最近、夢を見るんだ。
散歩しながら、浮かぶイメージ
嘘のような、あやふやでふたしたな存在
あまりにもボンヤリしているから書き留めておこうかと思います。
☆注意☆
今回の文章は、あくまでも根拠のないつじつまのあわない個人的な妄想のようなものであり、現実の出来事とは関係はなく常識的な考えではありませんので、アホなおっさんの独り言と思って読み流すか、あまりのくだらなさでアホがうつるとお思いのかたは速やかに読むのをやめてくださいね!
…
…[夜明け前の夜露のような]…
あまりにも不確かで不安きわまりない
僕は夜露のようなものだ
太陽が登り消えてしまうまでの一時の存在
世界が浮かび上がるそのときまでの夢なのかもしれない
5ヶ月ほど、太陽が登る夜明けのなか散歩をしてきた。
お気に入りの川岸を歩いて
毎日、すれ違う人もいれば、初めて出会う人もいる
なんとなく同じ空間を共有しているだけの知らない人たち
ただ、互いにすれ違うだけの人たち
僕はお気に入りの音楽を聴いて
足を前に踏み出すことに意識をむける
交互に踏み出すリズム
僕の呼吸がビートを刻みシンクロしていく
まるで、世界に溶け込むように
人生はロックだ
僕とジャズを奏でよう
川の流れ
風の流れ
人の流れ
生き物の流れ
太陽が光りをもたらし世界の形をうかびあげる
光りは影を生み出し、今が映し出される
毎日、少しづつ変化する世界
この瞬間も
僕は自然の流れと一体になり夢をみるんだ
はじめは無意識だった
なんとなく足が向いていく、感じたままに
後から意味があったことに気づいた
なぜ、それを行い感じたのかを
目の前にあらわれる情報の意味がしっくりきたんだ
まるで、そのための体験だったかのように
過去からの記憶がこじつけた錯覚なのかもしれないがね
僕は、忘れっぽいから
自分の直感を信じるよ
五感で感じた運命というヤツをさ
すべての謎が統合していく
知ってることも、知らないことも
そこで感じたことは、夜露がみせたまぽろしなのかもしれない
だけど、確かにあったんだ
空っぽの僕の❤️にふれた世界が
僕の❤️は空っぽだと思っていた
いつも、周りを優先してしまうから
自分がないわけではないよ
むしろ、人いちばいあると思っている
ただ、人と争うのがイヤでしかたがない
自分のなかに他人を入れたくないんだ
自分が消えてしまいそうでね
だから、人と関わることも苦手だし、深く付き合いたいとも思わない
求められると答えないといけないと思ってしまうから
めんどくさがりやな僕は、誰よりも自由を求めているのにね
僕の奥の方で、ウソっぱちな優しさがそうさせる
特別に関心がある人でもないのに求められたら出来る限りのことはやらなければと思ってしまう
子供のころは、人目を気にしないでどこでもアニソンを大声で歌っていたのにね
自分だけのことなら、恥ずかしいって、なに?
今でもそんな感じかな
大胆なのか繊細なのか、矛盾だらけ
自分でも、訳の解らない性分なんだ
一時の関わりなら、なおさら
今、この瞬間をやり過ごそうとしていたのだろう
愚かで浅はかな僕なのさ
本当に薄っぺらな優しさなんだよね
それしか、人との関わり方を知らないから
空っぽの❤️のからを分厚くすることしか知らないから
世間という常識を逃げ道にして
一番、キライな常識で武装して
自分を正当化することしかしないのだから
本当に困っている人は、人を頼らないと知っているのにね
やさしい人は自分の責任をわかってるからさ
自分がまねいたことは自分で解決するものだとね
良いことも悪いこともね
僕は人が嫌いなのだと思っていた
嫌いなんじゃなくて、勇気がないだけなんだね
ありのままの自分を知る勇気がね
人と向き合うということは自身と向き合うということ
だから、空っぽだと思っていたんだ
いつもね
空っぽなら自身をごまかせるからね
それでも、何も困らなかった
へんなところだけ、自信があったからさ
ひといちばい、運だけはあったからね
今のポジションを維持していればなんとかなると無意識は知っていたからね
そんな強運に恵まれいたから
たしかに、体は弱いし子供のころに母親を亡くしたのは善いことではないけどね
それがあって、今があるからさ
そんなことは、たいしたことじゃないよ
それよりも、問題があったんだよ
❤️がざわめきだしたんだ
きっかけは子育てなんだよね
一般的でない発達障害の子供と向き合うことで思い出したのかもしれない
彼のことが自分のことのように感じたんだ
子供と話をしていると自然と言葉がでてくるからさ
自分も空っぽだってね
僕の子供は悩むことすらわからないようだった
まるで存在を消しているようでね
なんだか、教えられているのは僕だったのかもしれない
空っぽにしておけば、すべて上手くいくと思っていたんだよね
今までわね
だけど、確かにあったんだ
そこにね
真っ暗な空っぽの闇のなかに
見えないほどの小さな自身がね
まだ、何色にも定まらない❤️がさ
そんな自身を知ってしまうとさ
とても生きにくいということを
無意識は知っていたのかもしれない
僕の❤️は非常識だから
どこまでも突き進むとね
しっくりこないことを無視してさ
自分自身がだよ
めんどくさがりやな僕だからね
なりすましていれば過ぎ去ると思っていたのだろうね
本当に狡猾で頭でっかちだったのだろうね
だから、いつも疑問ばかりだったのさ
本当に求めることをしていないのだから
たとえ世界が認めなくてもね
僕は、言葉では耳障りのよい感じでうぬぼれていたけれど、自身よりも世界のほうが偉大だと思っていたのだろうね
せっかく、生まれてきたというのにね
世界に屈服して自身を裏切るところだったんだ
情けない、ずるいヤツになるところだったんだ
僕が一番キライな存在にね
あまり過去を振り替えるのは好きじゃないよ
過去なんてものは記録からのこじつけで現在を固定してしまうものだからね
それは、正しい僕じゃないからさ
思い返せば、いつも予感めいたものがあった
子供のころに感じたことが現実におこることがイヤだったんだ
無意識に周りから感じとっていたのかもしれないけどね
だけど、デビルマンが気になり妖怪と怪獣が好きになってしまった
なぜか、オカルトや精神世界にひかれていたしね
宗教はこれぽっちも信じられないのにね
そのころから、イメージは感じていたのだと思う
だから、妄想に逃げて自分の世界を囲ったんだと思う
僕が無意識に好きになって影響をうけた、忌野清志郎や志村けんや永井豪や水木しげるやアントニオ猪木や前田日明はまっすぐな人ばかりだったしね
だけどさ、あこがれという感じじゃなくてさ
会いたいとも思わなくて、同類を見つけたような
あっ、この感覚わかる!っていう感じなの
心底では、うらやましかったのかもね
だけど、僕にはできなかった
僕は生まれながらの❤️を隠して生きたほうが生きやすいと思っていたんだ
1972年産まれの僕には勇気がなかったんだ
本当は僕なりに❤️を育てて自身の色で、世界に伝えなければいけないのにね
好きな人たちを取り込んで、空っぽなままごまかすしかなかったんだ
ホリエモンやひろゆきが出てきたときも同じだったよね
あっ、わかるってさ
たまたまかもしれないけど、感じたままに
願って始めた人との違いなんだよね
彼らは成るものに成ったから、凄いのだけれどね
僕の❤️は空っぽのままで
自分の強運だけ信じてさ
無駄づかいだよね
きっと、何人もいたと思うよ
そんな僕みたいなヤツばかりだから
いまだに夜明け前なんだろうね
世界はさ
…[体は器]…
体があるから生きていられる
体は❤️を包みこむ器であり、自分とその他を分ける境界線なのだ
❤️は気をはなっている
体からはみ出る気が互いに影響をあたえている
体を通して呼吸をすることで酸素を二酸化炭素に変化させるように、僕たち生命のエネルギーも互いに循環しているんだよ
だから、僕たちはそこにいるだけでいいんだ
すべての物質と同じようにね
僕たちひとりひとりが内世界を内包している
生命の数だけ内世界があるといってもよいだろう
より思想意識がはっきりとした精神によりはっきりとした内世界が生み出される
僕たちが存在する外世界は、思想意識という情報世界からみれば幻でありカオスである
僕が感じているものは僕が生きている間のものでしかない
僕がリアルに見ている夢が現実といってもよいだろう
それだけ、人がいだく思想意識が外世界に影響しているということなのだ
みんなが思い描く思想意識が現実といってもよい
つまり、外世界とは生きている生命全体がみる夢なのである
情報とはエネルギーである
❤️から発せられた感情という思想意識の情報は外世界の空間に漂い記録される
❤️がだす感情こそがより良い純粋なエネルギーという情報となる
過去の記憶に捕らわれてはいけない、それは策略という不のエネルギーであり自分かってなワナだからだ
本来、体は今しか感じない
自然体を保つことが、もっともより良い純粋なエネルギーを発せられる
ひとつの思考に捕らわれてはいけない
それは、過去の記憶に縛られた世界であり変化を恐れ不安をまねく
脳だけに頼ってはいけない
今を、正しく感じなければ時は進まない
全体を感じることで五感は研ぎ澄まされ、正しい判断が出きるようになるからだ
体は❤️のエネルギーの発信器であり受信器である
僕たちは見えないものほど感じなければとらえられない
❤️が感じる繋がりを求めて生きているのだ
…[+と-]…
2021年のこの世界はとても幸せな世界だと思う
確かに、環境問題による世界の変化が加速したことで思い通りにはならないことが多くなってきているけれどね
だけど100年前に比べたら、生きることはずいぶん楽になったよね
食べることも病気も、それほど気にしないで生きていられるからさ
戦争ばかりの時代はマイナスのエネルギーが蔓延していたからね
僕が生まれた1972年頃はある程度整備されたゼロの時代だったと思う
今の時代は生命維持活動の脅威は、気まぐれな世界くらいだと思うんだ
地球環境の気まぐれもそうだけど、僕たち人の気まぐれのほうのエネルギーのほうが影響力は強いだろうね
気まぐれという気持ちの問題
一方に片寄りすぎないで、多様性により薄まりバランスがとりやすくなるといいけどね
一定の指導者が富と力を握る時代は終わったと思うんだ
これだけの人類の文化が進歩をして、いまだに恐れと不安で独り占めしたがるエゴはどうしてなくならないのだろう
使いきれないものをどうしてためたがるのだろう
きっと、どこかでマヒしたのかな
ずる賢いヤツらに操られる時代じゃないのに
幸いなのか不幸なのか解らないが、僕にはあまりない感情なんだよね
いろいろな人がいる世界だから、否定も批判もしても意味はないのだろうけど
言いたいことが言えない世界はダメだと思うんだ
誰もが夢を語っていいんだ
誰もが夢を求めていいんだ
そこに❤️があればね
ただし❤️にもプラスとマイナスがあるからね
だけど、本来の❤️とは他人を蹴落としてまで喜びをえられたりできないと思うから
なんらかの歪みによる❤️のねじれなのだと思う
現実の世界とは、自然にそれを循環させ調整してくれていると思うんだ
どちらの時代へ向かうのだろうか?
天国はない、ただ空があるだけ
国境もない、ただ地球があるだけ
社会主義も資本主義も、偉い人も貧しい人も
みんながそう思えば簡単なこと
夢かもしれない
でもその夢を見ているのは、君ひとりじゃない
みんながそう思えば簡単なこと
僕の好きな、忌野清志郎の言葉
僕にはこれがすべてなんだ
伝わるとうれしいな❤️
想像してごらん
僕たちはいつでも繋がれる時代に生きているんだ
それも、自動で同じような❤️に出会えるんだ
自分に責任をもとうよ
そこに策略なんていらないよね
素晴らしい世界がおとずれる予感がするんだ
みんながそう思えば簡単なこと
…[生と死]…
僕は産まれたときから死を受け入れている
なにもこわくない
せっかく、産まれてきたのに死を恐れてなんになるのか
死ぬことも素晴らしいと思うんだ
限りがあるから次が始まるから
限りのないものなんて、とてもちっぽけでつまらないもなさ
僕は瞑想をよくするけど、なにも座禅をしなくてもいいんだよ
散歩しながらだって、寝っ転がたって、できるしさ
料理をしているときや歯みがきしているときでもできるんだよ
君が自然を感じて世界があることに感謝さえすればさ
僕たちは別々だけど、ひとりじゃないんだ
みんなで育てあっているんだ
死があるから、やさしくなれるのかもね
この年になると、そんなことを思うんだ
ポンと放り出された僕だから
僕の❤️はボーナスステージのようなものだ
楽しめばいいだけなんだ
良いことも悪いことも
すべてをさ
僕の❤️で
君の❤️をみせておくれよ
それが生きることだと思うんだ
なにも、無理やりみなくてもいいんだよ
知らないことも素晴らしいからさ
なにを見つけたかが素晴らしいだよ
それが❤️を育てるということなんだ
死を恐れてはいけない
不安を育ててはいけない
僕は、そう思うんだ
君はひとりだけど、ひとりぼっちじゃない
やりたことをやりなよ
いいたいことをいいなよ
純粋なエネルギーでね
生きている間の❤️を楽しみなよ
…[夢と愛]…
ひとつの❤️が感じる世界を夢という
いくつもの❤️が感じる世界を愛という
僕たちは違っていいんだよ
それぞれの世界を求めていいんだよ
そのために産まれてきたのだから
そのために死ぬのだから
だから、自然であることなのさ
自然と愛は同じなのだから
❤️が夢を観て愛にふれたとき
はじめて世界は輝きだすのさ
だから、おそれないで
自分自身を
だから、忘れないで
その夢を
…終わり
…
これは、49才の僕が感じた世界です。
不愉快に感じた方がいらしたら、ごめんなさい
だけど、確かに感じたのです。
それだけのことです。
何の策略もなければ魂胆もありません。
ただただ、感じたままに描いたのです。
僕も落ち着いちまったけど
まだ49才だろって言われるかもしれないけど
これからは静かに生きていくよ、たまに言いたいことが言えればいいんだ
子供のころと同じさ
周りを気にしないでアニソンを大声で歌っていた
あのころとさ
それが❤️が求めていることだから
この年まで気づけなかった意味があるかと思うのです。
今を大切に自然でありますように
2009年5月2日、僕の大好きな忌野清志郎が死んだ
もしも、あの人が生きていたら今の世の中を観て何て言うのだろう
何十年も前からずっとメッセージを届けていたんだ
凄いだろ、誰も言わないことを
とても、あの人のようにはできないけれど
僕もなにかを伝えたいんだ
たいした言葉じゃないけど
この文章をあの人にささげます
なにかの縁でこの文章に出会ったあなた
よろしければ、忌野清志郎を聴いてください
忌野清志郎を好きな人に悪いヤツはいない
みなさん、ここまで読んでくれて
ありがとうございます
それでは、又、会いましょう
❤️とは、夢であり愛であり心であり気である
❤️とは、あなた自身!