楽笑おじさんと絶望こぞう   作:楽笑

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…今回の話しは、最近、[なんとなくの中]で、ぼんやりと思考していたときに、私の脳内に感じたこと(もしくは体全体?で)を元にイメージをふくらました話しです。

…なんだか、時空間を越えたイメージの世界観のようなものを感じたような気がします。

…今回の話しのすべては私の妄想であり錯覚ですので、現実とは一切のかかわりはありません。




外宇宙からの使者 B

 

 

 

…136億年の存在…銀河

 

…45億年の存在…地球

 

遥かかなたからやってきた。

 

私の知る存在の外世界からやってきた。

 

それは、誰にもわからない存在。

 

あえて、それを言葉にするならば、[虚無]なのか?

 

未知なるもの[虚無]に触れたら最後。

 

そのものは、[覚醒]か[崩壊]のどちらかを選ばなくてはならない。

 

 

 

 

 

 

私の名前は[B]という。

 

名前以外は、わからない。

 

わからないといっても、生きていけるこの街が好きだ。

 

気づけば、どこにでもある平凡な街に10年ほど生きている。

 

いったい、私はどこから来たのたをろうか?

 

気がついたら、この街にいたのだ。

 

こんな私でも生きてこれたのは、毎日、かわりばえのしない日常があったおかげであり、決まったことを決まったようにしていればよかったからだ。

 

何も気にならない、何も考えない、淡々とした日々をやりすごしていれば、時は過ぎていくと思っていた。

 

いやいや、思っていたというのは適切ではなく、実際には、そんなことすら感じていなかった。

 

あの日がくるまではね。

 

 

私には、自我というものがない。

 

自我がないのに私というのもおかしなものなのだが、そんなことは、小さな矛盾でしない。

 

そもそも、人間なんてつじつまのあわない矛盾のかたまりのようなものであり、気にしだしたら発狂してしまうだろう。

 

感情とは、不都合を正当化するための変換器のようなものであり、気まぐれこそが人間といえよう。

 

気まぐれというのは、私の中にいる複数の人格を出し入れする。

 

もっとも適切な場にあう人格の私でやり過ごすためのシステムでしかないのだろう。

 

それは、ストックされた、バリエーションの私でしかない。

 

誰もが、考えているようで考えていないのだろう。

 

ただ、日々の積み重ねによる情報にすりあわせて反復反応をしているのだろう。

 

自我なんてものは、それを記憶と思い込み、自分の意思で選択していると感じているにすぎないのだろう。

 

だからこそ、記憶のない私でも、生きてこれたのだろう。

 

これすらも、私なりの強引な結論なのだがね。

 

 

だけどね、私の前にあらわれたのだよ。

 

あの存在が、訪ねてきてね。

 

「どうする?」てさ。

 

「どうする?」て、なにを?

 

わからないなりに答えたよ。

 

「もう、いいよ!」てさ。

 

そしたら、

 

「そうか、こっちに来る」て、いうからさ。

 

[あぁ、そういうこと。]て感じたのよ。

 

それで、出てきたんだよね。

 

今にして思えば、

 

[楽しかった]ということ。

 

[ありがとう]ていいよね。

 

[あんな世界があるのか!]てね。

 

 

 

 

終り…

 

 

 

 

 

 

 





…読んでいただき、ありがとうございます

私も描いていながら、複数の人格がみだれていたような文章だなと感じております。

どれも私ですので、選り好みせずなのです。

それにしても、不思議な感覚ですよね。

ちなみに、覚醒と崩壊は似たようなもので、どっちが善いとか悪いではなく、イメージだと思います。

あなたは、どっち?

まぁ、どっちでもありなのよ。

こんな私ですが、アホはアホなりに無理をせずに[怠け者]で生きています。

アホにつける薬なし

それでは、又



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