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皆さま、お元気ですか?
コロナも相変わらずでございますね。
なれたころが、危ないとかなんとか?
政府もコロコロ変わるからな?
どうなっているんだ!
政府の指示よりも、自分で守りましょう!
それが、自粛というやつですからね。
今回も、おじさんのたわごとにお付き合いくださいますと嬉しく思います。
それでは、よろしければ、どうぞ!
☆注意☆
今回の文章は、あくまでも根拠のないつじつまのあわない個人的な妄想のようなものであり、現実の出来事とは関係はなく常識的な考えではありませんので、アホなおっさんの独り言と思って読み流すか、あまりのくだらなさでアホがうつるとお思いのかたは速やかに読むのをやめてくださいね!…
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…[百姓の時代]…
皆さまは、百姓(ヒャクショウ)と聞かれまして、
どんな、イメージをお持ちですか?
お米や野菜を作っている農民のこと、ですか?
土地を耕し、守っている人のこと、ですか?
自給自足をしながら、あいた時間に出稼ぎをしている人のこと、ですか?
どれも、正解だと思います。
明治時代以前の日本は、ほとんどが百姓という、土地を守りながら、その土地にあった作物を作り、生活に必要なことを全般的に何でも自分たちでまかなう国民のことであり、互いに助け合いながら社会を成り立たせる村単位の文化でした。
文字通り、さまざまな顔を持っている、百の姓(セイ)を持つ人のことであり、日本は百姓の国であったのです。
簡単に言いますと、その土地の特性を知り尽くした、自然と共存している人のことなのです。
日本は、世界からみましても、自然に恵まれた土地であります。
自然災害も多いですが、これほど回復力がはやくて多様性にとんだ土地も珍しいかと思います。
日本の土地は天皇のものであり、その国土を百姓が利用しながら守る、そこには村文化という社会があり、百姓を生かすために貴族や武士や商人などの役目があるのです。
日本には、身分制度は元からありませんでした。
天皇と、その他でしかなく、それぞれの役割りがあるだけでした。
とてもシンプルであり、実生活としましては、目の前の繋がりが世の中だったともいえますので、自分からかけ離れた余分な悩みなどなかったことでしょう。
ですから、村の仲間と共同作業をする以外の時間は、やりたいことをしていたようで、自然とクリエイティブな思考だったのだと思います。
そのような百姓の特性が、江戸文化として花開いたと思うのです。
ちなみに、信長は国際化を目指していたようですので、光秀に暗殺されなかったら、日本はどのようになっていたのでしょうか?……あの時代に日本が近代化をしていたら世界の力の関係が変わっていたかもしれませんが、江戸文化もなかったのかな?
私は、天皇制度は認めますが、神様と崇めるほどではありませんし、必ずしも今までの天皇が善い人ばかりだとも思うほど人間が出来ておりませんので悪しからず。……すみません。
その天皇も、世界の支配階級と比べますと、ずいぶん質素な生活をしていたといいます。
確率的にみれば、日本の民族は先祖をたどっていったら、天皇の一族と繋がっていてもおかしくないですしね。
私は、百姓とは日本の自然を生かすための仕組みだと思います。
なぜ、日本は、そんなことが可能であったのか?
私は、日本では、少なくても大きな仕組みの転換期が二回あったと思うのです。
聖徳太子の飛鳥時代と明治維新で開国した明治時代です。
どちらも、海外との外圧に備える為だったと思うのです。
聖徳太子の時代に今でも通用する法律がつくられました。
私は、基本的に十七条の憲法だけで充分なのではないのか、と思います。
明治時代には、大日本帝国憲法がつくられます。
わざわざ、新しくつくらなければならなかった理由は自分で調べて考えてみてくださいね!
ちなみに、現在の日本憲法は第二次世界大戦の後にアメリカによりつくられたといいますが、悪くはない憲法ではありますし、政府のやり方しだいでは解釈も都合にあわせできますので良いのではないかと思います。(無能な政府ではなにを変えてもダメでしょうがね。)
話を戻します。
国を運営するためには、国民から税金を集めなければなりません。
江戸時代までの日本は、税金がお金ではなく、お米(作物)で集められていたからです。
いわゆる、年貢というやつです。
お米ですので、腐ってしまえば価値がなくなります。
ですから、一定期間以内に使わなければなりません。
また、作れる量にも限界があります。
格差は、それぞれのお金の量によりうまれます。
お金と違い、貯めることができず、必ず生きるために必要であり、直接的にエネルギー源となります。
つまり、常に流通して消費されるお金なのです。
ですから、本当に価値があるのは、お米でなくて、それを生み出す百姓の方なのです。
基本的には武士の争いに百姓は関わらず、田畑や百姓は大切にされたといいます。
お米がとれない不作の年以外は百姓にとっては良いことばかりでした。
しかし、江戸時代の終わりに、それまでは鎖国をしていた日本(ほぼ国内での自給自足)でしたが、アメリカが武力により開国をせまります。
日本も、独自の文化を発展させた文明国ではありましたが、西洋との軍事力の差が開いてしまい、従わざる終えなかったのでしょう。
時代の流れには逆らえないものです。
早くから、西洋を学ぶことで、かろうじて日本を守ったともいえます。
ただ、今の時代になりまして、世界中が行き詰まり、悩んでいるようにみえるのです。
いままでのように、ただ、グローバル化を進めていても経済は回らないようです。
支配階級は、あれこれと手をうっていますが、全てをAiとロボットによる機械的な仕組みに変えることには抵抗があるかと思います。
また、5Gのように経済効果をねらって無理やり制度の改革をしても一次的なことで終わりそうです。
支配階級自身も人間ですからね。
時代は変われど、基本的な人の原理は変わらないと思います。
そこで、日本の年貢という発想にヒントがあると思うのです。
かつての日本が時代に逆らえなかったように、世界は互いに影響しあって成り立っていると思います。
だからといって、江戸時代の4倍以上の人口を維持できるほどの国土はありませんし、他国の土地を奪う時代でもありません。
日本の国土の70%は山地であり周りを海にかこまれた自然であるといいます。
古来より日本には、豊かな自然と共存する里山・里海という文化があります。
国民が生き残るために自然を壊してしまえば、本末転倒であり、百姓の意味がなくなります。
日本は、島国であり百姓という同一の民族だからまとまれたのか?
日本の国民性があってこそなのか?
もしも、日本の思想的な価値観に賛同してくれる国や人が集まり助け合うことができたなら?
いちはやく、はじめた西洋共存体のEUですが、今後はどうなるのか?
結局は、人々の潜在意識が行動に表れているのでしょうね。
個人と国とでは、行動の表れは違うのかな?
時代は軍事力や経済力だけではなく、新しいテクノロジーが生まれ社会構造が変わっていきます。
あくまでも、私の感覚であり、若い人たちには違う感覚があって当然だと思います。
それが、お米でなく、溜め込むことがでない別の何かで、同じような仕組みができるとしたら?
経済とは経世済民であり、全ての国民を救うための世の中の仕組みを目指すことです。
お金とは人の繋りをサポートするアイテムのはずであり、溜め込み権力を得るためのものではないと思うのです。
日本は、自然と共存する百姓を守るために鎖国と開国を繰り返しながら時代を取り込み、日本なりの仕組みで乗り越えてきたように思うのです。
新しい時代を生きるのは新しい時代に生まれた若い者ですので、私のような組織に属してしか生きられないサラリーマン世代のおじさんは、横から見守っていればよいかと思うのです。
もしかして、運命の世代なのかもしれません?
…[あるものはつかえ、ないものはつくれ]…
皆さん、コロナ後の未来は、どんな時代になるとお思いですか?
そんなもの考えても意味がないじゃないか?
という方もおおいかと思いますが、せっかくの機会ですので考えてみませんか。
まずは、あなたにとって必要なことはなんだろうか?
あなたにとって、これが無くなったら困ることはありませんか?
あくまでも、あなたにとってでいいのですよ。
それが、あなたの今までに培ってきた感覚なのだと思います。
それでは、新たに必要なことはなんだろうか?
こんなことが出来るようになったら生きやすいのに、と思ったことはありませんか?
世の中に疑問を感じることは悪いことではありませんよ!
あなたが、疑問に立ち向かう行為に人は共感をするのかと思います。
あなたが生きやすくなるということは、あなたと同じような感覚の人も生きやすくなるということです。
可能性は無限ですので、思いつくままに想像してみてください。
それが、あなたの未来に繋がるのですからね!
周りを気にする必要はありません。
あなたの世界は、あなたのものですから。
その、あなたの世界が、誰かと共有できたら楽しくありませんか?
そう考えてみると、周りを気にするかわりに、誰かのためにという気持ちがわいてきませんか?
そして、繋がり広がるかもしれません?
あとは、はじめるだけです。
人に聞くことではないですよ
自分自身で、出来ることをやってみればいいのです。
そのうち、答えが見えてくるかと思います。
あなたの世界の、あなたの答えが!
正否は世間さまが判断しますがね。
…[決めつけないという生き方]…
あせりは禁物です。
何事も、決めつけてはいけません。
世の中の全てに、答えがあるわけではないのです。
あなたの世界は、まだまだ、これからなのですよ。
人によって、生き方は違うはずです。
生まれもっての特性は違いであり、差別ではないのです。
人は、わかったようでいてわからないものです。
人がいうことが、必ずしも正しいとは限りません。
私は、すぐに答えを求めるものに、本当の自分は訪れないかと思います。
なんとか、分かろうとする行為にこそ、答えにたどり着く秘密があるのかと思います。
あなたなりの答えで良いかと思うのです。
自分も他人も、そんなものだと思うのです。
だから、此の世があるのかと思うのです。
…[日本型究極社会主義]…
私は、日本は今でも、潜在意識により、自然との調和を願う百姓という思想により互いに繋り合っていると思います。
「なにを言っているんだ!」とお思いの方もお見栄になるでしょうが、他の国と比べれば、日本人ほど信頼されている民族はいないかと思うのです。(おひとよしですがね)
しかし、その割りには、世界の中で日本という国は発言力が少ないのですが………
ものは捉え方しだいでして、それだけ自然体の国ということなのではないのかと思うのです。
そこで、私は思うのです。
長年受け継がれた天皇制度を中心に共通の思想を共有した人種や民族を超えた社会をつくれないか?
夢物語かもしれません。
テクノロジーの力を借りて、なるべく、人が関わらない効率のよい国家システムによる最低限の生活保障と、自分の意思で、それぞれの特性により得意な働きかけをしながら気が合う人同士が繋りあう社会を目指せないかと思うのです。
私は、そんな思想の世の中のことを[日本型究極社会主義]とよんでいます。
その為には、教育改革からでしょうね。
私は、専門家ではないので詳しいことは分かりませんが、これからは、セルフコントロールができ、自分軸で生きれる人が必要になるかと思うのです。
誰もが、心理学を学ぶ時代になるかもしれません。
歴史の出来事も重要になるのかな?
その中心には、共通の神話のようなアーカイブがあると良いと思います。
明治時代の間違いを繰り返さないといいのですがね。
誰もが戦争で死ぬのはイヤですよね。
教育とは、前提だと思います。
全ては、自立のためだと思うのです。
人間は、死ぬまで教育でして、学校で習うか、自分で学ぶか、なのだと思うのです。
いつまでも、負け犬根性で、周りに振り回されてばかりだと思うなよ!なのであります。
悲劇のヒロインは悲しいだけであり、幸せになれない人の負け惜しみですからね。
あくまでも、私の感覚ですので、不安にならないでくださいね。
不安は連鎖しますし、自分を見失いますからね。
なんにつけましても、生きてることは素晴らしい!
皆さん、死ぬまで生きましょう!
…終わり
…
どうも、皆さま、アホなおじさんのたわごとにお付き合いくださいましてありがとうございます。
それにしても、ハーメルンでこんなことを書いているのも私ぐらいですかね?
このスタイルも四回目になりました。
こちらのスタイルのほうが、法則型の特性を持つわたしに合っているようで、頭のなかに眠っている記憶をたどって、現在の知識と照らし合わせて書くだけなので楽なのですが、以前に考えていたことが元になっており、私の偏見による妄想ですのでお気をつけください。(何事も事実関係は自分で確かめることは大切ですよ)
次回は、どうしようかな~?
それでは、また!
あ、そうそう、現在コロナによる世界中で起きている騒動ですが、日本でも奈良時代に同じようなことが起きていたのですよ。………皆さん、奈良の大仏が建てられた理由をしっていますか?……そのへんのことに興味がある方は[CGS茂木誠超日本史第33回]奈良の大仏も祇園祭も始まりは感染症だった!?を検索してみてください!
今から1000年以上前にも歴史の第変換が日本で起きていたなんて………
それにしても、なんて時代に生まれてきたのか?
これは、なにかあるぞ!と思ってしまうのです。