こちらもぼちぼち
その日、空が荒れた。光が屈折し氷や雨が降り突風が帝都に吹く。既に人がいないがらんどうの帝都の中、建物の一つが吹き飛んだ。もしここに人がいたのなら怪我人や腰を抜かして泣きわめく子供がいたかも知れない。
瓦礫を押しのけて異形の影が飛び出し、続いて追いかけるようにして氷が這い出る。蛇のようにしなやかに対象に追従する。
影の主、タナトスは異常な軌道で接近し、速度を保ったまま手刀を振るう。
対するエスデスも己がサーベルで受け止め、動きが止まったタナトス目掛けて地面からの氷の棘と生成した追尾槍で貫こうとした。
両者人外、極限を超えた競い合い。
棘はタナトスの脚部目掛けて進むが、咄嗟に足を折り寸前で交わした。そのまま延伸力を利用して停滞した空中で回転し動きを惑わした後に尾を利用してつづく攻撃を仕掛ける。
弧の軌跡を描いた尾による斬撃、だが通常の一撃と違った。
金属の擦れる音がエスデスの耳に入る。
直感で感じた予感に身体を動かす。
キュイィィン と一段と音が速く細かくなった瞬間、エスデスのサーベルが斬り裂かれた。
エスデスの視界に迫る尾が映る。その一瞬、光る尾による目眩し。
だが軌道は見た。ならば全力で後方へ逃げる。この一瞬を逃せば未知の斬撃がエスデスを襲う。
ソレは『決着』の合図。
ソレは“敗北”の予兆。
ダメだ。負けられない。喰らいつく。
逃げるのは辞めだ。空いていた左腕に力を込める。氷によって形作られた棒、防ぐ事など叶いはしないひ弱な武装。
エスデスは尾と自身の間に大量に生成した。制度など度外視し、とにかく視界一杯に展開した。
抵抗もなく、氷の棒は裂かれていく。エスデスの胴に迫る一斬
「!!!??」
氷の鎧。八層重ねて生み出した防御は寸前でタナトスの一斬を受け止めた。
「捉えたぞ。」
生まれた一瞬、刹那に生まれた驚愕をエスデスは見逃さない。砕けた氷は近辺の周囲に溶け込み隙間という隙間に入り込む。無論…鎧の隙間にも……
ガッチリと固まった。身体中を固定され身動きが取れなくなった。
「もらった!」
歓喜に満ちた。最強を堕とす事ができる。これ以上の事が起こってたまるものかと、半ば憶測に過ぎない判断であったが、己が想像できる全てでタナトスは反撃の術を持たないはず
氷の武器を周囲に展開する。無数に生み出した一撃の数々、身動きが止まったタナトスにせまる。周囲の攻撃はタナトスの注意を引くための囮、本命の一撃はエスデス本人が決める。自らの手で打ち取る事にこそ価値があると考える彼女の考え方
しかし……
「やるな」
ザクッとタナトスが分離させた己の腕で氷の刃を受け止めた。本人の躯体から外れ盾がわりに使ったのだ。そして、タナトスの声もいつもと同じ声色だった。
気味が悪い。エスデスから生まれた感情は嫌悪と困惑だった。
防御方法もさる事ながらその精神性に畏怖を覚えた。
彼女が殺した人間は皆、悲しみや悔しさと言った感情があった。
偶に悔いが無く死を受け入れようとする武人もいた。
が、目の前の怪物にはそのどれもがなかった。
相手に賛美を贈って尚、死ぬ事を何を恐れていない。ただそうである様に受け止め『次』の機会を窺っていた。
恐怖も無く、覚悟も無い。死に対しての『無』……ありえない。
何なのだ?何なんだ貴様は?
動きの止まったエスデス相手に、体を動かさずただ体勢を変え蹴りを入れた。まるで躯体そのものが武器であるかのように、関節を一切動かさずに回転して攻撃した。
無論、極低温の中では少しの衝撃ですら致命傷になり得る。事実、エスデスに当てた左足は砕けていた。
もう立つことも難しい。腕は外れ、足は砕けた。残った片方で地に足をつけていた。
原初の力を宿した帝具は久方ぶりに現れた強者によってその全容を暴かれる。
何者にも穢されず、誰からも畏れられた。結果…殺された・失った
だから次は間違えない。その為の力。全てをねじ伏せ屈服させる力。
不条理だろうが摂理だろうが、“彼ら”の前では障害にすらならない。
「ここからは……第二ラウンドといこう。」
地が、空が震える。管理者の気配が世を支配する。
瞬間、タナトスの姿が消えた。そして徐々に近づいてくる金切り音に嫌な予感を覚えるエスデス。
咄嗟に氷の防壁を生み出しての警戒体勢、予測は当たっていた。
防壁は崩れ、突撃する塊。防御は不可、交わすほかない。
直撃を寸前で避けたがあまりの速度に突風が突き抜ける。ソニックブームだ。
続けて多方向からの連撃が襲う。一瞬で立て続けに迫る不可視の刺突、速度のみで立て続けに起こす。
まるで多人数戦の様に、しかしタナトスは一人。
ただ速度を上げているだけなのだ。純粋なスピード、突き詰めれば時間を支配する“ソレ”を身体能力のみで引き出している。彼が唯一、友の助力なしに辿り着いた極地。
さらにスラッシュギアによるフレキシブルな攻撃はそれ自体が意思を持つ軟体動物の様に迫る。
原初であるが故に全てを持つ神級危険種を素材とした帝具の中の規格外…タナトス
森羅万象に介入し、意のままに作り変え、ルールを司る運営。
漸く視界に捉えた最強は身体のいたる箇所が欠損し、生きているとは思えなかった。
なのに、動いている。
受け止める。破損した最強の拳を氷の盾で
力負けし押される、死の結界に、背後に見えた躍動する青白い刀身。
エスデスは瞬間的に理解した。スラッシュギアによって編まれた刀身の結界に無理矢理押し込もうというのだ。
さて、“結界”と表現したこの状況。常識的におよそ技能だけで行える行為ではない。
帝国大将軍ブドーの帝具も“至高の帝具”も面制圧に特化している。言わば『軍団』に適した帝具。故に範囲攻撃を第一とし、一網打尽にするための攻撃手段に困る事はない。逆に対人戦に置いては無用の長物となってしまう。なので効果を絞り対応させている。
だが、タナトスは違う。
“今”の力は対人戦に特化している。人間と危険種を想定した徒手空拳に剣技を混ぜた唯の技。言わば瞬間的な『線・点』による攻撃。
軍団を想定した技など無く、ましてや範囲技など想定できるはずがない。周囲を包み込む斬撃の結界など……
無限に伸びる尾だろうが、音速越えの拳だろうが、結界の様に取り囲む事など出来はしないのだから……
だが事実スラッシュギアの刀身は、編み物の様に絡み合い巨大な結界を形成していた。しかも動いている。今もなお刀身はタナトスから伸びている。
点も線も世界が認識を超える速度で出せば良いのだ。1秒の間に1億の線を配置すれば逃げ道などなくなる。1秒の間に5千の点を叩き込めばいい。
そうすれば全くの同時に同じ攻撃が存在できる。正しく神技と言うほかない。
「ぐゥゥゥッ!」
踏ん張る。背後には防御不能の触れれば切断される確殺の刃。
正しく力押しの極み。凍らせるならそれ以上の速度と力で摩擦熱を出し、防がれるのであれば当たるまで無限に切断する。
タナトスが長年かけて辿り着いた結論はシンプルな方法だった。
無限を生き、持つ彼だからこそ至った極地。究極の解決策、即ち
そこに技を添えて彼のスタイルは完成している。
故に介在する余地は無く。迫る攻撃を受けるしかない。超スピードと超パワーに裏付けされた確かな《死》は漠然とエスデスを待ち受ける。
諦めるわけにいかない。
折角帝国最強に認められ“楽しくなってきた”と言うのに、ここで死ぬのは“勿体無い”
だから……
瞬間、あらゆる全てが停止した。雲も、砂塵も、空気も、そして……