吸血鬼になったエミヤ   作:炎の剣製

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002話 吸血鬼となりて

 

 

…シホが元の世界から飛ばされてから数十年の月日が流れる。

 

そこは麻帆良学園と呼ばれる学園都市。

季節は十二月の冬、新年間近な肌寒いこの季節のとある深夜の事である。

ある観測者からの報告で麻帆良に所属する魔法に関わる教師陣、協力者…そして学園トップの実力を有する学園を纏める長“近衛近右衛門”学園長。

学生などの魔法生徒などはこれほどの事態に通常の生徒達の警護に回っている為、すべてではないがある場所に集合していた。

ある場所とは学園都市の中心部に聳え立つ世界樹“神木・蟠桃”の近くの広場。

 

現状報告として、

第一に、正体不明の異常な魔力が発生している。

第二に、場所が“神木・蟠桃”の近くであるという事。

第三に、“神木・蟠桃”の発光現象が起きたと言う事。

これだけの異常な事象が重なれば主要な人物に召集がかかるのは必然事項であった。

全員は広場で発光を続けている魔方陣から何が出てきてもいいように臨戦態勢に入っていた。

 

「認識阻害の魔法の構築が完了しました。これで一般人は絶対とはいえませんが入ってくることはまずないでしょう」

 

数名のローブを着た魔法使いがそう言って学園長は「うむ」と頷いた。

その隣で白いスーツ姿の眼鏡をかけた男性がタバコをふかしながら、

 

「さて、学園長。何が出てくるでしょうかね?」

「ワシにもわからんよ、タカミチ君。なんせこうにも派手な転移魔法を決行してくる輩は今までいなかったからの」

 

タカミチと呼ばれる男性は吸いきったタバコを携帯灰皿に押し込めてポケットに手を入れる。

この男こそ戦闘力だけならば学園一と評される教師“タカミチ・T・高畑”。

魔法詠唱こそできないがそれでも最強をその手に抱いている強者だ。

だが、そんな彼でも眉間に皺を寄せて、

 

「オマケに術式が一切不明のオンパレード…世界樹の魔力も使った大胆なものですからもう大鬼神か神竜が出てきても驚きませんよ」

「―――物騒なことを言うな、タカミチ。そんなものが出てくればじじぃとて苦戦は必須だぞ?」

 

そこに黒いゴシック服を着た金髪の少女がメイドを後ろに控えて歩み寄ってきた。

 

「ははは。軽い冗談じゃないか、エヴァ?」

「たちが悪い…。魔力が封印されていなければ私一人で倒せたものを…。ああ、忌々しい…っ!」

 

こうして気軽に話し合っているがそれでも二人は緊張を解いていない。

このような大規模な移動魔法は出来るものなどこの場にいる学園長ともう一人、今は魔力をとある人物に封じられて全力を出せないが出来るであろう『闇の福音』『不死の魔法使い』と恐れられる吸血鬼“エヴァンジェリン・A・K・マクダゥエル”。

しかしその二人の古今東西の知識を持ってしても未だ紐解くことが出来ないでいる目の前の魔方陣の魔法理論。

ゆえに、全員はこの最強の魔法使いである二人を含めて出現する何者かが出てくるのをただ待つだけの歯がゆい時間が過ぎていく。

 

そしてその時が訪れた。

魔方陣が最大限に発光し陣の中心に魔力が集束していく。

それによって各々が杖、ナイフ、刀、拳銃など多種多様な武装を構える。

後衛組みもすでに詠唱が終了し自身の最大限の魔法を放つタイミングを伺っている。

 

その集束した魔力は一度空に浮かび上がり光の球体を作り出してゆっくりと地面に下がってくる。

 

「人間サイズか…?」

「各々、捕縛魔法を常時放てるように展開!」

「来ます!」

 

球体は地面に降りたと同時にゆっくりと光の外壁を粒子が散るように剥がれていき少しずつ中身が見えてきた。

そして完全に光が消えてそれは現れた。

だが、おかしい事に上がったのは現れた者の声ではなく関係者の、比較的こういう現場に慣れていない女性関係者数名からの悲鳴だった。

修羅場に慣れているものも戦慄を感じていた。

 

 

 

そこには………15、6歳くらいの朱銀髪の女性が………様々な種類の大きさの剣に、槍に、斧に、鎌に………古今東西のあらゆる武器に………体を串刺しにされて横たわっている姿があった。

眼は薄く開かれているが琥珀色の瞳には光がなく涙の流れた後が複数あり………口からは今もなお血を流しており、体を中心に辺りに血溜まりが広がっていく………。

 

 

 

「こ、これは…っ!?」

「酷い…!」

「送ってきた奴は相当の異常者、ということか…ムカついてきたな!」

「早く、救護班を!!」

「は、はい…!!」

 

辺りが騒然とする中、一人その女性を見て立ち尽くしている男がいた。

高畑だった。

 

「む? どうしたかの、タカミチ君!? 君も早く行動をうつさんか!」

「………………」

 

だが学園長の叱咤の声をしても高畑はいまだその場で固まっている。

 

「ええい! どうしたタカミチ!?」

 

エヴァも苛立ちを感じ高畑に吼えた。

そこでやっと高畑は正気に戻ったのか全身をワナワナと震わせて、

 

「エミヤーーーーーーッッッ!!!」

 

瞬動を使い高畑はそのエミヤと呼ばれた女性を一瞬で抱きかかえた。

その目からはとめどなく涙が流れていた。

普段の落ち着いた佇まいの高畑がこうまで取り乱す姿を見てその場の…高畑以外の声が、音が掻き消えた。

エヴァですら高畑の行動に目を見開いている。

 

だがいち早く落ち着きを取り戻した学園長が高畑に話しかけた。

 

「…のう。タカミチ君。その少女は一体…?」

「学園長なら聞いたことがあるでしょう…。かつて僕達『赤き翼』のメンバーの一人だった女性。

『錬鉄魔法』という未知の魔法を世界でただ一人使えたという、二つ名は『魔弾の射手』『剣製の魔法使い』…」

「ま、まさか大戦中に行方不明になってしまったと聞く…!」

「そうです。“シホ・E・シュバインオーグ”…僕達の最も信頼していた仲間です。それが…どうしてこんなことに…っ!」

 

高畑が嘆いている中、突如としてシホの体が光りだし、

 

 

 

“―――ご主人様から離れなさい!!”

 

 

 

謎の女性の声とともに高畑は吹き飛ばされた。

 

「ぐっ…!?」

『高畑先生!!』

「今度は何事だッ!?」

 

エヴァが叫んでシホの方を見ると、そこには桃色の髪に露出の多い青い着物、極めつけは狐耳に一本の金色の尻尾を生やしている絶世の美女ともいえる人物が呪符を数枚構えながらシホを守護するように全員を見据えていた。

 

「貴様………何者だ?」

「答える義理はないです! もうこれ以上貴様らなんかにご主人様の体を弄られてたまるものですか!!?」

 

謎の女性が攻撃態勢に入り一枚の煌びやかな鏡を空中に展開してエヴァに仕掛けようとした、その時だった。

 

「待つんだ! タマモ君!!」

「ッ!? お、っととと!…ちょっと、そこのおじさん。どこで知ったか知らないですけど、いきなり人の名前を呼び捨てにするなんてマナーがなっていないですよ!?

それに私を真名で呼んでいいのはご主人様だけだーーーっ!!」

 

タマモと呼ばれた女性は声高らかに叫んだ。

だが高畑はそれにめげずに、

 

「僕だよ。タカミチだ!」

「えっ!? うっそだぁー! タカミチ君はまだ十歳くらいのかわいい男の子だったじゃないでしょうが…それに比べてあんたはひげ面じゃないですか」

「ぐっ…やっぱり気にしているところをついてくるね。相変わらずの毒舌家だ。だが本当のことだ。

だからエミヤの治療をさせてくれ…僕達は君達の敵じゃない。信じてくれ」

「ん~~~~…? 確かにほんとのようですね? ですが心配後無用! 私の手にかかれば“吸血鬼化”した今のご主人様の治療はお茶の子さいさいですよ♪」

 

 

―――呪法・吸精

 

 

タマモがそう呪を唱えた瞬間、シホの体内に残留している魔力がタマモに流れていき次々と刺さっている剣達が溶けるように姿を消していく。

武器がすべて消えた次に回復の呪を唱えたらしくシホの傷は見る見る塞がっていった。

それを見て安堵した息が周囲に漏れるが、

 

「…おい、女狐。先ほど吸血鬼化したといったが…どういうことだ?」

 

エヴァの発言により周囲にまた緊張が走るが、それで先ほどまで笑みを浮かべていたタマモの表情がくしゃりと歪み泣き顔になる。

 

「…そのままの意味ですよ。ご主人様は大戦中に誘拐され私ともども無力化された後、吸血鬼化の呪いをかけられ様々な実験材料にされてしまいました。

私はご主人様の心が壊れないように憑依して体内に入り込み、魂と大切な記憶を守る事だけに力を注いだ為、奴らの暴挙を目前にしながらもッ! ご主人様の幾度の普通なら死んでも不思議じゃない苦痛、激痛に耐える喘ぎ声を聞きながらもッ!! 手を出すことが、出来なかった…っ!!!」

 

タマモはシホを抱きしめながらひたすら涙を流していた。

エヴァはそれを聞きひどくショックを受けた。

もう存在しないものだと思っていた禁忌の呪いを受けたものがまた一人出てしまったことに。

他のものも同じ気持ちで特に高畑は無言で涙を流していた。

 

 

 

 

◆◇―――――――――◇◆

 

 

 

 

…それからはもう世界樹の発光もおさまり、夜にいつもの静けさが戻りそれを区切りに警戒態勢は解かれ主要人物以外を残して一時解散となった。

残ったものは学園長、タカミチ、エヴァに従者の絡繰茶々丸…そして事情説明ができるタマモだけ。

夜中とはいえ人目につくのはまずいと判断した一行は一番安全であろう学園長室へと移動した。

肝心のシホは傷が回復しても体に蓄積された疲労が激しく荒い息を繰り返していた。

熱も半端ではなくひとえに吸血鬼という高いポテンシャルの体がなければすぐに死んでいるだろうと、同族のエヴァが判断してすぐに病室に運ばれていった。

 

「…さて。ではタマモ殿、と呼ばれるのは一連の行動で好まんじゃろうと推測したので今から主の事をなんとお呼びすればいいかの?」

「アヤメ、とでも…玉藻アヤメ。これで通してください」

「あいわかった。ではアヤメ君。一つずつ尋ねるが君とエミヤ君はどうやってこの麻帆良の地まで転移してきたのかの…?」

「…わかりません。私は先ほども言ったように奴らが精神に影響を及ぼす魔法をしてこないように、ずっとご主人様の中で結界を張り続けていたため外の出来事にはあまり詳しくありません」

「そうか…。では誰がここまで転移をさせたのかは謎のままという訳になるの」

「はい…それよりこちらから一つ。今は…何年ですか?」

『は…?』

 

タマモの質問に全員が首をかしげる。

だがタマモはお構いなしに、

 

「いえ…なんと言いますか、ずっと穴倉にいたみたいで外の様子が全然分からなかったもので…。たまにご主人様が外に出されても日光克服での過程の実験で出されるくらいのものだったもので…」

「なん、だと…!?」

 

そこでエヴァが「ダンッ!」と机を思い切り叩く。

その顔には明らかに怒りの表情が浮かぶ。

 

「吸血鬼化の呪いだけならまだしもそんな恐ろしい実験までしていたのか、そいつらは!!?」

「…ええ。他にも流水、白木の杭、ニンニク…およそ吸血鬼の弱点というものは実験の過程で無理やり克服させられました…エグッ…」

 

また涙を流しだすタマモをよそに一同は憤慨していた。

 

「おのれ…! 我ら誇り高い吸血鬼をそこまで陵辱するとは…ただではすまさんぞ! おい女狐!! そいつらのアジトはどこだ!!?」

「知りませんっ! わたくしだって知っていたら今からでもそいつらを呪い殺しにいっていますよ絶対!!」

「ちっ…!」

「マスター…」

 

タマモは「私の真の姿が顕現出来れば…」と呟いてエヴァと一緒に怒り心頭であった。

そんな様子に控えている茶々丸はオロオロすることしかできないでいた。

学園長と高畑も口は出さないがその心情は計り知れないものになっていた。

 

それからしばらくして会話できるくらいにまで落ち着いたタマモは再度何年かを尋ねてきた。

それに高畑は「2002年の十二月だよ」と答えるとタマモは口を両手で押さえて顔を青くし、

 

「そんな…それじゃご主人様は約20年余りも実験の犠牲に…」

 

20年…その年数の意味することは…。

それはとても言葉では表現できないほど恐ろしいことだった。

その期間の間…ずっとシホはあらゆる実験台にされていたという事。

とてもではないが通常の人間が出来る行為ではない。

 

「狂っている…いったいエミヤが、なにをしたっていうんだ? なぜっ…そんな事をされなければいけない!!」

 

高畑はもう普段の余裕もどこへやら…。

今すぐ飛び出していきたい衝動を抑えてその反動で握った拳の隙間から指が食い込んだのか血が垂れていた。

その時、学園長室に電話がかかってきた。

 

「なんじゃ? 今は話中だから手短に用件を…」

『大変です! 件の女性が目を覚ましたと同時に暴れまわっています!』

『!?』

 

 

 

 

◆◇―――――――――◇◆

 

 

 

 

魔法関連が関わっている病室…そこは今まさに廃墟と化していた。

目を覚ましたシホは暴走したかのように目を血のように赤くして爪を硬質化してあたり一面のものを次々と引き裂いていく。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーっっっ!!!」

 

絶叫ともとれる雄叫びを上げながら周りに存在するものを手当たり次第に破壊していく。

その様子に治療班達は隅っこで怯えて見ていることしか出来なかった。

暴走したシホはそれを気にも留めずに何度も地面を引き裂いていく。

 

そこに学園長を始めエヴァ、高畑、タマモが急行してきた。

そして惨状に驚きながらも、

 

「ご主人様やめてください!! もうここはあいつらのアジトではありません…ッ!!」

「あ゛あ゛あ゛ーーー…ッ! よくも…! よくもぉ…!!」

 

タマモの必死の声にもシホは正気を失っていて反応していない。

やむを得ずに学園長は封印の魔法を唱えようとしたがそれよりも早く高畑がシホを羽交い絞めにして、

 

「よすんだ“シホ姉さん”! もうここにはあなたを苦しめるものは誰もいない!!」

「がぁっ!!」

 

ガブッ!

 

「ぐっ!?」

「タカミチ君!!」

「タカミチ!!」

 

シホが腕に噛み付いて高畑は苦悶の表情をしだすが、なんとか平静を保ちながら、

 

「シホ姉さん…大丈夫だ。もう、大丈夫…あなたはもう自由だ」

「じ、ゆう…? あなた…だれ…?」

「タカミチだ…シホ姉さん…」

「タカ、ミチ…?」

 

それを聞くと血のように真っ赤だったシホの瞳の色が次第にもとの琥珀色に戻っていく。

正気を取り戻したシホは一気に力が抜けたのか高畑に寄りかかるようにもたれる。

 

「ご主人様~~~っ!!」

「タマモ…? 無事だったんだね…」

「はいっ!…ぐしっ…えぐえぐっ……それよりタマモは、ご主人様がご無事でなによりですぅ~~~っ!」

「タマモ…ごめんね」

「いえ! とんでもないです! 私はご主人様のサーヴァントなのですから当然のことをしたまでです!」

 

二人が和気藹々と話している中、

 

「よかった…シホ姉さん」

「タカミチ…でいいのかな? 最後にあった時と違って年取ったみたいだけど…」

「それはそうさ。姉さんが行方不明になってからかれこれ二十年は経過しているからね」

「二十年、か…思ったより長く幽閉されていたみたいだ…」

「姉さん…あなたは」

「ん。言わなくても分かっているよ。私はもう人間じゃなくて吸血鬼だってことは…」

「そうか…すまない。あの時僕が油断をしていなければ姉さんは…」

「気にしないで。今こうして再会できている。それだけで今は十分だよ」

「………」

 

微妙に納得していないようだが高畑はそれで頷いた。

それでシホはなんとか立とうとしようとした時だった。

 

ガタン!

 

「あれ…?」

「ご主人様!?」

「シホ姉さん!?」

 

突然その場で足を挫いてしまった。

それをシホは不思議そうにしているが再度立とうとして、

 

「足に力が入らない…?」

「それはおそらく当分の間幽閉されていたからだろう。吸血鬼とて体を動かさなきゃ人間と同じで衰えるものさ」

「えっと、君は…?」

「エヴァンジェリン・A・K・マクダゥエルだ。名前くらい知っているだろう?」

「あの“闇の福音”の…?」

「その通りだ。同じ吸血鬼…真祖としてよろしく頼むぞ。我が同族」

「う、うん、よろしく。それでこれは治るかな?」

「吸血鬼のスペックを駆使すれば一月もせずに治るだろうよ。だからその間は車椅子でも使っておけ」

「ありがとう」

「いい。同族のよしみだからな。それと私のことはエヴァで構わん」

 

エヴァはいい笑顔をしながらそう言った。

実際色々と裏では考えているようだが…。

 

「さて…色々と募る話もあるようじゃが、まずシホ殿とアヤメ殿のこれからについて話し合おうと思うんじゃが、どうじゃろうか?」

 

学園長がそう言って話を一時締めくくった。

 

 

 


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