英雄の剣に憧れた私が剣に生きるのは間違っているだろうか 作:美久佐 秋
燐光が岩石を薄暗く照らす洞窟。
恩恵が無ければ見えないに等しい、暗い、暗い洞窟。
中層に足を踏み入れた時点で隊列の配置を変え、先行するのは覆面のエルフ───リュー・リオンである。
その後ろにアスフィが付き、更にまた彼女の後ろからヘルメス、タケミカヅチ、ヘスティアの神々が順に付いて行く。
ヘルメスは自分が最も信頼している眷属の側で飄々と笑みを浮かべ、タケミカヅチは武神らしく油断ならない様子で警戒し、ヘスティは若干屁っ放り腰になりながらもベルのローブの裾を掴みながら足を進めている。
そんな神々をタケミカヅチ・ファミリアの面々とヴェルフ、そしてリリが囲むような隊列を組んでいた。
ヤマト・命の捜索隊一行は中層の
18階層まではあと二層分の地面が彼らの道を阻んでおり、更にここまでの道のりで命のバックパックとその中身が散乱していたのを見つけたこともあってか、彼らは焦燥感を抱いていた。
しかし、足並みを揃えなければ隊列が乱され、取り返しのつかないことになってしまう。彼らもそのことは理解している。理解しているのだが……それでも気持ちは前へと逸ってしまう。それでも今の所はこうして感情を抑えられているのは、自分達の主神がジッと堪えるように足並みを揃えているからだった。
故に一歩ずつ、確実に進んで行く。
神々の、特にタケミカヅチの存在は結果的には良い方向へと傾いたようだった。
そんな心情を察していたリューは彼らを尻目に、横から襲いかかって来たヘルハウンドを片手間に片付ける。
彼女の心は捜索隊の先行部隊、と言ってもたった一人だけだが、シュヴェルトについての謎を考えることで支配されていた。
まず一つ、Lv.4の恩恵を持つリューの力を利用してみせるほどの能力を持っていること。
それが彼自身の技量から来るものなのか、はたまた『聖剣』、あるいは『魔道具』によるものなのか。なんにせよ、二段階ものレベル差を覆す程の代物などまずありえない。
次に一つ、最後にレベルアップを果たしてから次のレベルアップまで期間が空きすぎていること。
一先ずは最初の謎を置いておくとして、リューの力を利用すらしてみせる持ち主であるシュヴェルトの最初の偉業が幾ら高みにあったとしても、幾ら鍛冶師として活動していたとしても、もう既に五年経ったのにも関わらずランクアップできないのはありえない。
更に一つ、あれだけの実力者であればオラリオに来る前から名が広まっているはずなのに誰も聞き覚えがないこと。
リュー自身、本人から一度だけ話を聞いたがその時に聞けたのは「賞金首やモンスターを狩ったりしながら世界中を渡り歩いていた」ということだけだった。であれば、尚更不可解だとリューは考える。世界中を渡り歩いていたのであれば、その途中で会った人がオラリオに来る、ということもありえるはず。少なくとも、オラリオに来る前の噂が一つもない、というのはありえない……はずだ。
終に一つ、先日の酒場で起きた時に自分がシュヴェルトに触れられて不快に思わなかったことだ。
以前から思っていたことだが、シュヴェルトの技量はずば抜けている。その時はその技量の高さと手から生粋の剣士と感じたからだと思っていたが……後になってその本質は違う、と今は考えている。確かにこの前感じたことは的を得ているのだろう。だが、それだけではない気がする。
リューは漠然とだが、そのように考えていた。
兎にも角にも、シュヴェルト・エル・ジークハイルという人物は謎に満ち、謎が謎を呼んでいるような存在だということは彼の知り合いの共通認識だろう。
そして未だ出会って数日の関係で掴み所のない人物でもあるが、どうしてか彼は良い人だと断言できる。それは彼の人当たりの良さそうな雰囲気から来るものか……またこうして思考が土壺にはまっていくのだが、それもまたシュヴェルトの魅力なのだろうか。
不思議な人だと、リューの考えは結局そこに帰結する。
後でまた話を聞いてみよう。そう自分に言い聞かせる彼女は馳せていた思考を現実に戻す。
するとリューは視界の端、正確には通路の岩陰に何かを見つけた。それが気になった彼女は後ろにいるアスフィに一言断ってから隊列から一時的に離れ、襲いかかってきたモンスターを迅速に灰へと還しながらも近づいていく。そしてその岩陰を覗き込めば、見つけたのは一つの小型パックだった。
それは冒険者見習いがギルドで支給されるバックパックよりも小さい、腰に巻き付けたり肩に掛けたりして扱うタイプのウエストバック。
隊列を長時間離れるのは得策ではないと判断したリューは一先ず中身を確認するのを保留にし、足を止めてくれている捜索隊の下に戻る。
そんな彼女に声を掛けたのはアスフィの背後から覗き込むようにして見ていたベルだった。
「あっ!そ、それって……!!」
「……これが誰かのものか知っているのですか?」
リューの問いかけを切っ掛けに全員の視線がベルに集まる。
もう慣れても良いものだが本人にそんな様子はなく、しどろもどろになりながらも質問に答えようとするベル。
が、しかし。
それを遮ったのは【
いきなりなアスフィの行動に咎めるような視線をリューは送るも、彼女には答えるつもりがない…………というよりもその視線にすら気づいていなかった。何か鬼気迫るような様子で中身を漁り始めた彼女の行動に流石の主神も驚き、周りの視線も必然的に集まって来る。
そして手中からいきなり取られたことで暫く固まって動けなかったものの、数秒で戻ったリューも視線を他の人たちと同様にアスフィを送っていた。
今のアスフィの行動は冒険者としてあまり褒められることではない。
そのことを気付いているのかいないのか……この様子では気づいていないのだろう。
そう考えたリューは呆れた様子で声を掛けた。
「それで【
「そう、ですね……申し訳ありません。あまりにもこの代物が常軌を逸しているものでしたから取り乱してしまいました」
アスフィは自分が視線を集めていることを自覚し、素直に先程の行動がリューの言う通りであったことを認める。その後に一呼吸することで精神を落ち着けたアスフィは振り返り、手に持っていたパックを全員に見せつけるようにして説明を始めた。
「この小型パック……一見すれば本当に小さなウエストバックにしか見えませんが、その実……中には大型のバックパック並みの容量を誇る
耐衝撃、耐斬撃、耐防水、耐防火…………あぁ、本当に残念です。パッと見ただけでも数多くの効果が付与されていることがわかります。今が
気が乗らなかった
(怖い、怖いよアスフィ。それにいろいろと失言してるから!戻ってきて!)
どんな時も飄々とした笑みを忘れないヘルメスも流石にこの眷属の豹変ぶりに顔が引き攣り……彼女の言葉を聞いた他の面々も同じような反応だった。
特にタケミカヅチ・ファミリアの団員達は
なぜならタケミカヅチはこれまでのアスフィの言動から、彼女自身はしっかりとした人格の持ち主なのだろうと判断していたからだ。
誠実なアスフィと軽薄なヘルメス。
タケミカヅチもヘルメスが軽薄なだけではなく、頭もキレる曲者だと認めてはいるが……やはり軽薄な一面の方が目についてしまう。
人を判断する時、大抵の子供達は他人の悪い部分に目が行きがちだ。それは神も大して変わりはないし、ヘルメスもそれを承知でそのような言動を取り、道化に興じているのだろう。彼のその神意を見抜ける神はどの程度いるのか……。
そうヘルメスの一面を認めているタケミカヅチだが、やはり彼の軽薄な一面の方が癪に障ることには変わりない。
在り方は正反対なのに、己の主神をそれなりに敬っている様子のアスフィはいつも振り回されているのだろう。
タケミカヅチはそう察し、哀愁のようなものを目の前の子供に抱いた。
(……彼女の報酬は出来る限り多めにしてあげよう)
内心でそんなことを考えられているとは露知らず、タケミカヅチから同情の視線が送られているのを怪訝に思いつつも自分を取り戻したアスフィは恥ずかしげに目を逸らす。
さっきまでの醜態は流石の彼女も堪えたらしい。
「コホンッ……申し訳ありません、少々取り乱しました」
「いや、少しょ──」
そう、言いかけたヴェルフを睨むアスフィ。
その眼光だけで射殺すことができそうな程の視線はヴェルフの口を紡がせた。
「……イエ、ナンデモアリマセン。ハナシヲツヅケテクダサイ」
片言になりながらも話の続きを促すヴェルフ。
彼の背後でアスフィの眼光のとばっちりを被った桜花はグッジョブ!と顔を蒼白にしながらもエールを送っていた。
「……まぁ、身も蓋もなく言ってしまえば私でも作れないかなり凄い『
そう言って不思議パック───作品名【
白い紙はメモ帳から千切ったような跡があり、実際にそうなのだろうメモを見る。書いてある内容が気になった他の面々もタケミカヅチ・ファミリアの団員を筆頭に、タケミカヅチの手元を囲み見る。
するとポタリと紙に書かれた文字を滲ませる一粒の雫が滴り落ち、少しだけ手に持っていた紙がクシャりと歪んだ。
「タケミカヅチ様……」
「これを見ろ、桜花」
涙を零した本人は一枚のメモを桜花に手渡し、薄っすらと輝く洞窟の燐光を見上げながら目頭を押さえていた。
そんなタケミカヅチを尻目に、その内容を見れずにいた桜花は皺にが出来たそれを丁寧に伸ばしてから読み上げた。
「『この置き手紙を読んでいるということは捜索隊の皆さんは
まずは報告をさせていただきますが、ヤマト・命の救出は完了しました。生命に別状はないものの、左腕の欠損を確認したため傷を塞ぐことを優先しました。
命を見つけたのは16階層で、正規ルートに戻るために一度15階層に上がり、その後に18階層に向かっています。
これを書いているのはここについた時で、命を見つけた時からは時間がそれなりに経っており、痛みに魘されていた息も少しずつ安定してきています。尚、命の治療にポーションの類は全て使ったので私の荷物を持って18階層まで来てくれると助かります。
───El.Spada───』」
命の生存が確認出来たあたりから涙を堪えることができなかったが、桜花は震えた声ながらもしっかりと最後まで読みきった。
そして最後の文字──【El.Spada】が本人である証であることを知っていた捜索隊の面々はその置き手紙が本物であると信じ、必然的に命の生存も証明されたことに喜び、泣き、各々が打ち震える。
そんな子供達の様子に三柱の神々はその神格に相応しい笑みを送る。
そしてそれは、旅好きなヘルメスも例外ではなく……───
ヤマト・命捜索隊の
「──……あぁ、これはまずいなぁ」
ヘルメスは英雄の気配に疼く腕を抑え、それを見ていたのは一歩引いて眺めていた、一人の堕ちた正義の妖精だけだった。