月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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パル子とマルキューに襲い掛かった出来事の話です。
原作では無念の結末でしたが、本作では果たして?

笹ノ葉様、秋ウサギ様、烏瑠様、コルネリア様、一般通過一般人様、誤字報告ありがとうございました!

選択肢
【桜の園に向かう】←決定!
【少し教室に残って様子を見る】


六月上旬(遊星side)2

side遊星

 

「いやあ。まいった」

 

 桜の園の屋上庭園にやって来た僕らに、マルキューさんは努めておどけた声を発した。

 その顔色は残念ながら余り良くない。明るくしようとしているのは分かるけれど、生気の無さがマルキューさんの心境を物語っていた。

 才華様がパル子さんに頼まれて声を掛けたのは、映画の衣装製作を決めた際に同席したというエストさん、ジャスティーヌさん、カトリーヌさん、そして正式に『ぱるぱるしるばー』のスポンサーにお父様が成ったという事で僕だ。

 後、八日堂朔莉さん。彼女は同じ映画に参加するという理由でやって来てくれた。

 ルミネさんにも一応才華様は連絡したようだが、『私は関係ない話だね』と断られたそうだ。アトレさんは残念ながら昼食時で授業中。

 桜の園を場所に選んだのは、同級生の誰かに会話を聞かれる事はない。呼ばれた時点で何か起きると分かったのか、エストさんがエントランスにいた八十島さんに食事と飲み物の手配をしてくれた。

 残念ながら僕は桜の園の住人ではないので、食事などの手配を八十島さんに頼む事は出来ないので助かった。一応、お弁当は持って来てあるんだけど、どうしようかな、これ?

 用意された席に座ると、マルキューさんが話し出した。

 

「え~と、先ずはメイドさん。アドバイスの方はありがとうございました。言われた通り、昨日スポンサーになってくれた人に相談しました」

 

「スポンサーになってくれたって事は?」

 

「はい。スポンサーの方は書類にも書いて正式な契約をしました」

 

「おめでとうございます」

 

「おめでとう! ハルコさんに、マルキューさん!」

 

「私からもおめでとう」

 

「良かったね」

 

「お、おめでとうです」

 

 お父様とのスポンサー契約が旨く行ったことに、才華様達は祝福の言葉を告げた。

 その件に関しては僕もお父様から聞かされた時は、嬉しかったのでパル子さんとマルキューさんに声を発する。

 

「おめでとうございます、パル子さん、マルキューさん」

 

「いやその……こっちこそありがとうございました……もしも小倉さんがスポンサーの契約の話を持って来てくれなかったら……今頃はもっと大変な事になっていたと思いますから」

 

「ほんとにありがとうございました。昨日の夜にきゅうたろうから事情を聞かされた時は、私も驚きましたんで」

 

「いえ、私のした事はただの切っ掛けです。パル子さんがお父様に認められる才能を持っていたからこそ、お父様は動いてくれたんです」

 

「あ、あの……何があったのでしょうか?」

 

 事情が分からない才華様が質問した。

 僕から話すべきかなとパル子さんとマルキューさんに視線を向けるが、自分が話すというようにマルキューさんが口を開く。

 

「さっきも言いましたが、この前特別編成クラス用の食堂でメイドさんから受けたアドバイスに従って、スポンサーになってくれた大蔵衣遠さんに相談してみたんです……大蔵衣遠さんには、先ずは自分で連絡して確かめてみろって言われました」

 

 その時点でお父様は何かあったことに気がついていただろうけれど、マルキューさんに学ばせる為に自分で確かめさせたに違いない。

 あの人はスポンサーになったからと言って、その相手を甘やかすような人じゃない。寧ろ認めている相手だからこそ、更に厳しい意見を言う人だから。僕の場合は認められる以前の問題だったけどね。

 

「それで映画の担当の人にメールで連絡してみたんです……返事はすぐに来ました。パル子の服が『イメージに合わない』って上の人に言われたみたいで……お願いはしたかったし、デザインにもOKは出したけど、まだ依頼は確定してないからって。縫製まで進めたからと言っても、使えないものは使えないって返事が来ました」

 

 その時の悔しさを思い出したのか、すっかりおどけた口調が抜けて小さく、背中を丸くしていたマルキューさんは膝の上に置いていた両手を強く握った。

 

「でも怒っている感じはなくて。メールも丁寧なビジネス口調で、返事が遅れたことについては謝ってくれたし。だけど、なんか、今までよりは冷たかった感じでした」

 

 冷たさを感じるのは仕方がない。相手はもう既に断るつもりで返事を返して来たんだから。

 この業界じゃなくても良くあることの一つだ。ただ今回の件では、マルキューさんに強力なアドバイザーが付いていた。

 

「正直メールを見た時はショックでした。私が先走っちゃったのもあるんですけど、『使えません、ごめんなさい』で終わりなのかなって……そのメールを見たら、大蔵衣遠さんもスポンサーの話は無かった事にされるんじゃないかって……あの時は怖くて携帯を隠そうとしました。まあ、無理だったんですけどね」

 

 お父様がそんな軟弱な事を赦すはずがない。

 

「隠そうとしたら、すっごく怖い視線を向けられて……正直震えが止まりませんでした」

 

「そ、そんなに怖かったんですか?」

 

 お父様の事を良く知らないエストさんが汗を流しながら質問した。

 

「正直に言いますが、お怒りになったお父様は怖いという表現では済まない人です。もしもお父様を怒らせてしまったらと思うと……怖くて涙が止まりません」

 

「えっ!? 小倉さん! 本気で泣いてる!」

 

 ごめんなさい、エストさん。でも、お兄様にされた事を思い出すだけで身体が震えて涙が流れてしまう。

 才能が無いと言われて見捨てられる前から怖かったし、フィリア女学院の時は公開処刑入学式を体験させられ、正体がバレたら不味いと思ってコソコソと隠れた日々。因みにお父様から5月に教室をルナ様のクアルツ賞の件で訪ねに来た時点で、正体は分かっていたと教えられた時は目の前が真っ暗になった。

 何故泳がせていたのかは、桜小路遊星様の件で分かり切っている。どうか彼方のお兄様が、僕の件でルナ様を責めていない事を願いたい。

 才華様も、僕の意見に同意なのか頷きながら、お腹を押さえて俯いてる。

 ……最近のお父様は、甘かった才華様やアトレさんにも厳しいそうだから、その恐ろしさは分かっているようだ。

 僕と才華様の様子に、マルキューさんの話は偽りがないと分かったのかエストさんは身体を震わせた。

 

「朝陽! 朝陽! わ、私、お会いした時に失礼な態度は取っていなかったよね!」

 

「だ、大丈夫です、エストお嬢様……怒られるとしたら、私です」

 

「朝陽さんの顔色も真っ青に! 困っている表情の朝陽さんは魅力的だったけれど、これは流石に興奮出来ないわ!」

 

 僕と才華様は揃って、お父様に脅えた。

 ……こんなところは似ないで欲しかったなあ。いや、才華様は僕の子じゃないんだけど、遺伝子的には親子だから。

 

「それで結局どうなったの?」

 

 冷めた顔しながらジャスティーヌさんが話の続きを催促した。

 

「は、はい……結局返事のメールを大蔵衣遠さんに見せました。そしたら、自分の携帯を取り出して、映画会社の方に連絡してくれたんです。その後は私は蚊帳の外になっていたんですけど、最終的にはOKを貰っていた10着の衣装だけは使って貰えることになったんです」

 

「ふぅん。良かったじゃん。大蔵衣遠だっけ。その人に感謝だね。だって貴女に任せていたら、パル子の衣装は全部使って貰えなかったと思うよ。今回の件、貴女がもっと、きちんと話を進めておけば、駄目だって言われてもプレゼンの機会くらいは作れたんじゃないの? なのに印象を悪くした上であっさり引き下がるなんて、何やってんの? 大蔵衣遠のように直接連絡したりして食い下がるぐらいの勢いを見せないと駄目だよ」

 

 流石にそれはと思わないでもないけど、ジャスティーヌさんの意見には一理はあるので口を挟めなかった。

 お父様も昨晩、似たような事を言っていたし。思い出すのは、昨晩あったお父様との電話での会話。パル子さんとマルキューさんに襲い掛かった理不尽の話だった。

 

 

 

 

『遊星……お前の危惧していた事が現実になったぞ』

 

「……それはどういう事でしょうか、お父様?」

 

 自然と険しい声が出た。

 夕食を終えて、デザインを描いていたりそなに紅茶などの差し入れをしながら談笑した時に、お父様から電話が掛かって来た。

 りそなは『せっかく下の兄と楽しく過ごしていたのに』と愚痴を溢していたが、今日が『ぱるぱるしるばー』との正式なスポンサー契約の話をする日だと分かっていたので出なくていいとは言わなかった。

 このスポンサー契約の件は、りそなも気になっているからだ。果たしてどうなったのかと思いながら電話に出てみると、いきなりお父様から不穏な言葉を頂いた。

 

『りそなも其処にいるか?』

 

「はい、います」

 

『ならば、ハンズフリーにしろ。事は学院にも少なからず影響が出る事だ』

 

 この時点で何かがあったのは間違いないと確信した。

 お父様の指示に従って携帯をハンズフリーにして、テーブルに置いた。

 

「それで何があったのですか、お父様?」

 

『先ずは例のブランドの『ぱるぱるしるばー』とのスポンサー契約は正式に決まった。書類にも書いたので、何の問題も無い』

 

「わあっ!」

 

 僕は我が事のように嬉しかった。

 これで学院外でのパル子さんとマルキューさんの安全は保障されたのだから。だけど、お父様からの報告は嬉しい事ばかりではなかった。

 

『喜んでばかりはいられん。遊星、それにりそな。お前達二人も知っているだろうが、銀条という娘の衣装が映画の撮影に使われる事を』

 

「はい。その事は以前桜の園に行った時に、お二人から聞きました」

 

「私も下の兄から聞きましたよ」

 

『その件で一丸という小娘がミスを犯していた。正式な契約を結ばずに、縫製まで制作を進めていたようだ』

 

「えっ!? 正式な契約を結んでなくて、縫製までですか?」

 

 それは不味い。この手の話は、相手側の判断一つで駄目になってしまう事もある。

 そんな事態を防ぐためにも、契約内容を書いた書類が必要だ。或いは誰かを通してなら、書類がなくても最悪の事態を防げるが、今回の映画の衣装製作の依頼は、マルキューさんというか『ぱるぱるしるばー』に直接に来たものだった筈だ。だからこそ、契約内容に関する書類は何に置いても必須なのに!

 一緒に聞いていたりそなも、険しい顔をしている。大蔵家総裁で、自分もブランドを開いているだけに、マルキューさんが犯したミスの大きさが分かっているようだ。僕も自分で勉強したのもあるが、お兄様の手伝いで学ばせて貰った。

 恐らく今、最悪の可能性が僕と同じようにりそなの頭の中に浮かんでいる筈だ。

 

『先ず結論から言うが、小娘は失敗した』

 

 僕は息を呑んでしまった。

 

『断りのメールはすぐに送られて来た。タイミングから考えて、依頼した側も小娘の連絡を待っていたのだろう。衣装は全て使えないと返事が返って来た』

 

「全部ですか!?」

 

『ああ。上の者がイメージに合わないから駄目だと言ったとメールには書かれていた』

 

 ……明らかに不自然さを感じた。元々映画の衣装の話を持って来たのは、相手側の方からだったとお菓子パーティーの時に聞いた。その話を聞いたのは5月の上旬。

 なのにマルキューさんが連絡したら、今更イメージが合わないだなんて理由が出て来るのは明らかに不自然だ。

 

『小娘の手前、その場で聞けなかったが、改めて連絡して担当者に話を聞いてみたところ、興味深い話が聞けた。その映画会社のスポンサーになっている会社の社長の娘がフィリア学院に通っているそうだ』

 

「……相手が場外乱闘を仕掛けて来たという事ですか、上の兄」

 

『そういう事だ。遊星の危惧が当たってしまったという事だ。衣装の担当だった者は、この俺からの連絡に驚いていたが、『ぱるぱるしるばー』のスポンサーだと名乗ったら、再度交渉し、結果、事前にOKを貰っていたという10着の衣装はそのまま採用となった』

 

「全部ではない事は、残念ですが、それでも良かったと思います」

 

 もしも制作していた衣装が使って貰えないなんて事になったら、マルキューさん達は大損では済まないから。

 

「流石にこの件は学院を経営している者として見過ごせません。カリンさんに頼んで、明日はその学生を調査しましょう。相手は多分『ぱるぱるしるばー』の邪魔が出来たことが嬉しくて、上級生や下級生に言いふらすでしょうし」

 

『件の映画会社の連中には口止めをさせておいた。スポンサーが何かを言ってきたら、この俺に文句を言えと言っておいた』

 

 そんな事は絶対に出来ません。

 

『無論、言って来たのならばそれ相応の報いを与えるがな』

 

 僕とりそなは思わず抱き締めあった。

 間違いない……お父様もこの件には腹を立てている。

 ……僕も、正直言ってショックだった。事前にお父様とりそなから、この世界の湊に起きかけた出来事は教えて貰ったけれど、それでも似たような事が起きかけたのはやっぱりショックだ。

 ラフォーレさんが特別編成クラスと一般クラスの間で対立意識を煽ったのは、お父様とりそなから聞いている。だけど、彼はこんな形での対立は考えてはいない筈だ。直接話したのは二度だけど、彼は間違いなく服飾に人生をかけている人だという事は分かった。

 そんな彼がフィリア学院の服飾部門で対立意識を高めたのは、あくまで競争意識を強めるため。

 こんな形の対立は望んでいない筈だ。でも、現実に起きてしまいかけた。お父様が動いてくれなければ、パル子さんとマルキューさんは大変な損害を被っていたに違いない。

 

「下の兄。今回の件は総学院長のあの男にも話しますよ。もう服飾部門の対立意識は危険域に達しているのは明らかになったんですから」

 

「……うん。僕も分かったよ」

 

 このままでは今起きた以上の事が、服飾部門で起きる可能性が出てしまった。

 その可能性が外れてくれることを、僕は願うしかなかった。

 

 

 

 

「ごめんなあ、パル子」

 

 昨晩の事を思い出した僕を現実に戻したのは、マルキューさんの悲し気な声だった。

 目を向けてみると俯いていて、前髪がその顔に被さっていた。でも、その隙間から、輝く何かがテーブルの上にぽたりと垂れていた。

 

「お前、今回はすんごくやる気を見せてくれてデザインも締め切り前に描き終えて、毎日縫ってくれていたの……授業中、いっつも眠そうにしていて良く分かっていたのに……その頑張りを危うく私は……」

 

「よせやい。結果的に使って貰える事になったんだから、元気出せって」

 

「でもさ……正直自信がなくなった。衣装を使って貰えられるようになったのも、私じゃなくて大蔵衣遠さんのおかげだし……これからはあの人に任せた方が……」

 

「それは違います、弓さん」

 

 あえてあだ名ではなく、本名で呼ばせて貰った。

 僕に呼ばれたマルキューさんは、顔を上げてくれた。その顔には自分への不甲斐なさと悲しみが浮かんでいた。

 

「確かにお父様にこれからは交渉を任せれば、色々と楽になると思います。ですが、『ぱるぱるしるばー』というブランドは、弓さんと春心さんがお二人で始めたブランドじゃないですか。お二人で頑張って来たから、私や此処に居る皆さんと出会い、そしてお父様が認めるだけの春心さんの才能を弓さんが引き出したんです。その頑張りがあったからこその結果です。それにお父様は、映画の衣装の話の後に何か弓さんに言いませんでしたか?」

 

「……『今回の失敗を忘れるな』って言われました……後、今後は今回みたいな大きな制作の依頼があった時には、連絡しろとも……私の交渉に部下の人をアドバイザーとして付けるって」

 

「お父様は少なからずですが、春心さんだけじゃなくて、弓さんも認めています。春心さんの才能を引き上げたのは弓さんです。だから、弓さんの頑張りが春心さんには必要だと分かっているそうですから」

 

「きゅうたろう。私からも頼むよ」

 

 マルキューさんの隣に座っていたパル子さんが、その手を強く握った。

 

「私さあ、ほんときゅうたろう以外じゃ駄目なんだって。頼むよ。頼んますよ。これからも私の面倒を見てやって下さいよ」

 

「なんだよもぉちくしょおおおおお」

 

 二人は強く抱き合った。その様子に僕は笑顔で、ジャスティーヌさんは呆れ顔で、エストさんと才華さんは優しく、そして八日堂さんは冷静な顔で見ていた。

 ……カトリーヌさんは仏和辞典を必死に引いていた。後で何が起きているか話しますから、待っていて下さい。

 

「いやあ小倉さんもギャラッハさんも八日堂さんも、ジャス子さんもメイドさんも年輩のメイドさんも、ありがとうございます。色々話聞いて貰ったり、厳しかったり温かかったりするお言葉も頂いたりで感謝ですよ。どうもです、ほんとう。これからも二人で頑張っていきますので、応援よろしくお願いします」

 

「……まあ、良かったわ、本当。私、この映画に出演する切っ掛けだったのは、貴女の衣装が使われるからだったのだもの。それなのに全然衣装が使われないとかになったら、映画のオファーを蹴ってやっていたところよ。予定だった20着は無理になったとしても、10着は間違いなく使われるんでしょう?」

 

「あ、はい。その契約書は書かれたので間違いなく使って貰える筈です。制作費用の方も、午前中に入金が確認出来ましたから」

 

 お父様が、映画の制作会社の方に急がせたに違いない。

 少しでも早くマルキューさんとパル子さんを安心させる為に。

 本人は、明日までしか日本に居られないから急がせたと言うだろうが。ありがとうございます、お優しいお父様。

 

「なら、安心ね。ところでさっきデザインは全部完成したって言ったけど、使われるのは最初に了承を貰った10着だけなんでしょう? じゃあ、残りの10枚のデザインはどうするの?」

 

「ああ、それは普通に売るつもりっす。元々映画用ではあるんですけど、普通の服としても着られるので。わりとかわいいと自分で思いますし」

 

「っというか、一度そのデザインは大蔵衣遠さんに見せる予定だろう。それで何着か制作の依頼をするかもって、言ったじゃん」

 

「そだった……まあ、そんな感じです」

 

「制作の依頼って事は、何処かに出すのかしら?」

 

 八日堂さんが僕に視線を向けた。

 とは言っても、僕もお父様の考えを全部分かっているわけじゃないので首を横に振るしかなかった。

 

「すみません。その辺りの話までは教えられていません」

 

 僕はお父様の子ではあるが、パル子さんとマルキューさんの衣装が仕事に関わっているのなら、あの人は自分の仕事上の考えを明かしたりはしない人だから。

 

「あっ、でもですね。選ばれなかったデザインも制作するつもりですよ。自分は良いなと思っているんで、もしもその衣装を気に入ってくれる人がいて、買ってくれる人がいるなら。今日の気分だからとか、色が合わせやすいからとか、単に着心地が良いからとか、とにかくそういうのでいいんで、着て貰えるといいなあって思います」

 

 なるほど。

 今の話でパル子さんの服飾に対する考えは大体わかった。『自分で作った服を着て、誰かに喜んで貰いたい』という考えが、パル子さんの服飾への熱意の根幹みたいだ。

 ルナ様やユルシュール様とは違い、自分の道を進むというタイプとは違い、とにかく服を作って誰かに喜んで貰えるのが何よりも嬉しいようだ。僕が会った人の中では、メリルさんが一番近いタイプの人かも知れない。

 僕もパル子さんの考えには共感を感じる。りそなに渡した時には、本当に嬉しかったから。

 

「それじゃあHPに新商品のカタログが出来たら教えてね。欲しいものがなくなったりしたら、悲しいから」

 

「そのときはぴったりサイズのやつをつくりまっすよ。言って下さいよ」

 

「いや、その前にOK貰った衣装の制作をしないと駄目だからなあ。遅れたりしたら、交渉してくれた大蔵衣遠さんに悪いから」

 

「そだったー」

 

 パル子さんが頬に手を当てて泣きそうな顔を見せると、場の空気が重苦しいものから変わった。

 話を聞いて不機嫌そうにしていたジャスティーヌさんも、口端を緩やかにして微笑んでいる。

 痛々しい部分もあった話だったが、何とか最後にはほっとするような空気になれたことに安堵する。

 その後は皆で八十島さんが運んで来てくれた食事や飲み物を取り、最後にカリンさんがやって来て頼んでいたスイーツを持って来てくれた。

 気を利かせてくれたのか、パル子さんとマルキューさんの分もあって、二人は大変喜んでくれた。

 どうか二人にはこれからも頑張って欲しいと僕は願った。

 

 

 

 

 本日の授業が終わり、放課後になった。

 今日は、りそなはパル子さん達の件で帰りが遅くなると連絡が来た。昼休みに皆と別れた後、ソッとカリンさんが報告してくれた。

 例の映画会社のスポンサーの娘だという三年生の女性は、思っていたとおり特別食堂でパル子さん達にしたことを同じ三年生の生徒達に誇るように話していたそうだ。聞いた時は久々に憤りを覚えた。

 誰かの足を引っ張った事を誇るなんて! そんな気持ちが沸いたが、僕はあくまで部外者だ。

 パル子さんとマルキューさんに話す必要はないと思うし。

 

「小倉様。本日はどうしますか?」

 

「そうですね」

 

 りそなの帰りが遅くなるなら、急ぐ必要は無い。

 それにクワルツ賞の衣装のモデルになってくれる人も何とかしないといけない。アイドル科や芸能科、そして演劇科の生徒の方々を見てみたけれど……正直に言ってルミネさんと同じぐらいにデザインのモデルに一致する人は見つけられなかった。

 ジャスティーヌさんのデザインは、それだけ良いものだから仕方がないかも知れないけど……かなり悩んでいる。

 この手の相談は服飾に関して素人のカリンさんには出来ない。

 

「何でしたら桜の園に言って、アトレお嬢様とお話になったらどうでしょうか? 先月に今月になったら会いに行くと言ったとお聞きしてますし、ジャスティーヌ様と一度相談するのも良いと思います」

 

「ありがとうございます、カリンさん」

 

 そうだ。カリンさんの言う通り、相談に行くのも良いかも知れない。

 でも、もう少し教室に残って考えてからでも良いかな? 今日はりそなも帰りが遅いし。

 

 ……うん。決めた。

 桜の園に早めに行こう。そうと決まれば、アトレさんにメールを送らないと。

 もしもアトレさんに予定があったら行き違いになってしまうかもしれないから。

 カリンさんから渡して貰った携帯を受け取る。

 ……何気にこんなやり取りも慣れてきている自分がちょっと怖い。ルナ様の従者だった時は、学院で連絡手段を持っていたのは僕だったから。いや、お嬢様として振舞わないといけないから仕方がないんだけど!

 ……男なんだけどなあ、僕……。

 内心で葛藤しながら書いたメールを、アトレさんに送った。

 返事はすぐに返って来た。

 

『お部屋でお待ちしていますから! すぐに桜の園にお越しください、小倉お姉様!!』

 

 ……僕の呼び方にお姉様が付いている事に、悲しさを覚えずにはいられない。

 桜小路遊星様。今度お会いした時は誠心誠意土下座をさせて頂きます。

 

「……行きましょう」

 

 カリンさんを伴い、僕は教室を出た。

 向かう途中で演劇科の生徒の筈の八日堂さんの姿を見かけた。才華様とエストさんに用でもあるのかな?

 気になったけれど、アトレさんを待たせる訳にはいかない。

 桜の園に繋がる地下通路に、僕とカリンさんは歩いて行った。




衣遠様がその気なれば、最初の契約通り映画の衣装を20着制作させることも出来ましたが、マルキューの反省の為にあえて10着で終わらせました。お前が確りしてしていれば、20着全て出来ていたぞと酷評もしています。
因みにパル子がメリルと同じタイプだという事は見抜いているので、引っ張れるマルキューを切り捨てるつもりはありません。

選択肢の結果、遊星sideでもパル子ルートは消えました。
パル子ファンの皆さん、本当に申し訳ありません。

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