転生者が奇妙な日記を書くのは間違ってるだろうか   作:柚子檸檬

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お馴染みのリューさん視点です。
半分に分けるには短いのでそのまま投稿します。



『疾風』は止まれない

 昼のピークタイムが終わって客の入りが疎らになった頃、その悲劇は起きた。

 

『へ、変態だーー!!』

 

 店の裏から聞こえた彼の叫び声に思わず皿を落っことしそうになる。

 今日は混雑していたからと簡単な雑務を手伝っていて、ついさっき裏にゴミを捨てに行った筈。

 そしてさっきからクロエ(変態猫)の姿が見えない。

 

「ルノア、クロエは何処へ?」

 

「へ? ……そういえばもう休憩終わってる筈だけど」

 

 確定だあのバカ猫。

 私は武器を持って急いだ。

 

「ちょ、何やってんですか! 洒落にならないですよ!?」

 

「グへへ、良いではないか良いではないか」

 

 私が来た時にはクロエがズボンを引き下げようとしているのを必死になって抵抗しているジョジョがいた。

 一瞬、女性側からのセクハラというのもあるのだと感心しかけたが、今はそれどころではない。

 

「何やってるのですかクロエ!」

 

「ゲッ、リュー!? おまけに武器まで持ち出してミャアに何の用ニャ!?」

 

「あなたの凶行を止めるために決まっているでしょうが!」

 

「何を言ってるニャ、このポンコツショタコンエルフ!」

 

「なっ!?」

 

 クロエの口からとんでもない暴言が飛び出して一瞬私の思考が停止した。

 言いがかりも甚だしいし、お前にだけは言われたくない。

 

「わ、私はポンコツじゃあないしましてやショタコンでもありません!」

 

「逆ヒカルゲンジ計画しておいて何言ってるニャ! ミャアもやりたかったニャ!」

 

 何を言ってるんだこのバカ猫は。

 

 ヒカルゲンジ……確か古くからある極東の物語だと輝夜から聞いた事がある。

 作品の主人公が話の途中で幼年期の少女を攫って自分好みに育てるというとんでもない凶行に及んでいる。

 物語だから許されてるのかもしれないが、普通に犯罪だ。

 

 つまりクロエは私がジョジョを自分好みに育て上げようとしていると思っている?

 確かに『アストレア・ファミリア』に相応しい清廉潔白な誇り高い男性に育って欲しいと思って鍛えてはいるが、それは言いがかりだ。

 

「どうやら口で言っても聞かないようですね……」

 

「上等ニャ!あの日流れた決着、今ここでつけてやるニャ―――ッ!」

 

 クロエはそう言うと袖の内側に仕込んでいた暗剣を手に取り構えを取った。

 

 クロエはこの勝負をあの日の続きだと思っているのだろうが、あの日の私と今の私では決定的な違いがある。

 

「え、速――――」

 

 勝負は一瞬。

 

 一刀の下、クロエは地面と熱い口づけ(ベーゼ)を交わす事となった。

 

「クロエ、貴方の敗因はたった一つです……」

 

 そう、たった一つの単純(シンプル)な答え。

 

 それは――――。

 

「『私の方がレベルが上だった』」

 

 私がレベル5でクロエがレベル4。

 つまり私が上でクロエが下なのだ。

 

「お尻が……ちょっと、硬かった……」

 

 最悪だ。

 私が今まで聞いた辞世の句の中で最悪なものだ。

 これで少しは反省……しないでしょうね。

 

「……何やってんだいアンタら?」

 

 ふと、声がする方に目を向けると呆れた顔のミア母さんがいた。

 ミア母さんは放心しているジョジョ、地に沈んでいるクロエ、そして私を見た。

 

「全く、仕事中に遊んでるんじゃないよ! そんなにじゃれ合いたいなら私が相手してしてやろうか?」

 

 首をゴキゴキと鳴らし肩を回すミア母さんの目は殺る気マンマンだった。

 私でさえ身体がすくんでしまう程に。

 

「え、遠慮しておきます……」

 

「ならさっさとそこのバカ猫起こして仕事に戻んな! ……ああ、それとジョジョ。また割れた食器頼めるかい?」  

「あっ、はい。ワカリマシタ」

 

 それだけ言ってミア母さんは戻っていった。

 私が勢い余って壁やら何やらを壊したのをジョジョがスタンドで直している姿を見てからはこうして割れた食器や老朽化した家具なんかをジョジョに直してもらっている。

 『詳しく聞かない代わりに私の頼みを聞け』という事だろう。 

 

「あー、ジョジョ。無事でしたか?」

 

「ええ、まあ。とりあえず清い身体のままです」

 

 何処でそういう言葉を学んでくるんだろうか?

 

「なんと言いますか……女性はああいう変態ばかりではありませんからね。難しいかもしれませんが、あまり偏見は持たないようにしてくれると……」

 

 これが原因で女性恐怖症にならなければいいのだが。

 

「そ、そうですね。蚊に刺されたとでも思って忘れます」

 

「ブッ!」

 

 思わず吹いてしまった。

 そうですか、クロエは蚊ですか。

 

「クロエはしぶといので、また何かあったら呼んでくださいね」

 

「はい、じゃあちょっと行ってきますね」

 

 ジョジョは私に笑いかけるとそのまま走り去っていった。

 

 こうして誰かに慕われるというのは新鮮で悪い気分ではない。

 私自身自然と頬が緩んでいくのに気が付いた。

 

「ニャフフフ……」

 

 気が付けば目を覚ましていたクロエがこちらをみてニヤニヤと笑っている。

 裏社会で生き延びていただけあってタフな身体をしている。

 

「なんですかその気味の悪い笑い方は……」

 

「ようこそ、こちら(ショタコン)の世界へ……」

 

 この時のローキックは人生史上で最も綺麗に決まったと記憶している。

 

 

 

 

「じゃあ、おね……アストレア様とココ・ジャンボの事をお願いします。あ、これココ・ジャンボの餌です」

 

 ジョジョが『ロキ・ファミリア』の遠征に付いていくらしい。

 遠征と言っても階層記録の更新を目指すようなものではなく下級冒険者の強化を狙ったものだ。

 『ロキ・ファミリア』だけでなく大所帯のファミリアはこうした下部の強化を行っている事も多いと聞く。

 ジョジョの能力値の伸びもそろそろ頭打ちらしいと聞いているのでこの話は渡りに船だろう。

 

「これを」

 

 私はあらかじめ用意しておいたバケットを手渡した。

 まさか昨日がジョジョの誕生日だとは思わなかった。

 プレゼントに何を渡そうか思いつかなかったのでとりあえず実用的なものにと弁当を作ってみた。

 

 ……ちょっと失敗してしまったが。

 

「……」

 

 ジョジョはバケットの中身を見て固まった。

 

(え、ナニコレ新手のイジメ?)

 

「どうかしましたか?」

 

「いえ、何でもないです。行ってきます」

 

 来る前よりも気落ちしているような声色でジョジョは行ってしまった。

 やはり出来合いのものでも詰め込むべきだったか。

 

 でも、いいじゃあないですか。

 私だってカッコつけてみたかったんです。

 

 そして、何故こうなったのか。

 

「ア……じゃなかった。ティア! 料理できたから運んでおくれ!」

 

「はーい、ミア母さん!」

 

「……何か調子狂うね」

 

 同感ですミア母さん。

 

 アストレア様は何故かこの『豊穣の女主人』で新人ウェイトレスのティアとして働いている。

 ジョジョからスタンドを借りて姿を変えて別人状態だ。

 

「おまたせしました。お料理をお持ちいたしました」

 

 アストレア様はあれよあれよという間に仕事を覚えて、一日目で既に私と同程度まで出来るようになってしまった。

 アストレア様が凄いのか、それとも私が不器用なだけなのか。

 

「どうしましたリュー先輩?」

 

「やめてくださいアストレア様。反応に困ります」

 

「リュー、今の私はティアです」

 

 今のアストレア様はやけに生き生きとしている。

 そんなに仕事が楽しいのだろうか。

 

「あの子が今ダンジョンで戦っていると思うとじっとしていられないんですよ」

 

「『ロキ・ファミリア』が同行しているのにですか?」

 

 ピンキリとはいえ『ロキ・ファミリア』は下級冒険者さえ才能ある者が多い。

 伊達に狭き門を潜ってはいないという事だ。

 

「……リュー、あの子の事で少し相談したい事があります。仕事が終わった後でいいですか?」

 

「ジョジョの事でですか?」

 

 そして仕事の後、私はアストレア様からジョジョについて聞かされた。

 ジョジョには少し前、上層に上がってきたシルバーバックを倒した際に新しいスキルが発現していたそうだ。

 レベル1で3つもスキルを持っている事自体が既に異例だというのにその3つ目のスキルがとんでもないレアスキルだった。

 

 字に表すとこうだ。

 

 『戦闘潮流(ブラッディ・ストリーム)

・試練を引き寄せる。

・アビリティのどれかがCに到達した時に一定確率で発動。

・その試練から逃れることは出来ない。

・試練を成し遂げるまで獲得経験値(エクセリア)減少。

・試練達成後、今までの減少分に割り増しして加算。

 

「そんな……試練を引き寄せるスキルだなんて、そんなものがあり得るのですか!?」

 

「正直、私も何かの間違いだと思いたいです。それにこんな事が知られれば……」

 

 間違いなく目を付けられるだろう。

 しかも今回に関しては神々だけでは済まない。

 何せ試練を引き寄せてしまうのだ。

 冒険者達からすれば良いレベルアップアイテムにされてしまうかもしれないし、『白巫女(マイナデス)』のように疫病神扱いされる可能性だってある。

 

 今回の遠征ももしかしたらこのスキルが原因で何か良くないものを引き寄せてしまうかもしれない。

 

「ジョジョには、まだ伝えていません。知らない方があの子にとって幸せでしょう」

 

「私に言ってしまって良かったのですか?」

 

 情報が何処から漏れるか分からないのであれば知っている人物は少ない方が良い筈だ

 

「あの子の先達として、あなたには知っておいて欲しかった……というのは我儘でしょうか?」

 

 その言葉に胸が熱くなるのを感じた。

 だからこそやりきれない。

 私が目の届く範囲は思っている以上に狭いのだ。

 

 アストレア様も待つことしか出来ないからこそ居ても立っても居られないのか。

 『ロキ・ファミリア』を信用していないわけではないが、不安が募る。

 

「あの子が無事に帰ってくるのを待ちましょう」

 

 そのジョジョは二日後、両腕に包帯を巻いて帰ってきた。

 

 なんでもインファント・ドラゴンの強化種と遭遇して戦ったらしい。

 インファント・ドラゴンとは現役時代に良く戦ったが、少なくとも亜種や強化種には遭った事が無い。

 おそらくスキルの影響だろう。

 それをスタンド無しで殴りつけたそうだ。

 とんでもない事をする子だ。

 

 波紋によって血は止まって、骨にも異常はないそうだが、念のためにとアストレア様はしばらくの休養を彼に言い渡した。

 

 撃破自体は『千の妖精(サウザンド・エルフ)』だが、インファント・ドラゴンの強化種の足止めをレベル1が務めたというのはレベル1の偉業としては申し分ないだろう。

 事実、彼は9ヶ月という異例の早さでレベル2への切符を手に入れた。

 

 ただ、彼は全アビリティをカンストさせたいと言って1ヶ月様子を見ていたそうだが、結果は微妙なものに終わった。

 そういう事をやろうとする気概は認めるが、全アビリティ999のオールカンストなんてまず不可能だ。

 

 レベルアップの際の発展アビリティは『狩人』を選択したらしい。

 私も持っているが、あれは倒したモンスターとまた戦う際にステイタスに補正がかかる便利なアビリティだ。

 それを選んで正解だと思う。

 

 ジョジョのレベルアップの話は瞬く間に知れ渡った。

 何せ『剣姫』の記録を2ヶ月縮めた10ヶ月でのランクアップだ。

 おまけに何処のファミリアの冒険者か分からないときていて話題性としては申し分ない。

 

「そういえば明日休みだね」

 

「ッ!? どうかしましたか?」

 

「いや、だから明日はリューお休みだねって」

 

 考え事をしていたせいでシルの言葉を聞き逃してしまった。

 

「ジョジョ君の事考えてた?」

 

「ええ、これから大変だと思いまして」

 

 ジョジョはランクアップの最速記録保持者(レコードホルダー)になったのだ。

 否応なしに注目を集めてしまうだろう。

 本当のスタートは寧ろこれからかもしれない。

 

「明日はジョジョ君に訓練つけてあげるの?」

 

「そうですね、まだレベル2の身体に慣れていないようですし、午前中にでもしっかり馴染ませて午後は……」

 

 そう言いかけて思い出した。

 そろそろ墓参りの時期である事に気が付いたのだ。

 

 レベルアップのご褒美というわけではないが、ジョジョを連れて行ってあげてもいいかもしれない。

 

 

 

 

「お、終わったぁ……」

 

 午前中の訓練でランクアップした肉体を馴染ませるために只管模擬戦で実践的な動きをさせた。

 レベルが上の相手との戦いであれば精神の肉体も極限になり、今の自分が何処までやれるかが分かるようになる。

 別にこれしか知らないわけではなく、これが一番効果的というだけだ。

 

 これだけやって呼吸を乱していないのは大したものだ。

 波紋とやらは呼吸を乱さないための訓練をしているそうだが、私も教えて貰おうかと悩む。

 

「ジョジョ、午後に何か予定はありますか?」

 

「無いですね。適当にブラつくか。ダンジョンに潜ってちょっと稼いでくるくらいですね」

 

「なら午後は私に付き合いなさい。あなたを連れて行きたい場所があります」

 

「飯でも奢ってくれるんですか?」

 

「違います。ダンジョンの5階層辺りで待っていなさい」

 

 ダンジョンの準備をしていて、ふと思う。

 そういえば誰かとダンジョンに潜るのは久しぶりだ。

 

 懐かしい気持ちになった私は装備を整えていつものように目立たないようにダンジョンに潜った。

 

 ジョジョは言いつけ通り、5階層でウロウロしている。

 

「お待たせしました……」

 

「はい? どちらさ……もしかしてリオンさん?」

 

 一瞬気づいていなかったのか。

 ローブを深くかぶって顔を隠しているから仕方ないか。

 

「行きますよ」

 

「何処へ?」

 

「18階層です」

 

「俺まだ12階層までしか行ってないんですけど……」

 

「問題ありません、私が一緒なので」

 

 何気に初めてジョジョに同行したダンジョン探索になる。

 具体的にどうとは言えないが、同じダンジョンの道のりがいつもと違うように見えた。

 

「18階層に何かあるんですか? 確か町があるんですよね」

 

「行けば分かります」

 

 レベル5になっただけに道中のモンスターは完全に相手にならなくなっている。

 注意するとしたら強化種か18階層前にある『嘆きの大壁』から産まれるゴライアスくらいだろうか。

 ゴライアスを単独で撃破した経験はないので怯ませて隙を作ってから通るか、それともジョジョに支援を頼んで倒すか。

 

「ヴォォ……」

 

 16階層に入った私達を迎えたのは3体のミノタウロスだった。

 3体出たからといって何か問題があるわけでも無い。

 素早く喉を潰して咆哮(ハウル)を封じ、そして1体、2体と片付けた。

 

 そして3体目に手を掛けようとして思いついた。

 ここらへんでジョジョに経験を積ませるのもいいかもしれない。

 この辺のモンスター相手に何処まで通用するのかも確かめておきたいし、いい案だ。

 

「ジョジョ! スタンド無しでこのミノタウロスを倒してみなさい!」

 

「スタンド無しでですか!?」

 

「はい、負傷したミノタウロスくらい倒してみなさい」

 

「まさか、倒せなかったら見捨てられるとか……?」

 

「別に見捨てはしませんけど……」

 

 ただ、出来なかったら鍛え方が甘かったと判断して、次回からもっと厳しく鍛えようと考えてはいる。

 

 ジョジョは剣を構えて私と入れ替わる形でミノタウロスと対峙した。

 ミノタウロスは喉を潰されて呼吸を荒げている。

 しかし、手負いの獣ほど恐ろしいものはない。

 油断はいつだって死に直結しているのだ。

 

 先に動いたのはミノタウロスだった。

 天然武器(ネイチャーウェポン)を叩きつけてジョジョを潰そうとする。

 ジョジョはそれを跳んで躱し、ミノタウロスの後ろに回り込んだ。

 

 そうだ、手負いの獣が恐ろしいとはいえ、必死になればそれだけ動きは精彩を欠き、単調になり易い。

 

 次にジョジョは左膝の裏側にある靭帯を斬りつけてミノタウロスのバランスを崩させる。

 ミノタウロスは苦しそうに呻きながら左側に倒れていく。

 

「剣を伝わる波紋ッ! ぶった切るための『銀色の波紋疾走(メタルシルバー・オーバードライブ)』ッ!」

 

 そしてジョジョはその隙を見逃さなかった。

 波紋を流した彼の剣は吸い込まれるようにミノタウロスの脳天に当たり、そのまま真っ二つに切り裂いた。

 魔石を核とするモンスターであっても脳天を切り裂かれれば死亡する。

 

「フゥーーッ、どうですか?」

 

「及第点といったところでしょう」

 

「満点でも合格点でも無く?」

 

「あっさりと合格点を出す優しい採点をお望みですか?」

 

 私がそう言うとジョジョは苦笑していた。

 

「『試練は強敵であればあるほどいい』って言いますからね。限度はありますけど……」

 

 せっかくいい事言ったのに、何故そこでヘタレてしまうのか。

 

 

 

 

 幸いな事に『嘆きの大壁』にゴライアスはおらず、私とジョジョは何の問題も無く18階層の『迷宮の楽園(アンダー・リゾート)』に着く事が出来た。

 

「あれ? 町には行かないんですか?」

 

 リヴィラの町に目もくれず森の方に行こうとしていた私にジョジョは疑問を持ったようだ。

 日帰りのつもりだし、仮に一泊していくとしてもリヴィラの宿泊料はぼったくり価格だ。

 それならまだ野宿でいい。

 

「目的地はこっちの方です」

 

 あそこまでの道のりも、もう慣れたものだ。

  

「着きました」

 

 かつては楽しかったあの場所には散っていった仲間達の武器が墓標代わりに突き刺さっていた。

 

「これは墓……ですか?」

 

「はい、死んでいった仲間達の墓です。この場所は皆が好きな場所だったのでせめてここにと」

 

 私はそういいながらも皆に添えるための花を摘んでいく。

 

「回収できたのは武器だけで、遺体は回収できなかった……」

 

 あの時の事を思い出すだけで頭の中が絶望と後悔で一杯になっていく。

 

「ジョジョ、私はあなたが思っているほど出来た大人ではありません」

 

 そうだ。私は間違いばかりを犯してきた。

 

「皆が死んで、私にあったのは敵に対する怒りと憎しみだけでした。そんな私を見て欲しくなかったからアストレア様にはオラリオを離れて欲しいと懇願しました。その時にアストレア様は『ファミリアの正義を捨てなさい』と言われました。事実上の破門宣告だと、その時の私は思いました」

 

「おね……アストレア様は破門したなんて一言も……」

 

 その時の私はアストレア様の真意に気づけなかった。

 でも今なら分かるかもしれない。

 

「疑わしき者には全てに襲い掛かりました。その中にはもしかしたら無関係の人物もいたかもしれません」

 

 『当時はそんな事を考えてる余裕がなかった』なんて今更言い訳するつもりなどない。

 罪は罪だ。

 

「復讐を終えた先には何もなかった。僅かな達成感こそあったもののそれが感じられなくなるほどの虚しさが心を占めていた。疲れ果てて力尽きて……血と罪に塗れて穢れた私はそのまま死に絶えるのが似合いの末路だと、そう思っていました」

 

 そんな時にシルに出会った。

 

「そしてシルに手を差し伸べられてミア母さんの所で働いて、そしてあなたがアストレア様を連れてやってきた……」

 

 あの時の衝撃はきっと一生忘れる事は無いだろう。

 

「私は間違った。死んでも償え切れないような罪を犯した。でも……アストレア様と再会して、眷属でいていいと言って貰えて……やはり……生きていて良かったとッ」

 

 今まで塞き止めていた感情が溢れ出すかのように想いが溢れていく。

 

「私は死ぬべきだったと思っていた。でも、今は違う。私の死で『アストレア・ファミリア』は完全に無くなってしまう……それだけは、それだけは絶対に嫌だ。大好きだったファミリアが無くなってしまうのは死ぬ事よりも辛くて恐ろしい」

 

 ジョジョは何も言わずにただただ私を直視していた。

 

「リオンさん、俺もこの人達に花を添えていいですか?」

 

「え、ええ。皆もきっと喜ぶと思います」

 

 急な物言いに少しどもってしまった。

 

 しかし花を添えると言ったのに彼はその場から動こうとしない。

 

「『ゴールド・エクスペリエンス』、生まれろ……新たなる生命よ……」

 

 ジョジョがそう呟くと目の前でありえない出来事が起こった。

 

「こ、これは……!」

 

 赤、青、黄、白と様々な色の花が殺風景だった墓を彩っている。

 その光景に思わず絶句してしまった。

 

「これも……スタンド能力なんですか?」

 

「はい、『ゴールド・エクスペリエンス』は生命エネルギーを与えて新たな生命を生み出す能力を持っている。こうやって花を咲かせることも出来ます」

 

 驚くべき能力だ。

 彼はこんな非常識な能力をいくつ持っているというのだろうか。

 

「確かに、リオンさんは間違いを犯しました。もしかしたらもっといい方法があったのかもしれません」  

 

 そう、それこそ他のファミリアに応援を要請したり、情報を流して敵を炙り出させるという手もあったかもしれない。

 

「でも、誰だって間違いはします」

 

「え……?」

 

「間違わずに生きている奴なんて滅多にいません。人間(ヒューマン)小人(パルゥム)、獣人、妖精(エルフ)、きっと神様だって間違う事はあります。間違わない事も大切ですが、間違いとどう向き合うかも同じくらい大切だと思います」

 

 彼の言葉が私の心にスッと入ったような気分だ。

 あの時の私は色々なものに耐え切れず、ただ逃げていただけだった。

 私も『白巫女(マイナデス)』の事は言えない。

 

「間違えたっていいじゃあないですか。自分の非を認めず勝手な理由で自分を正当化しようとする連中よりはずっといい。エルフは人間よりずっと長生きなんだから一歩一歩じっくりと進んでいけばいい」

 

「じっくりですか……フフ、簡単に言ってくれますね」

 

「リオンさんならきっと出来ますよ」

 

 そうだ、ジョジョの言う通り今すぐ結果を出さなくたっていいんだ。

 そう言ってくれて嬉しかった。

 励みになった。

 

 それにもう一つ、私がしなければならない事も見つかった。

 オラリオを見守っていくだけではなく、オラリオの未来を守るために新しい『アストレア・ファミリア』を遺す。

 その第一歩がジョジョだ。

 私が死ぬ前に、彼を一人前にしてみせる。

 

「ところで気になったのですが、何故私の事はファミリーネームで呼んでるんでしょうか?」

 

「え? 女性は基本的にファミリーネームで呼んでますよ。だって勝手にファーストネームで呼んだら馴れ馴れしいじゃあないですか」

 

「リヴェリア様は普通にファーストネームで呼んでませんでしたか?」

 

「ああ、リヴェリアさんは『アールヴ様』って呼んだらすっごく微妙な顔されたんで……」

 

 その光景が目に浮かぶようだ。

 あの方はハイエルフではあるが、王族としての身分が窮屈で出奔した身だ。

 身分にも拘っていないようだし、王族扱いされるのはあまりいい気分ではないだろう。

 

「リューで構いませんよ。懸賞金がかかっていた頃は『疾風のリオン』で通ってましたし、個人的にはそちらの方が好ましい」

 

「あー、そうだったんですね(なんか悪い事しちゃったな……)」

 

  ジョジョは罰の悪そうな顔をしている。

 大方リオン呼びが私の立場を悪くしているとでも思ったのだろうか。

 

 私の当時の通り名で思い出したが、もう一つジョジョに伝えなければならない事があった。

 

「ジョジョ、あなたにもう一つ伝えなければいけない事があります」

 

「は、はい。なんでしょう?」

 

 私が真剣な顔をしたせいか、ジョジョは佇まいを直して顔を強張らせた。

 

「あなたは『アストレア・ファミリア』が壊滅した事について何処まで聞いていますか?」

 

「ええっと……確か敵対してた『ルドラ・ファミリア』が『怪物進呈(パス・パーティ)』でモンスターを押し付けたのが原因って聞いてます」

 

 それはある意味では間違いではない。

 ただ、正確でもない。

 

「『ルドラ・ファミリア』に私達は火炎石を使った罠を仕掛けられた。それ自体は大した被害を受けなかったのですが……」

 

 それだけで終わっていれば何事も無く終わっていたというのに。

 

「しかし火炎石の爆破はダンジョンに大きな被害をもたらした。それこそ階層が大きく破壊されるほどに……そして……」

 

「そして?」

 

 思い出しただけで汗が噴き出して吐きそうな気分になる。

 

「あの……言い辛いなら無理して言わなくても……」

 

 気を使ってくれるのは嬉しい。

 しかしこれだけは言わなければいけない。

 

「奴が現れた……『厄災』と呼ばれるモンスター、ジャガーノートが」

 

 私は、知っている限りの情報をジョジョへ伝えた。

 ジョジョは真剣な顔をしてそれを聞き取り、聞き終わると神妙な顔をして考え込んだ。

 

「スタンドは効くんでしょうか?」

 

「試してみない事には分かりません」

 

 具体的な出現条件が分かっているわけでも無い。

 それにジャガーノートが出現しない事に越した事は無い。

 だが、ジョジョはそうは思っていないようだ。

 

「黄金長方形の回転……」

 

「はい?」

 

(そういやエルフって森に棲んでるよな……黄金長方形について何か知らないかな……でも黄金長方形を見つけたのって確か人間だよな……)

 

 さっきからジョジョが私を見ながら何か考えている。

 何だか居心地が悪い。

 

「あの、私がどうかしました?」

  

「リューさん、『1:1.618』という比率について何か知っている事はありますか?」

 

「えっ?」

 

 何かの暗号でしょうか。

 比率といってもやけに中途半端な数字だ。

 一体何を意味するものなのか。

 ジャガーノート攻略の糸口になるのか。

 だとしても何一つ見当がつかない。

 

「すいません、何の事だかさっぱり……それもスタンドに関係する事なんでしょうか?」

 

「いえ、いいんです。俺も変な事言ってすいませんでした」

 

 そう言うと今度は人差し指を眺めていた。

 ジョジョの意図がさっぱりつかめない。

 今度暇なときにでもその比率について調べてみようか。

 

「あの、リューさん。先代達の事をもっと教えてください。アストレア様からも聞きましたけど、どんな冒険をしたかとかはリューさんに聞いた方が詳しく聞けると思うんです」

 

「そうですか、じゃあ私がファミリアに入った日の事から話しましょうか」

 

 楽しかった。

 まるで死んだ筈の皆がそこにいるような気さえした。

 いくらでも皆の事を話せる気分だった。

 

 皆、私がそちらに行くのはもう少し先になりそうです。

 




帰り道

ジョジョ「リューさん、幽霊っているんですね」

リュー「は?」

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