吸血鬼になったエミヤ   作:炎の剣製

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更新します。


003話 シホの過去

 

 

廃部屋と化した病室から新しい病室に移されたシホは学園長に質問を受けていた。

 

「さて。ではこうして話をするのは始めてじゃと思うがわしがこの麻帆良学園、そして関東魔法協会の長を務めている近衛近右衛門じゃ」

「えっと…シホ・E・シュバインオーグです。

すみません…正気を失っていたとはいえ色々と迷惑をかけてしまい…」

「よい。シホ殿の境遇はアヤメ殿に聞いておるからの」

「そうですか…」

 

シホは新しい病室に移される間に今までタマモがどこにいたのか尋ねてずっと守ってくれていた事を知り感謝した。

だがタマモは「守れずにごめんなさいです…」と自分を責めて泣いていた。

今は相当力を使い込んだためか魔力節約のために狐の姿になってシホのベッドの上で眠っているところであった。

 

「して…聞くのも本当は嫌なのじゃが、シホ殿を捕らえていた組織はなにかわかるかの?」

「組織…、あれ…? 確かに覚えていたはず?…ッ!? ぐぅうっ!!?」

『!!?』

 

突然シホは頭を抱えて苦しみだした。

そしてまた正気が保てなくなったのか、うわごとのように「やめ、ろ…私の……、……■さんの、体を…」と呟き喘いでいる。

顔には脂汗が大量に浮かび目から涙がとめどなく溢れ出している。

 

「おい、じじぃ?! まだ瘡蓋にすらなっていない傷口を早々すぐに抉るなッ!!」

「す、すまぬ!」

 

エヴァはそう言いながらシホを落ち着かせるように背中をさすったりしている。

高畑も手を握ってやって言葉をかけている。

肝心の学園長は直球すぎる質問に後悔していた。

 

…しばらくしてシホはフラッシュバック後に脳が安全装置をかけたらしく昏睡してしまった。

 

「この話は駄目だな。すぐに恐怖がよみがえって本人も話せるものではない…」

「早計じゃった…まさかここまで根が深いとは」

「当然だ! 普通なら廃人になってもおかしくないくらいの間、こいつは…!!」

 

エヴァの口元から「ギリッ!」と歯が軋む音が聞こえる。

どうやら相当腹が煮え繰り返っているようでその目には狂気が浮かぶ。

それでしかたがなく本当に最後の手段を決行することになった。

事前にタマモを起こして相談した際、すごい睨まれたが解決の糸口になるかもしれないと渋々引き下がった。

そう、最後の手段とはシホの記憶を視ることであった。

 

 

 

 

◆◇―――――――――◇◆

 

 

 

 

…記憶を見終わった結果、全員は見たことを後悔するはめになった(エヴァとタマモは大体予想していたことだが…)。

 

 

―――壮絶…。

 

 

この一言に尽きるだろう事をシホはこの二十年の間味わっていた。

赤き翼が表で世界を救った救世主と持て囃されていた間、裏では陰湿すぎる実験が繰り広げられていたのだ。

これでよく気が狂わなかったと褒めてやりたいくらいのものだったとはエヴァの談である。

そして結局記憶を見ても全員黒ずくめの姿をしていた為、正体は分からずじまい。

だが、この麻帆良の地に送られる前の光景で、もうシホの視界がおぼろげだった様でまた誰かは分からなかったが、女性らしき白いフードの人物が叫びを上げながら黒尽くめの集団を一人、また一人とエヴァの知識でも該当がない魔法を駆使して消し炭にしていく様をみてどうやら組織は壊滅したと全員は判断した。

最後に女性が組織を全滅させて、その組織の幹部を殺した際に浴びた血ぬれの手に棒状のような光るなにかをシホにかざして、光が視界を埋め尽くした次の瞬間、視界を映したのは昨夜の麻帆良の空だった。

 

「「「「………」」」」

 

病室にいる全員は愕然とした表情で無言。

唯一音を奏でているのはシホの寝息だけ。

その寝息すら今は悲しみの音に聞こえてきてしまうのは錯覚ではないだろう。

 

「姉、さん…くっ!」

「…もう疑いようがないの。シホ殿を救ってここに送った誰かがいる。じゃがその人物は一緒に現れなかった…」

「なにかしら理由があった、ということか…確かに女狐の言うとおりだったな。記憶内でも精神操作系はどんなにやっても失敗に終わっていたしな」

「えっへん! やつら如きの腕でわたくしを捻じ伏せられると思うのが大きな間違いなのです! 逆にせめてもの抵抗で呪い返ししたから苦しむ姿はいい気味でした♪」

「うむ、よくぞやった。誉めてやるぞ」

「褒め称えなさい~!」

「調子に乗るなよー? メギツネ~!?」

 

タマモとエヴァがなにやら小コントを始めていたが学園長と高畑は真剣な表情になり、

 

「さて…これで全員を説き伏せられる材料がそろったの。まぁ他の者もタマモ君の激白で疑いの眼差しは一切向けてなかったようじゃからな」

「そうですね。僕たち『赤き翼』の元メンバーだった事も功を奏しています。もし反論するものがいれば…ふふふ」

「タカミチ君…。いつも以上に燃えとるの? もしかしてシホ殿の事がs…“シュンッ”…ナンデモナイヨ?」

 

学園長の頬にものすごくキレのいい居合い拳が掠った為、言おうとした言葉をすんでで飲み込んだ。

とにかくそんな不思議なやり取りの中、対照的にシホは未だ眠りの中だった。

 

 

 

 

◆◇―――――――――◇◆

 

 

 

 

翌日、もう目覚めてもいいのに未だ目を覚まさないシホをよそに学園長を中心に魔法協会施設の一室で会議が開かれていた。

当然議題はシホ・E・シュバインオーグ及び玉藻アヤメの処遇をどうするか、である。

 

「さて。皆に集まってもらったのは他でもない。シホ・E・シュバインオーグ殿と玉藻アヤメ殿をこれからどういった立場に置くということじゃが…」

「お待ちください学園長。彼女はまかりなりにも吸血鬼なのですよ? エヴァンジェリン・A・K・マクダゥエルのように力を封印されているわけでもなし…危険ではないですか?」

 

そこに褐色の男性で眼鏡をかけているガンドルフィーニが会話に割り込んできた。

頭が人一番お堅い人物であり、まだシホ達の麻帆良入りを快く思っていない人物の一人である。

だが間髪いれずに高畑がそこにさらに介入してきた。

 

「シホね…いえ、エミヤをまだ疑っているのですか、ガンドルフィーニ先生…?

彼女は今でこそ魔法世界でも行方不明または死亡扱いとして処理されていましたが、その実約二十年の間人徳を無視したありとあらゆる行いを一心に受け続けたいわば“被害者”なのですよ?

そんな彼女が危険人物?…ありえませんね。それにエミヤは魔法世界で行方不明になる前まで僕達『赤き翼』のメンバーの一人として活躍し、名誉のため名前は伏せますがとある二名のストッパーも兼ねていた言うなれば欠かせない人物だったんです。

…ここにいる何名かは彼女の武勇伝を知っているはずです。

魔法世界ではなおの事有名ですね…ですからそういった拒絶の意味も兼ねた発言は控えていただけると僕は嬉しいですね」

 

両肘を机の上に置き両手を組み、目を怪しく光らせてマシンガントークをした高畑の気迫にさすがの一同もおもわず言葉を失う。

今逆らえば痛い目にあうのはあきらかだったからだ。

それで青い顔をしながらガンドルフィーニは「すみません…」といって席についた。

場の雰囲気がある意味重い雰囲気で支配されていたので学園長が引き継ぐように話を続ける。

…そこから記憶を見た結果で話された非情なシホへの行いの数々にその場の全員は息を呑んだ。

女性の関係者である葛葉刀子やシャークティは声を出さないが目じりに涙を溜めるほどだった。

 

「…以上でシホ殿が受けた扱いは以上じゃ。何か質問はあるかの?」

「はい」

「シスター・シャークティ君か。いいぞい」

「はい。ではミス・エミヤはその数々の実験…「シャークティ君…」……失礼、非情な行いの結果、吸血鬼としてのあらゆる弱点は克服しているのですか…?」

「そうじゃのう…。うむ、確かにその通りじゃ。

日の光、火葬、首の切り落とし、流水または聖水、十字架、銀の銃弾や呪印の施された魔弾、白木の杭、ニンニク…さらには複数の強烈な薬物、その他も含めて二十年で仕立て上げられたそうじゃ。

よって耐性はほぼ完璧といってもよい。復元呪詛もエヴァンジェリンと同等の性能を誇っているようじゃ。

しかし…その過程で何十、何百、何千と殺されては復元呪詛で無理やり生き返させられるといった永遠に等しい苦しみをシホ殿は受けておった。

シホ殿の強靭な、例えるなら鋼のような堅固な意志がなければ今頃は…。

じゃが、最悪の事態だけは防がれた」

「最悪の事態…?」

「精神操作系の魔法の類じゃ。その件に関してはシホ殿の使い魔であるタマモ殿が昨日話したようにシホ殿に憑依して内側から完璧に防いでいたそうじゃ。

でなければ数年もかからずにシホ殿の心は負荷に耐え切れずに砕け散って操り人形と化して、本能のままに動くだけの怪物になっていたことじゃろう…」

『……………』

 

学園長が出来ればもう二度と口にもしたくない内容を言い切って会議室に沈黙が下りる。

そこに瀬流彦が言葉を発した。

 

「もう、彼女をもとの人間に戻すことは不可能なのですか…?」

 

それは偏に願い、願望といったものだろう。

だが学園長は現実を見ろと言わんばかりに、

 

「…分かりきった質問をするでない、瀬流彦君。更にやるせなくなってくるからの…」

「申し訳、ございません」

 

瀬流彦は苦虫を噛み潰したような顔で席に腰を降ろした。

 

「…そして、謎の転移魔法であるが、あれはシホ殿でもタマモ殿でもない第三者の人物の行いじゃった。

記憶を見たがわしとエヴァンジェリンでも理解し得ない魔法理論を使い、シホ殿を捕らえていた組織のメンバーをすべて消し炭にしてしまった。

最後に見た光景は急いでいたのだろう? 組織の返り血も拭わずシホ殿に手をかざして無言で未知の転移魔法を決行したそうじゃ。

そしてシホ殿のあのあらゆる武器の刺さりも解除できずに送り出したのだろうとわし達は判断することにした。

…最後じゃが、もうここまで言えば皆は分かりきっていると思うが、シホ殿及びアヤメ殿はこの麻帆良で保護しようという事で話がまとまった。

それと彼女自身、この話題を出すとすぐにフラッシュバックを起こして苦しみだしてしまうほど今は情緒不安定じゃからあまり触れないようにしてくれるとありがたいことじゃ。

そして、もしまだ組織の生き残りがいたらとすればシホ殿をまた狙ってくるやもしれん。じゃから本国にも話は通さないでおく。これは緘口令じゃ。

して、意見あるものはおるか…?」

 

学園長の問いに、しかし誰も反論は言わず意見に賛同した。

こうして学園都市はシホ・E・シュバインオーグと玉藻アヤメを保護する事が決定した瞬間だった。

 

 

………しかしさらに最後にだが、シホを全面的に保護する人物が同じ吸血鬼の真祖であるエヴァになったという会話でいくらか反論が出たが学園長と高畑に説き伏せられたのは言うまでもない。

 

 


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