【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第二十二話『ダイアゴン横丁』

 マルフォイ邸での生活は、ホグワーツでの生活とあまり変わらなかった。ハリーとドラコはひたすら勉強に打ち込んでいた。他にやる事がなかったのだ。 

 未成年の魔法使いは大人の魔法使いの監視下でなければ魔法を使えない。ドラコの父母は病院から戻ってきていない為、プリペット通りからマルフォイ邸へ移動した時のドビーの姿くらましでさえ、事前にマクゴナガルに伝えて置かなければ処罰の対象になっていた。

 

「……えっと、魔女狩りに発展した切っ掛けってなんだっけ」

「そっちの本に書いてあったぞ」

 

 一年間、暇さえあれば勉強をしていた二人は暇つぶしに勉強をするという学生の鑑のような生活を苦に思わなくなっていた。

 クラッブとゴイルも誘ったけれど、二人は休みの予定を聞くと極めて丁寧に《謹んでお断り致します》という手紙を寄越してきた。少なからず、勉強に巻き込んだ甲斐があったようだ。

 黙々と勉強を続ける二人。時折、ドビーがお菓子と紅茶を持ってくると、少しだけ休憩を挟み、また勉強。

 段々、ドラコも知識を深める事に楽しさを覚え始めた。

 学年末試験ではヴォルデモートに憑依されていたブランクのせいで満点を逃したけれど、それでも成績は上位に食い込んでみせた。今度はハリーとハーマイオニーに並んで見せる。そう意気込んでいた。

 二人が互いの事ばかりに意識を向けている間にこっそり頂点の座を奪う。それが密かな彼の野望だった。

 

「あのー……」

 

 そんな二人の事がドビーは心配だった。

 

「そ、その、あまり根を詰めてはお体に……さ、差し支えてしまいます。少し、その……、お、お休みになってはいかがでしょうか?」

 

 勇気を出して言った後、彼は自分の頭を近くのタンスの角にぶつけようとした。その寸前にドラコは近くに置いてあるクッションを投げた。

 

「わかったから、それやめろ。カボチャジュースとプディングを頼む。表面のカラメルは炙って、クレマカタラーナにしてくれよ」

「頼むぜ、ドビー」

「か、かしこまりまじだ……、ご主人様! ハリー・ポッター様!」

 

 ドビーがキッチンに駆けていくと、二人は勉強の手を止めた。

 

「アイツ、まだ気にしてんのかよ」

「まあ、屋敷しもべ妖精にとっては悪夢だろうからね」

 

 ドビーはヴォルデモートに操られ、ドラコやハリーに危害を加えてしまった事を悔いていた。

 ハリーは全く気にしていなかったし、ドラコも許していた。そもそも、ヴォルデモートに操られたのは自分も同じだったし、仕方のない事だった。それに、ドラコはハリーがマーキュリー達に礼儀正しく接している姿を見て、ドビーに対する接し方を改めようかと考えていたからだ。

 

「ただ、お仕置きを禁じると余計に苦しそうだからね。儘ならないもんだよ」

 

 今のドビーにしてやれる事は命令を増やす事だけだった。つまり、思いっきり我儘を言う事だった。

 ハリーとドラコが何か頼む度にドビーは喜ぶ。だから余計に勉強以外にする事が無かった。

 

「……ホグワーツに行く時はドビーを連れて行こうと思ってるんだ」

「いいんじゃないか? マクゴナガルかスネイプに手紙を出しとけば許可してくれんだろ」

「ただ、マーキュリー達と喧嘩にならないかがね……」

「イジメられないかって? 心配し過ぎだろ……」

「そうかな……? うーん」

 

 どうやら、ドラコはドビーに対して礼儀正しいを通り越して過保護になりつつあるようだった。

 

「やれやれだな」

 

 ハリーはそんなドラコに苦笑した。

 

 第二十二話『ダイアゴン横丁』

 

 夏休みも終わりに近づいた頃、ルシウスとナルシッサが退院した。

 二人はハリーと初対面だったけれど、顔を合わせると同時にナルシッサは彼を抱きしめた。

 

「ああ、ハリー・ポッター。ずっと伝えたかったのです! ドラコを救ってくれて……、本当にありがとう」

 

 二人は自分達を救ってくれた事に対しても感謝の言葉をハリーに送ったけれど、それ以上にドラコを救った事に何度も何度もお礼を言った。

 彼らはドラコが分霊箱に支配される姿を見ていたらしい。その時の恐怖と絶望は筆舌に尽くし難かったそうだ。

 

「わたくし達を守るためにドラコは自分の身を差し出したのです……。でも……、そんな事をしてほしくなかった……」

 

 二人にとって、ドラコの存在は自分達の命よりも遥かに重かった。

 その命が自分達のせいで失われそうになったのだ。

 それこそ、気が狂いそうになるほどの苦痛だった。

 

「ありがとう……、ありがとう……、ハリー・ポッター」

 

 何度も頭を下げるナルシッサとルシウスに対して、ハリーは後ろめたさを感じていた。

 二人はハリーがドラコを救った事に感謝している。けれど、ハリーはあの時、ドラコを殺そうともしていた。

 彼らにとって最悪の事態を招こうとしていたのだ。

 

「……は、母上。父上も! そのくらいにして、食事にしましょう! ドビーが腕によりをかけて作ってくれたんです!」

 

 そんなハリーの心情を察したのだろう。ドラコは二人を食堂へ追い立てた。そこでは未だに屋敷に居座っていた事に腹を立てたルシウスがドビーを傷つけようとしてドラコに叱られるという場面もあった。

 ナルシッサはドラコの成長を知り、微笑んだ。

 ハリーはそんな一家のやりとりをじっと見つめていた。 

 

 ◆

 

 ホグワーツに向かう数日前の水曜日、ハリーとドラコはルシウスに連れられてダイアゴン横丁に向かった。

 

「ハリー。今日の買い物はすべて私が払う。どうか、遠慮はしないでくれたまえ」

「……あー、どうも」

 

 ルシウスはハリーとドラコに事ある毎に何かを買い与えようとした。屋敷にいる間にも、最新型の箒であるニンバス2001を誕生日プレゼントとして贈られ、二人が望むだけの本を取り寄せた。

 ハリーの一点物のつもりで買った眼鏡も、今ではストックが5つもある。他にも防犯用と言って最新型の高性能《かくれん防止器(スニーコスコープ)》を二人のカバンやトランクに勝手に取り付けたり、まるでダドリーに対するバーノンやペチュニアのような状態だった。

 どうやら、それが彼なりの感謝の気持ちであり、罪滅ぼしなのだとハリーとドラコは気付いていて、それ故に素直に受け取る事にした。受け取らないと、まるで子供のようにいじけるのだ。

 

「あと、シシーから二人の服を買うように言われている。最低十着は選ぶようにと言っていた」

 

 ナルシッサはファッションに対して口うるさい女性だった。既にハリーはトランクの空間の一つを彼女に与えられた服で埋め尽くしてしまっている。

 

「……ボク達の身長が伸びたら着れなくなるわけだし、これ以上は要らないのでは?」

「試着も面倒だし、買わなくたっていいと思う」

「買わないとシシーに睨まれるぞ、二人共」

 

 ナルシッサは息を呑むほどの美人だけれど、その分だけ怒った時の迫力は凄まじかった。

 二人は素直に新しい服を買う事にした。

 

 必要な学用品の購入とナルシッサの指令を完了させると、三人は書店に向かった。既に教科書は買い揃えていたけれど、他の買い物中にやけに混雑しているのが見えて気になったのだ。要するに野次馬だった。

 ルシウスは外で待っていると言って、近くの宝石店のショーウインドウを覗き込んでいる。

 中に入ると、ハリーは見慣れた赤毛を発見した。

 

「あれ? ロンじゃないか!」

「え? あっ、ハリー! それに、マルフォイじゃないか!」

「久しぶりだな、ロン!」

「久しぶり。この混雑は何なんだ?」

 

 ドラコが問いかけると、ロンはうんざりしたような表情を浮かべた。

 

「あれだよ、あれ」

 

 彼が指さした方向を見ると、そこには一人の男がいた。

 

「誰だ?」

「写真撮影をしているみたいだね」

「ロックハートだよ。そこに本があるだろ? その作者」

 

 ロンに言われて、ハリーとドラコは山積みになっている本を見た。

 拍子にさっきの男の写真がデカデカと貼り付けられている。

 

「《私はマジックだ》……って、そう言えば、ギルデロイ・ロックハートって名前は前に見たな」

「ああ、ハーマイオニーがオススメだとか言ってた小説の作者だな。クソみたいにつまらなかったぞ」

 

 ハリーは本の山に《私はマジックだ》を放り投げた。

 

「もしや!」

 

 混雑の理由は判明したから帰ろうかと思った矢先、いきなり店の奥からロックハートがやって来た。

 

「ハリー・ポッターか!」

「そうだが?」

 

 列に並んでいた人々はハリーに好奇の視線を向けた。中には恐怖の表情を浮かべている者もいる。

 なにしろ、まだ一年生を終えたばかりなのに二度もヴォルデモートを滅ぼし、秘密の部屋を開き、校内で悪霊の火を発動させるなど、物騒なニュースで何度も新聞を賑わせたからだ。

 けれど、ロックハートは怖がっていないようだった。ハリーの手を取り、勝手に握手をして、勝手にカメラマンを呼んだ。

 ハリーはダーズリーの家で時折盗み見たテレビの映像を思い出した。有名な俳優やスポーツ選手に握手をしてもらっている子供の映像だ。

 

「……もういいか?」

「いやいや、ハリー。もっとニッコリ微笑んでくれたまえよ! 一緒に写って、一面を飾ろう!」

 

 真っ白に輝く歯を見せながらロックハートは言った。

 

「こうか?」

 

 ハリーは嗤ってみせた。あまりにも邪悪だった。ロックハートは「違う違う!」とハリーの頬を持ち上げた。

 

「こうやって、ほら! いや、目が怖いよ! もっとぱっちり開くんだ! こう!」

 

 ハリーの笑顔が完成するまで、それから二十分も掛かった。ロックハートが途中から凝り始めたせいだ。中々彼の納得がいく笑顔にならなかった。

 

「……うん! 素晴らしい! その笑顔だよ、ハリー」

「お、おう!」

 

 ハリーも途中からちょっと楽しくなっていた。二人で肩を組みながらカメラにポーズを決める。

 一面の見出しはハリーとロックハートの握手の写真で決まりだ。

 その後、ハリーは彼のサイン入りの著書を全巻プレゼントされた。正直、これはあまり嬉しくなかった。

 

「……おつかれ」

「大丈夫かい?」

「おう!」

 

 ハリーは眩しい笑顔をドラコとロンに向けた。

 二人は化け物でも見るかのような表情を浮かべた。

 

「あ、あの!」

「ん?」

 

 突然声を掛けられて、ハリーは素敵な笑顔のまま振り向いた。そこには小さな赤毛の女の子の姿があった。

 

「キャッ!」

 

 女の子は真っ赤になって逃げ出した。

 

「な、なんだ……? そんなに酷い顔だったのか……?」

 

 ドラコとロンの反応に加え、女の子に逃げられた事にハリーは少しだけショックを受けて表情を戻そうとした。けれど、巨匠ロックハートによって二十分かけて作られた笑顔を戻すのは大変な作業だった。

 

「……ああ、ごめん。今のは僕の妹なんだ。気にしないでくれ、君のファンなんだよ」

 

 そう言うと、ロンは彼女を追いかけていった。

 

「学校でね!」

「お、おう……」

 

 ハリーはようやく顔が元に戻ると小さくため息を零した。

 

「帰るか」

「うん。父上を探そう」

 

 その後、ルシウスと合流した二人はマルフォイ邸へ戻った。

 それから数日、更に荷物が増えた。ナルシッサとルシウスがこれでもかと防犯グッズを買ってきたのだ。一生かけていっぱいにしていく筈のトランクの半分以上がたった一ヶ月の間に埋まってしまった。

 

 そして、ホグワーツに向かう日がやって来る。

 真紅のホグワーツ特急の前でルシウスとナルシッサはドラコとハリーをそれぞれ抱きしめた。

 

「クリスマスには帰ってきてくださいね。二人共よ? いっぱいお祝いしましょうね」

「二人共、勉強ばかりじゃなく、もう少し遊ぶ事を覚えなさい。さすがに勉強ばっかりで心配になる」

 

 彼らの言葉に苦笑いを浮かべながら頷くと、二人は汽車に乗り込んだ。ホーム側のコンパートメントを独占して、窓を開き、二人に最後のあいさつをする。

 

「ドラコ、ハリー。どうか無事に帰ってきてくださいね! 去年みたいな事はもうたくさん! 約束ですよ!」

「大丈夫ですよ、ナルシッサおばさん。ドラコはボクが守りますよ。何者だろうと、ドラコに手を出す者はボクが潰す!」

「……ハリー、言い方を考えてくれ。なんか、イヤだ」

「なんだと!?」

 

 憤慨するハリーとそれを宥めるドラコ。二人の様子にルシウスとナルシッサは揃って笑った。

 

「……いってらっしゃい、二人共」

「達者でな」

 

 ハリーとドラコは揃って頷いた。

 

「いってきます!」

「いってきます!」

 

 そして、ホグワーツ特急が走り出す。

 いよいよ、二年目が始まる。


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