「えへへ。提督がにっこり笑ったら止めるよ」
とっても良い感触。良い。夕立に伝えれば、少しは緊張がほぐれるかな。楽しみだ。
そうしてつついてると――それは笑みという名の暴力であった。
壮絶な形相。ガチガチに固まった筋肉を、無理やりに動かした表情だ。ぶち、ぶちぶちっ! と筋繊維の壊れる音がする。
そうして生まれた顔つき。
なんて、なんて悲しい笑顔なんだろう。悪鬼が牙を向けるような、それでも目元は一切感情を示さず。凄まじい。慣れてきたあたしでも、思わず艦装を意識する。
どれほどの地獄を潜れば、こんな顔を浮かべられるの?
「ごめん…」
泣きそうになった。抱きしめたい。
素直で幼い心を感じたせいで、どうにもこの表情が強がりにしか見えない。
なにか抗えない力に対して、凡庸な人が必死に抗った果てにしか見えないんだ。
「謝るな。泣きたくなるだろう」
提督の泣きたいは冗談だった。あたしの心は……冗談に出来る空気だ。
落ち着こう。勝手な感傷で提督を傷つけたくないよ。これから変わってけば良いんだ。
とりあえず、絶対に笑顔は止めないと。皆のトラウマになっちゃう。
話を変えよう。そうしよう。
「でさ。提督はいきなりどしたの?」
「うん?」
作り笑いの不自然さが消えて、無表情の柔らかな笑みを感じる。
良い。提督の表情は変わらなくても、雰囲気が良いんだ。十分すぎるね。
「ほとんど執務室から出てこなかったし。あいさつもしてなかったよね?」
「そうだな」
なんだか誤魔化したがってる感じ。あたしは結果を知ってるけど、提督の口から聞きたい。そうじゃないと、あたしから動くのも不自然だ。
そうして、結果を語る時の雰囲気も知りたい。
提督があたし達を知りたいのと同じ位。あたし達も提督を知りたいんだ。
「夕立から聞いたけど、朝にあいさつしたんでしょ」
あの後の夕立の落ち込みようときたら。
抱きしめたら持ち直したけども。すっごくしょんぼりしてた。
特徴的な髪の跳ねも、叱られた犬みたくしなってた。かなり気にしてる証拠だ。ここで提督の言葉を聞いてあげて、夕立を慰めたい。
絶対に怒ってないよって、彼女に伝えないと。
「言うな。泣きたくなるだろう」
本当に泣き出しそうだ。ちょっと躊躇うけど、それ以上に愛らしいね。
こうして反応に一喜一憂するほど、夕立とかも仲良くしたがって。邪な気持ちも感じないし、うんうん。良い事だ。
「な、なんで?」
「…泣いて逃げられた」
「ぶふっ」
いけない。あんまりにも落ち込む姿が可愛くて、吹き出しちゃった。