【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第二十五話『後輩』

「おはようございます、ハリー・ポッター様!!」

「ああ、おはよう」

 

 朝、ハリーが談話室に登ってくると、ローゼリンデが待ち構えていた。

 ハリーの朝は早い。エグレに餌をあげに行く為だ。それよりも早く起きて出迎えるのは大変だろうと思いつつも、大変な思いをしながらも敬意を示そうとする彼女をハリーは買っていた。

 

「よし、秘密の部屋に行くぞ。ついて来い」

「ハッ! お供致します!」

 

 早朝故に無人の廊下を二人で歩く。

 

「……どうだ? 学校には慣れたか? 授業にはついていけているのか?」

「ハッ! 慣れてきました! 授業には……、だ、大丈夫です!」

 

 大丈夫ではなさそうだった。

 

「わからない事があるなら聞きに来い。お前はボクの配下だからな。教えてやる」

「い、いえ、滅相もございません! わ、私如きの為にハリー・ポッター様のお手を煩わせるわけには……!」

 

 ハリーはローゼリンデの反応が不服だった。

 立ち止まり、背の低い彼女に視線を合わせる。

 

「いいか? お前はボクの配下だぞ! つまり! いずれは魔法界の頂点に君臨するのだ! だから、《私如き》なんて言葉を使うんじゃぁない!!」

「ヒグッ……、も、申し訳ありません……」

 

 縮こまるローゼリンデにハリーはやれやれと肩を竦めた。

 

「お前、今日から放課後は図書館に来い」

「え?」

「命令だ。いいな?」

「は、ハッ! かしこまりました!」

 

 ハリーはポンポンと彼女の頭を叩くと再び秘密の部屋を目指して歩き始めた。

 しばらくボーッとしていたローゼリンデも慌てて彼を追いかけた。

 

第二十五話『後輩』

 

 毎朝の日課として、ハリーとローゼリンデはエグレの鱗の手入れと餌やりをした後、軽く秘密の部屋の掃除をした。

 マーキュリーやニュートも手伝ってくれるけれど、広大な秘密の部屋内を隅々まで掃除するのは大変な作業で、一週間掛けて漸く完了する。そして、その後はまた最初からだ。

 ハリーはローゼリンデがその内《もうやめたい》と言い出すと考えていた。まだ一年生で、授業も始まったばかりの彼女は魔法をろくに使えなくて、掃除を手作業で行わなければならなかったし、何よりもモチベーションがハリーを手伝いたい一心のみだったからだ。

 エグレに対して、彼女はマーキュリーと似たり寄ったりの反応で、いつも泣きそうな顔をしている。

 けれど、彼女はいつまで経っても音を上げなかった。

 

「……ロゼ、無理はしなくていい」

 

 掃除を終えると、ハリーはローゼリンデに語りかけた。

 

「え?」

「秘密の部屋の掃除は大変な作業だ。それに、お前はエグレを恐れている。あまり無理は……」

「む、無理ではありません!!」

 

 ローゼリンデは焦ったように叫んだ。

 その勢いにハリーは少し目を丸くした。

 

「……そ、そうか」

 

 ローゼリンデはバケツを柱の下に運んでいき熱心に床を拭き始める。懸命で、手を抜いている様子はない。

 

『エグレ』

『なんだ?』

『しばらく、ロゼに張り付いていてくれないか?』

『……了解だ』

 

 ハリーはどうにも不安だった。暇さえあればハリーとドラコについてくるローゼリンデ。彼女が友達と一緒にいる所を見た事がなかった。

 放課後、勉強を見てあげようと図書館に来るよう命令してしまったが、失敗したかもしれないとも考えていた。

 

『ひょっとして、ボクの配下にしたのもまずかったんじゃないか……? そのせいで友達が出来ないんじゃないか……?』

『今更気がついたのか? 遅過ぎるぞ、マスター……』

 

 エグレに呆れられてしまった。

 

『い、いや、まだ友達がいないと決まったわけじゃない。一年にもドラコやロンのような気骨のあるヤツがいるはずだ!』

『……いるといいな』

 

 ハリーは一生懸命床掃除をしているローゼリンデを見た。

 なんとなく、ドビーに過保護に接してしまうドラコの気持ちが分かった気がした。

 

 ◆

 

 放課後、ハリーとドラコが図書館で勉強していると命令通りにローゼリンデが現れた。

 

「来たか、ロゼ」

「ハッ! 御命令どおり、参上致しました!」

 

 彼女が敬礼すると、図書館司書のマダム・ピンスが睨んできた。どうやら、声が大き過ぎたようだ。

 

「ロゼ、ボリュームを落とせ」

「ハッ!」

 

 また睨まれた。

 

「……マフリアート」

 

 ドラコは杖を振るった。

 

「その呪文は?」

「防音呪文だよ。前に屋敷に来たスネイプ先生が教えてくれたんだ」

 

 マフリアートは周囲に声が漏れなくすると同時に、聞き耳を立てられても雑音にしか聞こえなくする優秀な呪文だった。

 

「便利な呪文だな」

「スネイプ先生のオリジナルらしいよ。いろいろ開発しているみたい」

「凄いな! オリジナルとは!」

 

 髪の毛の洗い方も知らないナードだと思っていた相手の意外な特技にハリーは驚いた。

 

「ボクも作ってみたいな、オリジナル呪文!」

「同感! 今度、教えてもらいに行くかい?」

「いいな!」

 

 二人が盛り上がっていると、ローゼリンデは気まずそうにモジモジし始めた。

 

「……おっと、すまん。とりあえず、椅子に座れ」

「し、しかし!」

「いいから、ほら」

 

 ハリーが椅子を引くと、彼女はおどおどしながら椅子に座った。

 そんな彼女の前にドラコが数枚の羊皮紙を置いた。

 

「とりあえず、今の学力が知りたい。今から三十分やるから解け」

「ふへ!?」

「ほら、スタートするぞ。3、2、1! ゴー!」

「ひゃ、ひゃい!」

 

 慌てて羽ペンを取り出して羊皮紙に記された問題に取り組み始めるローゼリンデ。

 けれど、羽ペンは五分経っても動かなかった。

 

「……わからない問題は飛ばしていい。わかる問題から解くんだ」

「は、はい……」

 

 青褪めながら自分で解けそうな問題を探し始めるローゼリンデ。けれど、彼女は泣きそうな表情を浮かべるばかりで、遂には羊皮紙の最後の問題まで視線を滑らせた。

 

「あぅ……」

 

 また最初の問題に戻り、頭を抱え始める彼女にドラコは困ったような表情を浮かべた。こっそりとハリーの傍に回り込み、小声で呟く。

 

「も、問題を難しくし過ぎたかな……?」

「……いや、最初の一、二問は授業で最初に習う範囲の問題だ」

 

 二人が見守る中、ローゼリンデは結局一問も解き明かす事が出来なかった。

 彼女は恐怖の表情を浮かべている。まるで、捨てられた子犬のようだ。それが近い将来の自分だと確信しているかのような怯えようだ。

 

「わかった。最初から始めるぞ。教科書は持ってきているか?」

「あっ……、その……」

 

 どうやら持ってきていないようだった。

 

「構わない。ボクのを使おう」

 

 ハリーはトランクから去年の教科書を取り出した。

 

「あ、あの……」

「始めるぞ、ロゼ。勉強は大切だ。ボクの配下なら、良い成績を取れ」

「……は、はい」

 

 いつもの元気が無かった。

 

「まず、物体浮遊呪文についてだが」

 

 ハリーとドラコは二人がかりでローゼリンデに勉強を教えた。

 申し訳ないからと遠慮しようとしたら命令して勉強させた。

 

 数日彼女を教えて、ハリーは気づいた。彼女は人よりも頭の回転が鈍い。けれど、時間をかければ覚えられるし、努力が出来る人間だった。

 ハリーとドラコは彼女に勉強を教えるのが段々と楽しくなってきた。

 

「今日はどうする? 薬草学が少し遅れていたけど」

「いや、魔法薬学にしよう。この時期は少し難しい魔法薬を調合した筈だ。それに備える」

 

 ローゼリンデが来るまでの間、二人は熱心に勉強方針について語り合っていた。

 すると、そんな彼らの下に一人の少女がやって来た。

 

「楽しそうね、あなた達」

「貴様は!?」

「ハーマイオニー!!」

 

 二人が臨戦態勢を整えると、彼女は呆れたように肩を竦めた。

 

「オーバーリアクション過ぎるわよ。マダム・ピンスに睨まれるわよ?」

「問題ない」

「防音呪文を使っているからね」

「防音呪文? そう言えば、最近、あなた達の声が妙に遠く感じてたのよね。どんな呪文なの?」

「マフリアートというんだ。杖の動きはSを描くように、発音は山なりに」

「スネイプのオリジナルだぜ」

「スネイプ先生の!? すごいわ!」

 

 ハーマイオニーと三人で盛り上がっていると、いつの間にかこそこそした様子で図書館にローゼリンデが入って来ていた。

 何故か、ハーマイオニーを睨みつけている。

 

「あら! こんにちは!」

 

 ハーマイオニーは後輩の登場に笑顔を浮かべた。お姉さんぶってみたかったのだ。

 ハリーとドラコはその事に気づいて少し呆れた。

 

「ロゼよね? わたしはハーマイオニー・グレンジャーよ。よろしくね」

 

 ハーマイオニーは新学期になっても毎日のように図書館に通っていた。そして、二人がかりで後輩に勉強を教えているハリーとドラコを密かに羨んでいた。

 

「貴様はグリフィンドールの後輩に教えてやればいいだろ」

「ジニーがいるだろ、ジニーが」

「う、うるさいわね……」

 

 心を見透かされ、ハーマイオニーは視線を泳がせた。

 すると、ローゼリンデはカッと目を見開いた。

 

「う、うるさいとはなんですか! ぶ、無礼です! あなた!」

「へぁ!?」

「ロ、ロゼ!?」

「ど、どうした!?」

 

 ローゼリンデの怒鳴り声にハーマイオニーよりもハリーとドラコの方が思わず飛び上がってしまうほどに驚いた。

 

「け、穢れた血が!! 偉大なるハリー・ポッター様に向かって!! 由緒正しき純血の一族であるドラコ・マルフォイ様に向かって!! 何たる口の利き方ですか!!」

「なっ……」

 

 ローゼリンデの口から飛び出した《穢れた血》という言葉にハーマイオニーは絶句した。

 

「マグル生まれの癖に!!」

「……おい、そこまでにしておけ」

 

 ハリーは激昂しているローゼリンデの頭をポンポン叩いた。こうすると彼女は照れて喋れなくなる事をハリーは経験から知っていた。

 案の定、赤くなって俯いた彼女にハリーは視線を合わせる。

 

「ロゼ。ハーマイオニーが無礼なのは確かだが、言葉選びが間違っているぞ」

「え? あ、あの……、わ、私は……」

 

 ハリーはやれやれと肩を竦めながらハーマイオニーをチラリと見た。

 ショックは受けているが、怒ってはいないようだった。ハリーは苦笑すると、ローゼリンデに言った。

 

「いいか? マグル生まれとか、純血とか、そんな事はどうでもいい。問題じゃないんだ。くだらない事なんだ」

「で、ですが!!」

「ロゼ、大切なのは自分自身だ。一族だとか、家柄だとか、血だとか、そんなものでアドバンテージを取るなんてのはかっこ悪い事なんだぜ。祖先だろうが、親だろうが、兄弟だろうが、所詮は他人だ」

 

 ハリーの言葉にドラコは少し物申したくなったけれど、口を出すと面倒な事になると理解しているから黙っていた。

 

「誇り高く生きろ、ロゼ。誇りってのは、他人に貰うものじゃぁないんだ。自分自身で勝ち取るものなんだ。だから、あの女を糾弾する時はアイツ自身の事で糾弾するべきなんだ。マグル生まれだとか、純血だとか、その程度の事でしかアドバンテージを取れない情けない人間にはなるな。忌々しいが、ハーマイオニーは頭脳明晰だ。だから、ボクは勉強に励んでいるんだ。アイツに能無しのクソったれと言ってやる為にな! 勝者になるんだ、ロゼ! そして、すべてを屈服させるんだ! だから……」

 

 ハリーはローゼリンデを椅子に座らせた。

 

「勉強するぞ」

「……は、はい」

「あと、アイツには謝らなくていい。正直、スカッとしたぜ」

「ああ、よく言ったぞ、ロゼ」

「……こいつら」

 

 ハーマイオニーはハリーとドラコを睨むと踵を返した。そして、クスリと微笑むと自分の勉強していたスペースに戻っていった。


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