女性恐怖症の一夏君   作:のんのんびより

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16話

2年前、世界は第2回のモンドグロッソに盛り上がりを見せていた。そして最も盛り上がりを見せたのは第1回のモンドグロッソを制した日本の織斑千冬の試合だった。

誰もが今年の優勝は日本、そう思っていた。

そして決勝戦開始の時刻になったが、千冬はフィールドには出てこなかった。誰もが突然の事に騒然となり、委員会が千冬の待機している部屋へと赴いた。其処に広がっていたのは、

 

 

 

大会に来ていた日本政府関係者達の顔面がボコボコにされた状態で倒れていた。

 

一方千冬は自身のIS、暮桜のスラスター全開である場所へと向かっていた。そして目的地である、廃工場が目に見えた瞬間千冬は直ぐに持っていた雪片を構え壁を破壊して中へと突入した。

 

「一夏ぁぁ!!」

 

そう叫び部屋の中を見渡すと、拘束され涙を流しながら怯えている一夏と派手な格好をした女がいた。そして何故か一夏の服は若干はだけていた。

 

「ち、千冬様!? そ、そんな、どうして!?」

 

そう叫びながら女は後ずさる。千冬は雪片を握る手に力を入れつつ一歩ずつ女に近付く。

 

「貴様ぁ、一夏に何をしようとしたぁ!」

 

殺気全開で問う千冬に、女はヒッ!?と悲鳴を上げ尻もちをつきながら壁際まで後ずさる。

 

「答えろぉ!」

 

そう叫び女の背後に向かって雪片を突き刺す。突き刺さった雪片で頬が若干斬れ、血が流れる女は振るえる唇で口を開く。

 

「そ、その子から、い、遺伝子情報を手に入れてあ、貴女様と同じ血の子を、う、産もうと……」

 

その言葉に千冬は鋭かった目を更に鋭くさせ、雪片を引き抜き女の首元に添える。

 

「殺す」

 

その一言だけ発し、首を斬り落とそうとしたが僅かに残っていた理性が一夏が居る事を気付かせ思い止まらせた。振り上げた雪片を拡張領域に仕舞い千冬はある程度力を抑えた状態で女の頬を殴り飛ばし、意識を刈り取った。

力を抑えたとはいえ、殴り飛ばされた女からはメキッと鈍い音が鳴り響いており顔の骨が幾つか折れているのは確実であった。

 

女を片付け終えた千冬は直ぐにISを解除し一夏を解放し、力強く抱きしめた。

 

「すまない、一夏! 怖い思いをさせて本当に済まない!」

 

千冬は怖い思いをさせてしまった事、そしてすぐに助けに来てやれなかったこと。そんな思いが入り混じり溢れん涙を流しながら一夏に謝る。

 

「だ、だい、大丈夫。お、おねぇじゃんが、だ、だずげにきてくれだから」

 

涙声で伝える一夏に、千冬は済まないと何度も言いながら、一夏を落ち着かせる。

暫くしてドイツの軍人達も到着し、誘拐の実行犯であろう者達と主犯を逮捕していった。

そして一人のドイツ軍将校が千冬の元にやって来た。

 

「Ms.織斑。弟さんが無事で良かったです」

 

「あぁ、協力は感謝する。それで、貴様らの見返りは何だ?」

 

千冬の問いに将校はニンマリと笑顔を浮かべながら答えた。

 

「我が軍にあります、IS部隊の訓練を見て頂きたい。期間は1年です」

 

「……良いだろう。ただし、知り合いに弟を預けたいが、向こうにも都合がある為暫く弟も一緒に連れて行くぞ。だが万が一お前等が私の弟に何かしたら期間など関係なく私は弟を連れ一緒に日本に帰る。いいな?」

 

千冬の条件に将校は眉間にしわを寄せるが、直ぐにまた胡散臭い笑みをへと戻り了承した。

ドイツ軍の軍人達に連れられ、一夏と千冬はとある空軍基地へと到着した。一夏と千冬は用意された部屋へと案内され其処に荷物を置いた後、一夏の容態を診て貰うべく軍医の元へと連れて行く。

 

「――はい、診察終わり。怪我とかは無かったよ」

 

軍医の男性はそう言いながら、良かったな。と言いながら一夏の頭を優しく撫でた。

 

「ありがとうございます」

 

「いえ、軍医として仕事を全うしただけなので」

 

千冬は軍医に感謝しつつ一夏と共に部屋を出ようとした瞬間

 

「あ、お姉さんはちょっと待ってもらってもいいですか?」

 

「はい? 一夏、済まんがちょっと廊下で待って居てくれ」

 

「…うん」

 

そう言い呼び止められた千冬は部屋に残り、不安そうな表情を浮かべる一夏は廊下の外へと出た。

 

「それで、なんですか?」

 

「実は彼の事なんですが…」

 

軍医が心配そうな表情を浮かべている事に千冬も不安な表情を浮かべる。

 

「一夏が、何ですか?」

 

「まだ発症はしていないと思っていますが恐らく彼はPTSD、心的外傷後ストレス障害になりかけている恐れがあります」

 

軍医の口から出た言葉に千冬は茫然と言った表情を浮かべ、一瞬頭の中が真っ白になりかけた。だが、直ぐに気を取り戻しその訳を問う。

 

「ど、どう言う、事ですか?」

 

「今回彼のおかれた状況は、中学生にはあまりにもショックの強い事です。しかも性的暴行もされかけたとも聞いています。そんな強いショックを受ければ心につけられた傷は大きいです」

 

「では、今後発症する恐れがある、そう仰っているんですか?」

 

「恐らく。今は何とも無い様子でしたので大丈夫ですが、次にまた大きなショックを受ければ……」

 

其処から先を軍医は言わなかったが、千冬は直ぐに察することが出来た。

 

“また大きなストレス性のショックを受ければ、発症してしまう”と。

 

「分かりました。どうも、ありがとうございます」

 

そう言い千冬は一礼し廊下へと出て行った。廊下に出ると、一夏がベンチに座りながらこっくりこっくりと首を動かしながらうたた寝をしていた。千冬は悲痛な表情を浮かべながらそっと一夏の傍に座る。

 

(済まない、一夏。お姉ちゃんが守るって言ったのに。どんな事があってもお姉ちゃんが絶対に守ってやるって約束したのに)

 

そう思いながら一夏の頭を優しく撫でる。撫でられた事に気付いた一夏はそっと目を開け顔をあげてくると、千冬は優しい笑みを浮かべた。

 

「お姉ちゃん? 先生とのお話終わったの?」

 

「あぁ、待たせて済まんな。呼び止められた理由だが、一夏の傍に居てやるように、だそうだ」

 

「そう。……ふわぁ~」

 

「眠そうだな。ほら、おんぶしてやるから乗れ」

 

そう言い千冬はベンチから立ち屈むと、一夏はそっと千冬の背に体を預けた。千冬は久しぶりにおんぶした一夏の重たさに感慨深そうな顔を浮かべる。

 

(随分と重くなったな。……もう、二度とあんな目に合わせない。何があろうと、絶対に一夏を守る!)

 

千冬はそう心に改めて決心し、一夏を寝かせに部屋へと向かった。

 

 

それから数日が経ったある日、用意された部屋で一夏と千冬は朝食をとっていた。

 

「それじゃあ一夏、夕方頃に伊田が迎えに来るから荷物とかちゃんと纏めておくんだぞ。それと、暫く伊田のご家族と一緒に暮らすが、迷惑を掛けないようにな」

 

「うん」

 

千冬は一夏の返答を聞きながら、最後の一かけらのトーストを口に中へと放り込む。

そしてドイツの新聞を手に取り読み始めた。内容はほぼモンドグロッソのことが書かれており、千冬の途中棄権の事も書かれていた。

 

《前回優勝者、織斑千冬途中棄権!》

 

と、でかでかと書かれていた。詳細の所には様々な憶測が書かれており、あの日あった事件の事は書かれていなかった。

無論書かれているはずがない。一夏が誘拐された事件は、余りにも事が大きすぎる事件であった。日本側は千冬に誘拐された事を黙っていた事。そしてドイツは警備を任されていたというにも関わらず、事件を未然に防げなかった事などがあり、両政府の密談の結果事件は闇へと葬られた。だがこの事件は日本に大きな代償を支払う事となった。

それはブリュンヒルデである織斑千冬が引退したことであった。

2連覇達成という名誉のために一夏が誘拐された事を黙っていた政府。だが、当時の議員秘書の一人が千冬に密告したのだ。その結果千冬が怒りに震え、救助に向かおうとした時政府は止めに入るも、誘拐を隠そうとした政府にも怒りを抱いていた千冬は容赦なく政府関係者全員を目一杯の拳を振り下ろし、全員をぶちのめしたのだ。一夏が救助された後、千冬は意識を取り戻した数人の政府関係者の目の前で引退を表明した。無論引き留めようとしたのだが、事件の事をぶちまけるぞと脅され苦渋の思いで受け入れたのだ。

 

日本国内では決勝前に棄権したことで千冬を非難する声が上がっているが、千冬は気にも留めなかった。自身の大切な家族を守る為なら、自身の名誉など簡単に捨て去る。千冬はそう考えているからだ。

 

そして千冬は何時もの時間に部屋を出て訓練所へと向かい、一夏は持って来ておいた問題集で勉強を始めた。

~お昼前~

 

勉強を終え、使っていた道具を片付け始める一夏。そしてふと時計を見ると、既にお昼前となっており一夏は昼食を食べようと準備を始めるが

 

「あ、そういえば飲み物ってまだ有ったっけ?」

 

そう言いながら冷蔵庫の中を見るが、飲み物は無くがら~んとした中身であった

 

「どうしよう。……あ、確かお姉ちゃんがあそこにお金を置いておいてくれたはず」

 

そう言い一夏はベッド横の棚から小さなブリキ箱を取りその蓋を開ける。中には8.53ユーロ、日本円で約1000円分の紙幣と硬貨、そして手書きの地図が入っていた。地図には部屋から自動販売機までの道のりが書かれていた。

一夏はお金をポケットに仕舞い、地図を片手に部屋を後にした。

部屋を出て地図と現在地を確認しながら歩む一夏。そして漸く自販機が置いてある場所の近くまで着た一夏。

 

「えっと、今此処だから「おい」うぇっ!?」

 

突然声を掛けられたことに驚き、少し怯えた表情を見せながら声を掛けられた方を見ると銀髪で眼帯をした少女が居た。

 

「な、何か?」

 

「お前、織斑教官の弟か?」

 

睨みながら問うてくる少女に一夏は怯えた表情を浮かべながらコクリと頷く。

 

「……いなければ」

 

「えっ?」

 

「貴様さえ居なければ、教官は2連覇出来たんだぞ!」

 

そう怒鳴り少女は一夏を掴みかかる。突然の事だった為一夏は抵抗できず掴まれ、壁に思いっきり押し付けられる。

 

「貴様の様な弱虫が教官の傍に居るな!」

 

そう叫びながら少女は大きく手を振り上げ、思いっきり一夏の頬にビンタを喰らわせた。ビンタを受けた一夏は横に大きく吹き飛び地面に倒れ込む。

少女はまだ怒りが収まっていないのか、倒れ込んだ一夏に近付こうと一歩踏み出した瞬間肩を力強く掴まれ無理矢理振り向かされた。振り向かされた少女の目に飛び込んできたのは怒り顔を浮かべた千冬が振り下ろした拳であった。

 

「きょうかガハッ!!??!」

 

振り下ろされた拳は少女の顔面にめり込み、少女は大きく後方に飛んで行き廊下の端の壁に激突して止まった。少女の顔面は真っ赤に腫れあがっており、鼻は曲がり血が流れ出ていた。

少女を殴り飛ばした後千冬は急ぎ一夏の元に駆け寄る。

 

「一夏、大丈夫か!」

 

そう叫びうつ伏せに倒れている一夏を抱き上げると

 

「すはぁー、すはぁー、すはぁー」

 

と目を見開き上手く呼吸が出来ないのか、ずっと息を吸い続ける音を繰り返す。

 

(ま、まさか!?)

 

千冬の脳裏に軍医に言われた症状が頭を過り、急いで運ばなければと思い一夏を抱き上げ軍医の元に走った。

 

「――もう少しだぞ、一夏! 頑張れ!」

 

一夏に呼びかけながら千冬は軍医が居る部屋へと向かう。医務室と書かれた札のついた部屋に到着した千冬は脚で扉を蹴り開けた。

 

「えっ!? ちょっと、いきなり何をって、どうしたんですか!?」

 

「頼む、一夏を! 私の弟を助けてくれ!」

 

千冬の叫びに軍医もすぐに一夏をベッドに寝かせるよう指示し、一夏の容態を診始めた。

それから暫くして一夏は落ち着き始め寝息を立てた。

 

「これで、大丈夫なはずだ」

 

「よ、良かった」

 

軍医の隣で一夏の無事を祈り続けた千冬は脚から力が抜けへたり込む。軍医は千冬に手を貸しながら椅子へと座らせる。

 

「それで、一体何があったんですか?」

 

「……私が面倒を見る様押し付けられた訓練兵の一人が、一夏に暴行を働いたんだ」

 

「なっ!? 何てことを…」

 

千冬の口から出た言葉に軍医は言葉を失い顔を手で覆い隠した。

そして千冬は重い口である事を聞く。

 

「先生、一夏がPTSDになっている可能性はあるだろうか?」

 

「……今は何とも言えませんが、恐らくなっているかもしれません。それと、私の仮説なんですが恐らく「うぅん」あ、目が覚めたみたいだ」

 

軍医が仮説を言おうとする前に一夏の目が覚める。

 

「一夏!? 大丈夫か?」

 

千冬は急ぎ一夏に駆け寄る。一夏は薄っすらと目を開けながら千冬の方に顔を向けるが、

 

「ヒッ!?」

 

と目を見開きベッドの隅へと逃げる。

 

「い、一夏?」

 

千冬は突然逃げる一夏に困惑しながらも一夏に触れようと手を伸ばした瞬間

 

「駄目です!」

 

軍医がそう叫びながら千冬の手を掴み止めた。驚いた表情を浮かべた千冬は軍医の方に顔を向けると、軍院は切羽詰まった表情で首を横に振る。そして優しい笑みを浮かべながら一夏の方に顔を向ける。

 

「一夏君、私とお姉さんは少し外で話をしてくるから此処で待っててくれないか?」

 

軍医はそう語りかけると、一夏は小さく首を縦に振る。

軍医は千冬を連れ出し廊下へと出た。

 

「せ、先生。い、一夏の、あの状態は?」

 

「先程私が言いかけた仮説が恐らく…」

 

「その仮説とは、何ですか?」

 

「……恐らく、彼は女性に対し異常な恐怖を抱いているかもしれない、そう仮説を立てていたんです」

 

軍医の仮説に千冬は驚き固まるも、改めて一夏が受けた傷を思い返せばなる可能性は十分あった。

 

「で、では今の反応は…」

 

「恐らく、仮説が当たったんだと思います。そして先ほど私があなたの手を掴み止めたのも……」

 

「姉である私でさえも怖がるから、ですか?」

 

千冬の問いに軍医はコクンと頷いた。

 

「今の彼にとって家族であろうと、女性であれば恐怖を抱く状態です」

 

その言葉に千冬は悲痛な面持ちとなり、両手で顔を覆い隠した。

悲観にくれる千冬に軍医はかける言葉が見つからずただ黙っていると、数人程の足音が鳴り響くのを聞きつけ顔を向ける。

軍医の目の先に居たのは数人の兵士を引き連れた将校だった。その将校は千冬に1年程訓練兵の面倒を見る様指示した将校であった。

将校は悲観に暮れている千冬の元にやって来た。

 

「Ms.織斑。一つ尋ねたい。何故我が軍訓練兵の一人を殴ったのだ?」

 

「お前等の所の訓練兵の一人が、私の弟に暴行を働いたからだ」

 

「…そうですか。まぁそれいいです。さぁ、訓練所に戻ってください」

 

「何を言っているんだ貴様は?」

 

千冬は将校の言った言葉に悲観そうな顔から呆れた様な顔付を浮かべ将校を睨む。

 

「何、とは?」

 

「忘れたか? 私の弟に何かしたら期間など関係なく弟を連れ日本に帰る。私はお前にそう言ったはずだ。だから私は帰る」

 

そう言い将校を睨みつける千冬。将校は冷や汗を背に流しつつも余裕の表情を見せる。

 

「やれやれ、そのような口約束ですか。まぁ、確かに約束はしました。しかし、その訓練兵は本当に貴方の弟さんを暴行をしたのでしょうか?」

 

「なに?」

 

突然の発言に千冬は睨みながらも怪訝そうな顔を浮かべる。

 

「証言は貴女だけ。その訓練兵が弟さんを暴行を働いという確たる証拠が無ければあなたが提示した条件は満たされませんよ?」

 

将校の言葉に千冬はキッと睨んでいた目を更に鋭くさせる。

 

「残念ながらこの基地は外回りの監視カメラは多いですが、中に設置されているカメラは少なくてですね、恐らく映ってないでしょうね」

 

そう言っていると背後から部下であろう兵士の一人が将校の耳元に口を添え何かを伝えると、ニンマリとした顔を浮かべる将校。

 

「どうやらカメラにも映って無かったようです。恐らく弟さんは転んだか何かでしょう。それに訓練兵の顔面の痣も訓練によるものでしょうね。おい、其処の軍医。後で訓練兵の治療をしておくように」

 

そう指示を出し将校は千冬に訓練所に向かうようもう一度言おうとした瞬間

 

「証拠ならあるよぉ~!」

 

と、何処からともなく声が響く。そして突如窓から一人の女性が飛び込んでくる。

 

「束さん、登・場‼」

 

と決めポーズをとりながら現れた束。

突如現れた束に千冬や将校達は驚きの表情を浮かべていた。

 

「束、お前何故此処に?」

 

「そりゃあ決まってるじゃん。いっくんが平手打ちされた証拠、それを持って来たんだよ」

 

「ッ! 本当か!」

 

「ふふん、この天災に不可能は余り無いのだよ」

 

どや顔で言う束に、普段なら呆れた顔を浮かべる千冬も今回ばかりは頼りになる言葉であった。

 

「ど、Dr.篠ノ之。そ、そんな証拠一体何処に『貴様の様な弱虫が教官の傍に居るな!』『バチンッ!』なっ!?」

 

将校は証拠など無い、そう思っていたが突如束が空間ディスプレイを投影すると、其処には銀髪の少女が一夏に平手を喰らわせる映像が流れており、しかも音声まで付いていた。

 

「い、一体どうやって!」

 

「ふふん。束さん特製のカメラ搭載超ミニサイズの飛行型ロボットを使ったのさ! これでいっくんが暴行を受けたって言う証拠が提示されたぜ!」

 

束がそう高々に宣言すると将校は奥歯をギリッと噛み締める。そして

 

「クソッ、こうなったらお前達! 医務室にいる餓鬼を拘束して来い!」

 

激昂状態に陥った将校は背後に居た兵士達にそう指示を出すと、兵士達は医務室へと向かおうとする。将校は一夏を人質にして言う事を聞かせようと考えていたが、その選択は大きな過ちであった。

 

「ほい、ちーちゃん」

 

向かってくる兵士達に千冬は拳を構えようとした瞬間、隣にいた束が何かを投げ渡してきた。

 

「これは、模造刀か?」

 

「うん。だって真剣だと死んじゃうじゃん、あいつ等」

 

束の言葉に千冬はフッと笑みを零し確かになと言いつつ、模造刀を構える。

 

「さて、束」

 

「ほいほ~い」

 

千冬は束から受け取った模造刀を構え、束は荒ぶる鷹の様なポーズをとりながらほあちゃーと叫ぶ。

 

~数時間後~

 

基地の前に一台の車両が停車し、中から伊田が降りてきた。

 

「えっと、千冬が言っていた基地だが…。本当に此処か?」

 

そう言いながら伊田は辺りを見渡すが、余りにも静かだった。その上警備員が常駐する小屋には人は居るが酷く怯えており蹲って震えていた。

 

「い、一体何があったんだ?」

 

怪訝そうな顔を浮かべながらも、伊田は恐る恐る基地の奥へと進んでいく。道中クレーターやら折れた木、更にはひしゃげた街灯などが現れ伊田は不安な表情を浮かべる。

 

(まさか、テロリストにでも襲われたのか? だが、兵士達はボコボコにされているだけで、殺されてはいない。本当に何があったんだ?)

 

そう思いながら歩いていると、突然横にあった建物の窓から何かが飛び出してきた。

 

「うおっ、な、なんだ!?」

 

突然の事に声を上げながら飛び出してきたモノを見ると、それは他の兵士達とは違う階級の高い軍服を着た男だった。男の顔はパンパンに腫れあがっており、更に腕や脚はあらぬ方向に曲がっていた。

 

「……こ、この男に何が「む、伊田ではないか」ん? 千冬、それに束。お前ら一体何をしてたんだ?」

 

突然男が飛び出してきた窓から声を掛けられ伊田だが顔を向けると千冬と束が居り、束はやっほーと言いながら手を振っていた。

 

「訳を話すと長くなる。歩きながら話すから其処の扉から来てくれ」

 

「あぁ、分かった。この男はどうする?」

 

伊田はそう言いながらピクピクと痙攣している男に指を刺しながら千冬に問うと

 

「放っておけ。そいつはとんでもない事をやろうとした男だからな」

 

そう言われ伊田は首を傾げつつも男を放置して千冬達の元へと向かった。千冬と合流後、千冬は伊田にこの基地で起きた事を何一つ隠すことなく話した。最初の内は伊田は驚いた表情を浮かべていたが、後からは真剣な表情を浮かべていた。

 

「そうか。全く、何考えているんだろうな、あの伸びた奴は」

 

「さぁな。と、此処だ」

 

そう言い千冬が止まったと同時に伊田と束は止まり一つの扉の前へと到着した。千冬は扉を数回ノックする。

 

「私だ。開けてくれ」

 

そう言うと扉の鍵が開くと、中から軍医が現れた。

 

「終わったのですか?」

 

「えぇ、訓練兵と投降した兵士以外は全滅です」

 

そう言うと軍医は引き攣った笑みを浮かべた。

 

「千冬、この人は?」

 

「あぁ、この人は一夏の治療にあたってくれた人だ」

 

千冬の説明に伊田はそうか。と言い軍医の方に顔を向ける。

 

「初めまして、日本で精神科医をしている伊田洋一と言います」

 

「ドイツ軍軍医、トーマス・ヴェッツ少尉です」

 

自己紹介をしながら握手を交わす二人。そしてトーマスはその場で一夏の状態など事細かく伊田に説明した。

 

「そうですか、結構深刻な状態ですね」

 

「はい。…申し訳ありません。同じドイツ人、ましてや民間人を守る軍人が民間人に手を挙げるなどしてしまい」

 

トーマスは本当に申し訳なさそうな表情を浮かべており、千冬はその姿にそっと首を横に振った。

 

「いえ、貴方は何も悪くありません。一夏の為に色々手を差し伸べてくださったり、発作が起きた一夏を懸命に治療してくれました。感謝の言葉しかありません」

 

そう言い頭下げて礼を述べる千冬。千冬の姿にトーマスは気が楽になったのか少しだけ笑みを浮かべた。それから千冬は一夏と自分の荷物を纏め基地入口へと向かった。

 

「――それじゃあ千冬、一夏君を連れて帰るからな」

 

「あぁ、頼む。一夏、別の飛行機になるが日本に帰ろうな」

 

伊田の隣にいる一夏に千冬は優しい顔で伝えるも、一夏は怯えた表情を浮かべ伊田の後ろに隠れてしまう。

千冬は悲観そうな顔を浮かべ、束は困った顔を浮かべていた。

 

「……それじゃあ行くな」

 

そう言い伊田は一夏の荷物を車へと積みに行く。一夏は伊田の後に続く様に車の元へと向かい、千冬はその姿に悲しそうな表情を浮かべる。

すると突然車へと向かっていた一夏が立ち止まり何度か後ろをチラチラと見る事を繰り返す。そして

体を千冬の方へと突然向けた。

 

「お、お姉、ちゃん」

 

突然自分の名前を呼ぶ一夏は千冬は驚きの表情を浮かべながらその姿を見据える。

一夏の脚はブルブルと震え、顔色も青くなっており無理をしている事は明らかだった。だが、それでも一夏は千冬の方に体を向けたままでいる。

 

「い、いって、来ます」

 

震える唇で一夏が言うと、千冬は目頭が熱くなるのを感じるも我慢する。

そして優しい笑みを浮かべ手を振る。

 

「あぁ、いってらっしゃい。また日本でな」

 

そう言うと一夏も小さく手を振りながら車へと向かい乗り込む。そして車は発進し千冬と束はその姿が見えなくなるまで見送り続けた。

見えなくなったのを確認した束はそっと千冬から体を背けた。

 

「もういいよ、ちーちゃん。我慢しなくても」

 

「…変な気遣いなどするな、馬鹿者」

 

そう言いながらも千冬は心の中で束に感謝しつつ我慢を解き、目から涙を流した。

暫く涙を流した後、千冬も束の運転する人参ロケットに乗り込んで日本へと帰って行った。

 

 

 

 

今回の1件、ドイツ政府は沈黙を貫いた。いや、貫かざるをえなかった。その理由は簡単だ。そう、束の介入があったからだ。

ドイツ政府の高官たちが集まる場所に突如として束のビデオ電話が届いたのだ。

 

『やあやあ、政府の凡人共。篠ノ之束さんだよぉ。お前等に警告だぁ! 今回の暴行事案をちーちゃん達に何か責任みたいなものを押し付けようとする動きを見せたら、この映像をネットの世界に放流させちゃうぞぉ!』

 

そう言い束はディスプレイを出すと少女が一夏に乱暴を働いた映像と将校と千冬とのやり取りの映像をたて続けに流した。

その映像に高官たちは驚き固まる。そして自分達の首がいま斬り落とされそうな状態になっている事に顔面を蒼白させた。

 

『ふふ~ん。そろいもそろって顔面が真っ青だねぇ。まぁ無理も無いっか! それじゃあ確かに忠告したからねぇ!』

 

そう言って束との通話は切れた。高官たちは急ぎ今回の発端となった関係者全員を呼び集め、口止めを行った。

そんな関係者の中にいた2名の人物。

腕や脚を折られた将校、そして訓練兵の少女『ラウラ・ボーデヴィッヒ』に対しては処罰が下された。

将校は除隊処分を言い渡され、ラウラには訓練兵とはいえ民間人に暴力を働いたとして、3週間の営倉行きと6ヵ月間のトイレ掃除が言い渡された。




次回予告
GWが明け生徒達がぞろぞろと戻ってくる中、一夏も本音と談笑し合っていた。そしてSHRとなり千冬は2人の転校生の紹介を行う。すると転校生の一人が一夏の元に向かい手を振り上げる。だがそれを阻止する者達が現れた。

次回
出動! 織斑護衛隊‼~フモッフゥ!~

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