【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第六話『スリザリンの継承者』

 開かれた秘密の部屋への入り口をハリーは飛び降りた。ドラコも慌てて追いかけようと足を踏み出したけれど、襟首をマクゴナガルに掴まれた。

 

「な、なにをするんですか! 離して下さい!」

「あなたの方こそ、何をするつもりですか! 如何なる危険が待ち受けているかも分からないのですよ!?」

「だからこそだ! ハリーは行ってしまったんだ! 追いかけないと!」

 

 ドラコは必死にマクゴナガルの手から逃れようと暴れた。すると、ハーマイオニーが杖を彼に向けた。

 

「ペトリフィカス・トタルス」

 

 それは対象となった生物を一時的に麻痺させる呪文だった。マクゴナガルはハーマイオニーの行動に一瞬驚いた。それからコホンと咳払いをしてドラコをその場に寝かせた。

 

「素晴らしい状況判断と呪文です。グリフィンドールに五点」

 

 そう言うと、マクゴナガルは杖を振るった。

 

「エクスペクト・パトローナム」

 

 呪文を唱えると、彼女の杖の先から白い光が噴き出した。それはみるみる内に一匹の生物へ姿を変えていく。それは猫だった。

 光の猫は勢いよく宙を駆けて女子トイレから飛び出していった。

 

「先生、今のは?」

「守護霊の呪文ですよ、ミス・グレンジャー。吸魂鬼(ディメンター)やレシフォールドなどに対する防衛術ですが、習熟すればメッセージを送り届けさせる事が出来ます。ダンブルドア先生に伝言を命じました」

 

 早口で説明を終えると、マクゴナガルは秘密の部屋の入り口に向かって進み始めた。

 

「ミス・グレンジャー。間違っても呪文が解けたミスター・マルフォイが追いかけてこないように見張っておいて下さい。わたしは言い付けも守れない問題児を連れ戻してきます」

「はい、先生! どうか、ご無事で!」

 

 ハーマイオニーの返事に満足すると、マクゴナガルは秘密の部屋へ飛び降りていった。

 取り残されたハーマイオニーはポッカリと開いたままの秘密の部屋の入り口を不安そうに見つめた後、ドラコに視線を落とした。すると、彼は恨みがましい視線を向けてきた。

 

「そんな視線を向けてもダメよ。わたし、あなた達とは違って先生の言い付けをちゃーんと守るから! いいこと? もし動けるようになっても動いちゃダメよ。動いたら、《あなたが女子トイレで寝そべった》という事実を公表するから」

 

 ドラコはハーマイオニーに悪魔を見るような視線を向けた。

 

 第六話『スリザリンの継承者』

 

 地下へ降り立ったハリーはゴスペルと共に通路を突き進んだ。ジメジメとした暗闇にゴスペルはご機嫌だ。

 

『ここは最高だな! 自慢の鱗がプルンプルンになるぜ!』

『フハハハ! 喜べ、ゴスペル! 今日からここはボクのものになるんだ!』

 

 足元に動物の骨がいくら散らばっていても、一メートル先すら暗くて見通せなくても、ハリーは一切怖くなかった。それはゴスペルが傍にいるからだった。

 ゴスペルのピット器官はどんな暗闇でも問題なく機能した。ハリーは使い物にならない自分の目を閉じて、代わりにゴスペルにナビを頼んだ。全幅の信頼を置いて、彼の指示するままに足を動かした。

 

『おっと、またまた扉だぜ』

『オーケー、開け!』

 

 どうやら、それが最後の扉だったようだ。一気に空間が広くなった。左右はそうでもないけれど、上は目を凝らしても見えないほどだ。

 絡み合う蛇の彫刻が施されている石柱がいくつも並んでいる。ハリーはその間を抜けて奥へ進んでいった。

 しばらく歩いていると、遂に終点へ辿り着いた。そこには部屋の天井に届きそうな程の巨大な石像があった。細長い顎髭が特徴の老人が象られている。

 

『これは……』

『サラザール・スリザリン。偉大なるホグワーツの創設者の一人にして、この部屋の主である』

 

 ゴスペルではなかった。彼のフランクな口調とは似ても似つかない偉そうな口調だ。

 

『ゴスペルの睡眠を妨げていたのは君かい?』

『我が呼びかけていたのは汝だ。継承の資格を持つ者よ』

 

 姿なき声に対して、ハリーはほくそ笑んだ。

 

『つまり、ボクを継承者と認めるんだな? だったら、さっさとボクの前に姿を見せろ! お前は何者だ!』

 

 ハリーの言葉に応えるように地面が僅かに揺れ動いた。そして、何かがどこかへ昇っていく。かと思えば、落ちてきた。

 ドスンという音と共に、サラザール・スリザリンの石像の口から一匹の巨大な蛇が現れた。

 

『我はバジリスク。偉大なる魔法使い、サラザール・スリザリンにより生み出されし蛇の王なり!』

『……お前が、バジリスク』

 

 ハリーはバジリスクの事を《幻の動物とその生息地》という本で読んだ事があった。

 見ただけで死をもたらす力を持っているとされ、その牙に宿る毒は如何なる毒よりも凶悪だと書いてあった。

 視線だけで相手を殺す恐るべきバジリスクに対して、ハリーは恐れなかった。身を縮ませ、怯えた様子を見せるゴスペルに、逆に勇気が湧いた。

 

『バジリスク! 今日からお前はボクのものだ!』

『……承知した。新たなる継承者よ。偉大なる先代継承者を滅ぼした者よ』

『ん? 先代継承者を滅ぼした? それはどういう意味だ?』

 

 ハリーが問うと、バジリスクは語った。

 

『先代継承者の名は、トム・マールヴォロ・リドル。後に、ヴォルデモートを名乗り、闇の帝王と恐れられた男だ。そして、汝に滅ぼされた男だ、ハリー・ポッター』

『ヴォルデモートが先代継承者だって? たしかに、マートルの事件はヴォルデモートが名を上げはじめた時期と近かったな。しかし、随分と世情に詳しいじゃないか』

『我はホグワーツのあらゆる場所に潜んでいる。人間の言葉もある程度は解する事が出来る』

『なるほどな』

 

 ハリーはバジリスクを見つめた。大きくて、勇ましい姿だ。

 

『オイ、相棒! 《お前はボクのもの》って、まさか、浮気か!? オレ様がいるのに!』

 

 バジリスクに惚れ惚れしていると、ゴスペルがようやく復帰した。恐怖よりも嫉妬が勝ったらしい。

 

『浮気? まさか! ゴスペルがボクの一番さ! 当然だろう? バジリスクは……ああ、名前を考えないとな……、二番目さ。いいか? バジリスク。お前も肝に銘じておけ! ゴスペルの方が上だからな!』

『……コレが?』

『コレとはなんだ! 頭が高いぞ! オレ様の事は兄貴と呼べ!』

『……主よ』

 

 バジリスクは不愉快そうな声を出した。けれど、ハリーは譲らなかった。

 

『とりあえず、お前のことは今から《エグレ》と呼ぶ。ゴスペルを尊重するんだ。いいな?』

『……イエス、マイロード』

『ハッハッハ! なんか、すっげー気分がいいぜ!』

 

 エグレは濃密な殺気を放った。ゴスペルは『キャッ』と悲鳴をあげてハリーのローブに逃げ込んだ。

 

『おい!』

 

 エグレはそっぽを向いた。

 

『……ん? 主よ、何者かが近づいてくるぞ』

『ああ、この体温はマクゴナガルだぜ』

『始末するか?』

『するわけないだろ!! いいか! 先生には一切手を出すな! 絶対だぞ! 何があってもだ!』

『イエス、マイロード』

 

 ゴスペルを尊重しろという命令と比べるとずっと素直にエグレは受け入れた。

 少しすると、息を切らしながらマクゴナガルが現れた。

 

「ハリー!!」

 

 マクゴナガルは悲鳴染みた声を上げながら駆け寄ってくると、いきなりハリーに覆いかぶさった。

 目を丸くするハリー。少しして、マクゴナガルが震えている事に気づき、彼女が自分をバジリスクから庇おうとしたのだと理解した。

 

「せ、先生。大丈夫ですよ! エグレはボクのものです! 先生にも、もちろんボクにも危害など加えませんよ!」

 

 ハリーはマクゴナガルを安心させようとエグレに『少し離れろ』と命じた。

 

「ほら、ボクの命令に従ったでしょう?」

 

 ハリーが誇らしげに言うと、マクゴナガルは恐怖の表情を浮かべながらエグレを見た。それからハリーを見て、息を荒げながら思考をまとめようと瞼を閉じた。

 そして、瞼を開くと共にハリーの頬を叩いた。

 

「……え?」

 

 ハリーは困惑した。痛みよりも、マクゴナガルに叩かれたという事実にショックを受けた。

 

「な、なにをするんですか!?」

 

 ハリーがマクゴナガルを睨みつけた。裏切られた気分だったからだ。けれど、すぐに沸騰した感情が冷めた。それはマクゴナガルが涙を流していたからだ。

 

「せ、先生?」

「ハリー・ポッター!! あなたは自分が何をしたのか分かっているのですか!?」

「何をって……、継承者になったんです! エグレを手に入れたんだ! 凄い事でしょう!?」

「自分が死ぬかもしれないとは考えなかったのですか!?」

 

 マクゴナガルの怒声にハリーは息を呑んだ。

 

「ええ、結果的に見れば! あなたは偉大な事を為したのでしょう。秘密の部屋の発見に、バジリスクという脅威を手懐けた事は! ですが! あなたは考えるべきでした! マートルを殺害した脅威があなたに襲いかかる可能性を! 何故、わたしの言い付けを守らなかったのですか!? 一歩間違えていたら、あなたは死んでいたかもしれないのですよ!?」

「ボ、ボクは怖くなんてなかった! 勇敢だったんだ!」

「そんなものは勇敢でもなんでもありません!!」

 

 頭ごなしに叱られて、ハリーは鼻を啜った。にじみ出てきた涙を服の袖で拭った。

 

「なんだよ! 少しくらい褒めてくれたっていいじゃないか! 凄い事をしたんだ! ちょっとくらい!」

「わたしが!! 自他を問わず、命を軽視する真似を称賛する事はありません!!」

 

 ハリーはくしゃくしゃに表情を歪めた。

 

『あ、相棒』

 

 ゴスペルが励まそうとしても、ハリーの耳には届かなかった。

 

「……ハリー」

 

 そんな彼にマクゴナガルは諭すような声で言った。

 

「命は一つしか無いのです。それをどうか、分かってちょうだい」

 

 ハリーはブルドッグのような顔をしながら小さく頷いた。

 

「それと、褒めて欲しいなら勉強を頑張りなさい。良い成績を取れたのなら、その時は惜しみない称賛の言葉を送らせていただきます」

「……ほんと?」

「ええ、もちろんです」

「……わがっだ」

 

 そう応えたハリーをマクゴナガルは強く抱きしめた。

 

「無事でなによりです、ハリー」

「……ぁい」

 

 それからしばらくの間、ハリーはマクゴナガルの腕の中で鼻をすすり続けた。

 そして、冷静になると、顔を真っ赤にしながら急いで離れた。

 

『相棒。恥ずかしがる事ないと思うぜ?』

『う、うるさい! ボクは恥ずかしがってなんかいない!』

『顔が真っ赤だぞ、主よ』

『黙っていろ! どっちもだ! 喋るな!』

『オーキードーキ』

『イエス、マイロード』

 

 ゴスペルとエグレに慰められているハリーをマクゴナガルはしばらく見つめていた。蛇の言葉が分からなくても、二匹がハリーを傷つける意志を持っていないことは理解出来て、ホッと息を吐いた。

 

「……驚くべき事じゃな」

 

 すると、秘密の部屋に新たな侵入者が現れた。このホグワーツ魔法魔術学校の校長であり、今世紀で最も偉大なる魔法使い、アルバス・ダンブルドアだ。

 ハリーは慌てて顔を服の袖で拭った。

 

「秘密の部屋の発見はもちろんの事、バジリスクを手懐けるとは驚くべき事じゃ」

 

 そう言うと、ダンブルドアはハリーに近寄ってきた。

 

「ハリー。言うべき事はミネルバが既に語り尽くしてくれたようじゃから、わしからは何も言わぬよ。まずは日常の世界に帰るとしよう。上で君の親しき者達が心配しておるのでな」

「……ここを見つけたのはボクです!」

 

 ハリーが言うと、ダンブルドアは穏やかに微笑んだ。

 

「もちろん、わかっておる。長年謎とされて来た秘密の部屋を発見した功績は間違いなく君と君の友人達のものじゃ」

 

 ハリーはこっそり功績を独り占めにしようとした事を阻止されて不満を抱いた。

 

「ハリー。分かち合うという事は、独占するよりも遥かに大きな喜びを君に与える筈じゃ。それに、バジリスクを手懐けた功績は紛れもなく君個人のものじゃよ」

 

 ハリーはその言葉に鼻の穴を少し膨らませた。個人の功績という点が大いに気に入った。

  

「さあ、上に戻ろう。バジリスクは……すまんが、今はここで待ってもらってくれるかのう? 悪いようにはせん。約束しよう」

 

 ハリーは大いに不満だった。けれど、ダンブルドアの眼差しがあまりにも真摯であり、おまけにマクゴナガルが《分かっていますね?》と言わんばかりの視線を向けてくるものだから、ハリーは渋々頷いた。

 そして、ハリーはエグレに待機を命じると、ゴスペルを腕に絡ませて地上へ戻っていった。

 

「ハリー。継承者の力でグレンジャーをぶっ殺そう」

 

 戻ってくるなり、ドラコが怒りに燃えた顔でそんな事を言い出した。

 

「あーら、ミスタ? いいのかしら? そんな事を言っても」

「ぐぬぬ……」

 

 何故か、ドラコはハーマイオニーにマウントを取られていた。

 ハリーはとりあえず先に《おかえり》くらい言えよと思った。

 

 その後、ハリーが秘密の部屋を発見し、スリザリンの正統継承者になった事はホグワーツ全体に知れ渡った。

 マクゴナガルから口止めをされたドラコとハリーは「口が勝手に動いただけです! ボク達は悪くない! 誰かの呪いなんだ!」と眦を吊り上げるマクゴナガルに言い訳をするのだった。


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