つことはさせまいと飛びかかる。

 瞬間、魔弓から紅い閃光が迸る。

 先頭のアルミラージの胴を何の抵抗もなく貫き、その後ろにいたアルミラージ、また後ろ、そしてまた後ろとアルミラージを次々と貫く一条の紅光。

 後に残ったのは八つの魔石だけだった。

 

 ルームに静寂が戻る。

 戦闘が終わったことがわかると、最後の一撃を後方から見ていた三人は緊張を解き、それぞれの役割──戦闘員はしっかりと休み、リリはサポーターの仕事に順次し始める。

 

「……ふぅ。ひとまず終わったか」

「流石に多かったよ……あれ以上モンスターが産まれていたら危なかった」

 

 額を伝う汗を拭いながら、二人は魔石を拾うリリを手伝うシュヴェルトに視線を向ける。

 

「話には聞いていたけど、やっぱり凄いよね」

「あぁ、あの弓だろ?ジークの兄貴はオラリオでも数少ない《神秘》のアビリティを持っているからな。魔道具(マジックアイテム)を作れるんだ。聖剣もそのおかげらしい」

「聖剣かぁ……いいなぁ」

 

 聖剣。ベルにとってそれは英雄の代名詞と言ってもいい程の代物で、スキルとしてその願望が形になる程に英雄に憧れているベルはオラリオに来たばかりの頃であれば、喉から手が出るほどに欲しいと願っていただろう。

 だがベルには主神から貰ったナイフがある。気持ちは割り切れた訳ではないし、聖剣は使ってみたいとは思うが、今更欲しいとは思わない。

 漆黒のナイフを見やったベルは一つ大きく息を吸い、気持ちを落ち着けた。

 

「ベル様。魔石は全て拾い集めましたので進みましょう」

「うん、ありがとう。けど、どの通路に進めばいいの?」

 

 そう言うベルの視線はルームに入ってきた通路とは反対側の通路がある方を向く。

 しかし通路の数は一つだけではないのだ。どれが正解でどれが不正解なのか。最終決定権はパーティのリーダーであるベルに委ねられているが、こうやって話し合える間は全員で話し合い、決める。そのようなルールを予め決めておいたベル達はリリが取り出した地図を中心に円陣を組み、顔を見合わせた。

 

「地図によると……通路によって長さは変わるようですが、一応全ての通路が下の階層には行けるそうです」

「流石に未開拓領域はこの辺りにはないと思うから、どの通路を通ってもいいと思うよ」

「俺は別にどこでもいいぜ。連れて来て貰っている身だからな」

「別にそれは気にしなくても良いって……じゃあ、正面の通路を進もう」

 

 各々がベルの決定に了承の意を返し、進路が定まる。

 再度、布陣を組んだ四人組は「よし、行こうか」と言うベルの声で前進を始め、通路の奥へとルームを後にした。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 ベル達がルームを離れてから少し経った頃。

 誰もいなくなったことで広大な空間を静寂が包む中、ベル達と入れ替わるようにして六人組のパーティが数ある入口の通路のうちの一つから姿を表した。そして彼らは立ち止まることなくルームのど真ん中を突破し、正面の通路目掛けて走る。脇目も振らず、死に物狂いで足を動かす。

 ただこの場において、殿を務める黒髪の少女──命だけがこの異様な静けさに気づくことができた。

 

(……どうして、こんなにも静かなのだろう?)

 

 よく見渡せば、戦闘の痕跡がある。大きく抉れた壁は余程の高熱に晒されたのか、ドロドロに赤く溶けていた。

 だからこそ、この静けさは不気味だった。戦闘の後なのであれば、その戦闘音に気づいたモンスターがやって来るはずなのだ。しかし、ここには何もない。まるで嵐の前のような静けさが危険だと、命の第六感に近い不安が警鐘を鳴らしている。

 だからだろうか、この場の誰よりも周囲を警戒していた命はそれに早く気づくことができた。迷宮の悪意を察知することができた。出来てしまった。

 ピキリ、と音が溢れる。次いで、ピシッ、ピシッ、と言う嫌な音を次々と響かせながらルームの天井に亀裂が走った。

 

「桜花殿!!天井が崩れます……ッ!!」

 

 辛うじて天井に繋がっていただけの巨大な岩が、モンスターの産まれる衝撃によって───落とされた。

 

「走れえぇぇぇぇぇええええええええええ!!!!!」

 

 牙を剥く、迷宮からの悪意。

 まるで意思を持っているかのように絶妙なタイミングで巨岩が桜花達に迫る。

 徐々に大きくなる影。もしかしたら逃げきれないかもしれない。察知してしまったが故の悪い予感。

 だからと言って頭上に迫る巨岩をどうにかする手段が彼女にあるわけではない。もし出来たとしても、通路から姿を表したモンスターの群れと闘うことになるだろう。命は走ることしかできないのだ。

 

 そして先頭を走るパーティの首領の桜花が通路に辿り着き、次々と仲間達が転がり込むようにして逃げ込む中、桜花は最後の一人に手を伸ばす。

 

「命!!早く!!」

「はい!桜花ど───」

 

 刹那。ゾクリ、と背中に走る悪寒。

 悪い予感が的中してしまい、命は己の勘に従って立ち止まる。そして目前を雪崩となった天井が通路を塞いでしまった。

 

『クソっ!!命、大丈夫か!?』

「大丈夫ではありません。かなり危機的な状況です。そちらはどうですか?」

『こっちは全員大丈夫だ!!それよりも他の通路からは逃げられそうか!?』

 

 命は静かに後ろを振り返り、ほぼルームを埋め尽くす程の大きさを誇る巨岩の上でこちらを見下ろしてくる四頭のヘルハウンドを見上げ、次に巨岩の端側の通れそうな場所を埋め尽くすアルミラージの群れを見やる。

 誰がどう見ても絶体絶命の状況。にも関わらず、命には焦りも不安もなかった。

 そんな彼女はルーム全体を巻き込んで雪崩となった、頭上の割れ目を視界に収め、目を細める。

 上層に繋がる通路は全て塞り、退路は断たれていた。

 しかし彼女は諦めない。自分には地上に帰るべき家があるのだ。

 そう己の心を鼓舞し、決断する。

 

「───桜花殿、申し訳御座いません。千草をよろしくお願いします。自分は上層には行けそうにないので18層に向かいます」

『な……ッ!』

 

 絶句する声が岩の向こう側から微かに聞こえたが、命にとっては予想通りの反応であった。

 Lv.2の冒険者が一人で18層に行くことなど、普通はありえないことなのだ。

 だから桜花は命がこの危機に正気を失ったのか、もしくは自暴自棄になってしまったのかと思ってしまったが、直ぐに思い直す。

 命は言っていただろう。上層には行けそうにない、と。それに命の声音は静かだった。

 明鏡止水の心。いつ何時如何なる状況であっても平常心であれ、と言う彼女が慕う主神・タケミカヅチの教えだ。それを命はこの状況で……否、こんな状況だからこそ実践している。そんな彼女であれば生き残る為に最善の判断を下すことができるだろう。そう、桜花は仲間のことを信じ、パーティの首領として決断を下す。

 

『……わかった。俺達も直ぐに助けに行く。だから絶対に生きろ!!』

「えぇ、もとより自分。こんなところで死ぬつもりはありません」

『ならいい。お前ら行くぞ!!』

 

 離れて行く仲間の気配。

 次第に聞こえなくなって行く足音に少し心細さを覚えた命は両手で頬を思いっきり叩く。

 

「さて、律儀に私を待って頂いたようですが……生き残る為、容赦するつもりはないのでご了承を」

 

 そう、己に言い聞かせるように呟いた言葉がよく響いた。

 だが、命の言う通りモンスターの群れは別に彼女のことを待っていたわけではない。何か得体のしれない雰囲気を纏う命は近づけば確実に斬り裂かれる。そんな予感をモンスター達は本能で感じ取っていたのだ。

 そしてそれは事実、命はそうするつもりであった。この数を相手取るには一撃必殺を何度も繰り返す必要があると考えた命は、なるべく体力を消耗させない為に自分からは決して動かずに柄からは手を離さず、静の構えで間合いに敵が侵入してくるのを待ち受ける。

 

 そしてふと、その張り詰めたような雰囲気が一瞬霧散し、空気が変わる。

 

「タケミカヅチ・ファミリア所属、ヤマト・命。ここから生き残って帰る為、貴方達を───」

 

 ブワリ、と風が吹いたような錯覚をモンスター達は感じた。そしてその正体は命の剣気。牽制のための警戒の意思から、攻撃の意思に切り替えた命の『斬る』という強い意思が鋭い刃を伴う闘気を漏らす。

 そしてその強烈な気に触発されたヘルハウンドが先陣を切り、頭上の利を捨て口元で火を吹きながら飛びかかってきた。

 

『───オオオオオオオオオオッ!!』

「───斬ります」

 

 戦闘の合図は不要だった。

 頭上から放射状に放たれる火炎攻撃を姿勢を低くし、体を足から滑り込ませることで射程範囲から逃れる命。ギリギリ鼻を掠めたがそれを気にすら暇もなく、次の行動に移る。

 滑り込みの勢いが失われた瞬間、赤い炎に包まれていた視界が開け、そのまま前方に転がりながら立ち上がることで加速。回転の加速を利用した一撃を、潜り抜けた先にいたヘルハウンドに仕掛け、首から腹を斬り裂いた。

 

「まずは一体」

 

 次いで迫まるのはアルミラージの群れ。

 天然武器(ネイチャーウェポン)の石斧を装備した兎達が左右に分かれ、同時に仕掛けてくる。

 それに対して命が取った行動は前進。

 真ん中の抜け道を通り抜けに右側のアルミラージを数匹程斬り裂く。

 

 しかしそれはアルミラージが誘った罠だ。

 左右の兎の群れを通り過ぎた先にはアルミラージの群れと二頭のヘルハウンド。

 今度は左右からの火炎攻撃で挟まれてしまったことで逃げ場はなく、選択できる道筋は空中か後方だけ。しかし空中なんて逃げ場のない場所へ飛び上がってしまえば、その後の行動が取れず、ヘルハウンドも火炎攻撃を上にズラすことができるかもしれない。

 二つどころか一つしかない逃げ道は作られたものだとわかっていても、命はそれを選択するしかなかった。

 

 だがそれが罠だとわかっていれば対応も可能だ。

 後退を余儀なくされた命はそのまま振り向きざまに後ろから迫るヘルハウンドへ刀を投擲する。今にも火を吹きそうな状態で口を開いていたヘルハウンドは喉から臀部まで串刺しにされ魔力が暴走し、体内から爆発した魔力は周りにいたアルミラージを数匹巻き込んで灰燼と化した。

 

 戦況は目まぐるしく移り変わる。

 

 得物を失った命は予備の二つの短刀を懐から取り出す。そして一つは左手に逆手に握り、もう一つは口に咥え、疾走。Lv.2のポテンシャルを活かした速度でアルミラージの群れへと突貫した命の目的は投擲した刀だ。左手に持つ短刀で攻撃をいなしながら、しかし単純な手数の問題で全てを防ぐことは出来ず、傷付きながらも尚止まらない。

 

 そして辿り着いた先にあったのは刀身が歪んでしまい、今にも柄と繋がる金具が外れそうでグラグラとしており、振れば刀身だけすっぽ抜けてしまうような刀だった。

 爆発の最中にあった刀がそうなってしまうのも仕方がなかったが、それを嘆く暇は命にはない。構わず命は背後に迫るアルミラージを振り向きざまにその刀で斬り裂く。

 ただ刀身が歪んでいるおかげでいつものよう綺麗な太刀筋とは言えず、切り口も荒々しい。二度目を振るえば刀身は死ぬだろう。

 

「仕方ありませんね」

 

 戦闘布(バトルクロス)をボロボロにさせながら、命は壁を背後にしてジリジリと壁沿いに動き、モンスターから距離を置こうとする。そしてその先は巨岩の抜け道。通り抜けさえすれば下の層へ繋がる通路を進むことができるだろう。

 だがそれを許すヘルハウンドではない。アルミラージの群れが後退し、二頭のヘルハウンドが駆ける。一頭はそのまま真っ直ぐ、もう一頭は巨岩を駆け上がりながら頭上の利を取りに行った。

 命は巨岩を駆け上がるヘルハウンドに目標を絞り、短刀を連続して投擲する。しかしそれを軽い足運びで岩肌を駆け避けたヘルハウンドは止まらず、そのまま空中に飛び込んでくる。

 今すぐにでも噴き出そうな炎が若干漏れ、チロチロと揺らめいていた。そしてそれは前方から迫るヘルハウンドも同じこと。

 

 頭上と前方からの火炎放射攻撃。

 上にも前にも逃げ場はなく、命がいる場所が壁際なため後退もできない。それが放たれてしまえば死ぬという、正に絶対絶命の状況……──

 

 しかし、命はそれを待っていた。

 

 獲物を仕留めたと確信する時、それは最も大きな隙となる。

 それはモンスターにも同じことを言えるのだ。

 

「自分の勝利条件はモンスターの殲滅ではなく、この場からの撤退。故にこれを使わせてもらいます」

 

 そう呟いた命が懐から取り出したのは閃光弾と音響弾。

 指に挟み、起動させたそれを空中に投げ捨て、一目散に背を向ける彼女は巨岩とルームの壁の抜け道へと駆け出た。

 その瞬間、脳を揺らすような炸裂音と目を焼くような強烈な光が、この広大なルームを包み込んだ。

 

 このまま火を吹けば同士討ちをしてしまうと考えた二頭のヘルハウンド、巨岩から飛び降りた個体は着地するだけで精一杯だったが、何とか火を吹かずに魔力を収める。

 アルミラージの群れも停止を余儀なくされ、呻き声を上げながらも回復を待った。

 

 そうして暫く。

 目を開けた先に、少女の姿はなく……──

 

 ひとまず、このルームでの戦闘は命の勝利で幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 




命ちゃん大奮闘の回でした。
少し展開が早いかな?とは思うけど、実際の戦闘ってこんな感じで立ち止まることってないと思う。
感想など待っています。
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