一人、前に出て現れたのは北の異民族に人質として捉えられていた女性だった。孤児院の職員の一人でタナトスとも顔見知りの一人にも関わらず、アリアの寸前でピタリと止まった切先をそのままに顔だけを向けるタナトス、普段の彼なら武器を納め、明るく話すであろう相手に冷徹に、隠しきれない怒りを表しながら言葉を紡ぐ
タナトス
「なんの様だ、お前に話すことは何もない。とっとと失せろ“偽物”が」
???
「やはり、あなたの眼は誤魔化せませんか…」
サァと女性の姿が煙に巻かれ後に残ったのは大きなボックスを手に持つ少女だった。
名をチェルシー、革命軍に所属する帝具使いの一人。
チェルシー
「今回の一件を計画したのは他でもない革命軍です。しかし貴方の部隊の出現に応じ大幅に計画を変更し子供を人質にしたイェーガーズの暗殺は私が立案したものです。処罰なら私が受けます。ですのでどうかそこのアリアには慈悲を…」
頭を垂れ懇願するしかない。下手に逃げるなどしてしまえば地の果てまで追いかけられ殺される。今タナトスが目の前の人間に抱く感情は“呆れ”や“憐れみ”などと言ったものしかないのだ。殺しても構わないと思う程に価値がなかった。
だから頼むしかなかった。潔く正体と目的を話した上で見逃してもらえる事に賭けた。
対するタナトスの声に優しさや暖かみは一切無くただただ敵であると認識している様子だ。
タナトス
「慈悲ならくれてやった。その上で己の意を貫いたのなら此方も相応で答えるまでのことさ、ましてやこんな雑な作戦を革命軍が立案していたとしたら俺は我慢ならなかったろうし…」
後ろに行くにつれ言葉が聞こえづらくなる。革命軍が『こんな』作戦を立てていなかった安堵があり、幻滅せずに済んだことを嬉しく思った。同時に作戦を立案した目の前のチェルシーには良い感情を抱くことはできなかった。いくら
タナトス
「聞いてやろう。話せよ。」
チェルシーは語る。かつて 帝国の焼却部隊 に所属していたボルスは様々な人から恨み辛みを買い暗殺依頼が入っているのだと、自身も昔世話になった村が焼却部隊によって焼き払われ沢山の命が失われた事を……
タナトス
「………成る程な。理由としては充分…なのか、」
私情に囚われた理由、タナトスの立場が逆だとしたら納得できた。大切な人が勝手に殺され溜まる憎しみは理解できる。が、ボルスは友達なのだ。家族に優しく、子供に優しい世話焼きないい人だと知っている。殺されそうになる中でただ黙って「はいどうぞ」なんて言えはしない。
そして何より彼の娘と同じぐらいの年齢で自分も大好きな子達を巻き込んだ復讐劇など、くだらない。
タナトス
「悪いがさせんよ。どうしてもと言うなら力づくでやってみせろ、その場合足元のこの子も道連れだろうがな。」
視線を下に向けると地に伏したアリアの姿がある。息も切れ切れで後一つ何か加えれば死ぬかもしれないと見るだけでわかった。
タナトス
「どうする?
タナトスの提案はごくごく単純な物だ。犠牲をだすか、犠牲を出さないか、それに尽きる。
帝国側の戦力を減らす事は革命軍側にとっても大きなメリットとなる。
ボルスは人を殺した罪人、色んな人から恨みを買い狙われている。
殺されるリスクを顧みず家族を守る為に行動する男を仕留める。
だがその場合革命軍側の戦力もタナトスによって減らされる。大義など関係なく、ただ個人の感情での粛清が待っている。
逆に今ここで手を引くならば帝国側も革命軍側も犠牲は出ない。
アリア
「ふざけないで…! チェルシー! テルロス! 私に構わな…ッ!?」
タナトス
「うるさい。怪我人は黙ってろ。それともここで果てるか?」
踏みつけられた胴により一層の衝撃が伝わる。骨が軋み痛覚が鋭敏になって声を上げる。タナトスは静かに苦しむアリアに目を向けていた。
中から燃え上がる復讐という名の焔、決して消えないであろう傷痕を残した仇を許すわけなどない。
必死に考えるチェルシーなど気にせずに妙な動きを見せれば即刻殺す覚悟も出来ていた。
しばらくの静寂の後、突っ立っていたテルロスがタナトスの目の前まで歩み出る。
ん?と首を傾げた。交渉役はあくまでチェルシーであり『奥の手』を使ったテルロスは完全に蚊帳の外だった。
テルロス
「タナトス様、貴方の提案に乗らせていただきます。我々はこの任務を放棄し離脱します。
つきましてはそちらからの追手は出さず、一切の干渉をなしということで宜しいですか?」
タナトス
「構わん。だが約束を破った場合は…わかってるな?」
貫かれるほどの眼光に臆する事なく答える。
テルロス
「はい。」
返答を聞き武器をおろし、足を退けアリアを解放するタナトス。
アリアを優しく抱えその場を去っていく。当のアリアにはまだ戦う意思が残っている様だがテルロスが手刀で黙らせ担いでその場を後にする。
1人左腕を切られた事も気にせず森に君臨するタナトスは後ろを振り返り、静かに舌打ちをした。
ズタボロのボルスに恐怖を顔に出した子供達、笑顔など無く不安だけがあった。
タナトスはボルスに向かって歩く。鎧が掠れ金属音が静かな守りに木霊する。子供達は分かってはいても怯えてしまう、金属の音はさっきまでの狂気を思い出させるから…
怯える姿を見て直ぐに姿を変える。人間へと変わりゆっくりと近づいてボルスに手を当ててより一層表情が怒りを露わにした。
「お爺ちゃん、おじさんが…僕らを……」
タナトス
「言わなくていい。わかってる。お前らもケガは無いよな?」
問いにそっと首を縦に動かした。皆怪我は無い。元の標的がボルス一人であった事、そして彼が身を挺して子供達を守った事で大方の被害は彼一人だけに収まった。とは言っても一人が負う傷にしては多く、行きがある事自体が奇跡に等しかった。家族の元へと帰るという純粋な願いがボルスを今現世にとどめてくれていたのだ。
タナトスが手を翳す。優しい光が森に広がっていく、その光景はどこか神秘的で子供達の目にはおとぎ話の一説にも見える。あり得ないと否定などはしない。
ボルスの傷が塞がっていく、飛び散った血液や肉片も元の場所へと戻っていく。
閉じられた瞼が静かに開いて意識を取り戻す。
ボルス
「………ここは…」
タナトス
「おつかれ、ボルス“さん”。」
ボルス
「そっか、また君に助けられたんだね。」
タナトスが差し出した手を取って立ち上がると残った手をアピールしながら『ハイタッチ!』と急かす。一途きの静寂、
パチンとハイタッチの良い音が森に響いた。
タナトス
「全く無茶しちゃってさー 俺が来なかったらどうなってた事かわかってる?」
ボルス
「ハハハ、面目ないな〜」
タナトス
「まぁいいさ、助かったんならそれで一安心。
おーい皆んな! 今から俺はちょっと用事があるからみんなちゃんと街まで帰れるな?」
帰ってくる返答など聞かなくてもわかっている。だとしても、すこしでも自分を誤魔化していたかった。
彼なら大丈夫と、行き過ぎた
何度目だろうか、この人なら大丈夫。任せようとしても結局は悲劇ばかり。
“信用”と“心配”は少し間違えればどちらかを損なう。信用し過ぎては過信して、心配を通り越せば可能性を潰してしまう。“変えられるとしても”信じる気持ちを大切にしたい。
俺は『守護者』じゃなければ『管理者』でもない。今この星を生きる生命体の一人だ。普通に笑って共に過ごす日々は無色になった俺の心に再び色をつけてくれた。
たとえ歩みの途中に力尽きたとしても、託し、後を継いでくれる者がいる。隣を歩き一緒に経験する“友達”がいる。それだけは絶対に護らないと……
顎に手を当て考えていると、擬態したズボンを引っ張る感触が伝わった。顔を下げると子供達が見上げていた。
「お爺ちゃん、どこに行くの?」
タナトス
「ああ、ちょっと用事があるんだよ。ここを通りかかったのも偶々。この先でなにやらやんちゃしでかしたやつがいるらしい。『どうにかしてくれー!』って頼まれてな。だから来た。」
嘘は言っていない。この先には絶対零度と暴風を超えた風によってあたり一帯は跡形もなくなっている。加えて二つあった巨大な生命反応の内、一つが消失した。
皆んなで笑った束の間にタナトスは護衛用の
驚き好奇心に任せて木人に触れ合う子供達を後にタナトスとはその場を後にする。
場所は森の中心…だった場所、白い冷気やなぎ倒されたり砕けた木々が残るだけの更地。激しい戦闘があった事は誰でもわかる光景にタナトスは何食わぬ顔で空を眺める。
ヒラヒラとタナトスの元へと飛来する光の塊、ソレは意思を持ち風を纏ったパル。
タナトス
「負けたんだな。エスデスに?」
光の球体を握り潰し、更地のど真ん中で両手を天に掲げる。
一瞬のうちに更地が元の緑を取り戻した。
タナトス
「これで良いだろ、元どおりに戻したし“記録”も消した。」
一つの木に手をついて、語りかける。
友達に……
木々がバサバサと風もないのになびく、まるで“意思”があるように